093 秘 密
     (注:「065海へ」「066涼風」の続きになっていますので、そちらからお読みください)








 半年振りのお墓参りを済ました私達は、最初の目的地だった三浦海岸にある浜辺に到着した。
 そこには、遠浅の綺麗な砂浜が広がっていた。

 車を止めた古代君は、さっそく車外に出てう〜〜んと大きく伸びをして、それから気持ち良さそうに空気をいっぱいに吸った。

 「よぉっし! 荷物を持って出発だな」

 トランクを開けて荷物を取り出そうとする古代君を見て、私はふとあることに気付いた。

 「ええ、でも…… ここって、どこか着替えるところあるのかしら?」

 この浜辺は、ガミラスの攻撃がある前は有名な海水浴場だったのだけれど、その後の二度に渡る戦禍にみまわれて、まだ再整備の途中だって聞いている。
 ということは、まだ更衣室やシャワールームなんていう色々な施設もオープンしていないかもしれない。

 「あ……そう言えば、ないかもしれないな。水着着てこなかったもんなぁ。しゃあないな、ここで着替えて行くか?」

 と古代君の視線は車を見ていた。確かに周囲を見渡してもなにも見えないし、仕方ないわね。

 「そぉねぇ〜 そうするしかないわよね? じゃあ、古代君外で誰か来ないか見ててね」

 「ああ……」

 あっさりと返事する古代君がなんとなくにやけているような気がして、念のため釘をさすことにした。

 「言っときますけど、覗かないでよ!」

 って、古代君をちろっと睨んでみたりして……
 だって、親しき仲にも礼儀ありっていうでしょう? 着替えているところ見られるのは、例え古代君でも恥ずかしいんだもの。

 そしたら、古代君ったら心外そうな顔をして、

 「今更そんなこと言うかぁ? 俺、何回雪の裸見たことあると思ってんだ!?」

 なんてことを、私に聞こえないように反対の方を向いて、小声でぶつぶつ言ってるの。
 あの、古代君! はっきり聞こえましたけどぉっ! まあ、でも今日のところは、聞こえない振りしてあげるわね。ふふふ……

 「古代君、何か言ったぁ?」

 「言ってねぇよ! ほら、早くしろよ」

 眉をしかめながら急きたてる古代君が、なぜかとってもかわいい。

 「はぁい!」

 うふふ…… なんだか不思議。なんでもない会話なんだけれど、それがやけに嬉しくって楽しくって…… やっぱり、こういう行楽地に来ると気分が明るくなってくるわ。

 きっと古代君のご家族の方々も、こんな私たちでいることを一番喜んでくれてるのよね?



 それから私は大慌てで着替えを済ませて、続いて古代君と交代した。二人が水着に着替え終わって、やっと目指す海岸に向かうことになった。

 古代君は、さっき開けたトランクから、持ってきた食料を残らず取り出して担いだ。

 「あら? まだそんなにあったの?」

 「ん、まあな……」

 「さっきお墓で持ってきたお菓子を置いてきたと思ったのに、それでもまだずいぶん残っていたものね。そんなに食べきれないんじゃないの?」

 「いいんだよ」

 ニヤリを笑った古代君。困った人ね。でも、ほんとそんなに食べたらお腹壊さないのかしら?

 あきれた顔で彼を見たけれど、彼は全く平気な顔。何を考えてるんだか…… 今日の古代君ってちょっと変よね? でもまあいいわ、彼なりに楽しもうとしてるんだと思うから。ふふふ……



 とにもかくにも、私達は荷物を手に海岸に向かった。目の前に広がる砂浜は以前の美しい姿のまま健在だった。

 去年の末の戦禍もすっかり忘れたような、静かな平和が訪れたこの夏、それほど多くもないけれど、海水浴客も来ていて、思い思いに海辺で遊んでいる。

 二人とも視線は一気に青い海へ…… 気持ちもあっという間に真夏モードになる。

 砂浜の入り口で立ち止まった私達は、思わず感嘆の声を上げた。

 「うわぁ〜〜 気持ち良さそう! 海も綺麗ね」

 「ああ、夏にここに来るの、すっげー久しぶり!」

 古代君の声も心なしか弾んでいるように思えた。

 以前、私も一緒に来たことはあるんだけど、すっかり肌寒くなった秋だったり、寒い冬だったりしたものね。
 今日は、その時とはなぜか凄く景色が違って見えた。季節のせいでもあるでしょうけど、周りに緑も増えたせいかもしれないわね。



