083 プライベートコール
古代進は電話が苦手だ。
自分は話し好きな人間ではない。
用件もないのに電話をかけて、「今何してた?」なんて、相手が男だろうが女だろうが関係なく、自分にとっては"あり得ない"ことだった。
おまけにそのまま1時間も2時間も喋りっ放しなんて、益々以て"あり得ない"。
いったいそんなに長い時間何を話しているのか、想像もつかない。
彼にとって電話は、用件を伝える連絡手段くらいの位置付けでしかなかった。
必要がなければかけない。
通話時間も短い。
彼が支払う毎月の電話代は基本料金に毛が生えた程度だ。
携帯だってほぼ着信専用だ。
おまけに電話というものは、声だけなのに、相手の様子が手に取るように分かってしまうものなのだ。
迷惑そうなのも、楽しそうなのも、ぜ〜〜んぶ伝わってしまう。
だから古代は電話が好きではない。
うそがつけないから。
相手のうそが分かってしまうから。
そんな彼が電話を前に固まっていた。
時刻は夜の11時。微妙な時間帯だ。
その段階で、電話をかけていいものか、彼は迷う。
相手は1人暮らしではない。
両親と同居だ。
こんな時間に…と言われやしないかと思う。
恋には無縁と思っていた自分だが、この度めでたく彼女が出来た。
それも飛び切りの彼女だ。
嬉しくて嬉しくて仕方がない古代なのであるが、恋をするのが初めてと言ってもいい彼には、戸惑うことも多かった。
そのひとつが電話だ。
「今なにしてた?」がしたいのに、中々出来ないのである。
今かけていいんだろうか?
何を話せばいいんだろうか?
要らぬ心配ばかりが先にたつ。
これじゃぁまるで、今から片想いの相手に告白する女の子みたいだと、思う。
だがユキはもう片想いの相手ではなく、れっきとした自分の恋人なのだ。
イスカンダルからの帰路、ふたりは晴れて恋人同士となった。
だが地球は絶対的な人手不足に陥っていて、古代もユキも、帰還以来、目が回るくらいに忙しく、ゆっくり会うことすら儘ならなかった。
古代からの電話を、ユキだって待っているはずだった。
それは古代にも分かっているのに。
根っからの電話嫌いのところに持ってきて、相手がユキだと思うと今更ながら緊張するのだ。
「電話してね」とユキに言われてから今日で1週間。
「いい加減連絡しないと、振られるぞ」と、島に呆れられた。
自分の彼女に緊張してどうする?と。
…俺だって、彼女と話したいんだよ。
"仕方ない"。
そう思うのも変な話しだが、古代は思う。
…仕方ない、かけるか。
大きく息を吸い込んで、一度だけ、深呼吸する。
彼女の家の番号は暗記していた。
実は昨日まで毎晩、途中までダイヤルしては「やっぱり明日」にしようと、先延ばしにしてきたのだ。
度胸は人一倍あるはずの戦闘班長も、こと恋愛に関しては、本当に人並み以下だ。
呼び出し音がなる。
『はい。森です。』
「…あっ…や、夜分遅く申し訳ありません…あの…こ…」
『古代くん?』
ユキのびっくりしたような、でも嬉しそうな声が聞こえて、古代は胸を撫で下ろした。
「ユキ?」
『そう。私よ。ちょっと待ってね、いま部屋で取り直すから…』
『もしもし?』
「うん。」
『ありがとう。電話くれて。…待ってた。』
「…ほんとは、もっと早くしようと思ってたんだ…」
言わなくてもイイことだとは分かっていたが、古代は中々電話が出来なかった理由を、何故か一から全て説明した。
電話の向こうで、クスっと笑う彼女の声がする。
『ヤダ。古代くん。いつの時代の話し、してるの?』
「え?」
『モ・ニ・ター。』
「ん?」
『モニター点けて?』
「あぁっ!忘れてた!!」
古代は慌てて画像モニターをONにした。
目の前にユキの笑顔が浮かび上がった。
『古代くん。』
おどけて手を振る彼女のなんと可愛らしいことか。
つられて古代も、画面の向こうのユキに手を振ってみた。
「なんか俺、バカみたいだよな。」
『そんなことないわ。私もね、古代くんに電話してみようかなってずっと思ってたの。でも電話がないってことは、すごく忙しいのかもしれないって思ったら、ちょっと遠慮しちゃて…』
「なんだ。かけてくれればよかったのに。」
『ごめんね。』
「いや…俺こそ、ごめん。」
そう言って2人は笑った。
お互い"恋愛初心者"同士、同じように不器用なんだと思ったら、なんだか妙に安心した。
「何してたの?」
あんなに自分には縁のないと思っていた言葉が、するっと出て来るんだから、恋は魔法だと古代は思う。
それから2人は、お互いの近況を報告しあい、他愛のないことを話しては笑った。
話しても、話しても、話題は尽きることがないように思えた。
「お休みと」言って電話を切った時には、深夜の1時を軽く回っていた。
古代にとって最長通話時間だったことは言うまでもない。
彼の家の電話料金と
彼の携帯の通話料金が
来月以降、どんっと跳ね上がるであろうことも、言うまでもない。
付き合いはじめのころの2人という設定になってしまいましたが、古代君て電話苦手そうと思って書いていたらこんなことに。(笑)
by なおこさん
実は自分も電話は苦手なので、とおっしゃるなおこさん。でも、大好きな人と、そしてこんな未来のように顔を見れる電話はまた一味違って、ステキなのかもしれませんね。
あい(2003.10.19)
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