064 五月晴れ
いずみさん作



うららかな5月の日差し。青く澄み渡った空は快晴、綿菓子のように真っ白でふわふわな大きな雲が、2つ3つふんわりと泳いでいる。心地よい風も良い具合に吹き、眠気を誘う午後だ。

「そろそろ加藤教官たちも戻ってくるころだし、お茶にしましょうか。」

格納庫で作業着姿で練習機をせっせと磨いていた古代雪教官が宣言すると、周りからどっと歓喜の声が沸き起こった。雪のお茶はとても美味しいのだ。気の早い生徒はもう手を洗っていたりする。

その時、壁のスピーカが騒がし気な音を立てた。

「どうしたの? スピーカの点検?!」

「さぁ、スピーカも3時のお茶に加わりたいのかも。」

出産予定日を3日後に控えた西塔萌絵教官、大きなお腹をなでながらのんびりと答える。

『・・・そ、そんなんじゃありません。大変なんです!』

その切羽詰った声に2人は顔を見合わせた。管制塔からの通信ランプが付いているのを確認すると、雪が尋ねた。

「管制塔、何か緊急事態ですか?」

『練習機が、練習機が、た、大変なんです。つ、通信繋ぎます。』

管制官の裏返った声に、雪は眉をひそめた。




ここは由緒ある宇宙戦士訓練学校。子育てに一段落ついた古代雪がここの新米教官に納まったのは、1年と1ヶ月前であった。
そして今は5月のゴールデンウイーク。全寮制の訓練学校だが、毎年この時期は10日程まとまった休みとなり、寮生はそれぞれに家路につく。だが様様な事情で寮に残るものもあるため、この期間教官たちが交代で特別授業を実施する。今日のプログラムは練習機による実地訓練及び機体整備だ。
爽やかな陽気に誘われ、格納庫内ものんびりしたムードが漂っていた。つい、さっきまでは。




『こちら1番機、加藤だ。古代教官、西塔教官、そこにいるか?』

「はい、2人とも格納庫に居ります。」

スピーカから流れてきた声は、練習機を1機引き連れて訓練に出て行った加藤四郎教官。宇宙戦艦ヤマト艦載機隊の隊長を勤め上げたトップパイロットで、西塔教官の夫でもある。

『よく聴いてくれ。2番機のランディングギアが不調で、前輪が出ない。そのため以前兄たちが取った方法で着陸を援護したい。』

淡々とした口調で報告してくる加藤だが、雪と萌絵にはその裏に隠された非常に切迫した状況が見て取れた。今、2番機に乗っているのは2年生。やっと訓練機に乗れるようになったばかりのヒヨッコだ。前輪が出ない状態での緊急着陸などできやしない。そして訓練機の燃料は有限だ。いつまでも飛んでいられるわけはない。まさに一刻を争う事態なのである。

『そこで、古代教官。練習機ですぐ上がってきて欲しい。』

運の悪いことに、今格納庫にいる艦載機科の教官は萌絵だけだ。しかも彼女は臨月の身体で、訓練機に乗り込むことなど出来ない。そして加藤が指名したのが艦載機科の生徒ではなく雪だったのだ。

『私に、出来るのかしら。実戦から離れて10年以上たっているし。今はシュミレーターでしか乗った事のない戦闘機で、その上・・・。』

加藤が云っているのは、イスカンダルへの旅の途中、古代進と加藤三郎が戦闘機ごと捕虜を捕獲したときのことだ。彼等は敵機の両脇から牽引ロープを打ち込み、見事捕虜をヤマトに連れ帰ってきたのだった。

『私がミスをすれば、2番機のみならず1番機をも巻添えにしてしまう。私にあんなことが出来るんだろうか・・・。』

立ちすくむ雪に、萌絵がそっと囁きかけた。

「大丈夫、雪なら出来る。これが今あなたがすべきこと、よ。」

過去の厳しい戦いの中、雪はいつも『今、ここで私は何をすべきか』を考え、それを実行に移してきた。古代進をいつも心配させてきた命がけの行動も、雪の中では当然の行動だったのだ。

