052 そばにいるだけで……
せいらさん作
(1)

「本日の訓練は以上で終了する」
古代艦長の声がヤマト艦内に響いた。


「あ〜あ、疲れた!」
「今日も8時間ぶっ続けよ!」
「げぇー、これからまた反省会かしら。」
「だろうねぇ〜」
「艦長も艦長だけど、うちの班長も班長よね。なにもこんなきつい訓練の直後に反省会なんてしなくてもさっ!」
「だよねぇ〜」

ラジェンドラ号を救ったためにボラー連邦とガルマン帝国との戦闘に巻き込まれてしまったヤマトでは、今回多くの新人を乗せているため時間の許す限り訓練を怠らないことを、各部署に通達されていた。
時折、総合訓練と称して今回のような大規模な訓練も行なわれる。

ここ生活班の、特に女性達の間ではなにしろこれが不評だった。
他の部署と違い、もともと戦艦に乗る為の訓練など受けていない者が多く、一度戦闘に巻き込まれた時にこそ緊張感もあったが、その後の平穏な航海の中での訓練は、彼女達のストレスの元でしかなくなっていた。
勢い、不満は責任者である雪にぶつけられることになっていった。
雪とて、歴戦の勇士だ。なにも彼女達の言うままになっている訳ではなかったが、そこは多勢に無勢、いつも「判ったわ。そのように艦長に伝えればいいのね。」と言って折れてしまう。

「でもね、こういう厳しい訓練が、結果的にはあなた達を守る事になるのよ。艦長だってなにも憎くて・・・」

雪は一応古代のフォローを試みたりもするが、こんな時の彼女達にはそれも聞いてはもらえなかった。

もちろん、雪はそのような報告を古代艦長に上げることはない。
彼女らの管理は本来自分の仕事のうちなのだから、いちいち部下の不満を解決できないからと言って他人の力を借りれないと思っていた。
まして、艦長になど・・・

雪は、古代進が自分のぎりぎりのところで今の艦長職をこなしていることを、充分過ぎるほど理解していた。
もっと肩の力を抜いて任務に取り組めばいいものを、今の彼はそんな余裕を失っている。

第一艦橋の仲間からも、そのせいで艦内の空気がぴりぴりしてる、と言われ続け、その根本は自分と進の関係にある、とも言われた。



数日前、雪は廊下で南部に声を掛けられていた。

「それって、どういうこと?」

「だからさ、雪さんと古代さんの作り出す空気ってあったんですよ。いや、へんな意味じゃなく。それがヤマトの空気になってたんです。それが今回は二人とも・・・いや、古代艦長は、かな・・・雪さんを無視してるでしょ?だから変なんですよ。艦内が。」

「無視なんて、されてないわよ。」

「してますよ、充分。今回の旅は長期戦だから、こういうのまずいですよ、多分ね。」

「古代君は古代君なりにけじめをつけようとしてるだけよ。」

「『艦長と生活班長でいよう』ってやつですか?島さんから聞きましたけど、そういうのが余計だって判らないかなあ。いままで通り、普通にすればいいのに・・・。」

「南部君・・・あなたの言うことに私も賛成なんだけど・・・ごめんね、あの人にはできないんだと思うわ。」

「艦内の空気を読めてこそ、艦長だと思うけどな。」

「ごめんなさい・・・そうね、なんとかするわ。私もこのままじゃこれから先の航海に支障がでそうな気がしてたし。ありがとうね、言い難い事言ってくれて。大丈夫、私に任せて!」

「お願いしますよ〜、生活班長!」

南部は最後にはおどけたように締めくくってくれたが、本当は本気でこのままではまずいと思っていることくらい、雪にもよく判っていた。
今の会話からすると、もっと以前に島から古代に同じ話がされていたのだろう。
でも、何も変わらない現状からみると・・・

