061 お正月
いずみさん作
<作者より>
このお話は拙作『聖夜の出・来・事』の続きになっております。
「今日は、何処の湯なんですか?雪さ〜ん。何か変な匂いがするんですけど。」
「今日は『草津の湯』よ、澪ちゃん。これは主成分の『硫黄』の匂い。あんまりいい匂いじゃないけど、お肌にはとっても良いのよ。」
「やっぱり広い風呂はいいよなぁ。極楽、極楽。」
ここはヤマトの大浴場。楽しい姫様入浴タイムである。
地球脱出船として設計されたヤマトには、勿論男湯と女湯の2つの大浴場がある。だが、しかし。大多数の女性をやむを得ない理由で下ろしてしまった今のヤマトの乗組員は、ほとんどが男性。そのため大浴場は必然的に男性専用になってしまい、女性は私室についたせま〜いシャワーとバスタブで我慢の日々。それもあんまりだということで月に2回(15日と月末)、ヤマトの湯のイベントの日(入浴剤を入れるだけだが、結構好評)に片方の浴場を姫様専用とする、ということになったのであった。
時に23世紀初頭、第2の地球探しに飛び立った宇宙戦艦ヤマト。いまだめぼしい星も見つからぬまま、年の瀬を迎えた。
今日は12月31日。午後10時を少し過ぎたところ。艦内は平穏を保っている。
現在の女湯入浴者は3名。生活班長森雪、工作班所属真田澪、そして戦闘班艦載機科所属西塔萌絵(さいとう もえ)。タイプの違う3人の美女が、おもいおもいのポーズでヤマトの湯を満喫中である。
「ねぇ、雪さん。1度聞いてみたかったんですけど、雪さんってどうしてそんなにすご〜く丁寧に耳を洗うんですか?」
「えっ、ええ〜〜っ!」
すっとぼけた表情の澪の際どい問いに、湯船の中で蕩けきっていた雪、真っ赤になって慌てふためき始めた。
「それはね、澪ちゃん、雪は耳がよ・・・・(ムグムグ)。」
親切丁寧に答えようとした萌絵、雪に後から羽交い絞めにされ、口をふさがれた。さすが雪、風呂の中でも第1級の戦士である。
「あ、あのね〜澪ちゃん。私って綺麗好きでしょ、だからついいろんな所を丁寧に洗っちゃうのよね〜〜。そんなことよりさっき『艦長にお夜食持っていってあげる』って云ってたでしょ。そろそろ出て、準備しましょ。」
「は〜い!」
嬉しそうにお湯からあがる澪に、ホッと一息の雪。
「もえ〜〜〜!澪ちゃんに変なこと教えないでよね!」
「私は事実を云おうとしてただけ。『雪は耳が弱い』って。だからいつも綺麗にしてスタンバイ・オッケイっと。」
「だから〜〜!妙なこと教えたら『素巻きで船外投棄』よ!!」
「へい、へい。」
脱衣所ですっぱだかでドツキ合う2人。とても世の男性方にはお目に掛けられないシーンである。
「雪さ〜ん。お夜食持っていくのに『アレ』着て行きたいんですけど〜〜。」
「う〜ん、『アレ』ねえ・・・。」
「着てってやれ、着てってやれ。クリスマスに見逃した艦長へのお年玉ってことで。」
「もえ〜〜!お年玉っていうのは『目上の者が目下の者にあげるもの』なのよ。」
「おお〜〜、そりゃそうだけど。『艦長』と『生活班長』ってどっちが格上だっけ、澪ちゃん?」
「ええっと〜〜・・・。」
考え込んでしまった澪に頭を抱える雪、大爆笑の萌絵であった。
そして隣の男湯でも、男性乗組員たちが1年の垢をのんびりと落としていた。
「いいよな〜〜、隣の姫様湯。1度でいいからご一緒したいなぁ〜〜。」
「お前なぁ、そんなことはここだけの妄想にしとけよ。」
「なんでだよ!」
「あのなぁ、生活班長は誰と婚約してるんだっけ?」
「う〜〜む、それは・・・鬼の古代・・・。」
「澪ちゃんの保護者は?」
「・・・天才・鬼才の真田工作班長・・・。」
「パイロットの萌絵ね〜さんは?」
「・・・美貌の人間凶器・・・。」
萌絵の凶器っぷりは、もはや伝説の域に入っている。特に足技には定評があり、ついうっかりその魅惑の御尻を撫でてしまった軍のお偉いさんを一撃で悶絶・失神させたこともあるそうだ。
「まぁ、スケベ心を出して女湯覗きなんてした日にゃ、良くても『素巻きで船外投棄』、下手したら『波動砲の的』だよなぁ。」
「・・・よっくわかりました・・・。」
それぞれに大晦日の夜は更けていくのである。
「艦長、お夜食お持ちしました〜〜。」
艦長室にワゴンを押した真っ黒な竜巻が2つ現われた。勿論先程ヤマトの湯を満喫してきた澪と雪である。
「ふ、ふたりともその格好は・・・。」
