047 祈りを込めて
いずみさん作
<作者からのお願い>
この話の後半には、拙作『89.けんか』のネタバレが御座います。できましたら、そちらから先に読んでいただけると幸いです。
その白いカップはショーウインドゥの1番目立つところにディスプレイされていた。レースの様な繊細なつくりと白く透き通るような美しさに誰もが目を奪われたが、その横にある価格表を見て、ある者は首を振り、またある者は溜息をついてその場を離れていくのが常だった。
今また1人の女性がカップに目を留めた。すらりとした足がショーウインドゥの前に立ち止まると、彼女はカップに微笑みかけた。そして価格表を見ることも無く店内に足を運んだのであった。
その6客のカップ・アンド・ソーサーは最初『科学局』という所へ運び込まれ、そこで耐ショック・耐閃光防御仕様の特注のケースに移し変えられて、とある戦艦の艦長室に納まったのであった。
時は23世紀初頭。宇宙戦艦ヤマトは第2の地球探しに飛び立とうとしている。
生活班長森雪は白いカップを『古代君の艦長就任祝』といって艦長室に持ち込んだ。
当初、艦長は難色を示した。危険の多い戦艦で使うには余りに脆く、そして余りに高価だったからだ。
そんな艦長に生活班長はこう云った。
「私、このカップに祈りをこめたのよ。『皆、生きて元気で地球に帰れますように』って。だから、脆いからとか高価だからとかいわないで、普通に使って、ね。」
そして、こうも云った。
「私が一目惚れしたカップだもの。きっとご利益あるわよ。」
シブシブ艦長は折れた。雪のお願いは絶対なのだ、彼にとっては。だが最初のうちは『オレを差し置いて人目惚れしただと〜〜!!』と妙な嫉妬に駈られていたりもしたのだが。
ヤマトは地球を飛び立っていく。人類が移住できる星を探すために。
いつしか艦長はその白いカップでお茶を飲むのが日課となった。プレッシャーやストレスで眠れない夜、そのカップでお茶を飲むと不思議と安眠できたし、ギリギリの決断を迫られ追い詰められたときも心を平静に保つことができたのだ。
もちろん、いつも1人という訳ではない。気の置けない仲間と、部下たちと、そして誰より大切なひと、と。そのカップでお茶を飲むひと時は艦長にとって掛け替えの無い時間となっていった。雪の云った通り、確かにご利益はあった、のだ。
そして、それから10数年後、その白いカップは宇宙戦士訓練学校の古代雪新米教官のデスクの上にあった。
ヤマトが沈んだ後、雪は古代と結婚し、やがて双子を妊娠すると職を辞し子育てに専念した。そして子育ても一段落し、30代後半にして新米教官となったのである。
「これがあの時のカップかぁ。懐かしいなぁ。」
雪と一緒にお茶を楽しんでいるのは、イスカンダルの旅から共にヤマトに乗っていた戦闘機乗りの、西塔萌絵(さいとう もえ)教官。年頃も雪と同じで、ショートカットのボーイッシュな美女だ。
「ええ。あれ以来仕舞い込んであったんだけど、古代君が私の教官就任祝にって出して来てくれたの。」
雪は昔の仲間と話すときには、自分の夫を『古代君』と呼ぶ。それ以外に呼び様が無い、というのが彼女の弁だが、彼の名前を呼ぶときの雪はいつも最高に幸せそうで、周りの連中はいまだにこの2人に当てられっぱなしなのだ。
「あれ以来、か。」
このカップには、あの1年にも及ぶ旅の思い出が凝縮されている。辛く苦しいことばかりでは無く、楽しい出来事も多々あった。
だが、雪がいちばんに思い出すのは、一緒に帰って来れなかった部下の辛い思い出だった。そのことを封印するように、古代はこのカップを雪の目の届かないところに仕舞い込んでいたのだった。
「『宇宙戦士訓練学校で教鞭をとらないか?』って誘われたとき、最初は断るつもりだったの。部下1人無事に連れて帰ってこられなかった私に、ひとを教える資格なんて無いって思ったから。」
胸が締め付けられるように痛み、雪のカップを持つ手に力がこもる。
「でもね、古代君がこう云って背中を押してくれたの。『若いうちは目に見えるものだけが全てだって思いがちだ。だけど本当に大事なのは目に見えないこと――生きて帰るという強い意志、仲間を思いやる心、人を愛する優しい心――だっていうことを教えてやって欲しいんだ。これから旅立って行く若き魂に。』って。」
「『それはきみにしか出来ないことだ。』ってか。相変わらず説教くさいな、戦闘班長。でも雪はそういう口説き文句に弱いからなぁ。まったく幾つになってもお熱いことで。」
軽口でちゃかしているが、雪を見る萌絵の目は優しい。彼女も同じ戦いで同僚の若き戦闘機乗りをなくしている。同じ痛みを共に持つ仲間として、萌絵もまた雪を見守ってきたのだ。
うふふ、と笑って雪は萌絵を流し目で見る。
「そうかしらねぇ。でも萌絵、あなただってひとのことは云えないでしょう?だってその立派なおな・・・」
トントントン
その時、ノックと同時に教官室のドアが開き、1人の教官が部屋に入ってきた。
「やっぱりここだったか。早く行かないと妊婦検診終わっちまうぞ、萌絵。臨月だから毎週行くんだろう?」
「はい、はい、わかったわよ、シロー。」
白いカップを名残惜しそうにデスクに置き、大きなお腹でよっこらしょと立ち上がる萌絵に手を貸す加藤四郎教官。この2人れっきとした夫婦であるが、結婚前から教官職を務めていた萌絵が『同じ職場に同姓がいたら紛らわしい!』とのたまい、旧姓で通しているのである。
「戦闘班長によろしく!古代教官。」
「また皆で飲みましょうね、加藤教官。今度は萌絵の出産祝いかな?」
「それじゃぁ、わたしが飲めないじゃないの!!」
「幸せそうな妊婦さんはとっとと退場!!」
どたばたと出て行く2人の背中を見送りながら雪は云った。
「そんなに目立つ愛の結晶を見せびらかしておいて、貴方たちこそ熱々じゃないの!!」
ふへへ、と萌絵が手を振り、教官室のドアが閉まった。
1人きりになった雪は、再び視線を白いカップに戻した。10数年前、自分が祈りを込めたカップを思いを込めてじっと見つめた。
生徒が悩んだとき、迷ったとき、苦しんだとき、雪はこのカップで小さなお茶会を開くのだろう。そして、彼らの心に寄り添い、彼らの心の拠所となっていくのだろう。
『そのために私は今ここにいるのかもしれない・・・』
そう思った雪の耳に、かつての部下の声が聞こえたような気がした。
『そうですよ。だから頑張って下さいね、班長。』
雪は白いカップを両手で暖めながらにっこりと微笑んだ。
おしまい
『食卓を彩る恋愛レシピ』(せいらさん命名)第2弾、『雪ちゃんが教官になった訳編』です(長い・・・)。でもお茶だけなので番外編でしょうか?!
私の中では平和主義者の雪ちゃんが、『何故、軍人養成学校の教官になったのか?』という自分への言い訳に近い作品になってしまいました。
毎回毎回変化球(それも消える魔球!!のような)ばかりでしたので、直球勝負(ど真ん中・ストレート)を目指して書いてみました。吉と出るか凶と出るか、みなさまの感想がちょっと怖い作者です(笑)。
byいずみさん(2004.11.3)