085 未 来
せいらさん作
(拙作 「8.願い星」の続きとなっております。そちらから先にご覧下さい) by せいらさん


(1)

翌朝、雪はとりあえず子供達が着れそうな服を近くの売店で購入した。

「一日中パジャマって訳にもいかないでしょう。子供達が起きたらこれに着替えるように言ってくれる? 私はちょっと町まで行ってくるわ」

「何しに行くんだ? 町に行くならみんなで行こうよ」

「あのねぇ・・・私・・・もとい、ユキちゃんはこんな服では文句を言うに決まってるわ。間違いなくね。だから、町まで行ってこの子達が当面必要な物を調達してくるの。人数も増えた事だし、食料も補充しなくちゃいけないしね。昼過ぎには帰ってくるから、この子達をお願いね。」

小さなススムとユキは、昨夜が大騒ぎだったために疲れているのだろうか、微動だにせず眠っていた。

「はいはい。さすが小さくても雪ってことか。妥協は出来ないんだな。分かりました、子守りをしておきますよ。」

進は少しばかり肩を竦めると、ソファーに寝そべって雑誌を広げた。
雪はそんな進を小さく睨むと、「じゃあ、お願いね」と言い残して車へと消えた。


朝の遅い時間に起き出した子供達は、さすが未来の古代進と森雪と言うべきだろうか、既に事態をよく飲み込んで、別段騒ぎ立てることもなく進に挨拶をした。
そして雪が売店で『とりあえず』購入した服を着るように促したのだが・・・やはり、ユキはむくれて拒否した。

「いやよ、こんなかっこ悪いお洋服なんて着たくないわ」

「まあまあ、ユキちゃん。いま雪お姉ちゃんが町までユキちゃんが好きそうなお洋服を買いに行ってるから、今のところはこれを着ておいてくれるかい? さあ、お腹がすいただろう。 みんなで何か作ろう!」

進は子供達の気持ちを引き立てるつもりで提案したのだが、これが大失敗だった。
それでなくとも、気に入らないお洋服・・・というだけで膨れっ面だったユキが、やっと機嫌を直してお料理にとりかかったと言うのに、ススムは無邪気にこう言ってしまった。

「ユキちゃん卵を割れないの? 僕、上手なんだよ。見ててご覧よ。こうやるんだ。」

「ユキちゃん、砂糖と塩を間違ってるよ。」

「ユキちゃん、パンが真っ黒だよ・・・ユキちゃんって、ホントにお料理へたくそなんだね」

進が「まずい!」と気付いた時にはもう遅かった。
ユキが頬を紅潮させ、瞳を潤ませたまま震えていた。

「こら、お前余計な事言うな! 大丈夫だよ、ユキちゃん。お兄ちゃんはこれくらい焦げたパンが好きだなあ・・・あは、あはは」

進は必死にとりなしたが、ススムは「変なの」と言わんばかりの顔でユキを見ている。
ユキの瞳には、今にもこぼれそうに涙が膨らんでいた。

「ふ・・・ふんっ! お料理なんて今までやったことなかっただけよ! 私なんかちょっと頑張ればすごく上手になっちゃうんだから! ススム君なんて大っ嫌い。あっち行ってよ!」

進は『あちゃ〜』と顔をしかめ、ススムは悪気がなかっただけにユキの怒りの理由も分からなかったが、ただこの可愛い女の子にどうも嫌われたらしい、ってことだけは感じていた。
結局、進一人が二人の子供のご機嫌をとりながら、気まずいブランチが終わった。

食後は、ユキは一人でパソコンに向かってゲームをし始め、ススムは前庭で土をほじくっては虫を探していた。
静かで穏やかな午後の空気に、進はソファーに寝転んだままうとうととし始めた。


(2)

進が午睡に入った頃、ユキはやおら立ち上がるとそのまま外に出て行った。
その気配に気付いたススムが、慌ててユキを追いかけてついて来た。

「ユキちゃん、スリッパのままどこに行くの?」

「仕方ないでしょ、靴がないんだから。 もうほっといてよ。」

「だってさ、知らない場所だもん。危ないよ。」

「知らない場所だから見てみたいんじゃない。未来の世界ってどうなってるのか、ススム君は見たくない? 私は知りたいの」

「だったら、お兄ちゃんを起こしてついて行ってもらおうよ。僕たちだけじゃ・・・」

「大丈夫よ、そんなに遠くには行かないし。ススム君は来なくていいわよ。帰ってよ。ついて来ないで!」

「だってさ・・・」

「来ないでったら!」

綺麗な顔が膨れっ面になり、ぷんっ、と横を向いたユキがどんどん歩を進めて行く。
ススムはしかたなく、少し離れた場所からついて歩いた。


どれくらい時間がたったのだろう、ユキは鼻歌を歌いながらお花を摘んだり、蝶を追いかけたりしながらどんどん歩いてゆく。
ススムはそんなユキを離れて追いかけながら、帰りの目印にと小枝を拾ってはところどころに立てていった。
しばらくすると、生暖かい風がふわっと頬を撫でたかと思うと雨が降り始めた。
あっと言う間に土砂降りになり、ユキはあわてて岩陰に身を寄せた。
ススムが隠れる場所もなく途方に暮れていると、ユキが大声で話し掛けてきた。

