042 女 神 〜〜 女神光臨 〜〜
せいらさん作

女 神    〜〜 女神光臨 〜〜


「ねえ、皆でどこかに旅行しませんか?」
こんなことを言い出す奴は、やっぱり南部君しかいない。

古代、雪、真田、南部、相原の面々が防衛軍ビルで顔を合わせていた。

「そうですねえ、土門も随分回復してきたようだし・・・俺達、旅はみんなで行くけど、旅行なんて行ったことないですもんねえ」
相原も相槌を打った。
「そうだなあ、いいんじゃないか、古代。それも平和な証拠だ。」
「真田さんまで、なに言い出すんですか!」
古代は、このメンバーで旅行しようものなら、なにが起こるか判らないので絶対反対だった。
「しかしなあ、土門も退院したところで天涯孤独の身だろう。おまえと違って待ってる人も帰る場所もないんじゃ、可哀想じゃないか。」
「ぐっ・・・」
「しかも土門の場合、今回の旅の直前に両親を亡くしてるから今は一人が辛いだろうしなあ。なにか、楽しい目標があるっていいんじゃないのか?」
「ぐぐっ・・・」
「そのへんのフォローも、艦長の仕事の内でしょう?」
「そんな・・・」
「あっ、それとも古代さんは、雪さん大好きの土門が参加するのが嫌なんですか?」
「ばかいえ!だいたい旅行に行く事だって、まだ決まってないだろう」
「いえ、決まりました!!」
南部、相原のきれいな合唱。
「だっ・・だいたい、このメンバーじゃ一緒に旅行したって土門も落ち着かないだろうし・・」
「それもそうですねえ・・・じゃあ、全乗組員に呼びかけましょう。参加したい奴は自分で休暇をもぎ取ってくる事!決定! 期日は古代さんの休暇に合わせますから。艦長は絶対参加ですよ!」
「・・・やっぱりこうなる・・・」

「で、どこに行きましょうか。雪さん、希望がありませんか?」
それまで、古代たちのやりとりを心底楽しそうに見ていた雪は、急に自分に振られて少し考え込み あっ、と声をあげた。

「ギリシャ。エーゲ海。一度行ってみたかったの!」

「決定!!!」

「お・・おい雪。エーゲ海に行きたいなら俺が連れてってやるし・・・」
「それも素敵だけど、いつになるか判らないしね。みんなで旅行なんて、すごく楽しそうじゃない」
「・・・冗談じゃないよ・・・」

「さあ、艦長。あとは俺達にまかせてください。急にって訳にはいかないので、来月以降ってことで。絶対参加ですからねっ」
こうして、何となくみんなで旅行に行く事が決まったのでした。


ーーさて、旅行前日ーー

「なあ、ゆきぃ本当に行くのかぁ」
「そうよ。今回の旅行、名づけて『古代艦長と行くエーゲ海ツアー』ですって。」
うふふっ、と楽しそうに雪が笑った。
「げっ・・なんだその命名は!・・頭が痛くなってきた・・で、どんな予定なんだ?」
「あら、南部君が仕切るのよ。サプライズに決まってるじゃない」
「・・・・・」
「必要なことはちゃんと連絡回してくれてるわ。そうそう、『絶対逃げないで下さい、艦長』ですって。だから、あなたが逃げても私は参加しますって言っておいたわ。」
「・・・俺が君一人で行かせるわけないじゃないか・・・」
「うふふ・・・そうね。南部君も『そうか、それならお一人でもいいですよ』って。」
「・・・・・・」