(安請け合いをしてしまったわ・・・。なんとかしなきゃ、なんとか・・・でも、今の古代君には相談できない。彼にこれ以上負担をかけられない・・・。彼を守ってあげたいのに、一体どうしたら・・・)



今、雪は生活班の管理ルームにいる。
とり急ぎ、在庫の食料の確認と次の探査星の資料をまとめておかなければならなかった。

ついさっき雪は、航海班の新人と機関部の新人の喧嘩の仲裁を頼まれて、労を執ったところだった。
近頃、こういった小競り合いが各所で頻発しているのは事実だ。

雪の心に、先日の南部との会話が思い起こされた。
(そういえば、この前古代君と連絡事項以外の会話をしたのって、いつだったかしら。
どっちにしても、随分前よね。なんだか疲れちゃた。昼間の訓練のせいね、きっと・・・)

トン、トン、と出来上がった資料を揃えると、雪は廊下を歩き出した。

ほとんど人のいなくなった食堂で、土門竜介が後片付けをしていた。

「土門君、お疲れ様。あとは私がやっておくから、これ、幕の内さんの部屋に届けてもらえないかしら。在庫の食料の・・・」

「班長!!!」

食堂に土門の叫び声がこだました。

・・・雪はそのまま崩れ落ちるように倒れた・・・



(2)

『生活班長が、土門の腕の中で倒れたらしい』
という噂は、艦内時間では夜間にも係わらずあっという間に艦内を駆け巡った。

古代がその話を聞いたのはそれからしばらく経ってからで、艦長室のベットの中、第一艦橋からの通信であった。

「艦長、お休みのところすみません。」
「相原か。なんだ、なにかあったか?
「いえ・・・ちょっと噂を耳にしましたので。」
「噂?」
「雪さんが倒れたらしいと・・・艦長?!」

古代は上着を掴むと、みなまで聞かず艦長室を飛び出していった。


「失礼します、古代です」

古代は医務室へ文字通り駆けつけると、声を掛けるのももどかしく、真っ直ぐに雪のベットに向った。

「佐渡先生、雪はどれくらい意識がないままですか?それだけでしたか?」

勢い込んで尋ねる古代を、佐渡が睨み返した。

「なんじゃ、古代。いきなり来おって・・・それだけって、何か他に思い当たる症状があるのか?
土門の話じゃ、なんの前触れもなく倒れた、ということじゃが、なにか思い当たるんじゃな?診察しても、これといって悪いところは・・・」

古代は拳を握り締めると 「くそっ、またか!」 と吐き捨てた。

佐渡と・・・雪に付き添っていた土門は、驚いて古代を見つめた。

「こりゃ古代、どういうことじゃ!一体、なにがあったんじゃ。」

古代はちらっ、っと土門を見、佐渡は土門に退室するように言った。

「さあ、古代。これでよかろう。話してくれるな。」

佐渡に促され、古代は椅子に座り直すと、眠る雪を見詰めて話し出した。



(3)

「私がそれに気付いたのは、もう半年以上前になります。たまたま宇宙勤務が予定より半日以上早く終えられた日でした・・・」


【ピ〜ンポ〜ン   ピ〜ンポ〜ン
『あれ、雪の奴 いないのか?こんな時間まで仕事か?』
ガチャ ガチャ
『雪 いるんじゃないか。おい、雪!ただいま!予定より早く帰艦出来たんだ。
雪?おい、雪?雪!!』】


「雪はシンクの水を流したまま、その前に佇んでいました。私がいくら声を掛けても気が付かないようで・・・後ろから肩を掴んで呼ぶと、初めて私に気付いたのですが、ただ黙って目を見開いて私を見ているだけでした。私が『何度も呼んだのに』と言っても、ただ黙って見つめるだけで・・・『何か 変だ』と思って、いろいろ尋ねだして・・・やっと気付いたのです。・・・雪は・・・雪の耳は聞こえていなかったんです。」

