026 ふたり
望さん作


南国のリゾートに来て約2週間が経とうとしていた。

雪は当初、進の姿が見えなくなると不安がる様子を見せることがあった。時には迷子の子供のように泣きじゃくりながら進を探すこともあった。

「駄目ね、私・・・古代君がいないと、とても不安で・・・。」

泣きながら言う雪を、進は背中まで力が染みとおるほど強く、心を込めて抱きしめた。

「大丈夫だよ、雪。ちゃんとそばにいるから。」そう言って、雪が落ち着くまで何時間も背中を撫でながら抱いていたこともある。

実際、軍属といっても、生え抜きの軍人である進と違い、雪は民間出身である。歴戦の勇者ではあっても、やはり体も心も鍛え抜かれた進たち訓練学校出身者とは同じようなわけにはいかない。
しかも、最愛の人の死という情報に、どれだけのショックを受けたのかは計り知れない。敵の捕虜という立場であれば、尚のこと心細かったことだろう。

南部がわざわざメンタルヘルスケア施設のある所を手配したのも、雪のショックに配慮したものだった。
心理カウンセリングや心療内科にも一応行って見た。が、つまるところは進と一緒にいることで、心の傷を癒していこう、という結論だった。それでも処方どおりに薬を飲んで、週一回通うことになった。一週目、二週目と少しずつではあるけれど快方に向かっているようではある。

 「ねぇ、古代君。」

一緒に風呂に入りながら(もうすっかり習慣になってしまった)、雪は進に話しかけた。

「多分、夜中に起こすことも少なくなったから気付いてるだろうと思うけど、怖い夢をほとんど見なくなったの。」

確かにその通りで、夢を見たときでも、ここへ来たばかりの時のように、泣きじゃくって、進に抱きしめられないと落ち着かないような様子はほとんど見られなくなった。

ここで雪の心を癒してくれた功労者は、といえば進はもちろんのこと、イルカ達の功績も大きかった。

かつてガミラスの攻撃で海も干上がってしまい、イルカは勿論のこと、海洋生物はそのほとんどが絶滅の危機に晒されてしまった。今、生息している海洋生物は、おおむね剥製などからDNAを取り出して繁殖させたものだが、ここのイルカは、多くの人の協力で、地下都市での生活を生き延びた貴重なものらしい。人々の愛情を一身に受けた彼らは、とても人なつっこく、愛らしかった。

もともと生き物が大好きな進も、雪と一緒にイルカとのふれ合いを楽しんだ。雪や進の気持ちがわかるのか、彼らは彼らなりに二人の心を癒してくれていた。何故か、一緒に遊んでいるととても穏やかな気持ちになれる。
雪も進も、童心に帰ったかのように、無邪気に彼らとの時間を過ごしていた。

「そうだね、本当に来て良かったな。表情も明るくなったし。でも、なんだかライバルが増えたような気がするんだけど。」

「トーイのこと?」雪は一番自分に馴れているオスのイルカの名前を言ってみた。

「・・・。」進は図星を突かれ、憮然とした表情を隠しきれなかった。

雪は、そんな進が可笑しくて、「やだぁ、イルカにまでやきもち焼くの?」と、くすっと笑った。

「だって、いっつもぴったりくっついてるじゃないか。」

「そうね。あの子、古代君と感じが良く似てるの。トーイは賢い子よ。言葉は通じないけど、トーイの気持ちはとっても良く分かるのよ。とっても優しいのよ。」

「ふぅん・・・。俺って、優しいのかなぁ?『鬼の古代』とか言われてるらしいけど。」

「それは、古代君が任務となるととっても厳しいからでしょ。私にはすごく優しいわよ。でも、他の女の子に優しくしちゃ、いやよっ。」

「なぁんだ、結局雪だってやきもち焼きなんじゃないか。」

バスルームに、二人の笑い声がこだました。
それじゃぁ、そろそろ上がろうか、と雪を促し、バスルームを出た。

コテージは、長期滞在者向けで、2LDKの造りである。

ソファやベッドなどの調度品は超一流、天蓋つきのベッドは広くて寝心地も最高で、キッチンもそのまま日常生活に使えるようなしつらえになっている。

進は、夕食を食べに出た時に仕入れてきた地元の名産ビールを冷蔵庫から取り出し、一つをバスルームから出てきた雪に渡した。
二人でリビングのソファに座り、ビールを味わう。
波の音と、窓から入り込んでくる夜風が心地よい。
やはり、風呂上りの一杯は格別に美味しい。