 そんなことを思いながら隣を見ると、古代君はまぶしそうに目を細めてる。その視線は何か遠くを見つめているようでもあって……

 「古代君、昔を思い出してる?」

 「ん? ま、そうだなぁ」

 古代君ったら、嬉しそう。そう、ちょうど小さな子供のようなまっすぐな笑顔をしている。

 「子供の頃は、よくここで泳いだんでしょう?」

 「ああ、小学生の頃は、夏になると兄さんに連れられて毎日のようにここに来て泳いでたからなぁ。いや、夏だけじゃないさ、春も秋も冬だって……」

 「うふふ…… お兄さんと一緒に遊ぶ古代君の姿が目に浮かぶようだわ。小さい頃の古代君ってかわいかったでしょうね?」

 「知らねぇよ、そんなこと……」

 古代君ったら、私のそんな言葉で照れちゃったりして赤くなってる。もう、かわいいんだからぁ〜

 「うふふ…… そう言えば私も、小さい頃一度だけここに来たことあるのよ」

 今まで古代君には言ったことなかったけれど、私、この海岸に一度だけ家族と遊びに来たことがあったの。小さい頃の古代君の話をしていて、急に思い出しちゃった。

 「え?ほんと?」



 びっくりしたような顔で見つめる古代君を見ながら、私は遠い思い出を思い起こしていた。

 「ええ、あれはまだ小学校に上がる前だったかしら? まだ泳ぐのは早かったけど、夏の初めの頃かしら…… 両親と3人でドライブがてらここまで来たの」

 「ふうん…… 見てみたかったな、その頃の雪」

 「あら、古代君、見たことあるじゃない? いつだったか、実家で見せたでしょう?」

 古代君がうちに遊びに来たときに、何度か見せたことあるもの。

 「そうだったっけ、あはは……忘れちまった」

 「もうっ! でも……そう言えばあの時……」

 そうそう、だんだん思い出してきたわ。あの時かわいらしい泣き虫坊やに出会ったんだったけ……

 その子がどうして泣いているのかわからなかったけれど、私が手に持っていた飴玉を手渡すと、やっと泣き止んで、それからポケットから小さなさくら貝を出して、私にくれた……

 懐かしいなぁ〜〜 あの子、今頃どうしてるかしら?

 そのこの面影を思い出すように、古代君のほうを見たら、あら? なんとなく古代君に似ているような気がしてきた。

 え?もしかしたら、それって古代君?……

 なぁんてのは、できすぎた話よね。

 一瞬古代君に聞いてみようかって思ったけれど、やっぱりやぁめよっと!

 だって古代君って意外とヤキモチ焼きなんだもの。どんなに小さなときの話だって、他の男の子の話し出したりしたら、きっと拗ねちゃわ。だって、ほら、あの諒ちゃんのときで懲りてるしぃ〜 うふふ……

 「ん?」

 続きを促そうとする古代君を、笑顔でごまかすことにした。

 「ふふふ、なんでもないわ。それより早く泳ぎましょうよ!」

 と古代君の腕にぎゅっとしがみつくと、古代君はすぐに再び真夏モードに戻ったみたい。
 「そうだな、よしっ!」と、にっこりと微笑んだ。

 それを合図に、私達は砂浜に向かって駆け出した。





 砂浜の隅っこの方の断崖のそばに場所を決めると、私達は敷物を敷いて持ってきたものを乗せた。

 「よっし、行くぞ!」

 古代君ったらあっという間に上に羽織ってきたTシャツを脱ぎ捨てた。もう海に入りたくてうずうずしてるみたい。
 顔は既に海のほうに向いていて、今にも走り出そうとしている彼に、私は問いかけた。

 「でも、荷物このままでいい?」

 えっ?という顔で振り返った古代君は、盛り上がった気分に水を差されてちょっとつまらなさそうに答えた。

 「貴重品はないんだろう? 車のキーとかは防水ポーチに入れて持ったし……」

 「まあね、食べ物とか日焼け止めとか化粧品くらいかしら?」

 「じゃあ、そのままでいいよ、時々見てればいいさ。人も少ないしさ」

 「そうねっ!」

 「よっしゃ〜〜!」

 話し終わったとばかり、嬉しそうに雄叫びを上げて再び駆け出す古代君。でも私はあることに気が付いて、すぐに彼を呼び止めた。

 「っと、ちょっと待って!」

 「え?」

 古代君は再びぴたりと立ち止まって、私を振り返った。その古代君に私は、にっこり微笑んだ。

 「海に入る前に、まずは準備体操ね!」

 古代君ったら、思いっきりがっくり肩を落として私のほうを恨めしそうに見返した。

 「ったく…… 荷物だの準備体操だの、君ってどうしていちいちそういう細かいこと気が付くんだろうなぁ〜〜」

 古代君のそのなんともいえない情けなさそうな顔が可笑しくて可笑しくて、私はもう吹き出しそうになった。

 「お褒めの言葉としていただいておきますわ、うふふ」

 「へいへい〜〜」

 半分投げやりな返事をする古代君を笑いながら、私は足の屈伸から始めた。すると、彼も仕方なしに体操を始める。
 イッチニィ、イッチニィ!

