080 自棄酒
いずみさん作



美味しい物をお腹一杯食べたい。それは人間誰しもが持つ欲求である。それを叶えるべく森雪生活班長は日夜努力していた。いろんな努力を・・・

宇宙戦艦ヤマト、イスカンダルからの帰り道、残りの日数に余裕など無い。ということは食糧補給の為に何処かの星へ立ち寄ってくれとは言い出しずらい雰囲気である。そこで、生活班長考えた。それなら私が造ってしまおうと。幸か不幸か戦闘らしい戦闘が無かったおかげで、戦闘態勢の呼び出しも無くまとまった時間もあった。ので、生活班長、工作班の実験室の片隅に間借りして何やら怪しげなことを始めたのであった。

「ねぇ古代君。今日これで勤務終わりよね。」

「う、うん、そうだけど。」

「じゃぁ、ちょっと付き合ってくれない?」

にっこり笑って誘う雪だが、既に古代の腕をガッシと掴んで離さない。

「つ、付き合うって・・・まさか実験室?!!やだよ、あそこは!!」

「どーして?」

「どーしてって、また、変なもの食わせる気だろう、あそこで!!」

あ〜んなやつとかこ〜んなもんとか、この世のものとは思えない珍味(?!)を第1艦橋の男どもはこの麗しい姫君から食べさせられてきたのであった、あの忌まわしい実験室で。

「大丈夫、大丈夫。今回は最後のシメを真田さんに任せたから。美味しい物が食べられるわよ〜。」

雪、既に満面の笑みである。古代の抵抗など物ともせず、実験室への道を突き進む。

「な、何で俺ばっかりなんだよ〜。島だって、南部だって、ほら大食いの太田だっているじゃないか。すぐ呼んでくるから・・・」

「う〜ん。皆誘ったんだけど忙しいって。」

「忙しい?!!あ、う、そうだ。俺も忙しかったんだ!!!」

「・・・うそ。」

「え?!」

雪の歩みがぱたりと止まる。そして、古代を見上げる雪の寂しそうな顔。潤んだ瞳。

「嘘ついてまで、食べたくないの?私、みんなの為に一生懸命・・・」

「わ、わかったよ。食べればいいんだろ、食べれば。」

こういう展開になると古代は弱い。いつも強気の戦闘班長も一気に白旗降参である。

「じゃぁ早く行きましょ!!何が出来てるかしらね〜。楽しみ〜!!」

売られていく子牛の気持ちが少しばかりワカッテシマッタ古代であった。




「真田さ〜ん、どうでした〜?」

「やぁ、来たなおふたりさん。」

満面に笑みの雪とシブシブ引き摺られてきた古代に目を細めた工作班班長の真田志郎、実験室のごちゃごちゃした机の上から何やら持ってきた。それは・・・ビーカー。中には何やら透明の液体が鎮座ましましている。

「な、何でビーカーなんですか?私、固形物を造ったつもりなのに・・・」

「それが・・・何だか解らんがこうなってな。だが雪、これはいけるぞ。大成功だ。」

「大成功って・・・」

真田からビーカーを受け取るとすぐさま古代に手渡す雪。

「真田さんのお墨付きだし、飲んで、古代くん。」

「の、飲んでって・・・雪は飲まないのか?」

「だって私、胃腸にそんなに自信ないし・・・じゃなくって、古代君、あなたに1番最初に飲んで欲しいの、ね、お願い。」

手を胸の前で組んだ生活班長、瞳はキラキラ、頬はピンク、背後にバラ色のオーラを従えて哀れな生贄がその液体を口にするのをウキウキワクワク待っている。

「そこまで雪に云われたら飲むしかないよな、古代。」

「さ、さなださ〜〜ん!!」

最後の頼みの綱をあっさり断ち切られた戦闘班長、思いっきりやけくそでビーカーの中身を一気に飲み干した。

ゴクゴクゴク・・・

それを見つめる4つの眼。その2つはドキドキ、残りの2つは面白そうな光をたたえている。

そして、飲み終わった治験者が1言。

「って、これ酒だ。」

「え〜〜!!お酒なの〜〜!!」

「さっき佐渡先生にも飲んでもらったが、美味いとのお墨付きを貰ったぞ、雪。」

「真田さん、じゃあ俺があんな悲壮な覚悟で飲まなくても良かったんじゃないですか〜〜!!」

「まぁ、美味かったんだからいいだろう古代。それに、今までのような本当にヤバイものを艦長代理に飲ませるわけにもいかんしな」。

「・・・はい。」

うまく真田に言いくるめられてしまった古代。だが、ちょっと待て。

「じゃあ、今まで俺たちが食わされていたのは本当にヤバイものだったのか、ゆき〜〜!」

「え、え〜〜〜?ナンノコトヤラ、ワタシニハサッパリ〜〜。」

「アナライザーの真似をしても駄目だぞ、雪!」

「そ、そんな事より、お酒もある事だし、飲みましょ、飲みましょ。」

ヤバそうな展開にこの場を飲み会に変えてしまう生活班長。どんなにヤバイものを皆に試食させていたのか、それは誰も知らない方が良いのかもしれない。ヤマト艦内の平和のためには。




