064 五月晴れ
せいらさん作
(拙作、『10.不安』『15.兄と弟』の続きとなっております。そちらの方から先にご覧下さい) by せいらさん

(1)

その夜、珍しく雪から進を求めた。
背中から無言のまま自分を抱きしめる進に、なんとも言えない愛おしさがこみ上げ、そうせずにおられなかった。

二人は、互いの存在を確認するように何度も名前を呟きあいながら朝を迎えた。

翌朝、目覚時計の音で進が目を覚ますと、雪はもういなかった。
テーブルの上には、手紙と朝食が用意されていた。


【おはよう。私は準備があるので先に行きます。今日はあなたのプレゼンなんだから、しっかりご飯を食べて来て頂戴。遅刻しないでね。では、先に行って待ってます】


「よっしぃー!」

現金なもので、昨日の不機嫌はどこへやら、進は熱いシャワーを浴びしっかり朝食を摂ると雪の待つ会議場へ車を走らせた。


(2)

会議場は大勢の人でごった返していたが、進は自分の名札のついた席に座ると、目で雪を探した。


「あいつ・・・」

雪は、壁際で前嶋と何かしら話し込んでいた。
進の中に、昨夜のざらついた感情がまたこみ上げて来る。

「雪、ちょっと来てくれ。」

古代参謀が声をかけ、長官と共に資料を繰り出した。
雪が守の元へ行く後姿をいまいましげに見つめる前嶋の目を、進はじっと見ていた。


「おはようございます」

気持ちを落ち着かせようと目を閉じていた進に、ふいに声が掛かった。
慌てて目を開くと、雪が今日の資料を配りながら進に声をかけていた。
「ありがとう」と受け取り、目を落とすと、クリップで挟まれたメモが隠されていた。

【大丈夫よ。自信持って】

とだけ書かれていたメモは、進の気持ちを落ち着かせるために最大の効果を発揮した。
進は特にあがっているという訳ではなかったが、それでも弱冠20歳になったばかりの若者にとって、このように大きな場で、しかも軍全体の今後を決めるような発言をするということは、知らず知らずに重荷と感じていたのだろう。
肩からスーッと力が抜けていくような気がした。

(今、この場でも俺は一人じゃない)

そう思えることは、進に新しい力を与えてくれた。


(3)

一方、雪を始めとする秘書課員は本当に忙しそうで、会議が始まってもガラス張りの控え室と会議場の間をうろうろと動き回っていた。

雪は、今日の会議ではある予感を持っていた。
進が提案しようとしている案・・・全宇宙を視野に入れた防衛ラインや軍の構成のあり方、非常時における指揮権などの諸問題の掘り起こしと提案は、彼が現場をよく知っているからこそ出た案で、進の若さと『ヤマト』という偉大な艦のせいで多少の反発はあっても、誰もが認めざるを得ないだろう。
雪はその立場から、他の将校達がなにを発表するつもりか大体知っている。
机上の論理をいう彼らと進のそれでは、違いすぎる。
多分、今回の会議の終了後、進の評価はまた上がってしまうのだろう・・・
婚約者としては嬉しい反面、新たな不安が心に広がることも事実だった。



「宇宙戦艦ヤマト 艦長代理 古代進君」

議長が進の名を呼び、進が立ち上がった。
某艦隊の副指令から指示を受けていた雪が、ちらっ、と進を見、進も雪を見た。

真っ直ぐに壇上に向った進を、守も『ふん、いい目をしてるじゃないか』と、頼もしく見送った。
雪は、もう諳(そら)んじられる程何度も推敲したその内容を、もう一度心の中で復唱した。
案の定、進のプレゼンは喝采とやっかみとため息のうちに終わり、軍上層部も『ヤマト』が運だけで勝利してきたのではない事を認識する結果となった。


(4)

1日目の会議が終わり、解散が告げられた。
大勢の者が進に近づき、握手を求めたり肩を叩いたりした。
守も「良かったぞ」とだけ言い、長官と共に去った。

進は雪の姿を探した。
発表会で頑張った子供が母親に誉めてもらいたいように、雪に何か言って欲しかった。
しかし雪の姿はなく、しばらくすると≪今夜も遅くなります≫というメールが入った。

結局進は、会議に同席していた若い(といっても、進より年上の)補佐官や仕官達に誘われ、夕食を共にすることになった。
皆で廊下を歩いていると、向こうから来た紙の束を抱えた雪とすれ違った。

