019 ただいま
望さん作
010「不安」、026「ふたり」からの続きとなっております。まだの方は、そちらをご覧になってからお読み下さい。(作者注)
小鳥のさえずりで目が覚めた。進はまだ眠っている。
「お帰りなさい・・・古代君。」囁くようにそう言うと、雪はそっと進の頬にキスをした。
「ん・・・・ただいま・・・。」眠っているはずの進だが、抱きしめている腕の力に少しだけ力がこもった。目が覚めたのかな?と雪は思ったが、進は相変わらず眠っている。
進の腕に抱かれていると、ほっとする。とても暖かい気持ちになるから。
広くて暖かい胸に寄り添い、もう少し、このままでいよう、雪はそう思った。
小鳥のさえずりと、海から聞こえてくる波の音・・・あまりの心地よさに、雪はまた眠ってしまった。
進は、携帯の呼び出し音で目が覚めた。南部からだった。
「はい、古代。南部、二週間も連絡とらなくてすまなかった。本当に、いろいろとありがとう。助かってるよ。」
「いや、自分も気にしてたんですけど、雪の具合がどうなのかわからないし、ちょっと落ち着いた頃に電話してみようと思って。今、大丈夫ですか?」
「ああ、雪もまだ眠ってるし。おかげさまでこの二週間でかなり快方に向かってるよ。」
「それは良かった。こっちでも皆心配してるんですけど、治療の邪魔になっちゃ悪いから、個々の連絡はしばらく自粛しました。みんなには自分から報告しときます。」
「よろしく伝えておいてくれ。何から何まで、ありがとう。」
「それと、お二人のお邪魔にならないように、連絡は自粛するように言っておきます。古代さん、雪をちゃんと寝かせてあげないとだめですよ〜。それでは。」と言い残し、電話はすぐに切れた。進が「ばかやろうっ!」と言う前に。
あぁ・・・帰ったら話がどんなに大きくなってることか・・・。想像するだけで恐ろしい。
ふと、時計を見る。もうすでにお昼前だった。(はぁ・・・言われても仕方ないかもなぁ)
思わずため息が出た。
「古代君、どうしたの?ため息なんて。」
雪が目を覚ました。
「南部から電話だったんだ。『雪をちゃんと寝させてあげないと』って言われた。」
「それで古代君、顔真っ赤なのね。この分じゃ、帰ったら何言われるかわからないわね。」
雪は、くすくすっと笑った。
「まぁ、いいさ。今までだって散々言われたい放題だし。開き直るぞっ、俺は。」
「とりあえず。」進は、雪を抱きしめ、「ただいま。」と言った。
雪は少し驚いた。今朝、確かに古代君はぐっすりと眠り込んでいたはず。私がお帰りなさいと言ったのは、多分聞こえてないと思うんだけど?
「夢を見たんだ。雪が『おかえりなさい』って言って、俺は夢中で雪を抱きしめて、二度と離さないって言ってたような。」
それは丁度、昨夜雪が見た、白い光の中から進が帰ってきたのと全く逆の夢だ。
雪は、そのことを進に話した。
「ふぅん・・・なるほど。っていうことは、雪の深層心理の中でも、整理が付いたってことなのかな?だとしたら、多分もうパニックを起こしたりすることも無くなるような気がするな。」
「そうね。私も、もう大丈夫っていう気がするの。」
良かった。進はほっとした。雪の辛く、悲しそうな表情を見るたびに、進の心も雪の気持ちと同じくらい傷つき、痛みを感じていたのだ。
だが、今自分の腕の中にいる雪は、昨日までの雪とどこか違う。表情も、瞳の輝きも、以前の雪に戻ったように感じた。
「良かった・・・。」
進は、雪の髪を撫でながら、胸の中の大きなつかえが取れていくのを感じていた。
今日は雪の診察日だった。雪は、大丈夫、一人で行くというので、進は同じホテルの上階にあるフィットネスクラブに行った。ランニングや筋力トレーニングは毎日していたが、雪のそばを離れられなかったので、マシンエクササイズは久々だった。東京にいた頃と同じようにメニューをこなしていく。
帰国したら、宇宙戦士訓練校の教官に赴任するのだから、訓練生相手にバテた顔は見せられない。(待ってろよ・・・帰ったら思う存分しごいてやるからな・・・)戦いでは、ほんの一瞬の油断が命取りになりかねないのだから、「鬼」といわれようが何しようが手を抜くつもりはない。それが彼らのためでもあるのだ。
何よりも、指揮官の立場として部下が犠牲になっていくのは耐え難いことだった。
