010 不 安
望さん作

(1)
一緒に暮らし始めて間もないある深夜、進はぐっすりと眠っているはずの雪の声で目覚めた。

「古代君、どこに行くの?私はここよ!戻って来て!」

切羽詰ったその声に、がばっと身を起こした進は、雪の顔を覗き込んだ。起きている気配はない。が、頬を涙が伝っている。そして、両手は空を彷徨って、一生懸命何かを探している様子だった。

「どうした?雪、俺はここにいるよ。」
進は驚きながらも雪の手をしっかりと握りしめ、強く抱きしめた。雪の涙は、まだ頬を伝っている。

「雪、俺はここだよ。」

軽く雪を揺さぶり、背中を軽く叩くと、雪はやっと目が覚めたようである。

「あ・・・あぁ、古代君、よかった・・・。」雪は安心したように進の背中に腕を回し、胸に顔をうずめ、泣きじゃくり始めた。

進は、優しく雪の髪を撫で、力一杯雪を抱きしめた。

「大丈夫だよ、どこにも行かないから・・・。」

雪は、進の言葉にうなずいた。

「ごめんなさい。怖い夢を見たの・・・。」

夢の中で、雪は進の姿を探していたらしい。と、軍服姿の進が歩いていく背中が見えた。雪は進の名を呼んだ。が、いくら呼んでも叫んでも、振り返りもせず歩いていくのだという。真っ白い光の中へと・・・。追いかけて走っても、一向に距離は縮まらないばかりか、進一人だけが光の中へ吸い込まれていくのをただ黙って見ていることしかできず、大声で叫んだのだという。

「古代君、そばにいてくれたのね。ありがとう・・・。」

「このままでいるから、寝た方がいいよ。」と、雪に眠るように勧めたが、彼女は首を横に振るだけだった。「だって、また古代君、どこかに行ってしまうから・・・。」

そう言って、雪はありったけの力で進を抱きしめて離そうとしない。
また、と言った雪の言葉に進は引っ掛かるものを感じ、「もしかして、これまでもこんな夢をみたことがあるの?」と問いかけてみた。
雪は、小さく頷いた。

 「アルフォン少尉のところで・・・。」

 「そういえば、俺が死んだって聞かされたって言ってた、あの時かい?」

 「そう・・・。ずっと泣いていたし、同じような夢ばかりみてた。」

(かわいそうに、ずっと不安だったんだろうな・・・。)

進は、心の中に苦々しいものを感じた。

「やっぱり辛かったんだね・・・ごめん。これからはずっとそばにいるよ。」

そう言って、涙の跡の残る雪の頬にキスをした。

「ありがとう・・・頭ではわかっているのにね・・・でも、なぜだか不安なの・・・。」

また、雪の瞳から涙がこぼれだした。

進は、雪を力一杯抱きしめ、「大丈夫だよ、どこにも行かないから。」と雪の耳元で優しくささやいた。
それより他に、何がしてやれるのだろう。進には、何も思い浮かばなかった。
ただ、雪を精一杯の愛情を込め、抱きしめること以外には。

やがて彼女は、安心したのか規則正しい寝息をたてはじめた。
進は彼女を見つめたまま、まんじりともしなかった。

 翌朝、進は佐渡先生に電話をかけ、雪の様子を話した。

「うむぅ・・・。」進の話を聞いた佐渡先生は、しばらく考え込んでいた様子だったが、やがて「恐らくは、パニック障害じゃろう。」

つまりは、こういうことである。進が死んだと聞かされて大変なショックを受けた雪だが、重核子爆弾の秘密を聞き出すこともあの状況では雪にしかできない非常に重大な任務だった。そのことによる緊張状態が、逆に雪のショックを忘れさせていたのだが、任務も完遂した今、責任感や緊張が解けて、一生懸命おさえこんでいた不安がよみがえったのではないか、というのが佐渡先生の見解だった。

「なるほど・・・。」やはり、雪は不安と戦っていたんだ、と古代は申し訳なく思った。

「抗不安剤と精神安定剤を処方して届けさせるから、雪に飲ませてやってくれぃ。ただし、それはあくまでも対症療法じゃ。一番の薬は、古代、お前なんじゃからな。しばらく二人とも休暇取ってのんびり過ごすのが一番じゃ。診断書を司令長官に届けておくからな。一ヶ月ゆっくり休むことじゃ。」

「ありがとうございます。佐渡先生。」

「それからな、古代、お前さんも自分を責めるでないぞ。あの状況下では、全てが仕方の無かったことじゃ。今は、自分たちのことだけを考えるんじゃ。いいな。」

言い終えると、佐渡先生は電話を切った。

 (休暇か・・・。)

