016 イスカンダル
望さん作
 「兄さん・・・。」

守は、聞きなれた弟の声で目が覚めた。

「進・・・進じゃないか!」

冥王星でみつけた「ゆきかぜ」と、兄の愛銃。

「兄さ〜ん!」、いくら呼べど叫べど、返事はない。聞こえるのは、ただ雪と氷の舞う、冷たく乾いた風の音だけだった。兄はもうとっくに死んだものとあきらめていた。

その兄、守が今、目の前にいる。

「生きていたんだね!兄さん!」進の顔は、今にも泣き出しそうにぐしゃぐしゃになっている。

ほとんど死人同様だった守は、最新の医療と、スターシャの手厚い看護を受け、このイスカンダルの地でよみがえっていたのだ。
二人の再会に立ち会った雪も、そしてスターシャも涙を禁じえなかった。

スターシャは、その場を静かに離れ、自室へ向かった。

(あの人が・・・守が行ってしまう・・・)

いつかこの日が来ることを覚悟していたはずなのに、涙が止まらなかった。

ドアをノックする音がした。

「森雪です。入ってもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ。」

雪の表情は、いつになく固かった。

「スターシャさん、あなた、古代守さんを愛してらっしゃいますね。」

「えっ?」

「このまま、古代守さんを地球に返していいんですか?待っているだけでは、愛は実りませんわ。」

雪の言葉に、スターシャの目からはほろほろと涙が零れ落ちる。

「ええ・・・愛しています。誰よりも。」

「それなら、行動あるのみですわ、スターシャさん。」

雪は、スターシャにハンカチを渡しながら、そう励ました。

「なんて偉そうなこと言ってますけれど、私も同じなんです。好きな人がいるのに、言えないんです。というより、それとなく気持ちを伝えているんですけれど、鈍感なのか、全然気付いてくれないんです。」

スターシャは涙をハンカチで押さえながら、

「そう・・・それはきっと、守の弟さんね。お会いしたばかりの私も気付いたのに、彼、気付いてないのね。あなたも、行動あるのみね。」と微笑んだ。

「ええ。でも、まだ私たちには任務がありますから、私は地球に帰ってから気持ちを伝えようと思っています。でも、スターシャさんは、守さんを帰してしまったら、もうチャンスがなくなってしまうんですよ。勇気を出してくださいね。」

雪も、微笑んだ。

 その後、守とスターシャは、病床の沖田艦長を見舞いに、艦長室へ行った。

「いやぁ、古代、生きとったか、良かった。スターシャさんも、わしたちと一緒に地球に来てくださらんか。」

「いいえ、私はこの星を離れるわけにはいきません。」

「そうですか・・・それでは仕方がありませんな。いろいろとお世話になりました。本当にありがとうございました。」

ヤマトは、すでに荷物の積み込みを終え、後は出航を待つばかりとなっている。

守は一緒に地球へ帰ることとなり、甲板でスターシャと最後の別れを惜しんでいた。

「さようなら、スターシャ。元気で・・・。」

「あなたも、守・・・。」

二人は、名残惜しそうにいつまでも見詰め合っていた。

スターシャは戸惑いながらも、「行動あるのみ」という雪の言葉を思い出し思い切って「守・・・愛してるわ・・・」と言うと、守に泣き顔を見せまいと走り去っていった。

「スターシャ!」守も、彼女の後を追って駆け下りていった。

「兄さん!」進の呼ぶ声に、一瞬止まったが、「進、許してくれ・・・」と言い残すと、スターシャの乗るボートに飛び乗り、彼女を抱きしめた。

(兄さん、そうだったのか・・・)

やっと再開できたたった一人の肉親。しかし、進は共に帰ることよりも、兄の幸せを望んだ。

「兄さん、元気でね!」宮殿へ向けて動き出したボートに、進は大きく手を振った。

「兄さんとスターシャさんは、新しいイスカンダルのアダムとイブになったんだ。次は俺たちの番だ。」進と雪は、向かい合ってうなずきあった。

そして、ヤマトは地球へ向けて発進した。

守とスターシャは、やがて大気圏から離脱していくヤマトを宮殿から見送っていた。

スターシャは、守にそっと寄り添い、「本当に、これで良かったの?」と尋ねた。

「ああ、地球はもう大丈夫だ。俺がいなくても、進も立派にやっていけるさ。」

守は、スターシャを抱きしめ、唇に軽くキスをした。
彼もまた、スターシャへの気持ちから、地球への帰還を躊躇していたのである。

手厚い看護を受けながら、スターシャの優しさに守はいつの間にか愛を感じていた。

しかし、自分は一介の地球人、スターシャは女王という立場にある。その彼女に求愛するなど、あまりにも大それたことと、守は自分の気持ちを抑えていたのだった。

「まさか君が、俺なんかを愛してくれていたなんて思いもしてなかった・・・。」

「あなたがいつか、地球へ帰ってしまうだろうって考えたら、言い出せなかったのよ。」

最初に守を救出した時は、助かる見込みもほとんどなかったが、最先端の医療技術を駆使し、自ら手厚く看護をするうちに、本人の持つ自然治癒力もさすがに強かったのだろう、意識を取り戻し、身体のほうも見る見る回復していった。