ーーそして、当日ーー

「艦長、お久しぶりです」
「生活班長、私服は一段と綺麗ですね」

エアポートにはヤマトの仲間達が続々と集まってきた。
古代はその一人一人に声をかけながら、南部の腕をつかんで聞いた。
「おい、いったい何人集まったんだ。」
「そうですねえ、ここで集合の者が約30人弱とその同伴者で計40名ちょいってとこでしょうか。あっ、それに俺達第1艦橋のクルーが加わるから。」
「全員で移動するのか・・?」
「そりゃそうでしょう。ツアーご一行様なんだから。それに現地集合の者もいますから、総勢70名ちょっと、てとこですかね。」
「70名だと!!」
「それでもまだ、どうしても休暇が合わずに涙をのんだ者もいるんですから。もうすでに第2回の申し込みが来てるくらいですよ」
「なっ・・・・・」
「さあ、みなさん出発しますよ〜」
古代君は、みなさんに腕を引っ張られるように出発口へ消えていった・・・



「海が青いなあ〜」
「ほんと、太陽があんなことになったから、この海もどうなってるか心配してたんですけど・・・。」
青い海、白い波、さわやかな風・・・ヤマトの面々は、それぞれにこの旅行を満喫していた。
「おい、相原。晶子さんを同伴する件、よく許してもらえたなあ。」
甲板で風を受けていた相原と晶子に、島が近づいてきた。
「ああ島さん。そうなんです。僕もさすがに無理かなって思ったんですけど、雪さんの預かりってことで長官からOKもらいました。」
「預かりったって、雪は古代が離さんだろう?」
「はい。だから、『相原君、晶子さんのことはよろしくね』って」
「それは、それは」
「でも、さすが南部さんですねえ。こんな豪華客船、まるごと借り切っちゃうなんて。どうりで何人でもOKなはずですねえ」


ヤマトクルー達を乗せた客船は、正真正銘の青い大海原を進んでいた。


「よう、島。相原。」
「よう、古代。どうだ、スイートの住み心地は。」
「快適、って言いたいところだけど、少々退屈かな。」
ラフなサマーセーターにスラックス姿の古代が、あちこちで声をかけられながらやっとここまで到着した。
「雪はどうしたんだ?」
「寝ちゃったよ。昨日遅くまで持ち帰りの仕事してたし、今朝も早くから起きて準備してたし。」
「おまえ、自分の用意くらい自分でしたんだろうなあ。」
「俺がするとなんにも入れないだろうから、私がするからって言われたよ」
古代の言葉に、藤堂晶子は驚いた顔をした。
「えっ・・・古代さんと雪さんって、もしかして一緒に住んでらっしゃるの?」
古代は少し照れながら晶子を見て答えた。
「はい。いろいろあって式はまだなんですが・・・」
「事実上は夫婦なんですよね。」
やっぱり、南部君の登場だ。
「雪さんの昼寝の原因も、実は古代さんなんじゃないんですかぁ〜。昨夜、ちゃんと寝かせてあげましたぁ〜。まさか仕事が終わってから明るくなるまであんなこと、こんなこと・・・なんて!」
「ばっ・・・あっ・・晶子さんすみません・・・」
「・・い・・いえ・・」
晶子さんはもう耳まで真っ赤にして、ただただ俯いてしまいました。

「おっ・・俺は部屋に戻る!」
「はいはい、雪さんによろしく。夕食時間までは自由行動ですからねっ。」


雪はスイートルームの大きなカウチにもたれて眠っていた。
古代はカウチの肘掛に座ると、そっと雪を見下ろした。
(エーゲ海か・・・さしずめ、君はアフロディテだな。)
オリンポスの神々の中で、もっとも美しい愛と美の女神。
(なら、俺は愛と美の女神に愛され、最後はその身を滅ぼしたアドニスか・・)
なだらかな輪郭。長く濃い睫の下には薄茶色の大きな瞳。栗色の素直な髪。横顔を美しく見せる鼻筋。いつも微笑を浮かべている、薔薇の花びらのような口。
そして、ここからは俺しか知らない・・・白磁のようにすべらかな雪の体・・・。
細い首から続く綺麗な鎖骨のライン。ここにキスすると、君は必ず体を預けてくる。
肩から腕は、無駄な肉のない、しかし女らしい柔らかさを持っている。
胸は・・・俺の手にはちょうどいい大きさかな。張りのある、何よりとても感じやすいその胸。力いっぱい抱きしめると折れそうな腰。真っ直ぐな長い足。
そしてその間の・・・。初めてそこにふれたとき、神の聖域を侵してしまったような気がしたっけ。
俺は一生、君の呪縛から逃れられない。
もし、他の誰かが君に触れたとしたら・・そう考えただけで俺は狂い死にしそうなんだ。あの、離れ離れになった戦いの中で、君は本当にあいつにその体を晒さなかったんだろうか・・・。あいつはあきらめられたんだろうか・・・本当に・・・
あれから何年も経つのに、今もその思いが渦巻く事がある。もちろん俺は、雪の言葉を信じてる。いや、『実は・・・』と、言われてもやっぱり何も変わりはしない。
やはり、彼女を生きて返してくれたことに感謝するだろう。しかし・・・

