060 愛
静かな夜だった。
嵐の前の静けさ…とでもいうのだろうか。
安住の地を持たず、流浪の身となっている今、常に宇宙の静けさの中にいるのではあるが、今日だけは…いつもとは違った空気が流れているように思えた。
何かの前触れのような…
そんな夜だった。
彼は自室で、ひとりグラスを傾けていた。
あの男とは、もっと早くに出会いたかった…と思う。
もっと早く、違った形で出会っていれば、自分は彼女に「愛している」と素直に言えたのかも知れない…
彼女とふたりで、滅び行く自分達の星の最期を、見届ける事ができたのかもしれない…
だがあの時私が地球を手に入れようとしなければ、あの男とは出会えなかったのだ。
自分にとって愛などというものは、無縁の言葉だと思っていた。
あの男が私にそれを教えた。
憎むべき敵であった私に、両親の命さえも奪った私に。
そして彼女が愛したのは、あの男の兄だった。
ふたりの出会いが運命なのだとしたら、それを演出したのはこの私という事になる。
運命とは皮肉なものだ。
いや…すべては自らが撒いた種の結果にすぎない。
今私がこうしているのも、運命などではないのだ。
彼は故郷の星に想いを馳せる。
あの時、自分が愛だと信じて疑わなかったガミラスに対する想いは、間違っていたのだろうと今は思う。
あの星の最期を早めてしまったのが、自分であるということも、痛いほど分かっていた。
だからこそ…
彼は傍らのテーブルにグラスを置いた。
琥珀色の液体がゆらゆらと揺れる。
滅び行く我が星。
滅び行くイスカンダル。
その時、彼女はどうするのだろう…
その時、自分は、彼女の為に何をしてやれるのだろう…
静かに瞳を閉じる。
漆黒の宇宙の海に、愛すべき二つの星が寄り添うように浮かんでいるのが見える。
自分が本当に望んでいた姿がそこにあった。
来るべき運命の瞬間(とき)
彼女は何も望まないだろう。
ならば私は、静かに彼女を見守ろう。
戦うこと以外に術を知らなかった自分の…
それが彼女のにしてやれる、最初で最後の愛の示しかたなのだ…
目を開けて彼は苦笑する。
そんなことを思うなど、随分ヤキが回ったものだ。
だがそれは、思いがけず彼を心地良い気持ちにさせた。
こんな夜もいいものだと…その時彼は、確かに思っていた。
夜は静かに、その時を刻々と刻む…
抗えない運命は
間もなく彼の前に、その扉を開けようとしていた。
「新立ち」のあの一連の出来事が起こる前夜、ひとり物思いにふける総統の姿などを想像してみました。
結局彼は、またしても戦うことで自分の星を失い、その結果、愛する女性も目の前で失うわけですけど…
身を挺してスターシアを守ろうとした彼は、あんなことがなければ、ひとり静かに彼女を見守り続けたのかもしれないなぁ…と思う。
by なおこさん(2003.10.19)
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