雪が(凄い確率の偶然だとしても)造った酒は、意外に美味しかった。そして、戦艦乗りの伝統として3人とも酒が強かった。(どこで鍛えていたのやら。)で、3人でさしつさされつ結構なハイペースで飲んでいるうちに、地球に帰ったら如何するか?という話題になっていったのだった。

「地球に帰ったら私、お見合いが待ってるのよね、い〜っぱい。」

「お、お見合い??」

「そう、それでとっとと結婚して、とっとと子供を産まなきゃいけないのよね。」

「とっとと結婚して、子供???」

もともとこういう話題に疎い戦闘班長、酔いと相まって頭が少しグルグルしてきてしまった。

「でも私まだ19才なのよ、恋だってしたいし、恋愛結婚にだって憧れるし。」

「そんなに早く人生決めなくても良いんじゃないか、もっとゆっくり考えてみてからでも遅くは無いと思うが。」

夢見る乙女モードに入ってしまった雪に、真田のナイスフォローが入る。さすがに年の功である。ここできちんとフォローしておかないと後が大変ということを本能的に察したようだ。

「そうですよね、真田さん。もっと世の中を知ってからでも遅くはないですよね。」

この雪の答えに古代は焦った。雪がもっと世の中を知ってイイ男とお知りあいになられては困るのだ、彼の場合。

「ね、古代くん。そうでしょ?」

と、云われても彼は素直に頷けなかった。見合いなんて言語道断、世の中のイイ男と知り合うのもちょっと待った、俺だけを見てくれと思ってはみるものの、それは云えない。苦し紛れに本音をすこ〜し混ぜてこう答えた。

「でも、それって家族を作るってことだろう?俺には肉親がもう地球にはいないから、ちょっと憧れるよなぁ。」

口に出して云ってみたら、その光景が古代の頭に浮かんできてしまった。ソファに寄り添って座る幸せそうな若夫婦。慣れない手つきで天使のような赤ん坊を抱く夫を優しく見守る妻の顔は、やはり雪である。そういうのもいいかもしれないなぁと妄想モードに入ってしまった古代。酔いも程よくというかかなり回っている。しきりに隣の真田が脇を突付いてくるのも上の空。

「古代、雪、今日はもうかなり飲んだからこのあたりでお開きに・・・」

その場の危ういムードを読んだ真田が仕切ろうとしたときそれは起こってしまった。

「古代くん、私、あなたの子供を産んであげる!!!」

立ち上がってガッシと古代の手を掴んだ雪が高らかに宣言したのだった。

「へっ???」

あまりのことに仰け反って絶句する古代。

「な・ん・だ・っ・て・?・?・?」

「う〜ん、ちょっと雪に飲ませすぎたようだな。もう泥酔状態に入ってるんじゃないか?」

その場を冷静に分析する真田、どんな場面でも科学者である。

「でも、まぁ、そういうことなら俺はお邪魔だろうからこれで・・・」

彼もかなり酔っているのだろうが身のこなしは素早い。

「そういうことって・・・。待ってくださいよ、真田さ〜〜〜ん!!」

風のように去っていった真田の後姿に絶叫する古代であった。




古代も雪と酒を飲んだのは今日が初めてではない。皆には内緒だが酔っ払った雪を担いで部屋まで送り届けたこともある。だが、しかし、まさか、こんなになってしまうとは・・・。
だが、泥酔状態でも雪は綺麗だ。目をキラキラと輝かせ、頬をほんのりと染めた雪はいつもの何倍も可愛い。古代は見惚れた。2人の間の時が止まってしまったようだった。
だが、しかし。

「子供は、何人欲しいの古代くん?」

雪は妄想街道驀進中、酔っ払い泥酔モードなのであった。

「何人って言われても、急にそんな、その、心の準備が・・・」

「ウダウダ云わずに男ならバシーッと決めなさいよ、古代君!!」

飲み会では先に酔った者勝ち。それも思いっきりいっちゃってるモードの姫君が相手だ。何をどう考えても古代に勝ち目は全くないのだが。
ウダウダ云っている古代を尻目に何を思いついたのか雪の眼がキラリンと光った。

「そうよね、急に何人って言われても困るわよね。それに、その前にすることがあるじゃないの、古代君。」

にっこり笑って(思いっきり泥酔モードだが)古代に言い募る雪。
その前にすることって??まさか、やっぱり、アレ・・・(赤面)。古代進、今度は違う方面への妄想驀進中。

