026 ふたり
ともこさん作
「ああ。かわいい」
それが雪の最初の言葉だった。

「本当にかわいいわぁ」
また雪がつぶやいた。

かわいい、と美人に言われた真田の息子は、もうにこにこと笑ってよちよち歩きで雪のほうに向かって歩き出した。

「こっちにきて」
手を差し出されたほうに彼は辿りつき、危なげな足取りで雪の腕の中に危うく転びかけたかたちで倒れこんだ。

「もう、なんてかわいいの」
彼女は彼をひしと抱きしめた。


「しばらく会わないうちに吾郎ちゃんも大きくなりましたね」
その様子を見ながらも古代も思わず目を細める。

「ああ、子供はすぐ大きくなるからな」
真田も笑顔で頷く。

「かわいいわぁ」
また雪が手放しで吾郎を抱きしめる。
吾郎も、こぼれんばかりの笑顔できゃっ、と笑う。
また雪が笑う。
吾郎も、ころころと笑う。

2人とも、仲良く笑い合って飽きることがない。

「なんで、吾郎は雪にだけ、こんなになつくんだろうな」
真田が古代に声をかけた。

言われてみれば、と古代も思う。

吾郎が生まれて産院に雪とお祝いに駆けつけたとき、まだ生後数日の新生児を真田がそっと雪に抱かしてくれたことがあった。

そのときから、吾郎ちゃんは、雪になついて俺にはあまりなついてない気がするー。

現に今も、吾郎ちゃんは雪のほうにばかり気を取られて俺には、ちっとも見向きもしない。
お土産に彼の好きそうなおもちゃを持参して手渡したのに、何が気に入らなかったのか、すぐにぽいっとそのおもちゃを投げ捨てられてしまった。
真田さんは、すぐにおもちゃを拾い上げて恐縮し、俺もまあ、子供のことだし。

と思っていたのに。

そのおちもゃを雪が笑顔で「はい」と手渡すと、なんでにこにこ笑ってすぐに遊び出すんだよっ!(怒)

このガキはっ!←本音。

「まあ、男ってのはどんなに幼くても美人が好きだからな」

真田が、ぼそっとらしからぬことを言った。

言われてみれば、、。
古代は思い当たる節がある。


俺の妻も美人。
真田さんの奥さんも美人。
相原の奥さんも美人。
南部の奥さんも美人。
太田の奥さんも美人。
山崎さんの奥さんはトシがトシだから、興味なし。

男ってのは、やはり正直な生き物なのかもしれんー。



「もう時間だわ」
腕時計を見た雪が、声をあげて夫のほうを見た。
「そろそろ帰らないと」
「ああ」
今日は、帰りに2人で食事に行くんだったな。
そういえば。

ふとそう思った古代が雪のほうを見ると彼女は腰をかがめて吾郎に話しかけているところだった。

「また遊びましょうね」
雪がその愛らしい唇を開いて、真顔で吾郎に話しかけている。
「それまで、おねえちゃんのこと忘れちゃいやよ」
そのまま彼女は吾郎の唇に軽くキスをしてしまった。

おいっ!

一瞬、古代の眉が吊り上がる。

「吾郎、お前のファーストキスの相手は雪おねえちゃんか?うん?」
真田が笑い飛ばした。
おい、古代。お前、恋敵が現れたな、との冷やかしに古代もぎこちなく、ええ、そうですね。などと笑ったが。

目は笑っていない。

笑えるもんか!
(子供とはいえ)俺の目前で俺以外の男にキスだとぉ!?

キスだとぉ!?

キスだとぉ!?



そのまま真田家を辞去すると、古代は妻にむすっと押し黙ったまま、クルマに乗りこんだ。

ねえ。
助手席の雪が声をかける。

「吾郎ちゃん、かわいかったわね」
「ああ」
つい、ぶっきらぼうな口調になる。
「もしかして、妬いたの?」
雪が面白そうに笑った。
「ああ」
むすっとして、また彼は正直に答えた。

あらやだ。
相手は子供よ。
雪は、少々驚いた。

「相変わらず、野暮ね」
雪がため息をついた。
「野暮で何が悪い」
前を向いたまま、意地になって彼は答えた。
「まあ、それはそれでいいんですけどね」
雪は肩をすくめた。

古代は、押し黙ったまま答えなかった。

「あなたの息子も、あなたに良く似て鈍感で不器用な男になるのかしらね」
窓外の景色を眺めながら雪が何気なくつぶやく。

まだ子供のいない彼は驚いて妻を見た。

「妊娠したら、のはなしよ」
彼女は冗談ぽく笑うと、右手で優しく夫の顔を前に向かせた。
安全運転しないと。
ね?

「鈍感で野暮で焼きもち焼きで女心に疎い男を夫に持つと本当に苦労するのよね」
雪がわざと大袈裟に嘆くと、古代は意地の悪い笑顔を浮かべた。

「じゃ、君は不幸なのか?」
敢えて彼は聞いてみた。
「ううん」
雪はすぐに返事をした。

「じゃ、お互い幸せなわけだ」
古代の声が思わずはずんだ。

(終)


真田さんの小さな息子にもやきもち妬く古代君を見て、雪奥様は苦笑しながらも幸せそうですね! やっぱ妬いてもらえるのは嬉しいみたい。
でも、古代君にとって、男は年齢如何にかかわらず全てライバルなのね!(笑)
あい(2003.10.16)

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