「今日はお疲れ様でした。とても素晴らしかったですわ」

雪は、進を見詰めたままあでやかな笑顔でそれだけ言うと、足早に去って行った。
しかし進の心を満たすには充分な笑顔だった。


「彼女、いいよな」

ある司令補佐官が、雪の後姿を目で追いながら進に言った。

「えっと、彼女なんて名前だったっけ。明日の会議終了後、誘ってみようかな」

進は一瞬、なんと答えていいものか迷い、昨夜の兄の言葉が胸に響いた。
『あれは俺の女だ』・・・そう喉まででかかったが、いかんせん、やはり進には言えそうにない言葉だ。やっと一言・・・

「えっと・・・彼女は確か決まった人がいるとか・・・」

「そうか、そりゃそうだよな。あんな美人、ほっとくバカはいないよ。しかし、いい女だよなあ・・・誰なんだ、その幸運な男は?!」

「・・・・・」


(5)

その夜、雪は帰って来なかった。
日付が変わる頃《今夜は帰れそうにありません》というメールだけが送られてきた。

雪は今も忙しくしているのだろうか・・・そう思うと、進もなかなか寝付けない。
瞼を閉じると、雪の世話を甲斐甲斐しく焼く前嶋の姿や、雪を嫌らしい目で見ていた将校たちが思い起こされ、ベットの中で朝まで寝返りを打ち続けた。

やっとうとうととしていた進は、電話の音で起こされた。

「おはよう、古代君。今日も会議はあるのよ。遅刻せずに来てよ」

電話の向こうには、自分だけが知っている雪の顔があった。
寝ぼけ眼で生返事を繰り返す進に、少し怒ったような、少し甘えるような優しい声・・・
カーテンを開けると変わらず雨が降り続いていたが、雲が薄くなった先に光が射しているように見える。

進は熱いコーヒーを流し込むと、大急ぎで会議場に向かった。


(6)

その日の会議は、特に目立ったこともないまま進行した。
長く退屈なその時間を、進は恋人の観察で終始させた。

(こんなに雪の姿ばかり追っていたのは、イスカンダルへの旅以来だな)

それは、つい先日の事のようにも、もう大昔のようにも思える。
でも、二人の関係はあの頃とは確実に変わっている・・・


長官の挨拶で議会が終了し、それぞれが思い思いの別れの言葉を言いながら去っていた。
進は、出口に近い壁際に持たれかけ、雪が後片付けにかかっている様を眺めていた。
今回の事で苦労を分かち合った仲間と声を掛け合いながら、雪はテキパキと動いている。
前嶋が雪に近づき、微笑みながら話し掛けた。
雪が笑顔で答えている様子が、また少し進を不機嫌にさせた。
そこへ、昨日雪を見ていた将校たちが近づき、どうやら本当に誘いをかけているようだった。
雪が困ったように断っている様子と、前嶋が間に入って言い争っている様子を離れて見ていた進は、おもむろに動き出すと皆から見える位置に立った。
そして大きく息を吸い込むと、思い切ったように声を出した。



「雪、今夜は帰って来れそうか?」



その場に居合わせた誰もが動きを止め、進を見たのは言うまでもない。

「帰れるなら待ってるぞ」

雪も目を見開いたまましばらく呆然としていたが、すぐに震える声で答えた。

「今夜は・・・今夜はみんなで打ち上げをする予定なの。でもね、遅くはならないわ」

零れそうになる涙を堪えながら、雪が進を見詰める。

「そうか、じゃあ先に帰ってる。終わったら迎えに行くから連絡をくれ。」

「ええ・・・分かったわ・・・ありがとう・・・」

じゃあ、と出口に向かう進に、今度は雪が声を張り上げた。

「古代君あのね、冷蔵庫にシチューを作って入れてあるの。温めればいいから!」

「うん、分かった」

立ち去る進と彼を見送る雪の顔を、誰もが交互に見ていた。
やがて、雪の頬がばら色に染まるのが分かった。



外に出た進は、空を見上げるとひとりガッツポーズを決めた。
そんな弟をビルのガラス越しに見ていた守も、ふっ、と笑みをこぼしていた。

「やれやれ。やっと雨があがったようだな」

雲の切れ間から光が差し込み、爽やかな5月の太陽が新緑に輝いていた。


        

おわり


古代君、渾身の一言がやっと言えました(笑)。

銃砲の扱いはお手の物の古代君も、女性の扱いに関しては全くの初心者ですから頑張りました。今後、彼も多くの経験(?)を積んでこの手のセリフもさらっと言って退けられるようになるのでしょうが、この時点では精一杯の男気を見せてくれたと思います。

それにしても、この二人はいつも温かい目に見守られて幸せですね。
by せいらさん(2005.1.18)

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