そういうと、古代は雪の頬に自分の手を当てた。
佐渡は「なんじゃと!?」と怒鳴った。

「それはどういう事じゃい?えっ?古代!」

「あの頃、雪には聞きたくない事が多かったのでしょう。聞きたくないから聞こえないようにする・・・雪自身の防衛本能だったと思います。雪はそうやって自分を守ってきたのでしょう。」

「ふむ、聞いた事があるのう。神経症の一種で、強い緊張感や葛藤などから自己を守るために引き起こされる症状じゃな。原因は例の噂か・・・」

「雪は最初、私の前では『いちいち気にしていられないわ』と笑っていました。
正直、私も自分への風当たりの強さに辟易してましたので、彼女のそういう態度に内心胸を撫で下ろしていました。
あの日、たまたま早く帰艦しなかったら、もっと気付いてやれなかったかもしれない。
本当は雪は『あの噂』にひどく傷ついていたんです・・・」

そこまで言うと、古代は雪から手を離し、しかし目だけは苦しそうに雪を見つめたまま続けた。

「雪は、『仕事中はなんともない。聞こえなくなるのは必ず一人になってからで、それもしばらくで回復するんだからなにも問題ない』と言うんです。
そういう自分の姿が私をまた苦しめる事になるからと、私が気付く随分前からそんなことがあったらしいのに、何も言わず・・・。」

「今回みたいに意識を無くす事もあったのかのう?」

「ええ、それは雪の友人の綾乃さんから聞きました。綾乃さんの部屋で倒れたらしくて・・・医者に連れて行ったそうですが結局どこにも異常は無く『過度のストレスによるものだろう』って言われたと。
それも雪は私には何も言わなかったんです。後日地球に帰ってから綾乃さんに教えられて、雪に『どういうことか』と詰め寄って・・・。
初めて、そんなこともあったと知りました。」

古代は、椅子に座り両手を組んで額を押さえたまま話した。

「私はショックでした。一緒に暮らしていながら、そんなこと全く気が付きませんでしたから。
もちろん、雪が私に隠そうとしていたからですが・・・それでも、それだけのストレスを雪が抱えていることに思い至る事もなかった・・・俺は・・・俺は雪のどこを見て暮らしていたのかと・・・!なにも問題ないわけがないじゃないか!!」

古代の拳が、力一杯握り締められていた。

「その後、私は急いで仕事を調整しました。地上勤務に振り替えてもらうように。長官に泣きつけば早かったのでしょうが、これだけ必死に隠してきた雪を思うとそれは出来ませんでした。
ですから、すぐに、という訳には行きませんでしたが、なんとか地上勤務にしてもらって雪にその事を告げたとき、確かになんの前触れもなく彼女は倒れこみました。そのまま丸一日眠り続け・・・今回のことは、おそらくその日以来だと思います。
耳の方はその後も時々聞こえなくなることがありましたが、それもだんだんなくなって・・・ここ数ヶ月は一度もなかったと思います。」

言い終わると、古代は大きく息を吐き出した。
そして、小さな声で付け足した。

「この話をするのは、実は今が初めてなんですよ。」

「それで乗艦時の問診票には何も記載されておらんかったのか・・・まあ、雪のことじゃから、どっちにしても書かんかっただろうが・・・。しかしなあ、お前達は何でも自分達だけで抱え込みすぎるんじゃ。あの脱出の時のことにしたって、自分を責めておるのはお前だけじゃないんだぞ。あそこに居合わせた者全員が自分の行動を責めてきたんじゃ。」

『えっ・・・?』と古代は思った。

「島と大田は、あのタイミングで艇を発進させてしまったことを悔やんでおる。
相原はもちろんお前を引きとめてしまったことに申し訳なさを感じておる。
徳川と南部も何も出来なかった自分を責めておる。アナライザーにしたって同じじゃ。
わしも・・・わしだって、あの注射をしなければ、我々が死んだなどとこの娘が誤解することも無かったんじゃないかと・・・どんなに悔やんできたことかしれんのじゃ」

