014 記念写真
いずみさん作
それは、気紛れなつむじ風の様に彼の前に舞い降りたのだった。
今は、23世紀初頭。宇宙戦艦ヤマトが第2の地球探しに旅立ってから、早3ヶ月。人類が移住出来そうな星は、まだ残念ながらみつからない。
新人の土門竜介は生活班長室で資料の整理に勤しんでいた。ちらちら時計を眺めながら。
「そろそろ来るぞ。10、9、8、7・・・・・」
カウントダウンを始める土門。
3,2,1、到着。
ドアが開いて女神様ならぬ森雪生活班長、時間ぴったりにご帰還である。
「土門君、会議の資料できてるわね。」
土門が手渡す資料をざっと点検した班長、にっこり微笑んだ。
「ありがとう。これだけ1人で出来ればもう私なんか出る幕がないわね。」
「そ、そんな事は無いです。まだまだ半人前ですから。」
分刻み(もしかしたら秒刻みかもしれない)のスケジュールに追われていても、優しく微笑みながらねぎらいの言葉をかけてくれる生活班長に、土門内心はメロメロである。
「じゃあ行ってきます。留守番よろしくね。」
「了解しました。」
ドアの外に去っていく雪を敬礼しながら見送る土門。班長の愛の微笑み(彼にはそう見える)を思いだし、にへら〜っとしていたら、目の前のドアが突然開いた。
「土門君、大事な資料を私、部屋において来ちゃったの。大至急、とって来て!!」
「へっ?」
「これ鍵よ。机の上にあるから大至急『中央大作戦室』に届けてね。」
云いたいことだけ行って土門の手にキーホルダーを押し付けた生活班長、やって来た時と同じ様に風のように消えた。残されたのはボーゼンとそれを見送る土門竜介だけであった。
そういう訳で、彼は今、雪の私室の前にいる。
本当に入っちゃって良いのか?と一瞬躊躇した土門だったが、彼にとって生活班長の命令は絶対である。それも『大至急』なのだ。
とりあえず周りを伺うと(それは何故?)意を決した彼は鍵を開け、えいっとばかりに未知なる空間へ突入したのである。
室内はすっきりと片付いていた。生活班長の甘い香が漂っているような気がしてにへら〜っとしかけた土門だが、辛うじて班長の命令を思い出し机に歩を進めた。なるほど、机の上に資料の入ったフォルダーがある。それを手に取る。すぐに踵を返して大作戦室へ向かおうとした土門だが、もう『一生入れないかもしれない!!』と思い直し、部屋をしげしげと見回してみた。
すると。
机の横の壁に1m角程のコルクボードが張ってあり、そこにピンで沢山の写真が留めてあるのが目に止まった。
『少しだけ、ちょっとの間だったら良いですよね、班長。』
大至急のお使いを頼まれた土門君、写真に見入ってしまったのであった。
中央に大きな写真。10人ほどの男女が何かの機械をバックに笑っている。
『これってコスモクリーナーDだよな。ってことは班長たちがイスカンダルから帰ったときの記念写真か。うわぁ、班長、綺麗でカワイイ!!あと、これって、艦長に副長たちだよな、みんな若いよなぁ。今の俺と歳あんまりかわらないんだもんなぁ。おっと、アナライザー、こいつは艦長と班長の間に割込んでやがる。そういうとこは今も昔も変わんないんだなぁ。』
それを中心に何枚もの写真。皆、ヤマトの乗組員のようだ。制服姿や私服のもの、場所も年代もまちまちでバラエティに富んでいるが、共通点がひとつあるのに土門は気づいた。
『この写真、みんな、笑ってる・・・。』
そう、その写真の中の人物は皆笑っていた。土門は気づかなかったが今までの戦いで散っていった多くの戦士たちもが、その写真の中では、生きて、元気に笑っていたのだった。
その中に土門は自分の写真を見つけた。厨房のスタッフに囲まれて楽しそうに笑っているショットだった。
『それにしても、艦長の写真が見当たらないよなぁ。』
班長と艦長が婚約していて、地球ではもう一緒に住んでいたということを少し前に土門は知った。それは彼にとっては青天の霹靂で。ショックの余り2,3日はボーっとしてしまい、敬愛する班長からお小言をくらいまくってしまった程だった。今でも胸はまだ疼くのだが、班長に笑いかけられると、そんなことも忘れてにへら〜っとしてしまう土門なのである。
『え〜っと、これは島副長だし、これは南部砲術長。艦長、艦長っと、あっ、あった!』
艦長が1人で写っている写真は2枚在った。そしてその2枚共が、土門の知らない優しい微笑をたたえてこちらを見ていた。
『艦長もこんな風に笑うんだな・・・。』
土門の胸がズキリと疼く。そして、この写真を撮ったのは班長だろうな、と思う。婚約者だけに見せる優しさがその写真には宿っていたから。
