002 片思い
せいらさん作
(1)

ヤマトに乗ってしばらくした頃から、みんなが俺のことを
「生活班長の金魚のフン」
と呼んでいたことは、知っている。

ほっといてくれ
好きで「金魚のフン」やってんだ。
悔しかったら、お前らもなってみろよ。
いいもんだぜ。
あのヤマトの女神様がいつも一緒に居てくれるって。
なにか用事があるときは、真っ先に俺を呼んでくれる。
へへっ・・・役得だね。

俺は本当に、いつもいつも班長にへばりついていた。
もちろん、お互いの仕事の時は別だけど。
いつも一番側で、班長の美しい顔を眺めていた。


(2)

あの日も班長を探して、艦内をうろうろしていた。
いや、ちゃんと用だってあったんだぞ!
班長は、一人でイメージルームにいた。
部屋の隅っこで、ピアノ・・・もとい・・キーボードを弾いていた


とても綺麗な曲だったが、とても哀しい曲だった。
俺は少し離れたところで、白い鍵盤の上を行き来する班長の長くて白くて華奢な指先に見とれていた。
曲が終わった時、俺は思わず拍手をしていた。
班長が驚いたように振り返った。

「あら、いやだわ土門君。いつからそこにいたの?」
ほんのり頬を染めて恥ずかしそうに言う班長を、俺はとても可愛らしいと思った。
いつもなら、凛として 颯爽として かっこいいのに。

「班長、ピアノも弾けるんですね!すごいや!」
俺は本当にそう思った。
「これくらい、弾けるうちに入らないわよ・・・子供の頃習ってたんだけど、随分さわってもいなかったのよ。最近、また時々弾き始めたんだけどね。」
「綺麗な曲でしたね。なんていう曲なんですか?」
「『月光』・・・ふふふ、私 レパートリー少ないから。」
俺はなんだか、その曲がその時の班長のようだと思っていた。
とても綺麗だけど、少し淋しい曲・・・。

「班長、また弾いてくれますか?」
「そうね、またそのうちに。でも他の人には内緒よ。恥ずかしいから」
そう笑った班長の顔は、いつも通り華やかで綺麗だった。
その日から、俺の頭に班長のあの美しい指先がこびりついてしまった。

その後も時々、俺は班長の内緒のコンサートに遭遇した。
でも、いつも少し離れたところから眺めているだけだった。
だって、いつもなんだか哀しそうで・・・声をかけられなかったんだ。

『内緒』なんてものはヤマトの中では有り得ないことで、班長の『内緒』のはずのコンサートはいつの間にか鈴なりの大盛況になっていた。
ただし、みんな恥ずかしがりのピアニストに見つからないように、遠巻きに隠れてはいたけど・・・


(3)

ある日の班長は、ただ無心に何度も同じ曲を弾いていた。
いつの間にか俺の隣にいた女の子が、「『別れの曲』ね」 と呟いた。
ゆったりとした、そしてもの哀しい曲だった。

その日、大きな戦闘があった。
被弾したのが食堂付近だったので、生活班の何人かが怪我をしたり・・・亡くなったり・・・した。
鍵盤を叩く白い指にいくつもいくつも涙が落ちるのが、離れていても俺には見えた。
何度目かに曲を繰り返した時、ふいに演奏が中断した。
はっ、として班長をみると、傍らに艦長が立って班長の肩に手を置いていた。
班長はしばらく艦長を見つめると、静かに艦長の胸に顔を埋めて慟哭していた。
泣いている班長の肩を黙って抱きしめる艦長の姿に、俺はその場から動けなかった。


それから何日かすると、班長が演奏し始めてしばらくするとその傍らに艦長が来るようになった。
二人とも何も言わないが、その空気がとても温かい事は俺にだってわかった。
班長の弾く曲も、少し優しいものになっていた。

その頃から、班長の一番側は、俺の指定席ではなくなっていた。


(4)

ある日、俺は厨房で野菜を洗っていた。
俺の隣では、班長がおしゃべりしながらオレンジを剥いていた。

カラン パンッ

「あ・・・っ、やっちゃったあ・・・いったあい!!」

班長の指先から、真っ赤な血が溢れた。
真っ白な指から流れる赤い血に、俺は何も考えずに班長の手を取り・・・舐めてしまった・・・
驚いて引っ込めようとする班長の手を俺は決して離さず、溢れ出る温かい血を吸いつづけた。

ぐいっ、と肩を引かれ思わず後ろへ仰け反ると、艦長が怖い顔で立っていた。
《殴られる!!》
と思ったが、艦長は睨んだだけだった。
でも、あの目は戦闘の指揮をとっている時の艦長の目だ。
敵を射殺す時の目だ。
俺は、目を背けてしまった。
艦長はそのまま黙って班長の手を引っ張り、医務室へ行ってしまった。


(5)

それからも班長は何も変わらず俺に接してくれた。
俺は、しばらく班長の目を見ることができず、包帯の巻かれた班長の手ばかり見ていた。

艦長も、何も無かったように俺に声を掛けてくれる。

・・・ごめんなさい、艦長。俺、班長の事 本気で好きかもしれません。でも、班長は俺のことなんか目に入ってないですし、許してくれますよね。想うくらい、いいですよね・・・

その後、俺はあこがれの第一艦橋勤務になったが、班長といる時間が短くなってしまって良かったんだか、悪かったんだかー。
でも、レーダーを操るあの指と、緊迫した状況で敵の位置を告げる凛とした声はここでしか見れないものだから、やっぱりよかった、なんて不謹慎にも戦闘中に考えてしまった。


