074 初めての……

 
かずみさん作
(イラストにえゆうさん)

ヤマトがイスカンダル星爆発という悲しい事実とともに帰還して1週間。
妻・母を失った古代守とサーシャ親娘は、進や雪達の協力のもと、とりあえずは地球で暮らすことになった。

ヤマト艦内でサーシャを診察した佐渡の話によれば、なにせ異星人の血が半分なので、もしかすると地球の環境が、幼いサーシャが成長するには合わないことになるかもしれないとのことだったので、守も周囲で見守る進達もいつ彼女の体調が変化するのか、はらはらしながらの生活だった。

そんな大人たちの心配もどこへやら、当のサーシャはすくすくとかわいらしく、今日も周囲にほのぼのとした雰囲気をふりまいていた。

守はといえば、イスカンダルからの帰路の途中から話のあった、地球防衛軍先任参謀というポストをあらためて長官から打診されて司令部へ呼び出される毎日で、なかなか愛娘との日々を満喫できずにいたのだった。

そんな彼に救いの手を差し伸べたのはやはり雪で、今ではもうすっかりサーシャは雪のことを「母親」だと思い込んでなついている。
なつかれればさらに愛しさが増して、雪もこの1週間は進のことは二の次にしてサーシャに入れ込んでいた。

そうなるとおもしろくないのは進だった。しばらくすれば自分はまた宇宙勤務に復帰する。そうなれば雪と一緒にいられる時間も少なくなるのであって、せっかく地球にいる今は少しでも「仲良く」しておきたい、と思うのだった。

「サーシャをほったらかしだな、兄さんは。」

ついつい怒りの矛先は兄の守に向く。

「仕方ないじゃない。守さんだってこれからどうやって地球で暮らしていくのか決めなくちゃいけないし。サーシャちゃんを預けるところが決まるまでは私達が見てあげましょうよ。」

「それはかまわないけど……。」

「けど?」

「ここのとこ、雪はサーシャ、サーシャばっかりで……。」

「え?」

雪はきょとんと進を見つめた。そしてすぐにぷぷーと吹き出した。

「もしかして古代君……。かまってもらえないからってサーシャちゃんにやきもち妬いてるの?」

「ちっ、ちがっっ……。」

「わかった、わかったわ。…うふふ、サーシャちゃんがねんねしたら……今日は…ねっ♪」

「う……。」

パチンとウィンクとともに雪に切り返されては、もともと彼女にベタ惚れの進に勝ち目はない。

(古代君てば単純ーー。でもそこが好きなんだけどね。)

雪は内心、ペロっと舌を出していた。


「さあ、そうと決まったらサーシャちゃんをお風呂に入れなきゃ。古代君、今日は入れてあげてくれる?」

「へっ!?」

「お風呂よ、お・ふ・ろ。」

「ええーーーっ。できないよ、俺。それになんだか恥ずかしいし。雪となら……。」

「ナニ言ってんのよ、もおっ。叔父さまならそのくらいしてあげてもいいじゃない。」

「でもっ。」

「じゃあ、今晩サーシャちゃんが寝ても古代君のことなんか知らないわ。」

「えっ!?いや、それは!!……わかった、わかったよお。入れるよ、風呂に入れてやる!」

やっぱりこの勝負、最初から勝敗が見えていたようで……。


進は浴室でどきどきしながら待機していた。雪と一緒に入るのとはまた別の、妙な緊張感があった。

「雪ー、そろそろ風呂場もあったまったし、いいぞー。」

意を決して(?)、サーシャを呼ぶ。
すぐに、雪につれられて肩からふわりとタオルをかけられたサーシャがやってきた。大きなつぶらな瞳で進を見て、うれしそうにきゃっきゃと笑った。

「サーシャちゃん、お風呂が大好きなの。さあ、今日はおじさまとですよ。たくさん遊んできてね。」

「えっ?遊ぶって、風呂に入れるだけだろ?」

「なに言ってるの。小さな子と入るときはね、楽しく入れてあげなきゃ。お風呂嫌いになったら困るでしょ。スキンシップよ、スキンシップ。」

「へえへえ……。」

そういや中にはあひるさんやらお人形さんやらたくさんおもちゃがあった。
……俺もあれで遊ばなければならないんだろうか……。

などと考えて油断したからか、手がすべった。

「きゃあっ!」

「おわっ!!」

間一髪、サーシャを受け止める。このへんはさすがに動物並みの反射神経を誇る進である。しかしサーシャは荒っぽいのが好きらしく、きゃっきゃっと声を出して笑っている。

「はあ〜〜、しっかりしてね、古代君。」

「う……。」

前途多難?……(笑)