涙声で語る佐渡を、古代は驚いたように見つめた。

「お前だけじゃない。みんなみんな、雪やお前の苦しみを分けて欲しいと思っておる。みな、そうでなければ自分を許せないんじゃよ。今回のことがあの時のことに起因するなら尚更じゃ。お前ほどの力はないにしても、みんなで雪を救ってやろうじゃないか、なあ、古代・・・」

古代は、今更ながら温かい仲間の気持ちに目頭が熱くなるように感じた

「お前は今回、艦長になったことで気負いすぎておったんじゃないか?まあ、お前の気持ちも判らんでもないが・・・そのことがまた雪を追い詰めてしまったのかもしれん。
だとしたら、これを機にお前の荷物を皆にも分けてはどうじゃろうか・・・みんなもそれを望んでおることじゃし・・・どうじゃろうのう、古代艦長?」

一言一言、諭すように話す佐渡の言葉が、古代の心に沁みていくようだった。
艦長としてヤマトに乗り組んでからしっかりと閉ざしていた扉が、少しずつ開いていくような気がした。

「私は、また間違いを犯してしまうところだったのでしょうか・・・」

雪の髪を撫で付けながら、古代が呟いた。

「人間じゃからな。そうやって人は成長するもんじゃよ。しかし、お前には雪が居る。お前を支えたいと願う友も居る。間違ったと気付いたら、そこからやり直せばいいんじゃ。生きてる限り手遅れなんてことは無い。」

「佐渡先生、ありがとうございます・・・」

「第一艦橋でもみんな心配してることじゃろう。わしが説明してくるからな。お前は雪が目覚めるまでここにいるんじゃ。いいか、お前のためじゃないぞ、これは医者としての命令じゃからな。」

頭を下げる進を後に、佐渡は病室から出て行った。



(4)

この、古代と佐渡の会話を聞いていた者がいた。

部屋を追い出されたはずの土門と、本日の医務室当番の京塚ミヤ子と岡島若菜。
特に女性二人は、女の子らしい興味から血相を変えて飛び込んできた艦長の言動に注目していた。
この二人は、今回の新人女子クルーの中では最も年長者と最も若輩者であり、まあ、問題発言をしない、雪にとってはやりやすい部下であった。

しかし、この二人だって艦長のことを『いい人』だなんて思っていた訳ではない。
確かに艦長は、うちの班長にはたま〜に優しい目をするような気がしたけど、本当にたま〜〜にであって、いつも怖い顔をしてぴりぴりとした緊張感を張り巡らせていた。
訓練の時以外は「そのストイックなとこがいいのよ」なんて言う仲間もいたけど、まあ、会話することは避けたいような、煙たい存在だと思っていた。

その艦長が、うちの班長のために血相を変えて飛び込んできたのである。
佐渡先生にカーテンを閉められてもしっかり『耳ダンボ』で聞いてしまい、終には隙間から中を覗いて見ていたとしても仕方ないところだろう。
もち、土門も然り、である。

3人はそれぞれの思いで、この話を聞いていた。

ミヤ子は・・・
ミヤ子は、他の二人より少し年上だったので、『例の噂』に思い当たる節があった。
ミヤ子の勤務していた連邦中央病院でも、「ヤマトの森雪」は伝説の先輩である。
その先輩のよからぬ噂・・・それは、様々な憶測とやっかみとで面白可笑しく駆け巡っていた。
今にして思えば、女達にとって「あの古代進の想い人」という嫉妬もあったのだろう。
時折顔を見せる雪に対して、時にはこそこそと、時にはじろじろとした遠慮のない目が向けられた。
ミヤ子自身はその手の噂に興味はなかったが、なんだか自分達の恩人に塩を送っているようで、気分が悪かった。
しかしミヤ子は、どんな状況でも真っ直ぐに頭を上げ、堂々としている雪に改めて尊敬の気持ちを抱いた。
だから、今回ヤマトで新たな乗組員を募集していることを知り、すぐに応募したのだ。
「森先輩の下で働きたい」、それだけだった。
実際、彼女は予想していた以上に素敵な人で、それに対しては満足していたが、戦艦勤務という現実はミヤ子にとってかなり予想外だった。
今ミヤ子は、雪のあの堂々とした姿の裏側を見てしまった気がした。
しかしそれは、ミヤ子にとってむしろ好意的に受け入れられる姿だと思えた。
更に先輩を尊敬できると思う。しかし、自分にそこまでの覚悟があるだろうか・・・
戦闘の最前線にいるという現実・・・ミヤ子にとっては、憧れの先輩が雲の上の人になったように思えた。