そして俺は、地球を目前にして大怪我をしてしまった。
俺としては、班長と艦長を祝福する素晴らしいセリフを最後に息絶える予定だったのに、なぜか助かってしまった。
気を失う直前に班長が
「土門君、死んじゃダメよ!土門君!!」
なんて叫ぶから、なんだか死んじゃいけない気がしたのだと思う。
ともかく、命を取り留めた。


(6)

地球で病院に運ばれてからも、うつら うつらした意識の中に、よく班長が現れた。
なにか話し掛ける声はよく聞こえなかったが、俺の毛布を掛けたり、点滴の管を確認したり、汗を拭いてくれたりしてくれる白い手に、見覚えがあった。
うっすらと、あの日の・・・俺が舐めてしまった・・・傷跡が残っていたから。

艦長の声も時々聞こえたけど、なんか俺のことより班長のことを気にしてるような気がするのは、ひがみなんだろうか・・・?

班長は、俺が目を覚ました時いっぱい泣いてくれた。
あの綺麗な顔を俺が何度も眺めた白い指が覆い、その指の間から涙のしずくがとめどなく流れた。

・・・ああ、生きててよかった。本当によかった。この人の涙を、俺のために流してくれる涙を、この目で見ることができて、本当に本当によかった。・・・

俺は 心からそう思った。


(7)

俺の外出許可が出る頃になると、ヤマトの先輩である坂巻さんや赤城さんがやってきて、一緒に出掛けようとうるさく誘った。
ヤマトの人たちはしょっちゅうお見舞いに来てくれたが、坂巻さんたちが来た後はいつもなにかしら看護師さんに怒られる。
今日も遅い時間に面会に来て、班長に電話しろとうるさく言われた。
看護師さんが通りすがりに睨むので、俺は仕方なく班長の家に電話した。

班長が出た。
外出許可が出た事を、とても喜んでくれた。
俺は班長に話したいことが色々あったが、外野がうるさいのでとりあえずみんなで班長の家を訪問したいと告げた。
班長はよろこんで承諾してくれた。
俺は坂巻さんたちに指でOKをだすと、班長とゆっくりおしゃべりした。

ふいに班長の声が変わり・・・艦長が電話にでた。
そうだった・・・班長の家は、艦長の家だった・・・
今更ながら、俺はショックを受けてしまった。

電話の向こうで、班長と艦長がなにか言ってる・・・
なんか、班長の家に行きたくなくなったなあ・・・

でも約束してしまったから、行かなきゃいけなかった。
私服の班長は初めて見るけど、本当に綺麗だった。
私服の艦長も初めて見るけど、なんか、優しい感じだった。
ヤマトで見る二人とは、ぜんぜん違う人だと思った。

班長はお料理やらお酒やらたくさん用意してくれていて、みんなとても楽しく過ごしていた。
でも俺は、やっぱり班長の姿ばかり見ていたと思う。

だから、あんな失敗しちゃったんだ。

お祝いだから、と用意してくれたワインを、俺は手を滑らして・・・というより班長の手を意識しすぎて・・・なんと艦長にぶっかけてしまった。
艦長が着替えるために服を脱ぐと・・・背中に傷があった。
それは・・・やっぱり・・・あの・・・
坂巻さんたちが、遠慮なくその傷の事を艦長につっこんだ。
艦長は、赤くなりながらも「・・・うらやましいだろう・・・」と言った。
「はい・・・」と俺も答えてしまった。
みんな びっくりしてたけど。

先輩たちが囃し立てるなかで、俺は空想してしまった。
艦長の背中にあんなに傷を残すほど食い込む、班長の指・・・

うーっ、当分眠れそうにないっ!!!

その後、艦長が俺に
「雪のどこが好きなんだ?」
と聞いてきた。
俺は 「指です」
と答えたが、艦長は不思議そうな顔をした。

ふん、あなたみたいに正面から好きな人を見ていられる人に、俺の気持ちなんて判りっこないですよ!

それから、
「ヤマトの艦長を譲っても、雪だけは誰にも譲らない」
と、言われた。

艦長の話を聞いているうちに、俺はどうしてだか涙が出てきた。
『この人にかないっこない』
そう思うと、悔しくて情けなかったからかな。
俺はそのまま眠ってしまったようだっだ。

結局 泊り込んでしまった俺は、朝の光の中でまたあの指を見た。
散らかしたままのテーブルを片付けてくれていた。

はっきりと目覚めたとき、班長は艦長の髪に手を差し入れて笑っていた。
一目で風呂上りと判る艦長は、憮然とした顔をしていた。

・・・艦長、そんな顔するなら、僕の立場と代わってくださいよ・・・

島副長も、以前班長の事が好きだったと聞いた。
でも今は、平気な顔してこの二人と並んでいる。
いつか俺もそんな気持ちになれるんだろうか・・・
この胸が痛まない時がくるんだろうか・・・
でも、まだ無理です。
     

*** お わ り ***


土門くん語りです。先に発表されてた「ももさま」の作品と重なってしまうので、最初は違うタイトルで書き始めたのですが、最終的にはやはり「これしかない!」で、ここへ来てしまいました。この場を借りて、ごめんなさい。
土門くんキャラ、私は非常に好きなのでよく登場します。『またか』とおっしゃらず、許してください。
彼、かわいいでしょ? (29.My Sweet Home と併せてご覧ください)
by せいらさん(2004.7.14)
※せいらさんの029My Sweet Home は、近日公開予定です。お楽しみに!(あい)

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(背景:pearl box)