028 いつまでも……
望さん作



「乾杯!」
雪はいつになく、上機嫌だった。すでに上気した頬はピンク色に染まっている。
これで何度目の乾杯だろう。しかし、今日はあちらこちらで乾杯の嵐なのである。
雪の盛り上がりも、仕方のないことなのかもしれない。
今日は、特別な日なのだから。
 コスモクリーナーDによる地上の清浄化作業も終わり、地上都市建設も急ピッチで進められ、住民の地上への転居も進んでいた。
そして、今日。
地球全土の市民が地上生活を迎えることができた、まさにその日だったのだ。
皆が歓喜に酔いしれても当然のことである。
「長かったな・・・。」
進は、イスカンダルまでの航海、帰還後の地球復旧作業を思い起こしながら、思わず一人ごちた。
実に厳しい試練の日々だった。
地球復旧に必要な物資を輸送する任務に就いた進は、いつもハードスケジュールだった。
雪もしかり。
ヤマトの残務整理をこなしつつ、中央病院での仕事に加え、進が地球にいない休日には、佐渡先生に付き添ってのボランティア看護活動に明け暮れていた。
そして、スケジュールの合間を縫い、二人の時間を捻出してきたのだ。

イスカンダルまでの命を懸けた、地球の未来と運命をかけた危険極まりない航海。それ自身確かに非常に重要な任務だった。
しかし、地球帰還後の、地球復興の方がそれにもまして大変な任務だったのだ。
地下都市の惨状を目の当たりにしたときのやるせない気持ち。それはいまだに二人の心の中に深く刻まれている。
地球に残された人々もまた、死と隣り合わせの恐怖の中、必死に戦っていたのだ。その戦いは、もしかしたら僕ら以上に熾烈な戦いだったかもしれない。

そうだ、僕らの任務はまだ終わりじゃない。
地球人類がもとの暮らしを取り戻すまで、それまでが僕らの戦いなんだ。
その一心で二人は今日までの日々を、ともすれば航海以上の激務を戦ってきたのだ。
この華奢な身体のどこに、それほどのパワーを秘めているのだろう、と進はいつも思う。
並の男でもネをあげてしまいそうな仕事を、不平一つ言わずこなしてしまうのである。
一体どれだけ彼女に救われたことか。

いつものように、仕事の話、同僚の噂話などで談笑しながら食事を終え、二人はまだ歓喜に沸くレストラン街から居住区へと歩き始めた。
「寒くない?」
小雪の舞う舗道を寄り添うように歩きながら、進は雪を気遣うように聞いた。
「大丈夫、酔い覚ましには丁度いいくらいよ。」
「そうか。しかし、まいったな。どこへ行っても凄い騒ぎだもんなぁ。」
進が予約していたのは、居住区の中に最近出来たレストラン街の、こじんまりとしたイタリアンレストランで、秘かに「隠れ家」と称して二人で食事を楽しんでいた場所なのである。平素は客もまばらで、静かに過ごせるのだが、今日ばかりは様子が違った。
「古代君、私、本当にうれしい・・・」
雪は、ほろ酔い加減でピンク色に上気した顔で、進に言った。
「久々に会えたことが、かい?」
実は、進は約2時間前物資輸送の任務から帰還したばかりである。
雪に会うのも、三週間ぶりのことになる。
「それはもちろんよ。それに、今日、やっと私たちの任務が一段落したのねって、そう思うと、胸が熱くなるの・・・。」
進も、同感だった。

5分ほど歩いて、進のマンションに着いた。
進の部屋で紅茶を飲みながら話をし、雪のマンションまで送り届けるのがいつものデートコースなのだ。
「さて、今日は取っておきのを淹れるか。」
そう言って進はキッチンへお湯を沸かしに行った。
「早く買っておかないと、無くなっちゃいそうだったから、デザートも先に買っておいてよかったわ。」雪も進の後を追いかけるように冷蔵庫の中のケーキボックスを取り出した。
真っ赤ないちごのタルトを、雪がケーキ皿に取り分けていると、後ろからふわっと進に抱きすくめられた。
「会いたかったよ、雪。毎日、君のことばかり考えてた。」
「私も・・・。」進の腕を抱きかかえながら、雪もそう答えた。
進は、雪を自分の方に向きなおさせると、今度は強く抱きしめた。
「あ、お湯が・・・」
雪はなんとなく気恥ずかしいのとあいまって、進の気をそらさせようとした。
「紅茶は、後でも飲めるさ。」進は、片手で火を止め、そのまま雪を抱きしめて離さない。
進は、いつもよりかなり大胆に思える。今夜のこの盛り上がりと、任務が一段落した安堵感が、彼をそうさせるのだろうか。
雪も、おずおずと進の背中に手を回した。
唇と唇が重なる。進の広い胸に強く抱きしめられ、口づけされ、雪はすっかり安心した。ずっとこうしていたい。でも・・・・。
「ねぇ、古代君、紅茶とタルトは?」
「あ、あぁ、そうだったな、紅茶淹れるよ。」進は気勢をそがれた感じだったが、再びお湯を沸かし、紅茶を淹れ始めた。