若菜は・・・
『あの噂?』『皆の責任?』『班長の苦しみ?』 であった。
しかし、皆が『鬼のよう』という艦長の取り乱した姿と、班長のことをいかにも大切そうに語る言葉に、少女らしくドキドキしながら聞き入っていた。
『うっそぉ〜、一緒に暮らしてたってぇ〜!ええ〜!あの艦長が、班長のために勤務場所まで変えるですって〜!うそでしょぉぉぉ!!!!!』
だが、佐渡が言った「徳川と・・・」という言葉に、どきりと反応した。
若菜は先日、ちょっとしたことから機関部の徳川太助と知り合い、気に掛かっていた。
『あの、熊さんのようにのほほんとした徳川さんも、今の艦長のように班長のために苦しんでいるってことかしら?』
それは、嫉妬でもなく 妬みでもなく、『ヤマトの仲間』という一括りのなかにあの徳川さんも居る、ということであり、今は同じヤマトに乗っていながら自分とは明らかに一線を画していると感じたことが、若菜には少し淋しかったのだった。

そして土門は・・・
「あの噂ってなんなんだ!班長の耳が聞こえなくなるだって?過度のストレス?何度もあった?あの時の事?班長の苦しみ?? だいたい、艦長はなんて言ってた?『一緒に住んでる』、だとぉぉぉぉ!!!!」
彼の思考はそこで止まり、ついでに体も固まっていた・・・


3人は、カーテンの向こうから出てきた佐渡に見咎められ、追い立てられてやっとその場を離れた。



(5)

しばらくして、雪がようやく目を開き、進が自分を見下ろしているのに気が付いた。

「古代君、ここは・・・?」

「ヤマトの医務室だよ。」

その優しい響きは、いつもの恋人の声だった。
まだ、ぼんやりしている頭で、雪は考えていた。

「ヤマト・・・の?どうして・・・あっ、私もしかしてまた・・・」

「うん、また・・・みたいだね。」

「ああっ・・・ごめんなさい!」

慌てて飛び起きようとした雪を進が制し、そのまましっかりと自分の胸に抱かかえた。

「ごめん、雪。俺はまた君を追い詰めてしまったようだ・・・」

雪は進の態度に驚いていたが、その声が恋人のものだったことに安心して身を任せた。

「ううん・・・私こそ、また心配かけちゃったわ。本当にごめんなさい。でも、もう大丈夫だから。」

雪はそう言うと進の腕の中から彼を見上げ、雪を見下ろした進の目と雪の目が絡まった。
進は雪の頬に口付けると、耳元で囁くように言った。

「大丈夫、なんて言うなよ。心配くらいさせてくれ。謝るのは俺の方だ・・・」

「古代君・・・」

「俺は今回、自分にいっぱいいっぱいで気持ちに余裕もなくて・・・。君の仕事の量も負担も、格段に大きくなることを判っていながら、そのフォローをしたらいけないようにさえ思っていた。
君と一線を引くために、君のことを思う事自体がいけないことと勘違いしてたんだ。
手を伸ばせば届く所に居るから、手を伸ばさないようにすることだけを考えて・・・本当は、君に触れたくて触れたくて仕方なかったのに。」