クルーとなれば家族も同然、これまでもどれだけ辛い思いに苦しんだことか。
もう、そんな悲しい思いは出来るだけ願い下げにしたい。進はそう思った。
自然とバーベルを持ち上げる手にも、力がこもる。
トレーニングを終え、クラブから出ると、すでに診察を終えていた雪が待っていた。
「お疲れ様。さっき、ちょっと覗いてみたけど、古代君、目が戦闘モードだったわよ。」
「そりゃそうさ、訓練生をしごき上げないといけないからね。雪、一人で出かけても大丈夫だったみたいだね。で、どうだった?」
最近の様子や夢の話をしたら、もうほぼ大丈夫でしょうと言われたようだ。しかし、薬は急にやめるわけにはいかないので、今までどおり飲まないといけないらしい。ただ、もうここでの診察の必要はないので、後は、東京に帰ってから佐渡先生と相談するようにということだったそうだ。
「そうか・・・良かった。」
「本当に、古代君やみんなのおかげよ。ありがとう。」雪は進と腕を組みながらそう言った。
「さぁ、これからどうしようか?」進は、久々のデート気分で雪にたずねた。
「ちょっと散歩して、街のほうへ出てみない?屋台が沢山出てるところがあるらしいから、そこで色々食べ歩いてみたいな。」
「そうだな、そろそろ夕食時だし、ここではそういうの初めてだもんな。行くか。」
ぶらぶらと散歩しながら、美味しそうな屋台で串焼きを食べたり、ちょっとスパイスのきいた麺を食べたり。その場で選んだ海鮮を料理してもらい、地元の名産ビールも堪能し、また散歩しながらコテージへ帰った。
窓を全開にし、夜風で酔いをさます。
「いい気持ちね・・・とっても楽しかったわ。」
「あぁ、かしこまって食事するより、ずっと旨いよ。でも、雪はそういうの苦手かなって思ってたけど、そうでもないんだ。」
「う〜ん、それなりの席では、それなりに振舞うけど、縄のれんとか、赤提灯とか、居酒屋みたいなざっくばらんな所も好きよ。知らなかった?」
「いや、大事に育てられたお嬢様っていうイメージがあったからかな、俺がそう思ってただけなんだな。じゃ、東京に帰ったら、そういうとこ、行ってみる?」
「うん、連れてってね。楽しみにしてる。」
進はかしこまった席が何より苦手で、普段友人と飲みに行くのは大概居酒屋なので、これはちょっとしたうれしい発見だった。
「さて、そろそろ寝ようか。風呂はどうする?」進は、雪にたずねた。
「そうね・・・ゆっくり湯船につかっちゃうと、そのまま寝ちゃいそうだから、シャワーにするわ。先に浴びてもいい?」
「あぁ、どうぞお先に。」
進は、そう答えながら少し驚いた。いつも一緒でないと不安で、風呂も二人で入っていたのに、今日はもう一人で大丈夫になっている。随分回復したんだな、と実感し、嬉しかった。(一緒に入りたかった気持ちもちょっぴりあったようだが)
しばらくすると、「古代君、お先でした。」とバスローブをはおった雪が出てきた。入れ替わりに進がバスルームへ入る。だんだんと、東京にいるときの生活のペースが戻ってきたようだなと進は感じた。
進がリビングに帰ってきた時、雪は何かを考えているようだった。
進はビールの缶をあけ、雪に勧めた。
「まだ、大丈夫だろ?」
「あ、ありがとう。いただきます。」
先に口を開いたのは、進だった。
「雪、帰りたくなった?」
「ええ、そうなの。どうしてわかったの?」
「家が恋しい、って顔に書いてある。」
雪が言うには、帰ってすぐに二人とも任務に戻って、以前の生活にすぐ戻れるかどうか自信がないので、早めに帰って慣れておきたいということだった。
「そうだな。症状は治まったけど、帰ってすぐに仕事っていっても確かになぁ。それじゃ、予定を切り上げて早めに帰ることにするか。いつがいい?」
「そうね・・・明日は、トーイにさよならを言いに行きたいし、お土産も買って帰りたいから・・・あさって以降飛行機の座席が取れ次第でどうかしら。」
あっさりと話は決まった。
早速、フロントに連絡し、明日のトーイとのデートの予約をし、帰りの便の予約と、それによって早めにチェックアウトをすることを告げた。
「帰国便は、もうこの時間だから返事は明日になるって。」
「わかったわ。ありがとう。古代君。」
翌日、二人はトーイと遊びに行った。
なんとなく雰囲気を察したのか、雪にぴったりくっついて、何か言いたそうにしている。