異様ないでたちの2人。真っ黒なフード付きマントをズルズルと引きずった姿はまるで魔女たちの夜会か、はたまた秘密結社の極秘会議か。戦艦の艦長室には全く相応しくない。
「これは、ね。」
「ジャーン!」
2人がマントを取り去ると、その下からはお約束の真っ赤なマイクロミニのサンタさんスタイルが華々しく現われた。澪は白いハイヒール、雪は黒いショートブーツで、白い背中も美しくにっこり微笑まれた日には、艦長も白旗を掲げて降参するしかない。
「それで、これが今日のお夜食♪」
「どうせ『新年の訓示』で朝から忙しいでしょうから、今のうちにゆっくり食べてもらおうと思って。」
いい匂いをさせた黒塗りのお椀、そう、日本のお正月に欠かすことの出来ないお雑煮である。
「そうか、じゃぁ遠慮なく。いただきます。」
行儀良く両手を合わせ、関西風白味噌の雑煮に入った丸餅をまずガブッといった艦長、目を白黒させて絶句した。
「な、なんだ、こりゃあ・・・。」
「四国の塩アンのお雑煮。最後にお餅の中のあんこと白味噌を混ぜて食べるんですって。これを試食した四国出身の方、涙ぐんでいたのよ。ふるさとの味だって云って。」
「でも、まあその服といいこの餅といい、今回はバラエティに富んだ物を積んでるよなぁ。」
残りの雑煮を啜りながら、感想を述べる艦長。食べ物を無駄にしない男である。
「ええ。積み込みの係りが幕ノ内チーフの同期の方だったから、色々我儘言ったみたいよ。明日はこの他に白味噌に大根・小芋・お豆腐・丸餅の白いものだけのお雑煮とか、椎茸と花鰹のだしに鶏・海老・椎茸・長葱・かまぼこ・人参に昆布で煮たお餅入りのもの、おすましにお餅・三つ葉のもの、醤油だしに丸餅・豚肉・三つ葉・人参入り、それから醤油のおすましに焼き餅・鶏肉・かまぼこ・三つ葉の関東風お雑煮。とりあえずそれをベースにするみたいだけど。」
「う〜〜ん、深いんだなぁ、雑煮って。」
立て板に水のごとく、生活班長から明日のお雑煮メニューを聞かされた艦長、最後に自分のふるさとの味が入っていてホッと胸をなでおろした。やっぱりアレを食べないとお正月が来た気がしない、と。
2人のそんなやり取りを笑顔で見ていた澪だが、ワゴンの下に置いてあったケースからそっと何かを取り出した。それはキラキラと輝くバス・フルートだった。
「おじさま、雪さん。ホントはクリスマスプレゼントにって練習してたんですけど間に合わなくって。まだ全然下手なんですけど、聞いていただけますか?」
そう云って、澪が吹き始めたのは『イスカンダル』。
まだ1つ1つを正確に刻んでいくような硬い音ではあったが、そのゆったりした低い音色は、聞き手の2人にあの美しく青い星を思い起こさせた。そしてそこに住まう美しい女神スターシアの姿をも。そしてその星もその女神も、今はもう、ない。
ふるさとを永遠に亡くした少女と、新たなふるさとを探しつづける熱い魂を持つ男、そしてその男こそが自分のふるさとと慕う女。3者3様それぞれに大晦日の夜は更けていくのであった・・・。
明けて1月1日、お正月。
朝から食堂は大賑わいだった。ふるさとの匂いのするお雑煮に舌鼓を打ち、美しく振袖に着飾った雪and澪の新年の挨拶に目の保養をする。なんと平和で穏やかな1年の始まりであることか。生活班長の『艦内でもなるべく地球に近い生活を!』という目標は新年早々大成功を収めたようだ。
そして恒例、艦長の新年の訓示があったが、これも艦長の両脇に振袖美女がつき従っていたためか、何だか小難しい挨拶も隊員たちには全然短く感じられたようだった。
宇宙戦艦ヤマトは行く、第2の地球(ふるさと)を捜し求めて。
たくさんの人々の、色々な思いを込めて。
彼らの旅は、まだ始まったばかりである。
おしまい
食卓を彩る恋愛レシピ第5弾『聖夜の出・来・事、その後編』です。年末のお雑煮アンケートにお答えいただいた皆様、しっかりネタとして使わせていただきました。ありがとう御座いました。ヤマトVを舞台に『戦士の休日』を書いてみたかったのですが、お風呂とコスプレの話しになってしまったような(笑)。今年もマイペースでぼちぼち書いていけたら良いなと思っております。
by いずみさん
いずみさんから、お正月にあわせてお題を頂戴しました。
掲示板でお雑煮をリサーチしていたいずみさんの目的は……これだったんですね〜(*^^*)
古代艦長、素敵な二人を見ることができてよかったね。
あい(2004.1.5)