056 二人きり
ともこさん作
「酔っちゃった」
雪は楽しげに夜空を見上げた。
そのまま彼女は、ふわふわした足取りで2,3歩歩くと古代のほうに振り向いて、うふふと笑った。
「相当、飲んだろ」
厳しい声が聞こえてきた。
「ううん」
軽やかに否定の言葉が応える。
「あまり飲んでないわ」
そう言って彼女は、古代にしなだれかかった。
力の抜けた腕で抱きつかれて、古代は苦笑した。
「こりゃ、どうみても酔っ払いだよ」
そのまま彼は、彼女を連れて表通りに出て片手でタクシーを止めた。
運良くすぐにタクシーはつかまり、彼らはそのまま乗りこんだ。
酔ったピンク色の頬のまま、雪は黙って幸せそうに傍らの古代にもたれかかった。
彼も彼女の肩を抱き寄せて互いの手を握り合っていた。
雪が古代の体温の温もりに安心しきって穏やかな寝息を立て始めると、彼は思わず微笑んだ。
「おい。着いたぞ」
タクシーが自宅前に到着し、古代は雪を揺り起こした。
「んー」
雪は、どうにか目を覚まし、彼に手を引かれてタクシーを降りた。
「寒い」
雪は古代にしがみつく。
「しょうがないな。もう」
そのまま腕の中に妻を抱き寄せると、彼はマンションのエレベーターに入りこみ自分達の部屋に向かった。
妻は、なんだか半分夢の中らしい。
自宅のドアを開けて中に入っても、そのままリビングのソファに倒れこもうとする妻を彼は寝室まで連れて行った。
「おやすみなさーい」
ご機嫌な声をあげて、ベッドに横になる妻に彼は思わず
「おい。化粧はっ」
と叫んだ。
「何それー」
何も理解していない、かわいい声がした。
「寝る前に化粧落とさんと肌が荒れるだろ」
「いいもん。そんなの」
まったく意に介さない雪は、そのまま目を閉じてすぐに眠りに落ちた。
「いいもん、って」
彼は困惑したが、既に寝た彼女を再び起こすのも、しのびない。
洗面台からクレンジング剤を持ってくると、そのまま妻の顔の化粧を落としてやった。
「やれやれ。手間のかかるヤツだ」
ベッドの縁に座って、幸せな愚痴をため息まじりでこぼしつつ、彼はそっと無心に眠る妻のあどけない寝顔を静かな笑顔で眺めた。
久しぶりに休暇で帰宅すると、妻は彼に甘えてまとわりついてくる。
今日だってそうだ。
久しぶりに夫婦で飲みに行くと、彼女の飲むペースがいつもより早かった。
彼がたしなめても、やめようとしない。
彼の不在中に何かあったのだろうか。
心配になって尋ねると、
「今日は、戻ってもひとりじゃないから」
とだけ。
うれしそうな声で返ってきた。
「ひとりじゃないから、か」
妻のかわいい寝顔を見下ろしつつ、彼はゆっくりとその言葉をつぶやいた。
「俺もだよ。奥さん」
そっと彼女の頬を撫でると、彼は音を立てずに妻の側を離れて寝室のドアを閉めた。
その静かな音と前後して雪は、ゆっくりと寝返りをうち、シャワーを浴びた夫が彼女の傍らに潜り込んできても、まったく気付かずに眠り続けたままだった。
彼は黙って妻の頭を撫でると、そのまま自分もすぐに眠りについた。
2人の心地よい寝息だけが、2人のその夜の思いを代弁しているかのように規則正しく聞こえてきた。
(終)
この続き(翌朝)が気になる方は……ともこさん作「073大好き!」へどうぞ。
古代夫妻の幸せな日常のワンショット、といった感じになりました。
by ともこさん
結婚何年目の二人でしょうか? 古代君がとっても優しい旦那さまになっていて、雪ちゃん幸せそうですね!
あい(2003.12.4)
(背景:pearl box)