「加藤教官、了解しました。3番機で出ます。」

『了解。』

3番機は格納庫の隅にひっそりと置いてあった。さっきまで雪が磨いていたボディはピカピカで、自分の出番を今か今かと待っているようだった。

「誰か、牽引を!」

機体に向かって走って行きながら指示を出す雪の背に、もう迷いはなかった。
手馴れた動作で機体の外部点検を行なう。

「外部点検異常なし。」

「古代教官!」

隣のブリーフィングルームから飛び出してきた生徒が、雪にヘルメットを渡す。

「ありがとう。」

ヘルメット越しに微笑んだ雪に2枚のディスクを渡すと、彼は3歩下がって敬礼した。

「お気をつけて。」

簡易タラップをよじ登った雪が操縦席に収まったことを確認すると、彼はタラップを機体から外して叫んだ。

「西塔教官、牽引お願いします。」

「OK!まっかせなさい! 動くよ、雪!」

インカムから響く萌絵の声に、即座に雪が反応する。

「いいわよ。乗り物酔いしない程度の速度でお願い!」

「ヤマトのワープより早く、離陸のベストポジションに着けるからね。とろとろ点検してると、3時のおやつぜ〜〜んぶいただくよ。」

「へぇ〜〜。そうしてまた太るのね、萌絵。」

軽口を叩く2人に、緊張しきっていた管制塔と格納庫の空気がふんわりと和んだ。

『さすが、雪。実戦経験者のゆとりってやつかな。さすがに鬼の古代にしごかれただけの事はある、ってね。』

萌絵は3番機を牽引すべく、牽引車のアクセルを踏み込んだ・・・。




非常時に適度な緊張は必要だが、あまりに緊張しすぎると自分が本来持っている力を100%出し切るのが難しくなる。

『だから上官は常に部下たちの雰囲気を読み、その場の緊張感をコントロールしなければならない。わかったな。』

機内点検を行なう雪の脳裏に、古代の言葉が甦る。

『頭で考えるな。体が動作を覚えるまで何10回でも何100回でも繰返せ。』

耳に巨大なタコが出来るほど聞いた、古代の教え。それが10年以上たった今役立っていることに、雪は改めて驚嘆し、神に感謝した。そして自分をしごいてくれた古代にも。

「防眩フィルター異常なし、機密機構及び生命維持システムの作動チェック。エジェクションシート射出装置確認。シートベルト装着。通信システム接続。」

雪はインカムの位置を直しながら確認コールを行なう。

「管制塔、こちら3番機、古代雪です。コールチェック願います。」

「コールチェックOK,感度良好です。」

「了解。」

さっきとは違った管制塔からの余裕のある回答に、慌しく点検を行なう雪の頬が微かに緩んだ。

「コンバット・オペレーション・テープ及びコスモ・チャート・テープをコンピューター・ターミナルに挿入。マスター・スウィッチON。」

萌絵の牽引車が雪の機体を離陸スポットにぴたりとつける。遠ざかっていく牽引車を、雪は眼の端で捕らえウインクした。
そして、冷たい3番機の機体に命が吹き込まれていく。

「コンピューターの読み取りOK、ディスポーズ・スウィッチON。燃料系統の計器確認。火器系統の計器確認。セルモーター作動、熱量メーター120パーセント確認。核融合エンジン点火、ニュートロン・メーター・イエローレベル確認。」

よどみない動きで、雪は核融合加速レバーを引く。

「レッドレベル・50定点まで加速OK。」

3番機は離陸位置にきちっと収まり、全ての準備が終わった。

「管制塔、こちら3番機、古代雪です。発進許可願います。」

「3番機、こちら管制塔、離陸許可します。」

「了解!」

「お気をつけて。」

「ありがとう。」

雪はコックピットから正面を見据えて思う。

『もうひとふんばりよ、雪。最後まで気を緩めちゃダメ。』

「パーキングブレーキ解除。熱核膨張エンジンタービンレバー操作。スロットルレバー操作、アフターバーナON。」

耳を劈かんばかりのエンジン音が響き渡り、銀色の機体に生命が吹き込まれた。
その場にいる全てのものの視線が、雪の乗る3番機に注がれていた。そして・・・。

「3番機、離陸します。」

その声と同時に雪は操縦桿を目一杯引き、3番機はフルスロットルで空へと駆け上っていった。そして、ランディングギアを収納した3番機は、1回右の翼を大きく振ると5月の澄んだ大空へ溶け込んでいった・・・。