「地球の英雄も、鬼も、くそ食らえだ。俺は君に焦がれるただの崇拝者なのにな。」

古代は、自分だけの女神の前に跪(ひざまづ)くと、うやうやしくその手に口付けた。

女神はゆっくり瞼を開いた。
「あら、やだわ、何の真似?」
「うん、雪はやっぱり綺麗だなって思ってた。」
「まあ・・・何も出ないわよ。」
雪は屈託のない笑顔で、コロコロと笑った。
「いいんだ。ここはオリンポスの神々の国だから、女神には敬意を表さなくっちゃ。今夜の女神のエスコート役を申し出ていいかな。」
「ええ、よろこんで。ねえ、知ってる?女神クロトに紡がれた運命の糸は、女神ラケシスによって恋人達に運ばれるの。この旅行でたくさんの仲間達の糸が結ばれるといいんだけど。」
「それなら俺も、だしに使われた甲斐があったということかな。」
「あら、だしになんてしてないわ。みんなあなたやヤマトの仲間が大好きなのよ。だから理由を作って集まりたいだけなんだわ。人望のある艦長の恋人で光栄ですわ。」
そういうと、雪は古代の胸に体を投げ出してクスクス笑った。
「では、艦長の恋人さん。キスをしてもいいでしょうか。」
「どうぞ、艦長さん」
古代は熱く長いキスを、自らの女神に落とした.
「夕食に遅れると、また何言われるか判らんからな。今はこれだけにしとくよ。」

「うふふ・・・そうね、そろそろ時間ね。私、着替えて準備するわ。あなたはこれよ。」
雪はクローゼットから進の衣装を手渡した。

「ぶっ・・・!スーツ?!」
「あら、言ってなかった?夕食は正装らしいわよ。」


ここは船の上で逃げ場もないし、会場へ行かなければ夕食にもありつけない。
古代は深いため息と共に了解した。

「じゃあ、私は晶子さんとここで準備するから、あなたは相原さんの部屋に行って頂戴。1時間後に迎えに来てね。」

そういって部屋を追い出されて、相原の部屋で古代も着替えた。
「古代さん、それ、雪さんの見立てですね。やばいんじゃないですか。よく似合ってる」「俺の服は全部雪の見立てだよ。それに、なんでやばいんだ。」
「今日は女性もいっぱいいますからね。いやあ、僕も晶子さんを取られないように気をつけよう・・・」
古代のスーツはいわゆるソフトスーツで、少しゆとりのある上着に、中はカッターにネクタイではなく、ゆったりとしたブラウスにスカーフ、といったものだった。公式の場には軍の礼服がある古代には、普段のレストランくらいならこれで充分だ。
「俺は ネクタイが嫌いなだけだ」
「はいはい・・」
二人の男は、ただひたすらそれぞれの恋人を迎えに行く時間を待っていた。
「そろそろいいだろう。行くか。」
「そうですね。」
二人は立ち上がり、古代の部屋をノックした。


「はい、どうぞ」
ドアの中からすぐに返事があり、古代はドアを開けた。
そこには・・・

「きれいだ・・・晶子さん・・・」
相原は、そこしか目に入らないというように、晶子に近づいた。
「ありがとうございます。でも、雪さんの方が・・・」
ちらり、と晶子が奥を見た。