「私も・・・あなたに負担をかけないように、あなたが望むように・・・って思いすぎて、本当のあなたという存在を見失っていたのかもしれないわ。
・・・ねえ、気付いてた?あなたが地上勤務に変わってくれたから、私とても気持ちが楽になったのよ。とてもうれしかった。あなたが居てくれるだけで、何を言われていても後ろからあなたが守ってくれているような気持ちでいられたの。
だからあの後、こんな風にならなかったんだわ。
今回また・・・ってことは、私があなたを見失なっていたってことなのね。こんなに近くにいるのに・・・本当にごめんなさい・・・」

進は、雪を抱く手に力を込めた。

「また謝る。それは、男としてのおれの器量の小ささなんだよ。
自分にいっぱいで、大切な人ひとりも見えてなかった。島に艦全体が見えてないって言われても仕方ないよな。
雪、俺は本当は毎日君の姿を見かけることで、自分の気持ちを安定させてたんだ。
俺自身もまだ、君を失ったかと思った恐怖から抜け出せないでいる。
こんな不安定な気持ちの艦長なんて、乗組員に信頼されなくて当然だ・・・」

雪の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。

「・・・ねえ、古代君。私、もうあなたに遠慮するの止めるわね。生活班長として、あなたの恋人として、言うべき事はいう事にする。側にいたい時は側に行くわ。いままでのように・・・ダメ?」

この最愛の恋人に、上目使いに覗き込んで『ダメ?』なんて言われて、ダメ なわけがない。
いつだって、そうなんだ。この目が見たかった。いや、この目で見て欲しかった。
進の心が、本来あるべき場所へすーっと戻って来たような気がした。


「うん、俺もそうする。あ、もちろん混同はしないけど。でも、もうやせ我慢はやめた。俺も雪の笑顔が見たいからな。
それと・・・今度倒れそうになったら、俺が行くまで待っててもらえるかな。いくらなんでも、君が他の男に抱えられたんじゃちょっと・・・」

そういうと、進も笑った。
久しぶりに交わした笑顔だった。


その後、艦長と生活班長が並んで艦内を歩く姿が時折見かけられた。
仕事の話をしているには違いないんだけど、なんか甘い空気が漂ってくるよなあ、とは皆様の弁。
でもそれは、ヤマト艦内の空気そのものをも柔らかくしていった。
長期航海中のヤマトは、クルーの生活の場でもある。
この空気が皆の心の棘も抜いていった。

訓練は時々行なわれるけど、以前のような厳しいだけのものでもなくなったと思う。

新人女子たちも、
「艦長のあんなでれでれした顔みたら、『鬼』なんて思えないよねー」
などと、文句も減ってきた。

誰よりも良かった良かったと喜んだのはいうまでもなく第一艦橋の面々で、この喜ぶべき変化に感謝して、今しばらく『だけ』は二人をそっとしておいてやろう、ということで一致した。


≪あなたがそばにいるだけで・・・≫
≪君がそばにいるだけで・・・≫

≪ふたりが共に 在るだけで・・・≫


P.S
しかし、土門君だけはあれからずっと、眠れぬ日々を過ごしておりました。

「噂ってなんなんだ? あの時のこと、はどの時なんだ? 誰に聞いても意味ありげに笑うか、しかめっ面で怒られるだけだぞ?気になって眠れない・・・班長、やっぱり艦長と一緒に住んでるんですかぁ・・・?」

彼がそれを知るのは、まだまだ先のようです。

お わ り


『70.冬木立』の前後のお話になります。
人間の心は 「修理すれば元どうり」 とはいきませんので、完全に回復するには多くの時間を要します。
従って「第2の地球探し」の旅へも、多少痛みを引きずったままの二人になってしまいましたが、どうか、温かい目で見守って下さいませ。
by せいらさん(2004.10.14)

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