「トーイ、今までとっても楽しかった。本当にありがとう。私が元気になれたのは、あなたのおかげよ。」
雪がそういうと、トーイは今までほとんど寄り付かなかった進のところへすーっと寄っていった。そして、進を連れて雪のところまで戻ってくると、三人で時間が来るまで遊んでいた。
お別れのときが来て、二人が海から上がると、トーイは名残惜しそうにずっと二人を見ていた。
「トーイ、また来るわね。」雪は、トーイに手を振った。
コテージに戻ると、フロントからメッセージが入っていた。
「雪、帰国便、明日の午後便だ。東京には夕方到着だよ。」
「わかったわ。じゃぁ、お土産とか買いに行かなくちゃ。」
二人は早速街に出かけ、あれこれとお土産を買い込み、宅配で東京まで送るように手配した。しばらく街を散策し、昨夜の屋台通りで夕食をとることにした。海鮮食堂の主人は、二人の顔を覚えていて「また来てくれたね。今日は、何がいい?」と声を掛けてきた。
「今日はお任せするよ。明日帰るから、ご主人の自慢料理がたべたいな。」
「そうね、特別料理っていうんじゃなくて、普段皆さんが食べてるような家庭料理がいいわ。」
「了解。とりあえず、ビールだね。」
そういうと、主人は厨房に入っていった。
すぐにビールと青菜の炒め物が出てきた。それから、次々と料理が出てくる。
「どうだい?うまいだろ?」主人が出てきてニコニコ顔で言う。
「うん、うまいよ、すごく。」進は、主人にビールを注ぎながら言った。
「まぁ、ゆっくり食べてってくれ。」と、ビールを飲み干すと主人はまた厨房に帰っていった。
「本当に、美味しいわね。最初からこの辺に食べに来られてたらよかったわね。」
「そうだね、また来る機会は、あるさ。」
すっかり満足した二人は、お勘定を済ませ、主人に挨拶した。
「ごちそうさま。」
「ああ、機会があったら、また来てくれ。二人とも、食べっぷりといい、飲みっぷりといい、気に入ったよ。」と、厨房から手を振って挨拶を返してくれた。
コテージに帰り、二人は帰りの荷物を準備した。
南部に明日帰ると連絡しようかとも考えたが、また迎えだ何だと気を使わせるのも申し訳ないので敢えて連絡せずに帰ることにした。
「さ、明日もバタバタするし、もう寝るか。」と、二人は一緒にシャワーを浴びて、ベッドに入った。今日一日の疲れもあって、二人ともすぐに寝入ってしまった。
翌日、ホテルのチェックアウトを済ませ、空港へと向かった。
「あ、そういえば、東京って、まだ寒かったわよね。」
「そうだった。あとで着てきた服、手荷物に入れとかないとな。」
色々な手続きをし、昼食をとってしばらくすると、搭乗手続きのアナウンスが入り、機内に乗り込んだ。
「さぁ・・・あと数時間で東京だ。また、いつもの生活に戻るんだ。」
「そうね。お家に帰るのね。でも、とっても楽しかったわ。また、連れてきてね。今度は・・・ハネムーンとかがいいかな〜。」
進は一瞬言葉に詰まり、「わかった。」と言った。こればかりは、進も本当に申し訳ないと思っていた。結婚式が延び延びになってしまって、まだ予定も立てられないのだ。
「出来るだけ早くそうなるように、努力するよ。ごめん。」進は雪の耳元で囁いた。
「いいの。あなただけが悪いわけじゃないんですもの。ね。」雪が進の肩に寄りかかると、進は雪の手を取り、手をつないだ。
そして、旅の思い出など話しているうちに、成田まであとすこしで到着のアナウンスが入った。
手荷物に入れておいた服を着込み、しばらくすると、飛行機は成田に到着した。
スーツケースを受け取り、入国手続きを済ませ、到着ロビーへ降りていった。
「ん?」進は、眼を疑った。
「なぁ、雪、俺、疲れてるのかなぁ?幻覚が・・・。」と、進の指差す方向を雪が見てみると、そこにいたのは南部、島、相原をはじめとするヤマトクルーたちの出迎えだった。
「幻覚じゃないみたいよ。南部さんたち、どうして帰ってくるのがわかったのかしら?」
税関の荷物検査を終え、外に出ると、やはりそこにはヤマトクルーの姿。
「おかえりなさい」みんなが口々に言う。
「ただいま。無事帰ってきたよ。出迎えありがとう。」進は、みんなにお礼を言った。
どうやら、帰国便が確定次第に南部か相原に連絡が入るようになっていたらしい。