古代は言葉もないまま雪に近づいた。

晶子のワンピースは淡いレモンイエローで、柔らかな素材とふわふわとしたデザインが晶子の初々しさを引き立てていた。
対して雪は・・・シンプルなオフホワイトのロングドレスに髪をアップにし、露になった長い首にはドレスと同じ素材でパールをあしらったリボンを巻いていた。耳にはパールの大ぶりのイヤリング。ドレスは、左肩に残る傷痕をかろうじて隠すだけ肩にかかり、胸元と背中を程よく見せていた。腰までは雪の体の線にぴたりと添い、たっぷりと長いスカートはお尻の高い位置で軽くギャザーが寄せられ、そのまま少しだけ後ろに引く。胸元と裾に、やはりパールがあしらわれていた。

「ほんとに綺麗だ・・・雪・・・」
古代の心からの賛辞に頬を染めた雪は、「ありがとう」というと恋人の胸に顔を埋めた。
相原は晶子を連れて退散し、残された二人は熱い抱擁をとかなかった。

「では、パーティーを始めます。みなさま、ホールにお集まり下さい!」

南部の声が船内に響き、外が騒がしくなった。
「さあ、私たちも行きましょう。」
「うっ・・・なんか行きたくないぞ・・・」
「そんな訳にいかないでしょう?」
「そりゃあ・・・」

古代は自らの美しい女神に眩しそうな目を送り・・・
「いいか、今日はぜったい俺の側から離れるなよ。絶対だぞ!!」
と、ホールに向うその顔は『鬼の古代』になっていた。

古代と雪がホールに入ると、それまでざわついていた会場が静まり、誰もがいっせいに二人を見た。
艦長が、その若さと優しさを強調するようなスーツを着ながら『鬼』の顔で歩いてきた。しかし、いつもと違う柔らかなスーツ姿は、皆の知らない彼の意外な一面を映し出してとても似合っていた。
隣の恋人は、もともと美しい人だったけれど、今日の美しさは段違いだろう。いつもの凛とした姿も良かったが、今日は神々しいような気さえする。たおやかな気品と艶やかな色気を醸し出していた。
艦長もそれをよく判っているから、その恋人の肩をしっかりと抱き、狼どもに「手を出すな」と無言の圧力をかけている。一方、我らが生活班長は、むすっとした恋人に苦笑しながらも周りの仲間に挨拶していた。

本日の司会進行役の南部君だけが、そんな艦長を無視して切り出した。
「みなさん、お集まりですね。では『古代艦長と行くエーゲ海ツアー』のメインパーティーを始めます。先ずは先の戦いで散った仲間を偲んで黙祷」
みな、いっせいに頭を垂れて黙祷したが、顔を上げたときは晴れ晴れとした顔をしていた。くよくよしても誰も帰って来ない事をみな知っていたから。残ったものは前を向いて生きなければいけないのだ。『今』を精一杯生きよう。

「次に、古代艦長からご挨拶を」
マイクを渡された古代は、少し顔を緩めて皆を見渡した。
「みんな、久しぶりに会えて嬉しく思う。今日は無礼講で楽しんでくれ。自由にやるのは構わないが、」
古代は傍らの雪を ちらり、と見た。
「人のものには手を出さない事! 以上だ。」
場内が大爆笑になった。「艦長、それはないですよ」という一人者の声も上がった。
こうしてパーティーは始まった。

古代と雪は会場のあちらこちらで声を掛けられ、楽しいひと時を過ごしていた。しかし、どこへ移動しても古代の手は雪の手に、肩に、腰に置かれ、片時も離そうとしなかった。誰も見た事のない柔らかな笑顔を恋人に向ける『鬼艦長』と、少女のようにはにかみながら寄り添う『生活班長』。そんな光景はまた、みなのからかいの種になり、羨望の的になった。絵になる二人・・・誰もがそれを認めずにいられない光景だった。