そんな古代の心中など全くお構いなしに叫ぶ雪。

「その前に・・・結婚式よ!!」

「け、結婚式?!!」

「そうよ、まず結婚式!!ウエディングドレスは乙女の憧れだし・・・」

夢見る森雪、今度はバージンロードを爆走中。

「でも、雪。結婚式って準備があるんだろう色々と。そういうことは地球に帰ってからゆっくりした方がいいんじゃないか?ほら、よく言うだろう『急いてはことを仕損じるって』」

「準備・・・そう、準備も大切よね。私の夢の結婚式にはアレもいるし、コレも外せないし・・・」

考え込んでしまった雪を見て、古代は心の底からホッとした。ああ、これでやっとこの冷や汗全開状態から開放されるのかと思うと、嬉しくて涙さえ湧いてきた。(泣き上戸なのか?)
だが涙目モードの古代を見て、雪の眼がまたキラリンと光ってしまったのであった。

「古代君、涙が出るほど私のウエディングドレス姿が見たいのね!!!」

「い、いやこれは嬉しくて・・・」

「嬉しくて涙が出るほど私のウエディングドレス姿が見たいなんて。女冥利に尽きるわ!!」

「違う、それは違うぞ雪。人の話をちゃんと・・・」

「聞いてるわ。だからプロポーズして。」

「へっ??」

「ヤマト艦内で私の夢の結婚式は無理だわ。でも、プロポーズだったら今、ここで出来るじゃないの。一生忘れられないくらいの素敵なプロポーズをしてね。」

何だか理屈が通っているんだか、いないんだか、鋭い展開になってきてしまった。が、暴走姫君の矢継ぎ早の要求と思いっきり飲みすぎた酒のせいで、古代の正気と理性はとっくに宇宙の何処かにふっ飛んでいってしまっていた。で、勢いで。

「よ〜し、するぞプロポーズ!!!」

「わ〜い♪」

「えっ、その、あの、何だ・・・」

そんなこと1度もしたことがない戦闘班長、今までの勢いは何処へやら、天を仰いで目を瞑り、瞑想モードに入ってしまった。そりゃ当たり前、まだ雪に愛の告白さえしていないのだからプロポーズの言葉など想像したこともないのだ。でもここは押しの一手と見た戦闘班長、持ち前のカンと本能だけで突き進む。一世一代の勝負の時だ、勇気を振り絞ってしっかり決めろ古代進!!

「雪!!俺と結婚して下さい!!」

が、その返事はない。返事の代わりに聞こえるのは生活班長の規則正しい寝息。

「す〜、す〜、す〜・・・」

「ね、寝るなよ、ゆき〜〜〜!!」

暴走姫君の過酷な要求に、宇宙のあっちの果てからこっちの果てまで引っ張り回されたあげく、一世一代の告白まで聞いてもらえなかった戦闘班長、眼にうっすらと涙さえ浮かんでしまった。(やっぱり泣き上戸)

「なんて不幸なオレ・・・」

がっくりと肩を落として自棄酒を煽る古代であった。




次の日の朝。森雪生活班長はいつになく爽快な朝の目覚めを迎えていた。ご機嫌でシャワーを浴び、身支度をして食堂へ向かう。

『何か忘れているような気がするんだけど、まぁ、いいか。』

鼻歌交じりにトレイに朝食を取り空席につき食べ始める。

「何かいい事あったのか、雪?」

隣に座った航海長の島からもこう尋ねられる始末。

「そう?別に何も・・・」

答える雪の頭の上からその運命の声は降ってきたのだった、何の前触れも無く。

「あれだけ飲んで愚痴れば思いっきり爽快な目覚めだよな、雪。」

それは二日酔いで思いっきり顔色の悪い戦闘班長だった。

「ええ〜!!飲んだって、酒〜〜??」

「ズルイ、ズルイぞ〜!!何で俺たちを呼んでくれなかったんだ〜〜!!」

とたんに騒ぎ出す近くでメシ食ってる第1艦橋の面々。

「呼んださ。呼んだけど誰一人こなかったよな、実験室に。」

古代の恨みがましそうな言葉に、顔を見合わせてどよめく面々。

「実験室って、もしかしてアレ?」

「もしかしなくてもアレだよ、アレ。今回は何とか成功したから良かったようなものの・・・」

眉間にしわを寄せて苦悶する妄想モードに入ってしまった戦闘班長。その周りで騒ぎ立てる面々。だが、雪の頭の中にはさっきの古代の言葉がグルグル回っていた。コダイクントノンダッテ?ワタシ、キノウノコト、オボエテイナイ・・・

