059 試 練
みーこさん作



* あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。
あなたがたを耐えられないような試練に遭わせる事はなさらず、
試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。
* <新約聖書> コリントの信徒への手紙1 10:13 より


試練か・・・
今の俺の試練は<生きる>ことだな・・・。
まさかそんなことが俺にとってのそれになるとは、思ってもなかったけど。

今までも試練はあった。
地球が、人類がその存亡の危機に晒されるたびに、俺は、俺たちは試練に立ち向かった。
いつ終わるともわからない戦いに、心身ともに疲れ果て、多くの仲間も失った。

それでも俺たちはわずかな可能性に命を懸けて戦い抜いた。
死ぬ事が怖いなんて、感じることさえ許されなかった瞬間だってあった。

そんな試練も試練と感じることなく、仲間たちと励ましあい、支え合って来た。

普通の物差しで考えるなら、あの頃の方が辛いだろう。

だが・・・・

今の俺にはただ<生きて>いることのほうが、こうしてただ息をしているほうが何倍も辛い・・・。

本来なら、今、こうして生きていることを素直に喜んで、感謝すべきなのに。
本当なら、とうに死んでいたはずの俺だから・・・。

第一艦橋で意識が遠ざかっていった時、これで死ぬんだ・・・・
いや、やっと死ねるんだ・・・とさえ思った。

テレサのところへ行ける・・・俺の思いはそれだけだった。

古代たちのことも、父さんや母さん、そして次郎の事さえも、俺の中から消えた。

だけど・・・・

― ひとりでいってしまわないで・・・・!!―

悲鳴にも似た声が俺の心を捉えた。


その声が誰の声だったかなんて、古代や雪に言われなくても・・・そんなことはわかっているさ・・・。

初めて会った時からコロコロと可愛い顔で笑っていた彼女。
俺とは全く違う世界で生きている彼女の笑顔に、何度となく癒された事もあった。

長い眠りから目覚めた時、俺の目に最初に映ったのは、大きな目に涙を一杯溜めた彼女だった。

いつでもどんな時でも、いつも変わらない笑顔を俺に向けてくれる・・・。

そんな彼女の気持ちに、俺は気付かない振りをしているだけなんだって・・・自分でもとうに気付いているさ・・・。

そして、そんな彼女の存在が俺の中でも、日ごとに大きくなっていく・・・。

もしも・・・彼女の手を取れば、この<ただ>生きるという、俺に課せられた試練も少しは楽になるのかも知れない。

・・・・そんなこと・・・出来るはずもないだろう・・・・。

俺はまだ・・・テレサのことを引きずったままだ・・・・。

テレサだって、いつまでも自分に縋ったままの俺を望むわけはないんだ。
テレサのためにも、俺自身のためにも、自分の力で立ち直らなければならないんだ。

それに・・・俺はどれだけ彼女を傷つけている・・・・?

いつも陽気に振舞う笑顔に時々、淋しげな影が差す。
・・・・・・隠しても隠しきれていない涙の痕・・・。

無邪気に笑っていた彼女に、作り笑顔を教えてしまったのは、誰でもない・・・俺なんだ・・・。
そんな俺に、彼女の手を取る資格なんて・・・あるはずもない・・・。
あるはずもないんだ・・・こんな中途半端な気持ちのままの俺に・・・。

もう、これ以上、傷つけたくない・・・

今の俺には・・・、現実に向き合う気力もない・・・・
このまま時間が止まってくれればいい・・・、いっそのこと最初の航海の頃に戻りたい・・・とさえ思ってしまう。

そんな俺なのに・・・
心のどこかで自分のこれからを描く・・・・。

そして心の片隅でこの試練を乗り越えたい・・・、乗り越えられない試練などない・・・・、と思っている自分に出会う。

きっと俺はそう遠くない未来、自分に課せられたこの試練を乗り越えるだろう・・・。


望む事がわがままなのかも知れない・・・。

だけど・・・

今はまだ、このままそっと眠らせておいてほしい・・・・。


おわり


綾乃ちゃんの想いはサラサラっと進むのですが、島君バージョンは<難産>しました(笑)

人間には乗り越えられない「試練」なんてないはず、と思いますが、その真っ只中にいる時は<絶望>しか見えなくて、周囲の救いの手も見えなくなってしまう。
ま、島君の場合は見えない振りをしているだけですが・・・
早く、<振り>の演技は止めて、<彼女の手>を取ってくださいませ。
by みーこさん(2005.7.25)
島君の、当サイトのオリキャラ佐伯綾乃への想いを描いてくださった作品です。二人の関係については拙作『Departure〜彼らのスタートライン 1.生還』他をご覧ください。
あい

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(背景:Pearl Box)