二人は、リビングのソファに腰掛け、他愛もない話をしながらデザートを楽しんでいた。
「そういえば、雪、休暇は?とれたのかい?」
「ええ、三日。」
「じゃぁ、ゆっくりできそうだな。今日たまたま真田さんと会ってね、『おい、いつまでも任務一筋じゃ雪に逃げられちまうぞ、これからは二人のことを考えるんだ』って説教されたよ。島にしても、相原や南部にしても、言うことはほとんど同じさ。俺、そんなに雪にさびしい思いをさせていたのかなぁ、ってちょっと反省した。」
ふふ、と雪は微笑んだ。
「古代君は仕事一筋の人ですもの。確かに忙しかったし、ちょっと寂しいなぁって思ったときもあるけど、私も結構忙しかったから、お互い様かしらね。」
「そうだね、休日も返上で佐渡先生と往診に行ってたりしてたらしいもんな、ご苦労様。」
進は、雪を引き寄せ、いたわるように髪を撫でながら、キスをした。
雪は、進の胸に頬を押しつけるようにしながら、進が髪を撫でるのを心地よく感じていた。
「あ、そうだったわ!」急に雪は立ち上がり、自分のバッグから何かを取り出し始めた。
「あ、ってびっくりするじゃないか。」
「ごめんなさい、綾乃から、古代君と私にプレゼントがあったのよ。」
進にはグリーティングカードらしき封筒、雪にはピンクの紙包みだった。
「へぇ、なんだろうなぁ・・・」
二人はそれぞれのプレゼントを開けてみた。
そして、しばし呆然・・・。気が付くと、二人とも真っ赤になっていた。
「こ、古代君、何が書いてあったの?」進は、それを雪に渡した。
そこには、綾乃の女らしい文字でこう書かれていた。
 “古代さん:
   いつもお仕事お疲れ様です。やっと三週間ぶりの逢瀬ですね。
   今日は、雪を帰しちゃだめですよ。
   雪のこと、大事にしてあげてね。       佐伯 綾乃“

「まぁっ!綾乃ったら!おせっかいなんだから・・・」
「で、雪へのプレゼントって、なんだったんだい?」
雪は、中に入っていた手紙を進に手渡した。

 “雪へ:
   三日間の休暇、古代さんと仲良くね。
   もしもの時のために、プレゼント。
                   綾乃“

「中身は・・・その・・・事前用の・・・・」と、消え入るような声で雪はつぶやいた。
「そうか、そういうことか・・・。きっと誰かの入れ知恵だな。綾乃さん一人でこんなこと思いつくとも思えないし・・・・後で見つけ出してぎゅっと言わせてやる!」

しばらく二人とも冷めた紅茶をすすり、何も言わなかった。
「雪・・・」沈黙を破ったのは、進だった。
「帰らないで、いてくれるかい?」
返事のかわりに、雪は進の胸に顔をうずめた。
進は、雪を抱きしめると、彼女の長い髪を撫でた。
「策略にひっかかったみたいなのは気になるけど、できることならそうしたいって、部屋に帰ってきたときから思ってたんだ。ただ、雪のこと、大切に思ってるからなかなか言い出せなくて・・・。」
「私もね、ずっとこうしていたいなぁって、思ってたの。でも、帰りたくないって言ったら、古代君どんな反応するのかしらって思うと、何も言えなくて・・・。」
進の雪を抱きしめる腕の力が強くなり、胸の鼓動も一段と早くなってきた。
「雪、愛してる・・・。」
進は、雪の頬をそっと両手で挟み、キスをした。雪は、進の首に両手を回し、それに応える。深く長いキスの後、進の唇が雪の首筋におりてきた。まるでこわれものを扱うように、そっと雪の形のいい胸に触れる。
進の愛撫に、雪も身体が熱くなっていく。でも・・・。
「ね、古代君、シャワー浴びていいかしら?」
「ああ、どうぞ。バスタオル出しとくから、お先にどうぞ。」
 進は、内心ちょっとだけほっとした。初めてのことだけに、一生大切にしたい人だけに、今日のこの日を大事にしたい。だから、男としての欲望のほうだけが勝ってしまうのは、避けたい。
(落ち着け、落ち着くんだ・・・・)
バスタオルと、自分の男物のパジャマを、雪用にシャワールームの前に置く。

