008 願い星
せいらさん作



その休暇、進と雪がわざわざ小高い山の上にあるコテージを借りたのには訳があった。
この数日の間がピークとなる流星群を見るため・・・というのがその理由なのだが、進も雪も、どうした訳かここへ来なくてはならないような不思議な気持ちにとらわれたのが本当のところだ。
実際、初めて訪れるはずのこのコテージに入った一瞬、言葉では説明できない既視感に眩暈がしそうになったのは雪だけではなかった。


(1)

《・・・ということで、今夜の流星群は各地で見られることでしょう・・・》

テレビからアナウンサーの声が流れた。

「雪、早くしろよ。」

雪は、風呂上りの濡れた髪を大急ぎで乾かすと、少しのおつまみとワイングラスを持ってベランダにいる進の隣に腰掛けた。
瞳を輝かせて星空を見詰める進の横顔を、雪も楽しげに眺めている。

(まったくこの人ったら、ほんとうに大人なんだか子供なんだか・・・)

大体、年中星の海の中にいるくせに休暇中まで天体観測なんて、いったいどういうつもりなんだか。

雪は、初めて訪れるはずのこの山荘に不思議なほどの懐かしさを感じながら、そして、進の子供に帰ったような瞳を見詰めながら、『それでもやっぱり来てよかった』微笑んだ。

天体ショーは、静かに始まっていた。


(2)

進はベランダから身を乗り出すようにして流星を眺めている。
今回の流星群は数十年に一度という大規模なもので、各地で観測会が開かれ天文ファンが集まっていた。
雪も進に静かに寄り添いながら夜空を見やった。

「宇宙からみる星空も美しいけど、こうやって地上から二人だけで見るのはもっと素敵ね。」

「そうだな。こんなことしても、騒ぎ立てる奴らもいないしな。」

進は雪を抱き寄せると、熱いキスを寄越した。

「もう・・・いやあね」

雪は頬を染めながらも、進の背に腕を廻して答えた。
恋人達の背後に、白く輝く流星が長い尾を引いて落ちていく。

進はまた、瞳を輝かせながら星空に心を馳せていった。
雪もまた、子供に戻ったような恋人の横顔を穏やかに眺めている。

「雪、ほら見てみろよ。あれ、大きいぞ!」

「あら、本当」

降りしきる流星の中でもひときわ明るく輝くその一条に、雪は思わず手を合わせた。

「何を願ったんだ?」

「うふふ、内緒。」

「ちぇっ。また『内緒』か」

「そうよ。また『内緒』」

二人は顔を見合わせて微笑みあった。
と、雪が怪訝な顔をして、再び夜空に目を戻した。

「あら・・・まだ消えてな・・い?・・・まさか・・・ねえ・・・」

進が雪の視線の先を見ようとした瞬間、暗いはずの夜空が真っ白に光を放った。

「えっ?うわあああっ!!」

派手な音と共に、進がひっくり返った。
雪はベランダの柵に体を持たせかけながら、凍りついたように固まっている。

「痛ってえ〜。一体なんなんだ・・・?」

進は頭をさすりながら、自分の体の上に覆い被さっている物体を除けようとした。

「なんなんだよ、これって・・・えっ?ぐにゃりって・・・えええええっっっ!!!」

さすがの古代進も大声で叫び、雪は口をパクパクさせるだけで声もでないようだ。

「おっ、おっ、お前は誰だっ!」

その物体は、おしりを擦(さす)りながらおずおずと体を動かした。

「ぼく、コダイススム。ここは何処?」

「なっ、なっ、なんだってぇぇぇ????」

進はススムから飛び退くと、素っ頓狂な声を挙げてその少年を見詰めた。
確かに見覚えのあるような、無いような・・・。

「俺が、古代進だ」

「僕もコダイススムだよ。」

進とススムは、お互いをひたと見詰めたまま動けないでいる。
そこへ、やっと動けるようになった雪が近づき、震える手でススム少年の頬に触れた。

「本当にコダイススム君なの? 君いくつ? お家はどこ? ご家族は?」

「本当にコダイススムだよ。僕、うそつかないよ。このあいだ8歳になったの。うちは三浦で、家族はお父さんとお母さんと兄さんと・・・」

進と雪は顔を見合わせた。
間違いない。彼は古代進だ。
いや、正確には8歳のコダイススム。

雪はまじまじとススム少年の顔を見た。
薄茶色の髪と瞳。意思の強そうな眉。ほっぺはふっくらとして少年らしいけど、この驚きながらも事態を理解しようとする利発そうな目と引き結ばれた口元は、進のそれに間違いない。
雪は顔を輝かせると、力いっぱいススムを抱きしめた。

「うそみたい! 本当に願いが叶うなんて!」


(3)

「雪、どういうことかな?俺にも解るように説明してもらおうじゃないか」

雪の様子を見ていた進の声が、皮肉たっぷりに響いた。

「何を願ったって?」

「いや、あのね、あなたがあんまり子供みたいに目を輝かせるから、『少年時代の進さんに逢わせて下さい』って・・・。だって、あなた子供時代の写真もないじゃない? でも、まさか本当に少年時代のあなたが現れるなんて・・・まさか・・・ねえ・・・・・」

「ふ〜ん、じゃあさっき流れ星に願い事したのはこれだったと?」

「そうよ」

「そしたらこいつが星から降ってきた、って事なのか?」

「たぶん・・・そう・・・みたい・・・」

雪が自信なさげに答えた。そりゃあ雪にだって信じられない。
進はもう一度「ふ〜ん」と唸ると、立ち上がってベランダに向かった。
今度は進が、星に向かって一心に何かを祈っている。

