002 片思い
ももさん作
1.

俺は土門竜介。
生活班炊事課勤務。
ボスは…

「生活班長!おはようございます!」

調理場全員、声をそろえて入り口に向かって頭を下げた。
こういところが、男の艦といえば言えないこともない。
ノリはもちろん体育会系。

「おはよう。今日のメニューは…あまり、昨日と代わり映えしないわね」
「苦情って、多いですか?」
「そうでもないけど。もともと、カロリー重視だからしょうがないわ。気にしないで」

ニコリと微笑んだその人は、俺のあこがれの、生活班長。

てきぱきと手渡されたメニューに目を通して指示を出す。
医務室に入院中のクルーが2名。その食事開始のことや、昼夜交代部署の食事の手配。
食堂に決まった時間に来られる奴の方が少ない。
戦闘のない時の、戦闘班くらいか? きちんきちんとやって来るのは。

ぼーっと目で追っているうちに、じゃあ、あとはお願いね、と出て行ってしまった。
幕の内さんが近寄ってきて、俺の脇腹をつついた。

「土門!手が止まっているぞ」
「は、はい」
「お前、わかりやすい奴だな」
「何がですか?」
「艦長と取っ組み合いのケンカしたんだってな。最初の配属あいさつの時」
「女の下で働くなんて嫌でしたから、正直にそう言っただけです」
「今のお前の目も、正直だよ」

あははは、と笑いながら幕の内さんは調理場を出て行った。

俺の取り柄。
正直者。バカが付くほどの。
言ってから、後悔すること…数十回。
言う前に体が動くこともよくある。

たぶん、どんなに見込みがなくても。
たぶん、どんなに高嶺の花でも。
俺は、そうと決めたら絶対に言う。

あなたが好きです。

2.

突然、恋に落ちた。

俺は水やりと場内湿度の管理のため、ヤマト農園のチェックをしているときだった。
ふいに、土門君と後ろから声をかけられた。

「湿度計の見方、わかっているの?」
「…ここのメモリが正常値で、プラス5ですね」
「正解。あと、水やりはその日の午後3時くらいまでに人工土の表面が乾くように調整するの」
「いつも湿った状態ではいけないんですか?」
「やりすぎも良くないのよ。できるだけ自然に近い形で育てたものをみんなに食べて欲しいから、手間もかけるんだけど」

そう言って、かがんだ横顔がきれいだった。

「ここ、動物も飼育できるシステムですよね。あっちに牛舎みたいなのがありましたから」
「よく気が付いたわね。最初の航海は人類の移住計画もあったから、動物も乗るはずだったのよ」
「ノアの箱船計画ですか? 訓練学校でヤマトは最初その計画だったって聞きました」
「人類の絶滅だけは避けようとしたんでしょうね」
「人類を絶滅から救うって…その、子孫を残すってことですよね」
「そうだけど…うふふふっ、そういうことまじめに言うと、なんだか可笑しいわね」
「だって、相手を選べないじゃないですか」
「そんなこと無いわよ」
「そのメンバーに選ばれたんですよね、生活班長は。そんな状況で恋って出来るんですか」

はきはきと、ちょっとえっちな質問にもてきぱきと答える生活班長。
さすが、男だらけの戦艦に乗りくんで、早5年でいらっしゃる。

俺の頭に生活班長に恋人がいるということは全く浮かばなかった。
いたら、第一、戦艦なんかに乗るはずがないし、俺は絶対に乗せない。

「恋って、しようと思ってするものじゃないでしょう」
「限られた範囲で恋しろって強制されているみたいで、僕は嫌です」
「そもそも、その狭い、手の届く範囲に相手がいることが、運命なんじゃないの?」

何を思い出したのか…とびきりの笑顔。
キューピットの矢が胸に刺さるって、きっとこういうことだ。

生活班長。
俺も運命を感じました。

3.

宇宙にも雷鳴が轟くって初めて知った。
俺の心の中だけだけど。

ある日、廊下を歩く生活班長がいた。
その横には艦長。
書類をお互いに見せあいながら、すごい勢いでしゃべっていた。

「だから、それだと困るの」
「移動にすごい時間がかかるんだよ。惑星探査の時間は3時間だけだ」
「事前調査で、ちょっと気になるところがあるの。海かもしれないところなんだけど」
「植物は?」
「あまり見あたらないわ」
「空気が薄いか、地上のGが強いんじゃないのか?上陸はダメだ」
「ダメダメって。そればっかりよ」
「とにかく、探索艇から出るな」
「それじゃあ、仕事にならないわ」
「じゃあ行くなよ」

へ?
それが仕事の生活班長に、行くなとは?