 古代君も私も思い思いに、主なところを一つずつほぐしていく。そして……

 一通りできたかな?と思って、古代君をチラッと見ると、やりだしたらトコトンの彼、まだまだせっせと体操をしている。
 それを横目に、さっさと自主終了した私は、

 「さあ、行くわよ〜〜〜!」

 と彼を置いて今度は先に駆け出したの。そうしたら、古代君ったら慌てて体操をやめて走り出した。

 「お、おいっ! なんで君が先に行くんだ! こらぁっ〜!待てぇ〜!」

 うふふ……待ってなんかあげませんよぉ〜だ! 一目散に走った私は、海にばしゃばしゃと入ると、胸ぐらいの深さまで一気に飛び込んだ。手をひとかきすると、海の波にふわりと体が浮いた。
 あ〜気持ちいい〜〜!

 とその後ろから、いきなりぎゅっと抱きしめられた。もちろん、それは古代君の腕。

 「こらっ! 捕まえたぞ!! 全くもう…… 人に体操させといて、自分だけ先に行くかぁ!」

 「うふふ、ごめんなさい」

 笑いながらも素直に謝ったのに、古代君ったら、凄く恐い顔してるの。そして……

 「許さん! 沈めてやる!」

 「えっ!? きゃぁ〜〜 うっぶくぶく……」

 古代君に抱きしめられたまま、私はいきなり頭っから海の中に引きずり込まれた。

 「ぷはぁ〜!! 何するのよ、いきなりぃ! お水、口に入ったじゃなぁい。もう少しで飲むところだったわ、もうっ!」

 すぐに海面に顔を出して、髪の毛までずぶぬれになりながら、古代君に猛抗議。
 そうしたら古代君ったら、さも可笑しそうに高笑いするんだもの。

 「わっははは……俺より先に海に入った罰だよ」

 「もう…… 髪の毛なんてぬらすつもりなかったのに……」

 「どうせ後で濡れるからいいじゃん」

 「後で?どうして?」

 「それは秘密!」

 とまた古代君ったらニヤリ…… いったい何なのかしらねぇ〜 今日の古代君ったら、やけにもったいぶっちゃって。

 「何よ秘密って?」

 「いいから、さ、とりあえずひと泳ぎだ! 行くぞ、雪!!」

 「あん、もうっ! そういえば、さっき言ってたお兄さんとの秘密基地ってどこなのよ?」

 「ははは…… 後でな! 今はまだ入れないんだ」

 「まだ、入れない??」

 古代君の言っている意味がわからなくて問いただしても、彼ったらただ可笑しそうに笑いながら、ちらりと岸壁の方に目をやってから、腕時計を見た。

 「そう、まだ入れないんだ。えっと……確か、あと2時間位かかるかな?」

 「え? そこって開門時間があるの?」

 「だから、秘密って言っただろう! 後の楽しみにしておけって! それよりほら、あそこのブイまで競争するぞ。勝った方が後で相手に好きな命令できるってことにしようぜっ、それっ!」

 と言うが早いか、古代君は一目散に沖に向かって泳ぎ始めた。

 「え?あっ、ずる〜〜い! 先に行くなんて…… 競争するなら、私のほうがハンデ欲しいのにぃ〜!」

 だって、海育ちの古代君に真剣に泳がれたら、私なんて絶対太刀打ちできないもの。でもそれでも彼に簡単に勝たせるのも悔しくて、私は彼の後を追いかけ始めた。

 すると古代君は数メートル先で、私を待つように泳ぎをやめて振り返って手を振った。

 「よぉし! じゃあ、今から10だけ数えてやるから、それがハンデだぞ! イ〜チ……」

 「いいわ、じゃあいくわよ!」

 それくらいのハンデがあればなんとかなりそう…… よぉっし! 勝って古代君の秘密基地のこと白状させないと。
 ほんといったい秘密ってなんなのかしら? 期待はずれだったら許さないからね!

 行くわよ、古代君! 覚悟してらっしゃい!!



 青い空、青い海、輝く太陽……

 夏の日差しをたっぷり受けて、古代君と私は、他のことはなにもかも忘れ、ただひたすら沖のブイ目指して泳ぎ続けた。

おわり


 えっとぉ〜〜えっとぉ〜〜 すみませんっ!!m(__)m
またもや、ひっぱりまくって、タイトルは秘密だったのに、秘密基地まで到着できませんでした……

 実はそこへ行って思いっきりいちゃついてもらおうと言う算段だったのですが、そこに行く前に二人ともなんやかやといちゃつくもんでして(汗)
 その上、それだっけで、あんまりメリハリのない文章になってしまいました。いったい君はこのお話で何を言いたいのだね?と自問自答したりして(^^;)

 そんなわけで、『秘密基地』編はまたもやお預けでございます。いやぁ、実はそんな秘密基地、どこにもなかったりして……???
 雪ちゃんの言葉じゃないけれど、『期待はずれだったら許さないからね!』って言う声が聞こえてくるようで…… うっ(-_-;)
あい(2004.9.25)

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