 次は、ベッドルームのチェック。ベッドメイクも、ちゃんとしてある。寒くないように、空調も適温にした。

 「ふぅ・・・。」雪も、シャワーを浴びながら、ドキドキしていた。
初めてのことだから、一日の疲れも、何もかもきれいに流して、それから愛されたい。
古代君が大好き。一生ついて行くわ。だから、今日を大切にしたい。

 「古代君、ありがとう。お先でした。」
シャワールームから出てきた雪は、進のパジャマの裾と袖を折りあげて着ていた。
その姿が可愛くて、進は雪の額にチュッとキスをした。
「ちょっと待ってて、すぐに出てくるから。」
今度は、進がシャワールームに消えていった。
雪は、キッチンへ行き、綾乃がくれた事前用ピルを飲んだ。
(なんだかんだ言いながら、みんな心配してくれてたのよね、仲間って本当にありがたいものね・・・。綾乃、島君、相原君、南部君、真田さん・・・みんな、本当にありがとう。)

 リビングに戻って、洗い髪を乾かしながら、雪は進と出会ってからのことを思い出していた。
(いつの間に、こんなに大切なひとになったのかしら。もう、離れたくない・・・)
「何を考えてたんだい?」
気が付くと、バスローブ姿の進が目の前にいた。
「あなたのこと・・・出遭った頃のこととか。頭の中は古代君のことで一杯だったの。」
「俺もさ。いつの間にか、君は僕の一番大切な人になってたんだ。」
そういうと、進は雪を抱きかかえ、ベッドルームへと入っていった。
そっと雪をベッドへ横たえ、唇にキスをする。
「愛してるよ、雪・・・」何度も何度も、キスの嵐。それがだんだんと深くなっていく。
雪が、悩ましげに喉を鳴らす。進は、バスローブを脱いだ。
そして、唇を雪の首筋に滑らせるように、愛撫していく。手は、雪の胸を優しく撫でながら、もう片方の手でパジャマのボタンをはずしていく。色白の、雪の上半身が露わになる。
「とってもきれいだよ、雪・・・」雪の胸のふくらみに夢中になりながら、進は雪のパジャマのズボンに手をかけた。
二人とも一糸まとわぬ姿になった。
 雪は進の背中に手を回し、進の愛撫のひとつひとつにため息ともつかぬ悩ましい声をあげていた。
「こ・だ・い・く・ん・・・あ・い・し・て・る・・・・」激しい息づかいの下で、雪は切れ切れに言った。
その声がたまらなく可愛くて、愛おしくて。
「愛してるよ、雪・・・」進も何度同じ言葉を繰り返したことか。そして、進は雪自身を探り当てた。
「雪、いいかい、いくよ。身体の力を抜いて。」
「あ・・・」雪は、頭の中が真っ白になっていく感じがした。
「大丈夫?痛くない?動いても平気?」
「だいじょうぶ・・・」雪を気遣いながら、進は雪の中に入っていった。
電気が走っていくような快感が二人の身体の中を伝わっていった。
そして、二人はひとつになった。
「ん・・あぁ・・」雪の声と共に、進も絶頂を迎えた。

 雪は、進の広い胸板に顔をうずめ、進は雪の長い髪を撫でていた。
 そのうち、雪は安心しきった表情で、寝息を立てはじめた。

 (雪、愛してるよ・・・いつまでも、そばにいてくれるかい?・・・
 ん〜、これじゃあ、ありきたりだしなぁ・・・・)

 そういえば、まだ済んでいないプロポーズの言葉を考えながら、進もいつの間にか夢の世界の住人になっていった。

窓の外は、まだ歓喜の声に沸きかえっていた。

子供の頃に見た古代君と雪ちゃんには、いつまでもいつまでもシアワセでいてほしいって、あれからン十年も経つのに、ずっとそう思ってるんです。
でも、この後、まだまだ試練が山のように降りかかってくるんですよね。(T_T)
by 望さん(2006.1.12)

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