イスカンダルからほとんど外へでたことのないスターシャは、守の語る宇宙の話、地球の話、家族の話などを通じて守の人柄がわかってくるにつれ、どんどん守に惹かれていったのであった。いつの間にか、この人とずっと一緒にいたい、そう思うようになっていた。

互いに思いを寄せていながらも、それを口にすることのできないもどかしさ。
二人とも、いつか訪れる別れのときを思うと、ひた隠しに気持ちを隠していたのだ。

「こんなことなら、もっと早くに告白すればよかったんだ。愛してるよ、スターシャ。」

「守・・・。」

二人には、もう言葉は必要なかった。

互いに強く抱きしめ合い、唇と唇が重なる。やがて唇が離れた時、スターシャは守を寝室へと誘った。守も初めて足を踏み入れる場所だった。

 高い天井、天蓋付のベッド、天窓からは宇宙の星の光が差し込む。
二人並んでベッドに腰を下ろす。

「地球では、どのように愛を交わすのですか?」とスターシャは尋ねた。

「君は?こういうことは初めてだろう?」

スターシャは、守の胸に顔をうずめ、恥じらいを見せながらうなずいた。

「わかった・・・じゃぁ、俺のすることがイヤならイヤって、はっきり言ってくれ。お互い手探り状態だから・・・ゆっくり・・・。」

スターシャのドレスを脱がせながら、守はゆっくりと彼女をベッドへ横たえた。

自分の服もすべて脱ぎ捨て、スターシャの隣に横になる。
ゆっくりと、互いを慈しみながら、愛し合う。

守は、優しくスターシャを愛撫し始めた。スターシャは、目を瞑り、さすがに緊張しているのか、身体に力が入っている。

「スターシャ、気持ちを楽にして。怖くないから。愛してるよ。」

守は、スターシャにキスをした。彼女は、ためらいながら、おずおずと守の背中に腕を回した。

「愛してるわ・・・守。」スターシャは守のなすがままに身体を預けた。

やがて、彼女から歓喜の声が上がり始める。

「あぁ・・・。」

「気持ちいい?」

「ええ・・・とても。」吐息まじりにスターシャは答える。

「それじゃぁ、君の中に入るよ。力を抜いて。」

守は、ゆっくりとスターシャの中へと入っていく。少しずつ、彼女が痛みを感じないように、とても優しく。

一瞬、スターシャは小さく苦悶の声を漏らしたが、それはすぐに甘い吐息へと変わっっていった。

「大丈夫?痛くない?」

「さっき少しだけ・・・でも、もう大丈夫。」

今、二人は長い時間をかけて一つになったのだった。

そして、ゆっくりと、守は動き始めた。

「あぁ・・・ぅん・・・あ・・・」スターシャは、白い首筋を見せながら、少しずつ昇りつめていっているようだった。
そして、守も・・・。

 しばらく、守の腕の中で余韻にひたっていたスターシャは、守の胸にキスをすると、

「これが、愛なのですね・・・。守、あなたはとても暖かい・・・。」と言った。

「やっぱり、イスカンダルに残って良かった。もう少しで君を失うところだったよ。」

守は、スターシャの額にキスをした。

「すべては、森雪さんのおかげよ。」

「森雪・・・君の妹に良く似た、彼女のことかい?」

「ええ。」

スターシャは、彼女に背中を押され、守に愛を告白することができたのだと語った。

「そうか・・・。感謝しなくちゃな。」

でもね、とスターシャは少し笑いながら、彼女も私と同類なの、と言った。

どうやら、守の弟のことが好きらしいのに、まだ愛を告白してないし、それとなく自分の気持ちは匂わせているのに、進が全く気が付いてくれないと嘆いていたと守に告げた。

「ぷっ・・・はははは・・・あいつらしいや。」

守は、大声で笑い出した。

「前に話しただろう?弟は、一つのことに夢中になると、ほかの事に気が回らない性格だって。あいつ、今は任務のことで精一杯で、それとなく匂わせた程度じゃ、全然気が付くはずがないんだって、絶対。くっくっくっ。」

スターシャも、守につられて笑い出した。

「だけど、きっと進さんも、彼女のこと好きだと思うわ。勘だけど。」

「ああ、そうだろうな、多分ずばりストライクってところだな。」

きっとそのうち、サーシャにそっくりな彼女は、私の義理の妹になるんだろう。
彼女は、そう確信した。

ねぇ、乾杯しない?スターシャは、守にワインを勧めた。

二人でグラスを掲げ、

スターシャは「ヤマトの、地球への無事帰還を祈って。」

守は、「不器用な弟の、恋の成就を祈って。」

乾杯、とグラスを合わせようとした瞬間、「ちょっと待って、もう一つ。」と守が待ったをかけた。

「俺と、君が夫婦になった記念に。」

乾杯。

この幸せが、永遠に続けばよかったのに、と思うと涙がこぼれそうになります。
by 望さん
本当にその通りですね。どうしてこの二人にあんな悲しみを与えなければならなかったのでしょう…… この二人に関してだけは、続編などなければよかったのにと思います。
あい(2006.5.10)

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(背景:Holy-Another Orion)