「加藤教官、こちら古代雪。2機を目視で確認。航路データ転送願います。」

「3番機、こちら加藤。現在管制塔で航路データ作成中、もう少し待ってくれ。」

「了解!」

その時、加藤機の後を飛んでいた2番機がガタガタと振動し始め、コースをずれ始めた。

「2番機。こちら加藤。コースがずれているぞ。修正しろ。」

「は、はい。・・・い、息が出来ない・・・。」

「しっかりしろ、2番機。深呼吸をするんだ、大きく、な。」

強い緊張が持続したためのパニック状態だ。このままでは失速、墜落を免れない。
加藤が言葉を継ごうとした時、雪がのんびりした口調で割込んだ。

「2番機。こちら古代雪。明日何も予定がなかったら私とデートしない?」

「えっ!!」

「あら、可愛い彼女とデート? ならしかたないわね。」

「古代教官!明日もあさってもず〜〜っと暇です。彼女もいません。デートしてください!!」

すかさず格納庫から連絡が入る(非常事態のため格納庫・管制塔・訓練機との通信は繋ぎっぱなしとなっていた)。

「ヒュ〜、ヒュ〜!!」

「どさくさに紛れて、デートの申込みだと〜〜!」

「古代教官!俺ともデートしてくださ〜い!」

この一幕で2番機は平常心を取り戻し、3機は並んで帰路についたのだった・・・。




「今日の3時のおやつはシュークリームで〜〜す。」

大皿に盛ったシュークリームが飛ぶように皆の胃袋に納まっていく。格納庫脇の芝生にテーブルを設え、今日の3時のお茶はピクニック気分だ。

雪たち3人が無事地上に降り立つと、既に萌絵たちの手によってお茶の準備が出来ていた。

「これ以上帰りが遅かったら、今日のおやつはなかったぞ、雪。」

茶化して云う萌絵に、雪は目頭が熱くなった。自分の教え子の危機、そしてそれを体をはって救おうとする夫。それをただ黙ってみていることしか出来ないことに、どれだけ辛く苦しくもどかしい思いをしたことだろう。誰よりも自分で助けに行きたかっただろうに。

「・・・美味しいお茶を入れるわね、萌絵。」

雪はかけがえのない友の手を取って、そう云った。5月の心地よい風が2人を包むように吹き抜けていった・・・。




白いカップを手に萌絵が云う。

「で、古代艦長は今日帰還なんでしょ、雪。何て『だまくらかす』つもり?明日のデートのこと。」

「『だまくらかす』なんて、酷い言い方ね、萌絵。正直に『教え子とデートしてきます』って云うわよ。」

雪は白いカップを両手で包み込んで、にっこりと笑った。このカップは、彼女が古代のヤマト艦長就任祝いにと購入し、1年間艦長室で皆を見守ってきたものだ。今は雪の教官室に収まって、皆に穏やかな時間を提供してくれている。

「まぁ、訓練機で出たことがわかったら、ちょっとはお小言食らうかも。」

雪は笑ってそう云うが、古代艦長のお小言はちょっとやそっとじゃ終わらない。特に少しでも『雪が危険』だと、その小言の長さは常人が想像を絶するくらい長いのだ。まぁ、それもこれも古代が雪を今でも熱烈に愛している証拠と才女の奥様は理解しているのだが。

だが、しかし。
そんな才女の奥様も自分が大冒険をしている間に、お小言好きな旦那様の乗る新造艦が、すぐご近所の宇宙港へ向けて降下をしていたなどとは夢にも気付いていなかった。そしてなんとまあ運の悪いことに、偶然にもそこに乗り込んでいた世話好きの相原通信長が、お節介にも雪たちの訓練機の軌跡と通信をしっかりと記録していようとは、それは、それは、夢にも思っていなかった。

そしてその夜、雪の大冒険を全て知り、怒り心頭帰宅した古代を、雪がどんな手練手管をつかって『だまくらかした』のかは、誰も知らない・・・。

おしまい

<作者より>
文中の訓練機の作動手順等は、地球防衛軍宇宙戦士養成訓練所編『コスモ・タイガーU操縦教本』より抜粋した『コスモ・タイガーU操縦法便覧(抄)』を参考に致しました。

食卓を彩る恋愛レシビ第6弾『古代教官大空に舞う?!編』です。『完結編』でコスモ・ゼロを華麗に操縦した雪ちゃんですもの、このくらいの冒険はお手の物ですよね(笑)。でも雪ちゃん、完璧に無免許運転かも・・・。
以前に書いた『白いカップ』でシュークリームをお供にしたお茶タイム、私も是非実行したいですわ、青く澄み渡った五月晴れの空の下で♪
by いずみさん(2005.2.3)

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(背景:自然いっぱいの素材集)