進は少し迷っていた。元々、お互いが落ち着くまでは地上勤務を願い出ることにはしていた。が、休暇となると、簡単に取れるものでないことは想像に難くなかった。しかし、昨夜の雪の様子を見る限りでは、ずっとそばについていてやりたい。

雪は、まだ安らかな寝息を立てて眠っていた。起こさないようにそっと寝室を出ると、気分転換にシャワーを浴びた。なかなか考えがまとまらない。

朝食の準備をしようとしていると、電話が鳴った。司令長官からだった。進は、テレビ電話に切り替えた。

「長官、おはようございます。」

「おはよう。早速だが、今佐渡先生から診断書を受け取った。雪君の様子はどうだ。」

「はい、今は眠っていますが、昨夜は少し・・・。」

「そうか。今回の戦いでは、重責を担ってくれたからな。可哀想なことをした。事務的な処理はこちらでさせておくから、一ヶ月間、ゆっくり休むように伝えてくれたまえ。」

「ありがとうございます。長官。」

「それから、例の噂の件だが・・・。」

雪も努めて気にしないようにしていたようだが、かなり上部でもまことしやかに語る者がいたことは確かで、長官もその都度注意はしていたらしい。今回の雪の件と、心無い噂とは明らかに関連性があるので、今後一切言わせないように警告し、そのようなことがあれば厳重な処罰も検討する、と長官は進に約束した。

「お心遣い、ありがとうございます。」

「それと、君のことだが。君も雪君同様、一ヶ月間休暇をとりたまえ。」

 進は、意外な展開に驚いた。

「しかし、自分は・・・。」進は、地上勤務を願い出ようとしたが、長官は話を続けた。

「いや、古代、診断書には処方箋も参考資料として添付されておってな、この通りだ。」

長官は、画面越しに処方箋を見せた。

処方には、佐渡先生の金釘流で『抗不安剤1×3回一ヶ月分、精神安定剤1×3回一か月分の他に、でかでかと、

 古代進 一ヶ月分

と書いてあるではないか。

「・・・!」進は、絶句した。

「そういうことだ。雪君のそばについていてくれたまえ。よろしく頼んだぞ。」

進は、佐渡先生と長官の配慮に、胸が詰まった。

「長官・・・なんと言ったらいいのか・・・。」

「雪君には、君が何よりの薬だ、ということだよ。私も優秀な秘書を失いたくないからな、早く元の雪君に戻って、復帰してほしいのだよ。それから、古代、休暇後はしばらく地上勤務を頼みたい。宇宙戦士訓練学校から、是非君を教官にという話しがあってな。引き受けてもらいたいのだが。」

 進にとっては、願ったり叶ったりの話だった。もちろん、これも長官が手配してくれたことに間違いないと進は思った。

「はい、喜んで務めさせていただきます。」

「それではな、雪君によろしく伝えてくれたまえ。」

進は画面の前でしばし呆然と立ち尽くしていた。
心底、ありがたいと思った。

と、突然、進はふわっと後ろから抱きすくめられた。

「おはよう、古代君。目が覚めたらいないから、どこかにいっちゃったかと思ったわ。でも、リビングの方から声が聞こえたから、ほっとした・・・。」

進は、雪の方へ向き直し、唇に軽くキスをした。

「おはよう。大丈夫だよ。ずっといるから。」

「じゃぁ、シャワーしてから朝食の支度するわね。ちょっと待っててね。」

雪は、バスルームへ向かった。

玄関の呼び鈴が鳴った。中央病院からのデリバリーサービスで薬が届いた。一緒に花束も付いていた。メッセージカードには綾乃の字で「お大事に しばらくお見舞いは遠慮しておきます。落ち着いたら、電話ちょうだいね。」とあった。

キッチンにいる雪に花束を見せに行くと、今度は携帯が鳴った。

「はい、古代です。」

「あ、おはようございます。相原です。雪さん、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。今は落ち着いてるよ。さすがに情報早いな。」

「本当はすぐにでもお見舞いに行きたいんですけど、しばらくは遠慮したほうがいいなって、南部さんと相談して、とりあえず電話したんです。あ、南部さんにかわります。」

「もしもし、大変ですね。何か俺にできることがあったらと思って電話したんだけど、もし雪さえ良ければ、南のリゾートのコテージとかでのんびり過ごすのもいいかなぁ、と思って。でも、無理に勧めるのは良くないらしいから、もし彼女にその気があったら、いつでも手配するから、連絡してくださいよ。」

「あぁ、ありがとう。助かるよ。本当に、ありがとう。また、連絡するから。」そう言って、進は電話を切った。

その後も、島や真田さん他、ヤマトのクルー達、雪の友人や職場の仲間達から電話やら花束、ケーキ、色々なものが次々と届いた。その数たるや、リビングを埋め尽くさんばかりだった。