「宴もたけなわ、ここでお約束のだぁ〜いビンゴ大会でーす。」

みんなに用紙が配られ、ビンゴ大会が始まろうとしていた。
「南部さーん、商品の姿がみえないんですが・・・」
新人君の一人が声を掛けた。

「今回の商品は、パートナーの選択権です!早く上がった者から、今から1時間の間のパートナーを選ぶ事ができます。選ばれた人はOKなら手を取り、どーしても嫌ならビンタをくらわす。いいですかぁー」
一人で参加した者は「おおーっ」と歓声をあげ、パートナー同伴の者は「ええーっ」と嬌声をあげた。一番うろたえたのは言うまでもなく古代で・・・
「こぉらー!南部!!きさまぁーー!」
と、文字通り鬼の形相で睨んだが、当の南部君は何処吹く風。
仕方なしに きっ! と会場の中を睨みつけ、『雪を指名するな』と無言で命令した。

そしてビンゴ大会は始まり、最初のビンゴは晶子だった。
「では、晶子さん誰を指名しますか?」
「あのう・・・相原さんを・・・」
晶子は消え入りそうな声で指名し、相原も
「はい、喜んで!!」と即答し、手をとった。

「はーい、一組目が誕生しました。では次は・・・」

次は、土門だった。
「班長、よろしくお願しますっ!」
土門は頭を下げて雪の前に右手を差し出した。
「・・・土門・・・おまえ、命知らずなのか、ただの鈍感なのか・・・」
島は唸るように呟いた。
雪は、困ったような 楽しむような微笑で古代を見、古代は会場中の視線を浴びながら決断を迫られた。
「真田さんに、生きてることを実感して楽しめ、と言われましたっ」
土門が頭を下げながら尚もいうと、会場から苦笑が漏れ、古代は「うう・・」と唸ったまま黙ってしまった。
「では、よろしくおねがします。」
雪は、笑いながら土門の手を取った。
「やったあ!! ありがとうございますっ」
土門が 飛び上がって雪に抱きつこうとしたところへ、すっ と間に古代が入った。古代の目が笑ってなかったが、土門は気にもせず雪の手を引いて「失礼しましたっ」と去っていった。 「いいぞー、土門!」「このまま押し倒せぇ〜!」「死ぬ気でかかれよぉー!」という声に、土門も「いや・・・そんな・・」としどろもどろで、しかし班長の手を離さず・・・艦長は苦虫を噛み潰した顔をしたまま・・会場はまた大爆笑の渦になった。

こうしてつぎつぎカップルが決まり、古代たちメインクルーも
「こんな時でないと、相手にしてもらえないから」
という女性達に申し込まれた。
特に古代や島は、「あこがれていました」という、誰かの同伴者の女性にまで声をかけられ、「それはまずいだろう・・・」と、苦笑する場面もあったりした。
泣いたり笑ったり、大騒ぎのうちに1時間が過ぎた。

「古代、一時間は遠に過ぎたけど返して貰えそうにないな」
島が、男女のクルー達に囲まれて笑っている雪を見ながら話し掛けた。
「ふん・・・あそこに俺が入ると、みんなが緊張するんでな。」
「ちがいない・・・」
島が笑いながら続けた。

「なあ、古代。ここアテネ・シティの語源となった、女神アテナって知ってるか?アフロディテとオリンポスいちの美貌を争ったほどの美神で、知性と戦の女神だ。軍神マルスが武力の神なら、アテナは知力の軍神ってことらしい。そのうえ、料理や医療なんかの技術を司る女神でもあるんだな。・・・なあ、それって、雪の事だと思わないか?」
古代は自分の恋人が女神と言われ、まんざらでもなく答えた。
「ああ・・・しかし、雪の料理に技術はないぞ」
「ははは・・まだそうなのか?」
「いや、以前よりは腕を上げたよ。」
ははは・・・と笑いあう二人に、真田が口を開いた。
「・・・俺はいつも、雪のことを『勝利の女神 ニケ』だと思ってきた。俺は、雪と古代が同じものを目指している限り、どんな苦しい戦いも、最後には勝てる気がしていた。そして、実際いままで勝利してきた。あのイスカンダルの帰りに『コスモクリーナー』を命がけで動かした雪を目の当たりにしてるからかもしれんが・・・。いつだって、雪自身も傷つきながら、我々を勝利に導いてくれる・・・そんな気がする。」
「真田さん・・・」
「古代にとっちゃ、愛と美の女神 アフロディテだろう?」
島がまたからかい、手にしたグラスを高々と持ち上げた。

