066 涼 風
ともこさん作
もう夏も終わりかけた頃だった。
気持ち、日が短くなり夕暮れが少しずつ早くなってくる。
そんな週末を、彼は妻と自宅で過ごした。
仕事を自宅に持ち帰った彼女は、日中ずっとPCと睨み合っていた。
勤務中の厳しい目つきのまま、画面の一字一句に真剣に目を走らせ、追っていく。
「もう、私はいないものと思ってー」
土曜の朝、彼女はそう夫に告げると書斎にこもった。
昼食は一緒に摂るが、心ここにあらずで何となく上の空だ。
食事が終わると彼女は慌しく書斎に戻り、また仕事と格闘する。
夜、夕食を摂るとまた書斎にこもり深夜、入浴して既にベッドに入った夫の傍らにもぐりこむ。
日曜の朝食後、また書斎にこもる。
昼食後、また書斎に戻る。
「ああ、終わったー」
ほっとした顔つきで彼女は、午後、リビングにいる夫の傍らに戻ってきた。
「お疲れさん」
彼女の肩を優しく、もみほぐす夫は心なしか笑顔である。
「ありがと」
やっと日頃の余裕を取り戻した彼女は開放された笑顔で応える。
「こうすると疲れが早く取れるんだ」
もったいぶった口ぶりで言うと、夫は妻をそっとリビングのラグの上に押し倒した。
「やぁね」
押し倒された彼女は、くすくすと笑う。
彼女の上にのしかかった夫は彼女のTシャツを捲り上げて、一気に脱がしてしまった。
「この、欲求不満おとこ」
軽く軽蔑しきった目つきで、彼女は夫を見上げる。
「欲求不満の何が悪い」
彼女の胸元に顔をうずめながら、夫も軽く答えた。
「やだ。やめて」
自分の脚の間に入りこもうとする手を彼女は軽く払いのけた。
「して欲しいくせに」
夫は、意に介さない。
「今は、その気になれないの」
やや怒った口ぶりで彼を押しのけようとする妻を強引に彼は押さえこんだ。
「じゃあ、その気にさせてやろうか」
彼の口ぶりがえらく傲慢になった。
互いのじゃれ合いと本音の境界線引きがあいまいなまま、彼らはそのままもつれ合い始めた。
彼女が徐々に激しい息遣いになり始めた頃、彼は彼女の潤いを味わっていた。
「感じるのか」
舌での愛撫に夢中になりながらも、彼はわざと妻に問いかける。
「いいえ」
彼女は、自分の両足をわざと強く閉じようとした。
「ふん」
彼は、閉じられかけた両足を再び開いた。
相変わらず、気の強い女だな。
体で思い知らせてやる。
彼の愛撫に熱がこもり、妻の喘ぎ声が激しくなった。
彼女の中に彼が素早く入りこみ、小刻みなリズムを奏で始め、彼女はより一層強く、夫にしがみついた。
互いに強くしがみつき合い、無意識のうちに汗だくで愛し合っている。
もう何も考えずに、彼女は彼に全てをゆだねている。
たまらなくて。
気持ち良くて。
激しくて。
それでいて幸せで満たされて。
絶対に私を離しちゃやだー。
自分に密着しきって、力強く自分を突く彼の腰の動きにこうも執着してしまうのは、どうしてなのだろうー。
抱かれるたびに、いつも彼女はそう思う。
好きだから。
愛してるから。
いつもいつも抱いて欲しい、と思ってるから。
いつも私は彼を拒めない。
拒む気もないー。
「感じたろ」
彼女の中に出しきったあと、彼はそっと彼女を腕の中に抱き取って耳元にささやいた。
「うん」
さすがに彼女も素直になる。
「もっとして」
さすがに、2度目は互いに派手に乱れきった。
むさぼり合うような激しいキスと、互いの体が愛し合う音。
愛し合う体がぶつかり合う音。
断末魔のような彼女の細いけれど、満足しきった上ずった声。
恍惚とした表情。
すべてが彼を兆発し、激しい性衝動に直結する。
そして、食いこみ合う心と心。
とろけ合う、からだとからだ。
終わったあと、しばらく黙って寄り添い合った2人は、静かに起き上がると、シャワーで互いの汗を流した。
身につける洗いざらしのTシャツが、清潔な素肌には心地よい。
火照りもいつしか平常に戻った。
それでも彼女は、夫の逞しい胸板に頬を摺り寄せて去って行く余韻に名残を惜しんでいる。
「おい」
そんな彼女に、思わず彼も唇を寄せる。
「ビールでも飲むか」
冷蔵庫から2本のビールを取り出すと、彼は1本を妻に向かって軽く投げた。
2人は、ベランダに出ると缶を開けた。
うまさが一気に乾いた喉を潤す。
もう夕暮れも近い。
どことなく秋を感じさせる涼風が、2人の間を吹きぬけて行く。
「なんだか、しあわせ」
ほろ酔い加減の楽しげな妻の声が、彼の顔を更に笑顔にした。
(終)
ともこさんの100題第二弾です。大人な二人の大人なひととき……ふふふ…… ちょっぴり強引な旦那様ですが、奥様も結局しあわせ〜〜〜なんですね(*^^*)
ってことで、ひとこと!「勝手にやってろ!!」(笑)
あい(2003.9.26)
(背景:pearl box)