044 怪我
なおこさん作


この人は、どうしてこんなに私に心配ばかりかけさせるのだろう。

まさか意図している訳ではないだろうけれど。

こっちの身にもなってほしいと思う。



目の前の男はそんな彼女の想いも知らず、まだ術後の麻酔が効いた、まどろみの中にいる。



戦闘中に第一艦橋が被弾して、彼の席が直撃を受けた。

心臓が凍りつくかと思った。



考えてみれば…。

出会った頃から、私は彼にはらはらさせられっぱなしだ。

後先考えずに飛び出して。

何処かしらに傷を作って帰ってくる。

医務室の常連で。

目が離せなくて。

何かあったらどうしようと、いつもドキドキしていた。

私が彼を好きになったのは、私の脳がそのドキドキを、恋のときめきと勘違いしたせいかもしれない。

そう思いたくもなるくらい、私はいつも、ひとりで勝手に彼に振り回されていた。

もちろん、本人はそんなこと思ってもいなかったろう。

私の気持ちなんて気付くはずもない。



その後も私の心配が収まることはなく。

どちらかというと、それは大きくなるばかりで。

時がたてば少しは大人しくなるかしら?と、儚い期待もしたけれど。

その“大人しい彼”の姿が想像できないのだから、仕方ない。


もっとも、彼の方にも言い分はあるのだろう。

自分だって君にはいつも、はらはらさせられていると。


私の“前科”も結構なものだから。



ベッドの縁に腰を下ろして、少し茶色くてくせのある彼の髪に触れてみる。


頬にも。

唇にも。

そっと指を滑らせる。


少し痩せてやつれたように見えるその寝顔は、ただの22歳の青年のそれで。

私は彼を、守りたいと思う。

何があっても、彼のことだけは守り抜きたいと。



頼り甲斐のある広い背中も

緩やかに鼓動を刻むその胸も

私を包む暖かな腕も

優しく触れる長い指も


目の前にあるその全ては、私のものなのに。

私のものではない、今のふたり。



眠る彼を起こさないように、おでこにそっとキスをおとす。

閉じられた瞳の長い睫が、微かに震えたように見えた。



彼のことだ。

目覚めたら気を休めることもなく、職務に戻りたいと言うに違いない。

無理だと分かっていても。

そういう男(ひと)だ。


だけど。

彼がなんと言おうと、今日は1日、ここで彼の傍にいようと決めた。


彼のために。


私のために。




艦長室からは彼女の楽しそうな声が聞こえてくる。

「当分動けないし、ここにいる間は、あなたは私ひとりだけのものね?」

反論したくても身体が言うことを聞かない彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、実はかなり嬉しそうで。

「馬鹿なことを言うな」と言いつつもまんざらではない様子だ。




いつも、いつも。


戦闘になる度に、私の胸は張り裂けんばかりになる。

無事に帰ってきて欲しくって。

心はただの女になる。

傷ついてボロボロになった彼を見る度に、もう二度とそんな姿は見たくないと思う。


でも…今日だけは。

彼の怪我に少しだけ感謝して、恋人の時間を過ごそう。



誰に邪魔されることもなく。



多分…


もうみんな気が済んだと思うから。

今頃は、尾ひれのついた噂話が、艦内中を一人歩きしているかもしれないけど。


これから先は。


ふたりで静かに。


ね?


古代くん。

「3」で怪我をした古代君が艦長室に運び込まれて目覚めるまでの間、ユキちゃんはどんな気持ちだったかな〜っと思いつつ、書いておりました。
いつもいつも、古代君の無鉄砲ぶりには心配の耐えないユキちゃんですが、あの時ばかりは彼が怪我したことに、ちょっと感謝したんじゃないかと。
by なおこさん(2004.2.7)

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