073 大好き! 
望さん作
 しとしとと、いやぁな雨が降っている。

「いやだなぁ、こういう雨。」雪はひとりごちた。
いっそ降るなら、ザーッと降ってほしい、そんな気分だった。
傘が要るんだかいらないんだか、こういう雨は一番嫌だ。いっそ傘などさすのはやめにしよう、と雪はそのまま本部のビルを後にした。

仕事を終え、家に帰るのだが、進は二週間前から訓練生のテスト航行で出かけていて、今日は帰っても誰もいない。
おまけに、訓練生相手に頭に血が昇っているのか何だか知らないが、この二週間、電話一つ、メール一つ来ないのだ。

便りが無いのは良い便り、順調にやっているということなのだろうが、ひとたび宇宙に出れば、いつ何時どんな突発的な事故が起きてもおかしくない。
雪は、それが心配なのだが、進はそんな気持ちを知ってか知らずか、なのである。

 進のいない部屋に帰るのも、何だか淋しいし、今日は外で食事を済ませて帰ることにした。
しばらく歩いていると、すっと頭の上に傘が差し出された。

「よっ、今帰りか?風邪ひくぜ。」差し出された傘のほうを見ると、聞きなれた島の声がした。

「ありがとう、島君。でも、今は何もかもどうでもいい気分なの。」雪は、ため息混じりにそう言った。

「おいおい、穏やかじゃないな、どうした?何かあったのか?」

「ええ、まぁ・・・あ、そうだ、島君、夕食一緒に食べて帰らない?なんだかちょっと飲みたい気分なんだけど、花の金曜日、一人じゃさすがに、ね。」

「いいけど、古代は・・・テスト航行だったな。はぁん、何かあったな?」
さすがに、長い付き合いの島にもすっかり読まれてしまっている。

「まぁ、愚痴くらいいくらでもつきあうよ。俺の行きつけの店でよかったら、一緒に来ないか?」

 そういうわけで、島の行きつけの居酒屋で一杯、ということになったわけである。
とりあえず、ビールで適当に焼き鳥などつまみつつ、雪は不機嫌の理由を島に説明した。

「はは、まぁ、そんなところだろうとは思ったけど。あいつも任務となると、ほかの事に頭いかないんだよなぁ。で、いつ帰るんだっけ?」

「大体二週間、っていう感じなの。訓練の進度によってはもう少し伸びるかも、って。」

「そっか、いつ頃帰れそうだ、くらいは連絡あっても良さそうなもんだよな。」

 進は、今宇宙戦士訓練学校の教官をしている。しばらく地上勤務が続いていたので、二人は毎日のように顔を合わせていたのが、急に出かけていってしまったものだから、雪も余計に淋しくなってしまったのだった。

「頭の中ではわかってるのよ。仕事のこととなると他のこと考えられなくなる人だって。でも、それと気持ちの問題って、別物なのよね。」

口に出せば、尚更淋しくなってくる。雪はビールのジョッキを一気にあけた。

「こりゃまた豪快だなぁ、おやっさん、お替り。」

島は、くすくすと笑いながらも、これだけ惚れられてる進を羨ましくも思った。
雪には、彼も一目した前歴もあるし(勿論、彼女の気持ちを知ってからは、すっぱりとあきらめたわけだが)、進にしたって、一目惚れで惚れ抜いた、その雪にこれほど愛されているのに、もう少し気を使ってやれよ、と思わなくもない。

「でも、古代君って、優しいのよ。以前、私が病気になって一ヶ月休暇を取ったときも、ずっとつきっきりでいてくれたし・・・でも、任務になると、人が変わっちゃうのよね。もう、淋しくって、古代進のばかやろーって、海に向かって叫びたくなるわよ。」

雪の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。でも、それを見せまいとしてうつむいた。

「はぁ・・・ここまで惚れられて、あいつも幸せもんだよなぁ・・・。」

島も、何も他にいいようがない。

 そのとき、店の引き戸がガラッと開いた。
入ってきた客は、二人の座っているカウンター席に向かって歩いてきた。
その客を見た島は、一瞬驚いたが、すぐ雪に向かってこう言った。

「雪、あんまり落ち込むなよ。悪いけど、俺、先に帰るから。後はこいつが連れて帰ってくれるから、安心しなよ。気持ちを溜め込むのも良くないから、言いたいことがあったら、言いたいだけ言えばいいよ、それじゃ。」

 島が「こいつ」と言うので、雪も後ろを振返って見て、驚いた。

「古代君・・・!どうしてここに?」

「訓練が終わったんで、夕方帰ってきたんだ。急いで家に帰ったけど、雪がいないから、探しに出てきたんだよ。島も、何もあわてて帰らなくても、一緒に飲んで行かないか?」

「あ、いや、いいよ。当てられるだけだもんな。あ、おやっさん、勘定は、こいつが全部払ってくれるから。じゃ、雪、またな。」

そう言って、島は帰っていった。

 雪は、二週間淋しくて、会いたくてたまらなかった進を目の前にして、大きな瞳から涙が零れ落ちそうだった。でも、人前で涙を流すのも恥ずかしいし、一生懸命こらえていた。

「雪、ただいま。」

進は、雪の隣に座ると、カウンターの下でそっと雪の手を握り締めた。

「どうして、ここがわかったの?」

「だって、君の携帯、GPS付きだろ?帰ったら誰もいないから、探したよ。」

「探さなくても良かったんじゃない?私のことなんて・・・。二週間も連絡くれないぐらいですもんね。」

雪は、酔いにまかせたふりをして、ちょっと拗ねてみせた。

「ごめん。雪。少しでも早く帰りたくて、訓練生をしごき上げることしか考えてなかったんだ。おかげで予定より少し早く帰れたのは良かったんだけど、肝心の君になんの連絡もしてなかったのに気が付いたときは、もう帰還した後だったんだ。」