「耳の裏とか首とか脇とか足のつけ根とか、よく洗ってあげてね。」

ドアの向こうで雪が心配そうに声をかけている。

「優しく洗ってあげてね。こすっちゃダメよ。」

「わかってるよおー。」

心配しつつ脱衣場を出ようとした雪だったが、「わーっ」という進の悲鳴にあわてて身を翻してドアを開けた。

「どうしたのっ!?」

「お、おしっこ……。」

「え?」

「おしっこかけられたよー。」

進はもう半泣きである。反対にサーシャはにこにことご機嫌がよろしい。

「もう…。赤ちゃんですもの、仕方ないでしょ。そんな大きな声を上げないでちょうだいね。」

「やわらかくってさ、ふにゃふにゃなんだよ。どうやって洗えばいいんだか……。」

「古代君のひざの上に抱っこしてあげればいいのよ。安定するわよ。」

「そ、そうか。」

危なげな手つきでサーシャを抱き上げる進。サーシャが進のひざに落ち着いたのを見て雪は再び出て行こうとしたのだが……。

「わーーーーっ!!」

またもや悲鳴。

「今度は何!?」

「つ、つかまれた。」

「え?」

「俺の……☆&%★#……。」

言葉にならない。

雪は進の言わんとすることを理解した。理解した瞬間堪えきれなくなり、思い切り笑ってしまった。

「笑うな!」

「だって……。」

涙を流して笑う雪を、不機嫌そうに進が一喝した。

「雪以外の女に……。」

「赤ちゃんよぉ。」

「うるさいっうるさいっ!!」


それからもしばらくは進の悲鳴が何度かあがった。だがサーシャのほうは終始ご機嫌らしく、泣くということがなかったので、雪はリビングのほうへ戻ってふたりの着替えを用意し始めた。

やがて浴室のほうから歌が聞こえてきた。進がサーシャのために童謡を歌ってやっているようだ。
あわせて、サーシャの楽しげな笑い声も聞こえてくる。
歌う進の声は、滅多に聞かないくらいに優しい声だ。肉親の縁が薄かった自分にもこんなにかわいい姪がいる―――。
リビングで聞いていた雪も穏やかな気持ちになった。

(古代君、うれしそう……。そう、そうよね。イスカンダルはあんなことになってしまったけど、思いがけず間近でお兄さん達と暮らすことになったんだもの。……よかった、本当に。)

ちょっぴり、しんみりしてしまう雪であった。


やがて機嫌よく風呂を上がったサーシャにパジャマを着せ、自分も入浴を終えて戻ってくると、遊び疲れたのかサーシャはもうすでに進の腕の中で眠っていた。

そして、その進も―――。
こちらも慣れない事をしてやっぱり疲れたのか、サーシャを抱きながらソファですやすやと寝息を立てていた。

(まあ……。)  


(by えゆうさん)

よく落っことさないものだと雪は感心しつつ、進からそっとサーシャを抱き取りベッドへ寝かせる。

進は全然気づかない。

(うふふ。よっぽど緊張したのね……。将来の、いい練習になったかしら?古代君。)

寝室から毛布を持ってきて、進に掛ける。
その寝顔を見ながら、ちょっと小首をかしげて考え―――。
ちゅっと進にキスをして、その横にもぐりこんだ。


(大人の時間は今日はおあずけ、ね。でも、たまにはこういうのもいいかも……。)

なんとなく幸せな気分のまま、いつしか雪も眠りに落ちていった。

(終わり)


帰還してからしばらくは、きっと雪ちゃんがサーシャの面倒を見ると言い張ったのではないか。となると、古代君もとばっちり(笑)を受けたのだろうな、と思いまして。
とんだ、とばっちり(笑)にしてしまいました。
by かずみさん(2004.2.22)

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