雪とススム少年は、訳が分からないまま部屋から進を見ていた。
しばらくすると進が先程と同じ白い閃光に包まれ、その手にしっかりと少女を抱えて現れた。
いつの間にか、外は闇夜に戻っている。

「進さん、その子って・・・」

「どう?」

「やっぱり・・・・・・」


(4)

少女は、進の腕の中で目を開くと、驚いて彼を見返した。

「よう、ユキちゃんだろ?」

「あなた、誰? ちょっと、ここどこよ」

「俺は古代進。まあ、君の将来の・・・」

ユキは体をよじって進の腕から転げ落ちると、キッと進を睨んで

「あなた、私を誘拐するつもりなのっ?!」

と、怒鳴った。
その後も手当たり次第、手近なものを進に投げまくったユキは、事の成り行きを呆然と見守っていた雪とススムに気付くと、肩で息をしながらいきり立った。

「あなたたちも仲間なのっ? 早く私をパパとママのところに帰しなさいよっ! うちはそんなにお金持ちなんかじゃないからね! 私を誘拐したって無駄なんだからっ!!」

ユキ嬢は真っ赤な顔で怒鳴りまくり、雪は少女とはいえ自分の言動に頭を抱え、進は面白そうにユキを見詰め、ススムは大きく目を見開いたままこの少女から目を離せないでいた。


「ちょっとあなた、いい加減に静かにしなさい。今からきちんと説明してあげるから、少し黙ってお座りなさい。」

雪が、もうたくさん、と言わんばかりにユキの口を塞いでススムの隣へ座らせた。
進も雪の隣に座ると、奇妙な4人が向かい合った。
雪が、この事態を整理するように簡潔に、そして子供にも分かるような言葉を選んで説明した。

「じゃあ、お姉さんが大人になった私ってこと?」

「そういうことみたいね。」

「信じられないわ。」

「・・・そりゃあそうよね・・・じゃあ、これはどう? あなたの宝物は熊のぬいぐるみのシンディだわ。6歳のお誕生日におばあちゃまに買ってもらったの。首輪のリボンは私とお揃いで、しっぽの切れ目に綺麗な色の石を隠しているの。違う? それに親友は同じクラスのりかちゃんで、誰にも内緒だけどりかちゃんの好きな人は隣のクラスのまあくんで・・・」

「・・・・・そう・・だけど・・・」

「じゃあ、信じて。」

「でも・・・じゃあ・・・どうして私、ここにいるの? いつママの所に帰れるの? どうやったら帰れるの?」

ユキの、幼いながらも美しく澄んだ瞳が潤み始めた。
大粒の涙がこぼれる・・・と思った時、大声で「うわ〜ん」と泣いたのはススムの方だった。
「お母さんのとこに帰りた〜い、わ〜ん」

進が口を開こうとするより早く、ユキが言った。

「男の子でしょ!そんなことで泣かないでよっ!みっともないわっ!」

ユキは自分の目にも涙を光らせながら捲し立て、雪は軽い眩暈を感じた。
ススムはその勢いにあっけにとられてユキを見詰め、進は・・・

「この子は間違いなく雪だな。出会った頃の君にそっくりだよ。」

くっくっと笑いながら少女を見ていた。


(5)

「進さんったら、笑い事じゃないわよ。この子達をどうするつもり?」

雪は、進に責任がある、と言うようにむくれて見せた。

「どうって、もともとは君だろ? それに、いつまでもこいつらがここに居たら俺達が存在できない訳だし、まあ、突然現れたみたいに突然消えるよ。」

「そんな無責任な・・・それに、私はまさか本当に少年のあなたが降ってくるなんて思っても見なかったけど、あなたは故意にこの娘を呼び寄せたのよ。」

「大丈夫だって。いざとなったら真田さんに相談すればいいさ。真田さんのことだから、『こんな事もあろうかと』って、もう何か開発してくれてるかもしれないだろ?」

「・・・何をバカなこと言って・・・」

「まあまあ。子供の前で親がケンカするのは良くないぞ」

「親って、誰が誰のっ!?」


泣いてグズる子供達と、困惑気味の雪と、事態を面白がっている進と――。

もう天体観測どころでは無くなった二人がふと気が付くと、泣き疲れた子供達がしゃくりあげながら眠っていた。

「いま一番不安なのは、他ならぬこの子達よね」

雪が子供達の髪を撫で付けながら呟いた。

「大丈夫だよ。自分のことだから自分が一番よく分かるさ。この子達は大丈夫。でもせっかく巡りあえたんだ、今、4人で過ごすこの時間を楽しまないか? どうせそう長くはないさ。今だけ・・・な?」

進が雪の肩を抱き寄せ、子供達を見下ろした。

「ねえ、進さん。あなた随分と『大丈夫』って言い切るのねぇ。いったい何をどう願ったの? 白状しなさい!」

雪に睨まれながら、進は意味ありげに笑ったまま言った。

「それこそ『内緒』だよ。」

「・・・っもう!」


そして事件は、その翌日に起こった。



      

「085.未来」へ続く


昨年の夏、掲示板で話題になった流星群からヒントをもらって書き始めました。
なので、ここでの「願い星」は流れ星になっています。
実はこのお話、何度も何度も書き直したので完成に半年もかかってしまいました。
雪ちゃんの「お願い」と古代君の「お願い」。
これは最初から変わっていません。
古代君がどんなことを願ったのかはラストのお楽しみです。

少しややこしいですが、大人の進と雪、子供のススムとユキ、と読み分けて下さいませ。
by せいらさん(2005.2.11)

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(背景:Holy-Another Orion)