ふたりは立ち止まってしばらく見つめ合っていた。
言葉を交わすでもなく。

俺は慌てて消火栓のくぼみに身を隠した。

「行くなって…なんなの」
「危険だから、他の奴に行かせてくれ」
「…責任者なのにそんなこと出来ないわ。わかったわ…探索艇からは絶対出ないから」
「君は、無茶するからな〜」
「クルーの安全を第一に考えます。艦長」
「了解。そうだ、晩飯は?」
「これからなの?」
「あれさ、メニューいつも同じだろ。いいかげん飽きたよ」
「…そんなこと私に言うの、古代くんだけよ」

そうか〜あははは〜と、艦長の笑い声がしてふたりはそのまま並んで歩いていった。

まさか。まさかまさか。
俺の心に雷鳴が轟いた。

4.

乗り組んでわずか1ケ月のはかない初恋。
告白する前に散ってしまった。

知らなかったのか?土門。
古代艦長と森さんは婚約者同士だよ。

噂だと、他の乗組員同様、ヤマト艦内では恋人としては過ごさないとのこと。

あの、ふたりの話しっぷり。
ツーカーだった。
信頼し合っていた。
古代艦長が、生活班長に甘えていた。

鬼のくせに。
生活班長には甘えるんだな。
とほほ。

俺がなぜ、生活班長を好きになったのか、知っていますか。
スタイル抜群で。
髪の匂いがとっても良くて。
男達のあしらいは天下一品で。
誰のものにもならなそうな、その無邪気な微笑みが。
俺の心を捉えました。

誰のものにもなって欲しくないんです。
それって…矛盾しているのかなぁ。

ただ、今日は戦闘があったせいで、艦長がぴりぴりしていていた。
そんなとき、生活班長はただ無言で艦長を見守っているのを俺は知っている。
第一艦橋に非常食を持って行ったときだ。
戦闘指揮席の艦長の後ろ姿を、レーダー席からじっと見つめていた。
唇をきゅっと固く閉じて。

艦長の、みんなご苦労だった、休憩に入ってくれ…のアナウンスが艦内に響くと俺もほっとする。

みんなは、あの二人が恋人同士の時間もなくて可哀相だって言う。
そんなことない。
抱き合ったり、触れあったりしていなくても、信頼し合っている。
そんな強さをふたりはどこで知ったんだろう。

どっちに聞こうか?

5.

「出航してまだ1ケ月じゃない?ペースが掴めないのは艦長や私も同じよ」
「恋人として振る舞わないってことがですか?」
「それもあるけど、艦内の1日のリズムや、お互いの仕事への理解とか」
「探査艇から外に出るなって言っていましたね、艦長」
「…まぁ…いつ聞いたの?」
「廊下で大きな声で話していましたよ」

食料製造室の騒音の中で、俺と生活班長はふたりきりだった。
生活班長は、そうだったかしら、と笑った。

「今はね、まだいいのよ。いろいろ忙しいから。これからつらくなるわ、きっと」
「つらいって…どんなふうに?」

俺は、あ〜んなことや、こ〜んなことをつい想像してしまった。

「本音を言ってくれるうちはいいの」
「え?」
「心を隠しだすわ。きっと」
「甘えていましたよ、艦長」
「それも、そのうち無くなるわ」
「そんなものですか」
「そんなものよ」

そんなものなのか。

「でも、どうしてこんな話を聞く気になったの?土門君」
「はぁ、なんとなく、生活班長に恋人っていないと思いこんでいたから、俺」
「みんなに聞いて、びっくりした?」
「みんなは、可哀相だっていってましたけど、俺はそう思わなかったから」
「可哀相って… 恋人の時間がないから?」
「たぶん、そうです」
「土門君はそう思わなかったの?」
「なんとなく」
「どうして?」

どうして?
あなたに恋したからかも。
そっけない、艦長の態度にちょっと嬉しかったりして。
そういうことなのか?

それを俺に言わせる生活班長。あなたも…そうとう無邪気だ…

散ろうが、諦めようが、目の前のこの人を俺はたぶん死ぬまで好きなんだろうな。
だって、それが恋なんですよね。

「つらくなったら、俺に愚痴ってください」
「いいの? じゃあ手始めにひとつ。食堂のメニューがね、もう飽きたって言うの」
「そんなこと生活班長に言うの、艦長だけじゃないですか?」
「そうなのよ」

そう言って笑い出した生活班長は、とっても幸せそうだった。

それは断じてグチではない。
だったらなんだろう?

南部さんにずっと後になって、第一艦橋に俺が移ったとき聞いてみた。

「それは、惚気って言うんだよ」

生活班長。
そんなあなたが俺は好きです。

おわり


土門君の雪への片思いです。ピュアーな気持ちで書いてみました。

土門君になんとなくピエロを重ねていました。
おどけた中に、なにか哀れみを感じるような。それでいて、温かい、そんな気持ちを。
by ももさん(2003.12.12)

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