「久しぶりだよな、こんなにのんびりするのって。」

「そうね・・・ありがとう。古代君。連れて来てくれて。」

雪は、頭をちょこんと進の肩にのせ、進にもたれかかった。
私ね、と雪は話し始めた。

「こう思うの。古代君は、私にとって、一番大切な人だけど、それだけじゃなくって・・・・なんて言ったらいいかしら、半身、って言うのかしら。もう、私の中の一部分なの。だから、古代君が死んだって、アルフォン少尉から聞かされた時に、私も死んだ、って思ったわ。でも、任務があったから、ただそれだけのために生きてたの。もしもあのまま、本当に古代君が死んでいたとしたら、私もすぐ後を追っていたと思う。私の半身を捜して、彷徨っていたと思うわ。だから古代君、私を置いて一人で逝かないでね。お願いよ。」

そう言うと雪は、進の首に腕を回し、抱きついた。大きな瞳から、はらはらと涙を零しながら。

進は切ない気持ちで雪を力一杯抱きしめた。半身・・・確かに進も同じ思いだった。
これほど愛しい人を残したまま、先に逝くなど出来るはずがない。

「雪、前にも言ったと思うけど、俺はなんとしてでも君のところに帰ってくるって約束、覚えてるかい?今回だって、ちゃんと帰ってきただろう?だから、俺を信じて待っててほしい。お願いだから、決して自ら命を絶とうなんてバカな真似はしないでくれよ。
もしも、雪が先に逝ってしまったら、きっと俺はどうにかなってしまう。君がそばにいてくれるからこそ、俺は俺でいられるんだ。雪・・・愛してる。」

「私も・・・。古代君に出会えて、私はとても幸せ・・・。私たち、二人で一人なのよね。いつも一緒よね?あなたを信じて、待ってるから、必ず帰ってきてね。私を一人にしないでね。もう、あなたなしでは生きていけないんですもの。」

「もちろんだよ。君が納得してくれるまで何度でも言うよ。もう二度と離さないっ、て。」

「古代君・・・。」雪の瞳には、涙が溢れていた。

そして、二人の唇が重なり合う。深く、長く、時の経つのも忘れて。
やがて唇が離れ、進は雪に囁きかける。

「雪・・・君を抱いてもいいかい?」

この二週間雪が不安に襲われて、さらわれてしまわないように、進はただ雪を抱きしめて眠る日々を送っていた。そっと、大切に・・・。
でも、今はそうしたい、と進は思った。

「古代君・・・。」雪は、うなずいた。

進は、雪を寝室まで抱きかかえていく。
雪をベッドに横たえ、バスローブを脱ぎ捨てる。そして、雪のバスローブも脱がせた。
幾度もの夜を重ね、愛し合った二人なのに、二人とも何故だか今日が初めてのような、そんな神聖な気持ちだった。
何度も睦み合い、いつの間にかしっかりと抱き合って眠りに入っていった。

その夜、雪は夢を見た。
白い光の向こう側から、軍服姿の古代がゆっくりと雪の方へ歩いてくる。

「ただいま。これからもずっと二人で喜びや悲しみを分かち合いながら生きて行こうね。」と優しく微笑みながら。

深い眠りにおちているはずの雪の目からは、涙が零れ落ちていた。
(古代君、お帰りなさい・・・。ありがとう。)

この日以降、雪にパニック状態が起こることは、ぱったりと無くなった。

おわり


「不安」の続きになります。 
古代君の愛情で、雪ちゃんは、パニック状態を脱することができました。
by 望さん(2006.3.29)

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(背景:pearl box)