030 おままごと
望さん作


「進さん、食事にしましょう。用意できたわよ。」
私は、書斎で仕事をしている彼に声を掛けた。
ほんの最近まで、私は彼を「古代君」と呼んでいた。
そして、彼との生活ももう何年にもなる。
ただ違うのは、つい最近彼と私が正式に夫婦になった、というだけのこと。

それなのに、何故か私は今の生活の方が現実味を感じない。
そう。まるでおままごとのような。
何なのだろう。この、胸にぽっかりと空いた、穴のような感覚は。
彼が書斎から出てきた。
私の表情がどことなく翳を帯びているのに気が付いたのか、彼は私を抱き寄せる。
私は、彼の胸に顔をうずめ、しっかりと彼の背中にしがみつくように腕を回した。
お願い、私を強く抱きしめて・・・。
彼は私の頬を撫でながら、しっかりと抱きしめてくれた。
背中に力が染みとおるほどに。
私も、彼を抱きしめる腕に力がこもる。
いつの間にか、私の目からは涙が零れ落ちていた。

「どうした?泣かなくても大丈夫だよ。」
彼は優しくそう言うと、私の頬をつたう涙をそっとぬぐってくれた。
一体どうしてなのだろう。
私は彼に自分の気持ちを訴えた。
「そうか。・・・俺も、なんだか不安なんだ。こんなに幸せでいいのか、って。」
不安?なのだろうか。この感覚は。

夕暮れ色に染まった部屋の中で、二人ぴったりと抱き合いながら、私は彼の顔を見上げてみる。
「進さん、私も、不安なのかしら?こんなに幸せなのに?」
自分のことなのに、なぜかしら他人事のような気がする。
大好きなひとと一緒にいられる幸せ。
数々の試練や戦いを乗り越えて、やっと結ばれた二人。
なのに。

「そうかも知れない。俺は、君がどこかへ行ってしまいそうな、そんな気がして不安なんだ。やっと一緒になれた、その反動かな・・・。もう君を離したくないんだよ。」
私も、離れたくない。ずっとそばにいたい。
「ずっと、そばにいるわ。私、あなたから離れたくないから。」
また、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
「雪、愛してるよ。」
彼は、優しくくちづけしてくれた。
返事の代わりに、彼の首に腕を絡ませる。

―あなた、おかえりなさい。ご飯にする?それともお風呂?
幼い頃に遊んだ記憶が甦る。
―雪は、大きくなったら何になるの?
―うーんとねぇ、お嫁さん!
両親との何気ない会話。
なんとなく憧れていた、花嫁さん。
遠い日の、思い出。
―雪ちゃーん、夕ご飯の時間よ。帰ってらっしゃい。
―それじゃぁ、またね。
―うん。また、遊ぼうね。
おままごとは、いつか終わる。
でも。
これは、おままごとじゃぁ、ない。

「私、進さんと一緒にいて、いいのよね?」
「当たり前じゃないか、やっと一緒になれたんだから。」
そうよね。
私、進さんのお嫁さんになったんだから。

彼の腕の中で、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「幸せすぎて、平穏すぎて、少し不安になったのかもね。これが日常っていうものなのにね。」
「そうだな。色々ありすぎたもんな。俺たち。」

「それじゃぁ、食事にしましょ。」
夕暮れは、いつか夜になっていた。
でも、私たちの「おうち」はここ。

おわり


やっと結婚できて、正式に夫婦になったのに、雪ちゃんは何故かちょっと不安になったようで。「幸せすぎて何かが怖い」状態なのかな?っていう感じです。
by 望さん(2006.8.1)

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(背景:pearl box)