061 お正月
赤のオーロラさん作


 今年も余すところあとわずか。雪は悩んでいた。最愛の人と,夫婦として過すはじめての御正月。幸い夫は大晦日は夜勤だけど,1月1日から3が日はしっかり休みがとれる。3が日のうち1日は,夫を「我が息子」として歓待すべく準備している雪の実家に帰省するつもりだが,元旦ぐらいはゆったりと新居で過したい。そしてその時にはやっぱり「御節料理」なるものを準備したいと思うのだった。

 生活班長として大量の,カロリー重視の料理をつくるのは手馴れていても,「御節料理」なんて果たしてできるのか。でも,ここはちょっと頑張って,夫の喜ぶ顔が見たい気持ちもある。

 こんな時に頼りになるのはやはり母親だ。早速電話すると,「大丈夫。今からでも十分間に合う初心者バージョンのレシピを送るから。」と頼もしい返事。「分からなかったらいつでも連絡してくるのよ」と付け加えるあたり,雪の主婦としての実力を正確に把握している。

 さて31日の朝,夫を送り出してから,雪は早速キッチンに立った。まずお煮しめの用意。「1品1品煮るといいんだけど,下ごしらえをきちんとして薄口しょうゆをつかえば,筑前煮風でも十分ご馳走感がでるわ。あと,ニンジンは飾り切りにすると見栄えがするからね。」母親の言葉を反芻する。型抜きしたニンジンにレンコン,牛蒡,こればかりは事前に練習した手綱こんにゃく,たっぷりの干し椎茸をさっとごま油で炒め,出し汁を注ぎ,調味する。あく取りシートをかぶせてタイマーセット。よしこれで1品は完成も同然。ちょっとプレッシャーが抜ける。

 「電子レンジをあなどってはいけないわ。2人分なら十分おいしくできるものも多いからね。」といって母親が送ってくれたレシピはレンジで作る田作りと甘酢和えだった。耐熱皿にキッチンペーパーを敷いてごまめを並べ,3,4分加熱し,ぱりっとさせる。今度はしょうゆと酒,みりん,さとうを合わせたタレをレンジで加熱し,ぶくぶくと泡だったところに,さっきのごまめを加え,たっぷりのゴマを加える。これでもう2品。あっけないぐらいだ。今度は陶器の器に甘酢の材料を入れて加熱。アツアツのうちに,先に酢水で湯がいておいた薄切りのレンコンを,柚子のみじん切りと共に加える。サラダ代わりの甘酢和えの出来あがりだ。これで3品目。

 冷蔵庫の中には実家から分けてもらった数の子が入っている。塩抜きの方法まで添えられていたので助かった。白味噌と酒と柚子を逢わせたものにキッチンペーパーに包んだ数の子を漬け込む。塩分控えめの白味噌風味の数の子が元旦には出来あがっているはずだ。これで4品目。

 夫は特に甘党というほどではないが,夜勤明けなどは疲れた体が欲するのか甘い物を口にする。
 だから甘い物も2品用意することにした。まずはんぺんを細かく砕き,砂糖としょうゆとみりんで味付けした卵液を加えて混ぜる。小型のフライパンでホットケーキを焼く要領で焼き上げ,8等分にすると,末広がりの形のおめでたい厚焼き玉子の出来あがり。翌日にはしっとり味が馴染んでいるはずだ。
 きんとんは難しいので,さつまいもの羊羹を作ることにした。例によって電子レンジでサツマイモを加熱し,滑らかに潰して砂糖を加えた寒天液を混ぜる。飾りに甘納豆を散らし,冷蔵庫で固めるだけの簡単な口取りだ。これで6品目。

 「伝統的なお料理だけじゃなくて,進さんの好物も入れてあげるといいわ。若い人だからお肉なんかいいかもね。」という母親のアドバイスに,夫が好み古代家の食卓の定番となった鶏肉のチャーシュー風を作ることにした。フライパンで焼き上げたあとはタレを入れて煮込むだけの簡単だけど豪華なメニューだ。ゆでたブロッコリーを添えれば見栄えもする。これで7品目が揃った。

 これであとはお雑煮だけ。しかし雪は古代家のお雑煮のことをまだ夫に尋ねられないでいた。イスカンダルへの旅の途中,艦内で餅つき大会をした折,クルーは「我が家のお雑煮」談義で盛りあがったのだが,夫は専ら聞き役で,自分のことは語らなかった。きっと亡くなった両親や兄のことを思い出していたのだろうと思うと,雪は今でも胸が痛くなる。迷ったすえ,オリジナルのメニューにすることにした。

 元旦の朝,夫の帰りを待ちながら,雪はお雑煮の準備に取りかかった。油抜きをした薄揚げの中にお餅を入れ,口の部分をパスタで縫うようにして止める。ごく薄い出しで千切りのニンジンと花形の生麩と一緒に柔らかく煮る。あとは仕上げに三つ葉と鰹節を散らすだけだ。
 祝い箸の箸袋にはにそれぞれ「進」「雪」と名前を書いた。ささいなことだけど,こんなことでも,「夫婦」になったんだなあと感じる。

 そこにドアベルの音が鳴った。夫が帰ってきたのだ。「お疲れ様」と労う雪に,「ただいま。あ,明けましておめでとうかな。」と笑ってコートを渡しながら夫はリビングに入ってきたが,並べられた御節料理を見てびっくりしたように足を止めた。「これ,全部雪が作ったのか。」テーブルの料理を見渡し,更に言葉を継ごうとする夫のお腹がぐうっとなった。

 早速食卓につく。雪が心を込めた御節料理に,夫は「すごいなあ」「おいしいなあ」と素朴な感嘆の声をあげながら,舌鼓を打った。夫があまり誉めるので,雪は少し照れくさくなって「だって,本当はもっと本格的なものなんでしょう。はじめてだからちょっと失敗もあったし。ほら,厚焼き玉子だって少し焦げ過ぎよね。」と言った。

 すると夫はふっと真顔になって言った。「そんなことないよ。雪が一生懸命つくってくれたってだけで本当にうれしいよ。御節やお雑煮って,それぞれの出身地や家庭の味があるっていうだろ。ああ,これが自分の家庭の味なんだってって思うと,なんか家庭を持って本当に良かったって思うよ。こうやってお正月を一緒に過せる家族がいる幸せが,雪のあったかさと一緒にしみわたってくるようだよ」

 そういう夫の手は,祝い箸の箸袋に雪の美しい筆跡で書かれた名前をなぞっていた。雪も胸が熱くなった。このような穏やかな日々を迎えることができるなんて,激しかった幾多の戦いを思うと,本当に夢のようだ。

 「おっと,新年早々なんか照れくさいこと言ってしまったなあ。お雑煮,まだ御代りある?この御餅の入った巾着,いくらでも食べられそうだよ」夫が少しおどけてお椀を差し出した。「ええ,たっぷり食べてね」雪は零れそうになる涙を拭って笑うと,夫からお椀を受け取った。
 こうして新婚古代家の最初の御正月は,日溜りのような暖かい雰囲気の中で過ぎていった。

(終)


主婦1年生の雪ちゃんの奮闘話ですが,実はこのメニュー,私自身がはじめて御節を全部1人でつくった時のものなのです。初心者向きということで,雪ちゃんにもぴったりかと(笑)。
赤のオーロラさん(2003.1.2)

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