「古代君、私、そんなに愚痴ってたかしら?」

「ああ、愚痴ってた、大愚痴大会だったぞ。地球に帰ったら見合いがたいへ〜んって。」

しかめっ面で空を仰ぐ古代。よっぽどイヤな目にあったらしい。
だが、待て。雪の心にささやく声がする。思い出せ、思い出せ、思い出せ・・・

「ああっ〜〜〜〜〜〜〜!!」

突然立ち上がって絶叫した生活班長に食堂中の注目が集まった。

「ど、どうしたんだ、雪?!!」

「な、なんでもないのよ、島君。ちょっとしたことを思い出しただけで・・・」

真っ赤になって、オドオドと答える雪。思い出したなんてもんじゃない。宇宙の果てまで暴走しまくった自分の姿が、走馬灯のようにグルグルグルグル雪の脳裏を駆け巡り始めたのだから。子供、結婚式、そして・・・プロポーズ!!
『何で全部覚えてるの〜』と自分の酒の強さを悔やむ雪。だが、待て。覚えているのは雪だけじゃなくて・・・。

「へえ古代、あと何を愚痴ってたんだ?生活班長は。」

『島君、余計なことを聞かないで〜!!』

穴があったら駆け込んで入りたい雪だがここはヤマト艦内、そんな穴など何処にもありゃしない。ただ冷や汗を流しながらそ知らぬ振りをするほか道は無い。

「えっ?そうだな、え〜っと・・・・」

『お願い、忘れて、お願い、思い出さないで、古代君』

雪は全身全霊で祈った。α星のときの100万倍位の力を込めてガンガン祈った。

「う〜ん、結構美味い酒でガンガン飲んでたから後は覚えてないなぁ。」

朝食をつつきながら皆に答える戦闘班長。呑気である。
『ああ、良かった』雪は心の底からホッとした。ああ、これでやっとこの冷や汗全開状態から開放されるのかと思うと、嬉しくて涙さえ湧いてきた。(アレ?)
だが。しかし。思い出せ雪。飲んでいたのは2人じゃなくって・・・

「2人とも、あれだけ飲んだのに元気だな。」

天災(天才)は忘れた頃にやってくる。雪の頭の上からもう1人の声が降ってきたのだった。それは、真田工場長。

『もう、限界・・・。』

気を失いそうなショックの嵐の中、雪はトレイを持って立ち上がった。

「私、急ぎの仕事がありますので、これで・・・」

雪はダッシュで食堂を出ると、自室に駆け込んでベッドに倒れ込んだ。

「あ〜あ、皆にアンナモノ食べさせてた報いが来たのかしら?それとも私って酒乱なの〜?」

どんなものを食べさせていたのか?生活班長。(多分それは永遠の謎だろう)

「それもよりによって、どうして飲んで絡む相手が古代君だったのよぉ・・・」

最近やっと親しく口を利けるようになった2人。実験室に雪が古代を誘う回数が飛び抜けて多いのも雪の古代に対する愛ゆえなのだ。でもそれは古代にとってとんでもない有りがた迷惑になっていることを雪は知らない。だが、古代も雪への愛ゆえに恐ろしい実験室にシブシブでも足を運ぶのだ。思いっきり相思相愛なのだが、2人共そんなことになっているとは夢にも思わず、恋人同士になる夢を見ながらそっと溜息をついている今日この頃なのである。そんな時によりにもよって泥酔状態で・・・

『古代君は覚えてないみたいだけど、真田さんは覚えてるわよね、絶対。はぁ〜。』

しばらく落ち込んでいた雪だが、のそのそとベッドから降り机に向かって何か書き始めた。書き終わるとそれを机の前に張り、しおしおと仕事に向かっていったのであった。

そこには・・・『艦内禁酒!!含む禁自棄酒!!』とあった。




それから何日かして、雪が開発した酒の試飲会があった。その酒につけられた名前は
『日本海溝』。

「それくらい、深く反省してるってわけだな、あの泥酔状態の。」

含み笑いをしてそっと呟いたのは・・・誰でしょう?

 

おしまい



注:『日本海溝』とは太平洋西縁、北海道南部から本州東北部、房総沖に至る日本列島の東側に沿う海溝。全長約800km、最深部8020m。(つまり深〜〜〜いということです。)

食卓を彩る恋愛レシピ第4弾、『雪ちゃんの飲んだくれ顛末記』です。今回の主役は『日本海溝』くんです(笑)。
ヤマトがイスカンダルから帰ってくるときのエピソードはたった1回分(30分)しかないので、想像(妄想?!)の翼がはばたく余地が多分にあります。はばたいたあげく、やっぱりあっちへ行ってしまいましたが(笑)、楽しんでいただければ本望です。
byいずみさん2004.12.5)

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