「もう・・・古代君の・・・ばか。」

「まぁ、言いたいことは、帰ってからゆっくり聞くから、とりあえず何か食べて帰ろう。」

 拗ねてはみたものの、進の顔を見てほっとしたのと、うれしさで、雪はいつもより良く食べ、かつ良く飲んだ。

進は、そんな雪の様子を見て、ひとまず安心した。いくらなんでも、何の連絡も入れてなかったことに気が付いたときは、顔からさーっと血の気が引いた。淋しかっただろうし、怒ってるだろうな、と思った。

店を出て、タクシーを拾うと、マンションへと向かった。

二人とも無言のまま、タクシーは二人の家へ到着した。そのまま、エレベーターで部屋へ向かう。雪がカバンの中から鍵を取り出そうとしている間に、進がすっと鍵を開ける。

「さぁ、お嬢さん、どうぞ。」

玄関から部屋に上がったとたん、雪は進に抱きついた。進も、雪を精一杯抱きしめた。

「雪、本当にごめん。淋しかっただろ?古代進の、ばかやろーって、叫んでくれてもいいよ。」

「聞こえてたのね?じゃぁ、もう言わないことにするわ。」雪はくすり、と笑った。

「そのかわり、もう少しこのまま抱きしめていてくれる?」

進は、そんな雪が愛おしくて、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
あんまり力を入れすぎると、雪の華奢な身体が折れてしまいそうだったから。

 雪がふーっと息を吐き、おかえりなさい、と言った。気持ちが落ち着いたのだろう。

ただいまのかわりに、進は雪の唇にキスをした。二週間の空白を埋めるかのような、長いキス。雪は、進の首に腕を回し、進のクセのある髪の毛をくしゃくしゃと弄んだ。

「雪・・・あっちへ行こう。」進は、雪を寝室に連れて行こうとした。

「だめ、先にシャワーを浴びさせて。」

それじゃぁ、と二人一緒に浴びることにした。お互いに身体を洗い流し、バスタオルで身体を乾かす。
そのまま、進は雪を抱き上げて寝室へ。

雪をベッドに横たえる。カーテンの隙間から入る月明かりで、雪の白い肌が一層白く見えた。

「雪、とっても綺麗だ・・・。」

進は夢中で雪の身体の隅々まで愛撫する。決して、訓練航行の間、雪のことを全く忘れていたわけではない。夢にまで見るほど会いたかった。ただ、連絡を取る余裕がなかっただけなのだ。

「雪・・・俺も・・・とっても会いたかった・・・。」

雪の返事は、すでに言葉にならなかった。熱い吐息が返事だった。
進の背中に回した腕が、しっかりと絡みつく。そして、進は雪の中へ入っていく。

「あ・・・。」雪は、背中を仰け反らせた。その白い首筋にキスをしながら、進は雪を突き上げる。雪の目から涙が零れ落ちた。

進の意識は、真っ白になっていく。雪に強く抱きしめられて。

雪が失神するのと同時に、進も果てた。そのまま雪を腕の中に抱きしめ、柔らかな髪を優しく撫でる。涙の痕に、そっとキスをした。

 雪の意識が戻るまで、進は雪の背中を撫で続けていた。

(雪・・・ごめんよ・・・)そうつぶやきながら。

ふぅ、っと大きく息をして、雪は目をさました。

「古代君・・・とっても良かった。」進の広い胸にキスをして、雪はそう言った。

「俺もだよ・・・。」進は、雪の額にキスをした。

「古代君、今日はもう疲れたでしょう。お仕事、お疲れ様でした。」

「確かに、今回は大変だったよ。君に連絡取るのも忘れるくらい。」

「でも、今度からはちゃんと連絡してね。宇宙に出ると、何が起こるかわからないから、心配だったのよ、とっても。」

「わかった。心配させてしまって、ごめん。」

「さぁ、もう寝ましょうか、おやすみなさい。」と、雪は進の頬にキスをした。

進は、少し躊躇しながら、何か言いたそうにしている。

「古代君、どうしたの?」雰囲気を察した雪がたずねると、進は首まで真っ赤になりながら、「その・・・今日は、君の胸で眠りたい・・・あ、いや、いいんだ。おやすみ。」と言葉を濁し、向こうを向いてしまった。

「古代君、お願い、こっち向いて。」進は頑なに雪に背中を向けていたが、雪が何度かお願いすると、やっと雪のほうを向いた。まだ、首筋が真っ赤だった。

「古代君、今日は私もそうしたいの。たまには、いいでしょ?」

雪は、進を腕の中に抱き、額にキスをした。

「おやすみなさい。」

やがて進が安らかな寝息を立てて眠るまで、雪は進の髪をそっと撫でていた。

「古代君・・・大好きよ。おやすみなさい。」雪も、眠りに落ちていった。

おわり


いつも雪ちゃんがあまえてばかりなので、たまには古代君甘えさせてあげようかなぁなんて思って書きました。
by 望さん
仕事モードに入るとそれ一直線の古代君。待ってる雪ちゃんは大変ですよね。でも……帰ってきたら(*^^*) 後はどうぞご勝手に!!ですね(笑)
あい(2006.5.5)

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