「我々の女神様に、乾杯!」
「乾杯!」

古代と真田もグラスを持ち上げ、チン、と鳴らしあった。


古代は、眩しい想いで皆に囲まれて笑う雪を見つめ、また、温かい仲間たちと平和の時間に心から感謝した。

「さあ、夜も更けて参りました。今夜は残り3曲のダンスナンバーでお開きにしたいと思います。明日も観光とグルメ、それに女性陣のために買い物三昧コースと盛りだくさんです。明日のためにも、早めにパートナーを確保してくださーい!。」
会場に 南部の声が響いた。

「雪さん、1曲だけお願します!」 「俺も1曲!」 「じゃあ、自分も・・」

坂巻や坂東、雷電・・・パートナーを連れずに参加した男達が、艦長が側にいないのをいいことに我も我もと雪の周りに集まった。
「先輩達、班長のパートナー権を貰ったのは僕ですよ!」
土門も負けじと応戦した。
「なんだと、あれから何時間経ったと思ってるんだっ!とっくに時間切れだよ!」

緩やかなダンスナンバーが流れ出し、周りには何組かの男女が踊りだしていた。


「おい、いいのか古代。最後まであいつらに持ってかれるぞ。」
島がからかうように古代に言った。

「しょうがないなあ・・・」
古代は苦笑すると手にしたグラスをテーブルに戻し、その喧騒の中へ割って入った。

「おい、そこまでだ。そろそろ俺の女神を返して貰いたいんだが。」

聞き覚えのある『鬼』の声に、一同は身を竦ませて振り向いた。しかしそこに『鬼』はおらず、我らの女神に手を差し伸べる青年が笑っていた。

「すまんな。もともとこれは俺のものでな。」
少し眉を上げてそういうと、この逞しい青年は女神をすっぽりと自分の懐に取り込み、あっけに取られる一同を尻目に去ってしまった。

「古代の奴、いつの間にあんなことができるようになったんだ?」
いつもの面々が驚いたのも当然だろう。人間、成長するもんだ。

雪を取り戻した古代は、そのまま元いた場所へ戻ろうとした。が・・・
「進さん、私たちも踊りましょう。ねっ、お願い、ねっ」
今宵の女神に懇願され、中央に出る羽目になってしまった。

「おい雪、俺はダンスなんて踊れないぞ!」
「大丈夫よ。私の腰に両手をおいて、あとはリズムにのればいい・・・」
そういうと、雪は古代が作った空間の中に身を置き、自分の両手は彼の両肩に置いた。


その美しい二人は、しごく優雅にホールの中をすべりだした。実際、雪が動くとドレスがさっ、と拡がり、揺れ、纏(まと)わり・・・その動きがあまりにも優雅で、まるで古代がリードの達人のように見えた。実際は別として・・・。
誰の目をも、くぎ付けにしてしまう二人の世界・・・

3曲目になると、余りの男以外は全員踊っていた。
少しづつ照明が落とされ、曲がゆっくりと終わり・・・少しの余韻・・・

パッ、と照明が点けられた時・・・殆どのカップルが見つめあい、あるいは抱き合っていた。しかしっ、この一組だけは、あたり憚らず熱いキスを交わしていた。
一瞬の沈黙の後・・・

またまた大爆笑!!!