朝食の準備を終え(といっても、すでにブランチの時間だったのだが)、リビングへやってきた雪は、びっくりした。

「うわぁ、綺麗なお花・・・私の大好きなケーキも・・・。」

「それだけみんなに慕われてるってことだよ、雪。今日から、二人で一ヶ月間の休暇だ。」

進は、雪を優しく抱きしめた。

「えっ?急に、どうして?」

「とにかく、朝食食べながら話そうか。せっかく作ったのが冷めてしまっちゃな。」

(2)

テーブルで朝食をとりながら、雪の昨夜の夢のこと、パニック障害のこと、雪には休暇が必要で、長官や佐渡先生がいろいろと配慮してくれたことを話した。

「でも、お仕事が・・・引継ぎもちゃんとしないと・・・」と、雪は少々不満げだった。

「ほら、それだよ。君はすぐ気丈にふるまおうとするから、ついつい無理を重ねてしまうんだよ。今回はかなりのショックを任務や責任感で覆い隠してしまって、結果的に、ほっと安心した途端にそれが表面化してしまったんだ。いまのうちにちゃんと治療しておかないと、あとからでは時間ばっかりかかるんだぞ。すぐに良くなるさ。ずっと一緒についてるから。」

「一緒に?ずっと?」

「そうだよ。」

「うれしい・・・。」雪は、満面の笑みで進を見つめた。見慣れているとはいえ、進は少しドキッとした。

その時、進の携帯が鳴った。南部からだった。

「あ、古代さん、さっきの話なんですけどね。ちょっと調べてみたんですよ。そしたら、南のプライベートビーチリゾートで、コテージが開いてたんですよ。しかも、心理カウンセラーとか、心療内科医とかが常駐してて、各種セラピーもやってるんです。イルカと一緒に泳げたりするらしいんですけど、雪さん、どうかなぁ・・・今日からでも予約できますよ。」きっと、ちょっとどころか一生懸命調べてくれたんだろうなぁ、と思いながら進は

「それは良さそうだなあ。雪に直接話してみてくれるかい?」と、電話を雪に渡した。

「雪、南部からだよ。南のリゾートに行かないかって。」

「あ、もしもし、南部さん?・・・ええ。・・・・」

進は、朝食の後片付けを始めた。雪の声が弾んでいくのが聞こえる。

雪は、洗い物をしている進のところへやってきて、「ねえ、古代君、イルカと泳げるんですって。楽しそうね。連れてってくれる?」

うれしそうに語る雪の願いを、進がダメだといえるわけがない。

「ああ、いいよ。」

「南部さん、古代君、OKですって。今、かわるわね。」

「いつもすまないな、南部。実のところ、どうやって過ごすか、考えていたところなんだ。助かったよ。本当に、ありがとう。」

「いやぁ、雪さんのためなら。我らが生活班長ですからね。早く良くなってもらわないと。それじゃあ、どうしますか?いつ出発します?」

「じゃあ、明日にしようか。」雪に問いかけながら南部に返事を返す。雪は、うなずいた。

「わかりました。明日の一便と、コテージ一ヶ月予約しておきますね。明日空港まで行きますから、荷物だけ持ってきてください。では、明日。」

いつも南部は、何かといっては色々と気遣ってくれる。本当に、ありがたい。心の中で、そっと手をあわせた。

雪は、早速出発の準備を始めていた。
大体、いつも荷物が多いのは雪のほうだ。進は、「荷物は必要最小限で十分だよ。無人島に行くわけじゃないんだし、足りなければ向こうでなんとかなるから。」と釘をさしておいた。進は、Tシャツ数枚と下着、もしものためにフォーマルウェアを一着、水着、小物類をスーツケースにつめた。

まぁ、男の準備なんて、簡単なものだからな。と雪を見ると、まだ用意をしている。それでも、ヤマトに乗るときには、必要最小限の荷物の携行しか許されていないので、雪も慣れているらしく、程なく荷造りは終わった。

「それより、頂き物のお花とか、ケーキ、どうしたらいいかしら。」

「う〜ん、ケーキは食べるとして、お花は・・・そうだ、今から三浦に行って来ないか?」

「そうね、それじゃぁ、クッキーとか、サーシャちゃんに持っていってあげることにするわね。」

サーシャの名前を聞くと、進の胸はやはり痛む。

(俺も、気持ちの整理が必要なんだな・・・)