だが、その艦長の写真は何故か端の下の方にあった。私室に飾ってある写真なのだから、もっと目立つところに張っておくのが普通だろうに。
『どうしてこんなところにあるんだろう。う〜ん、もしかして・・・。』
土門は部屋の中をあちこち移動し、遂にその写真を見るベストポイントを発見した。それは、やはりと言うべきか、机に向かって座ったところと、ベットの枕元なのだった。
『そうだよな。ここで朝に夕に艦長に話しかけてるんだろうな、班長・・・。』
艦内で誰よりも雪と多くの時間を過ごしている土門である。班長たちの恋人同士の時間などないことは誰よりも良く知っている。
だが。しかし。雪が古代の写真に向かって語りかけているということを考えるだけで、土門の胸は疼くのだ。
『・・・そうだ、これをこうして・・・。』
何らボードに向かって手を動かした土門、2、3歩下がって満足そうに頷いた。
『一夜の夢なら、許してくれますよね、班長。』
そう呟くと微笑む土門。
だが、しかし。
その瞬間自分の使命を思い出し、泡を食って雪の私室を飛び出していく土門であった。
「ふん、ふん、ふ〜〜ん、明日は楽しいカレーの日♪」
そう、明日は金曜・週末・カレーの日である。単調な艦の生活の節目として、ヤマト艦内では毎金曜日の夕食にカレーを出す。これはイスカンダルの航海からの慣習で、乗組員たちにもとても評判が良い。勿論厨房員たちも腕を奮い、前日の仕込みは怠らない。
そしてその夜。何処となくカレーの香りを漂わせた森雪生活班長が私室にご帰還あそばしたのは、山積の仕事のせいでやっぱり午前様。ヘロヘロの体に鞭打ってシャワーを浴びると、ベットに倒れこむ。
「今日も一日よく働いちゃったわね〜〜〜。あらっ??!!」
いつも話し掛けるポジションの写真が変わっている。それは勿論、土門大介の笑顔の写真。
雪はくすっ笑うとその写真にウインクをした。
「まぁ、たまにはいいわよね。あ、そうだ・・・。」
雪はボードに歩み寄ると、コスモクリーナーDの記念写真の裏から1枚の写真を取り出した。それは、最初の旅で古代と展望室で写した記念写真だった。もっと堂々と飾っておけばいいのだが、どこか恥ずかしくて隠してしまう記念写真。
「そう、あの頃は・・・。」
まだ2人は単なる同僚で、全然全く恋人未満。それから時は過ぎ、幾多の困難に阻まれ、九死に一生を得、別れ別れになってもお互いの無事を信じ、そして2人はまたヤマトで旅をしている。
「あの夜も、カレーだったのよね。」
写真を撮ったウキウキ気分のまま、雪はカレーを盛り付けた。その輝くばかりの笑顔に、恋に落っこちてしまった乗組員が多数出たことを雪は知らない。たかがカレー、されどカレーである。ヤマト乗組員にとって、やはりカレーは色々な意味で特別なものなのだ。
『明日も笑顔でカレーを盛ろう。この航海が順調に進むように祈りを込めて。』
雪はそう誓うと、大切な記念写真を胸に抱いて眠りについた・・・。
その頃、艦長室では。
古代艦長が深夜にもかかわらず、真面目に書類に取り組んでいた。のだが。
「ググッ〜〜〜!!」
腹の虫が大音量で鳴り、古代艦長ははっと我に帰った。
「あ〜あ、腹減ったなぁ。眠いよなぁ。今なら『雪のコーヒー』何杯でも飲めそうだなぁ。」
伸びをしながら呟く古代艦長。『雪のコーヒー』とはメインスタッフ間の隠語、勿論『眠気覚まし』のことである。
「おっ、そうだ。明日はカレーだよな。よし、もう一頑張りするか。」
再び書類に向かう艦長。古代の中では夢もロマンも何も無く、ただ単に『カレー=美味しい食べ物』なのだ。だが彼の仕事の効率を上げるのには、多大な貢献をしているようなので、やはりカレーは彼にとっても特別なものなのだろう。艦長室の夜は更けていく・・・。
そして、新人土門は早くも夢の中。枕を抱きしめて満面の笑顔、楽しい夢を見ているようである。だが、しかし。浮かれまくっていた彼は、目覚ましをセットするのをうっかり忘れている。明日の朝は無事起きられるのか? 寝坊して朝から拳骨か? そんな自分の運命も知らず、ひたすら眠りをむさぼる土門であった。
宇宙戦艦ヤマトの航海は続く。そして旅の終わりに何が待っているのかは、誰も、知らない・・・。
おしまい
食卓を彩る恋愛レシピ第7弾『土門君の大冒険(?!)編』です。(少なくとも前半部分は・・)
で、メニューはカレー(笑)。
Part1で、展望室の記念写真を撮った後、雪ちゃんが「仕事があるから・・・。」と去って行きますよね。『その仕事って何?!』ってず〜〜っと思っていたものですから(笑)、これを書いて積年の思いが晴れました。
で。今晩あたりいかがでしょう、カレー♪
by いずみさん(2005.6.2)