「で、きっとこれから夕食だろうから、それなら雪の快気祝いといこうじゃないか、ってことになったんだ。静かでこじんまりした和食の店、予約してあるからこれからみんなで行こうよ。もちろん、二人とも疲れてるだろうから、食事が済んだら即お開き。ドンチャン騒ぎはまた後日ってことで。」と、島が進と雪を誘った。
「ありがとう。雪もみんなのおかげで元気になったし、本当に、感謝してるよ。」進は胸が熱くなった。
「それじゃ、行きましょうか。」と、エアカーに分乗して会場まで。
皆それぞれの席に座ったところで、南部の司会が入る。
「え〜、みんな雪のこと、非常に心配していたと思いますが、元気になったので、予定を早めて帰ってくることになりました。で、急遽地球にいるメンバーの都合のつく人間で雪の快気祝いをしようじゃないかと思い立ち、一席設けさせてもらいました。が、雪もまだ完全に本調子ではないと思うので、今日は元気な姿を見られたって言うことで納得してもらって、食事が済んだらお開きとさせていただきます。花見の季節になったら、恒例の英雄の丘でのパーティーで盛り上がろうっていうことで、よろしくお願いします。それじゃ、雪の全快を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
そういうわけで、ヤマトクルーにしては実にお上品な会食となったわけである。
久々の日本食はやはりとても美味しかったし、二人とも、みんなの心遣いがとてもうれしかった。
最後に進は、「今日は、みんな忙しい中雪のために、どうもありがとう。もうしばらくしたら、いつもの雪に戻ると思うので、その時はどうぞよろしく。おれも「鬼の古代」の名に恥じないよう、訓練生たちをガンガンしごいて、立派なヤマトクルーを一人でも輩出できるよう頑張るつもりです。本当に、みんなありがとう。」と挨拶した。
進のこの挨拶で、今日の会はお開きとなった。
家まで送るというクルーに、そこまでは、と遠慮し、タクシーを拾ってマンションまで戻った。
マンションには、宅配にしたお土産や託送荷物が届いていた。宅配ボックスから荷物を取り出し、部屋に持ち込んだ。
カーテンを開け、窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
地上には満天の星のようなネオンの光。
「帰ってきたね。」
「やっと、落ち着いたわ。早く帰りたかったの。二人のお部屋に。」
進は、雪をそっと抱きしめ、口づけをした。
雪は、進の背中に腕をまわし、「あなたが、私の帰る場所。」と言った。
「雪・・・おかえり。」
「古代君・・・ただいま。」
次の瞬間、雪の身体は進に抱き上げられ、寝室へ。
お互いの服を脱がせると、そのままベッドへ倒れこむ。
あとは、夢中で愛を交わす。
進の広い胸に抱かれ、「やっぱりここが一番好き。」と雪は言う。
「そうだ、忘れてた。雪、ちょっと待って。」進は、脱ぎ捨てた上着のポケットから包みを取り出した。
「雪、これ、プレゼント。」
「開けてみていい?」
「もちろん、どうぞ。」雪は、包みをほどき、箱を開けた。中に入っていたのは、小さなガラス細工のブルーのイルカ。
「可愛い・・・トーイみたいね。」
「似てるだろ?最後に一緒に遊んだときさ、俺のところに寄ってきて、雪のところに連れて行こうとするんだ。その時、雪のこと、大事にしてって言われた気がした。」
「トーイ・・・そうだったの。ありがとう。大切にするわ。」雪は、トーイをサイドボードに置いた。
「うん・・・雪のこと、一生、大切にするよ。」そう言って、雪をぎゅっと抱きしめた。
「古代君・・・。」
「さぁ、今日は疲れただろうから、もう寝よう。お休み、雪」と、進は雪のおでこにキスをした。
「お休みなさい。」雪も進の頬にキスをした。
二人とも、安らいだ気分で眠りについた。・・・お互いが、お互いの居場所。
おわり
今回は、雪ちゃんが回復して、東京に帰ってくるまでのお話です。
南の島も、もちろん楽しいんだけど、雪ちゃんにとって一番居心地のいい場所は、やっぱり二人のお家と、古代君の胸っていうか優しさなんですよね。だから、良くなったって言われた途端に帰りたくなっちゃったわけなんです。さすがの古代君、そんな雪ちゃんの気持ちを見抜いてしまいました。
あ〜、愛ですね〜。
by 望さん(2006.4.11)
(背景:pearl box)