雪のこともさることながら、この休暇で気持ちに区切りをつけてしまおう、と進は思った。

花束やお菓子を持って、二人は三浦の古代家の墓参りへ向かった。

お墓は見晴らしの良い高台にある。

二人は、お線香を立て、花を飾り、手を合わせた。

「サーシャちゃん、お菓子気に入ってくれるといいけど・・・。」

「きっと、気に入ってくれるさ。今頃5人で仲良くやってるんじゃないかなぁ・・・。」

「そうね。私たちも、負けてられないわね。」雪は、微笑んでそう言った。

「あぁ、負けないさ。」雪の肩を抱いて、進は答える。

雪は進と腕を組み、「そろそろ、帰りましょうか。帰ったら夕方になるわ。」進は、雪の腕をとって歩き始めた。

車でマンションまで戻ってくると、そろそろ日が沈む頃だった。

二人で一緒に冷蔵庫の残り物で夕食を作り、食事をし、紅茶と一緒に頂き物のケーキを食べ、雪が夕食の後片付けをしている間に、進は風呂の準備をした。

「雪、先に入っておいでよ。」進は雪に勧めたが、雪は首を横に振って「お願い、一緒に入りましょ。」と進を誘った。(一人が怖いのかな・・・)と思い、進も一緒に入ることにした。

普段は「のぞかないでっ!」と言うくらいなので、一緒に入るのはさすがに初めてだった。どうしたものかと思いつつ、せがまれるまま雪の身体を洗ってやり、自分も身体を洗って湯船にゆっくりつかって上がった。

「はぁ・・・。」進の、長い一日が終わった。と、頂き物のお礼を言っていないのに気付き、早速電話をかけた。皆「ゆっくり休んでくださいね。」と好意的だった。きっと、二人のいない分のしわ寄せが来るだろうにもかかわらず。

最後に、島に電話をかけた。島は、「雪が早く良くなるように祈ってるよ。それから、明日は空港まで送っていくから。6時に行くよ。寝坊するなよ。」と言って電話を切った。

「雪、みんながこんなに親切にしてくれる。本当にありがたいことだよな。」

「ええ、本当にそうね・・・。」リビングのソファーで、雪は進の肩にもたれかかっていた。

「さぁ、明日も早いし、今日はもう寝るか。」

進は雪をつれて寝室へ行こうとした。が、雪は立ち止まったまま「ねぇ、また夢をみたらどうしよう・・・」と不安そうな顔になった。

「大丈夫。一晩中抱いていてやるよ。」進は、雪にキスをした。

「ありがとう・・・」雪は、進に寄り添うように寝室に入った。
ベッドに入り、進の腕の中に抱きしめられると、雪は安心したようだった。

進は雪のおでこにキスをした。「お休み、雪。」

「おやすみなさい・・・。」

やがて雪が安らかに寝息を立てて眠ったのを確認すると、進も眠りに入っていった。

翌朝、二人が荷物を持ってマンションの入り口まで降りていくと、島はすでに来ていた。

「よっ、お二人さん、ゆうべはよく眠れたかな?」などと言いながら荷物をトランクに詰め、車を発進させた。

「雪、しっかり古代に甘えて来るんだぞ。めったにないチャンスだからな。」

「ええ、そうさせてもらうわ。一ヶ月の休暇を一緒に取れるなんて、これから先もあるかどうかわからないですもの。」そう言うと、雪はうれしそうに微笑んだ。

「あ〜あ〜、ごちそうさま。全く、雪もこんなヤツのどこがいいんだか・・・・」と、からかうように島は笑いながら言った。

「こんなヤツってなんだよ、島ぁ、ひでぇなぁ、全く・・・。」

そうこうするうちに、空港に着いた。
出発ロビーには、相原、南部、大田が来ていた。

「おはようございます。ホントはみんな見送りに来たがってたんだけど、あんまり大勢だとなんだか大袈裟なんで、自分たちが代表で来ました。」

「古代さん、これ、往復のチケットと、ホテルの予約確認証です。楽しんできてくださいね。」

「ありがとう、南部。いつも世話になるな。」

「ホントに、ありがとう。」

二人が搭乗手続きを済ませると、

「それじゃぁ、これから仕事なんで、これで失礼します。お気をつけて。」

そう言って三人は帰っていった。

「じゃぁな、俺もこれで帰るよ。それじゃあ。」と、島も帰っていった。

「あぁ、ありがとう。」

それじゃあ、俺たちも行くか。進は雪の手を引いて、出国手続きへと向かった。

二人の気持ちは既に、南の明るい太陽と青い海へ向かっていた。

一ヵ月後、晴れやかな顔と、すっきりした気分で戻ってくることを誓って。

おわり


いつも気丈な雪ちゃんだけど、きっと、古代君が死んだって聞かされた時のショックは計り知れないものがあっただろうなぁ、って思いました。
でも、古代君の深い愛情で、きっとすぐ良くなるだろうなって思いながら書きました。
by 望さん(2006.3.1)

close

(背景:pearl box)