古代と雪は、はっ、と我に返り 顔を真っ赤にした。

例の面々も、(やはり成長しきれてない。いつもお約束に嵌ってくれる)と安心したとかしないとか。

雪は、まだ顔を染めたまま、恥ずかしまぎれに
「さあ、すぐに着替えてここのお片付けを手伝うわ。」 と宣言した。

すると司会者が、
「いえ、今日はレディ達はそのままお引取りください。野郎どもは全員参加で片付けだぞ!」  と、号令した。

みな、良く見るととんでもない会場の惨状にうんざりした。

「仕方ないな。雪、これ持って先に部屋に帰ってくれ。」

真っ先にそう言ったのは他ならぬ艦長で、着ていた上着を脱ぎシャツのボタンを2・3外して首に巻いていたスカーフを解き、雪に手渡した。
一瞬、普段みることのない艦長の胸元がちらりとのぞき、捲り上げられた袖から見える意外に逞しい腕に女性達が見惚れた。それもつかの間、

「ええーい、やけくそだ!」
そういうと古代は雪の頬に口付けし、「いいな、待ってろよ!」と念を押した。それは言外に(先に寝るな)とも聞こえ、女性達は恋する間もなく失恋し・・・
男達も、この美しい人の全てはやはりこの男のものだったのか・・と納得してしまった。これを合図に、男達が意中の女性に自分の上着とタイを預け、「後で貰いに行っていいですか?」などと告白しだした。中には「私が預かっていいですか?」と、逆バージョンで告白する女性もいて・・・楽しい会が終了した。




「まったく、南部のやつ ここぞとばかりに俺をこき使いやがって・・・」
ぶつぶつ言いながら古代が部屋に戻った時は、もう真夜中を遠く過ぎていた。
古代が入ると、部屋の照明はなく、静まり返っていた。
「雪、どこにいる・・?」
「バルコニーよ。お疲れ様。ワインが冷えてわ。シャワーしてらっしゃいよ。」
「うん・・そうだな」

古代がシャワーを浴びて出てくると、バルコニーに人影が見えた。
暗い水面に落ちる白い月影が以外に明るく夜を照らし、その月明かりを背に佇む影。
夜風に髪をなびかせ、白い夜着が揺れている・・・


女神の光臨だ!!


そこにいるのは、アフロディテでもアテナでもニケでもないが、紛(まが)うことなき女神で、ただ今宵一夜 自分のためだけに存在するよう、オリンポスの神々から言われて光臨されたに違いないものだった。

女神は冷たいワインを手渡し、
「はい、お疲れ様。今夜はクロトもラケシスも大忙しだわね。」
と、古代の胸に全体重を預けてもたれかかると クスクス笑った。

(遠くで誰かが騒ぐ声が聞こえる・・・あれは土門達だな・・・)

古代は、この夢とも現実とも取れない状況に不安と戸惑いを感じ、女神より恋人が欲しくなってしまった。グラスを置き、始めはついばむような・・・次第に熱く濃厚なキスを女神に落とした。どれほどそうしていたか・・・

ようやく唇をはなすと、そこには潤んだ瞳のいつもの恋人の姿があった。
この美しい恋人がもうどこにも行ってしまわないよう、その美しさが神々の目に止まり愛でられることのないよう、古代は部屋へ誘うとカーテンをしっかり閉めた。


≪さあ 雪、行こうか。二人の楽園へ・・・≫


おわり


あいさまサイト、4周年 オリンピックも4年に1度 奇しくも今年は 神々の都、アテネでの開催
と、いうことでギリシャ神話の女神達と大好きな雪ちゃんへの私の思いをリンクしてみました。
文中の古代・島・真田のセリフは、私の気持ちです。時は「V」の数ヵ月後。土門君は死なせません!
by せいらさん
せいらさんから初の投稿作です。
ヤマトの女神と言えば何と言っても雪ちゃん! 楽しい船旅ながらも、女神を崇拝する男ども達に古代『艦長』も大変ですね!
あい(2004.7.3)

close

(背景:pearl box)