「ちょっと、何してるのよ! 早く来なさいよ。 風邪引くわよ!」

「いいの?」

「しょうがないでしょ。」

ススムとユキは、小さな岩陰で背中合わせに身を寄せ合った。
大きな音がして雷が鳴り響き、ススムとユキはどちらからともなくしっかりと手を握り合っていた。
冷たい雨と恐ろしい雷を、二人はお互いの温もりを感じあいながらやりすごした。
通り雨はすぐに上ったが、ぬかるんだ山道はスリッパのままの子供たちには歩きづらく、二人はコテージへ戻ることにした。

「僕ね、帰りの目印にあっちこっちに枝を立ててきたんだ」

鼻高々で言うススムに、ユキは「ばっかじゃない」と言うように言った。

「そんなの、今の雨で流れちゃってるわよ。そんなもんなくても、私はちゃんと帰れるもん!」

来た時同様、ずんずんと歩くユキの後をススムは黙ってついて行った。
しかし、ユキの行く道が本当に帰り道かどうかも、実はあやしいものだった。
ススムはどこかに目印の小枝が立っていないかとキョロキョロしてみたが、やっぱりどこにも見当たらない。

そんな時、前を歩いていたユキの姿が一瞬に消えていった。

「きゃあっっ!」

「ユキちゃんっ?!」

ユキの姿が消えたところをススムがそろそろと見下ろすと、わき道が急な坂になっており、むかるみで足をすべせたユキが樹の茂みに引っ掛かっていた。
べそをかいているユキに、ススムは手近の木に掴まりながら精一杯手を伸ばして声をかけた。

「ユキちゃん、ねえ、怪我してない? 僕の手に掴まって! 手を伸ばして!」

ユキも精一杯手を伸ばしたが、二人の手は触れ合うことすら出来ない。
その後もススムは枝を差し伸べたり、服を脱いで垂らしたりしてみたが、やはり引き上げることはおろか、触れることすら出来ないでいた。
ススムもそろそろと降りてみたが、ユキのいるところまで降りることは出来そうにない。辺りには夕闇が忍んで来ていた。

「ススム君・・・もういいよ・・・ねえ、一人で帰ってお兄ちゃんを呼んできてよ。私ここで待ってるから」

「だって・・・もうすぐ暗くなるよ。ユキちゃん一人じゃ・・・」

「大丈夫だよ。私、ススム君のこと信じてるから。お願い、行って! 早く!」

ススムはユキの必死な顔を見詰めた。

(ユキちゃんは泣いてなんかいない、僕がお兄ちゃんを連れてくるって信じてるんだ)

ススムは着ていたシャツを木にしっかり括りつけると、

「ユキちゃん、待っててね! 絶対にお兄ちゃんを連れてくるから! 泣かないで待っててね!」

と叫び、一目散に駆け出して行った。


(3)

雪が町での買い物を終えてコテージに帰る途中で、雨がぽつぽつとし始めた。
あっという間に土砂降りとなり、雪は頭を覆いながら部屋に入ってきた。

「あら、進さん寝ていたの? 外はひどい雨よ。いろいろ買ってきたんだけど、子供達はどこにいったの?」

「あ? その辺にいないか?」

「その辺って・・・うちの中には見当たらないけど・・・」

「んん? さっきまでその辺で遊んでたんだけどなあ」

頭を掻きながら起き出した進に、雪は不安げな顔して言った。

「まさか・・・外に出て行ったきりってことは・・・」

「えっ?」

外は雨。しかも、あの二人にとってこの時代は異次元の世界だ。
進と雪は家中を探し回ったが、やはり二人はいない。
雷も鳴り始めた。

「やっぱり出て行ったんだわ。・・・どうしよう・・・」

「雪、探しに行くぞ!」

レインコートを掴むと、進は雨の中に飛び出していった。雪もその後について走る。

「ススムく〜ん!」

「ユキちゃ〜〜ん!」

「今、町の方から戻ってくるときには誰にも出会わなかったわ。もしかしたら二人とも・・・」

「山の方か・・・」

「分からないわ。でも・・・」

二人は山の方を見上げると、頷き合って走り出した。
雨は上がったが、太陽が西に傾きだしている。
夜になる前に探し出さなくては!

「ススムくぅ〜〜ん」

「ユキちゃぁ〜〜ん」

進と雪が息を弾ませながら叫んでいると、遠くから子供の声が聞こえた気がした。

「お兄ちゃ〜ん、お姉ちゃ〜ん」

「ススムくん?!」

「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」

上半身裸のまま、あちこちを引っかき傷だらけにしたススムが姿を見せた。
ススムは泣き出しそうな顔をして、進の服を懸命に引っ張って言った。

「お兄ちゃん、早く! ユキちゃんが・・・ユキちゃんが・・・」

今来た道を駆け戻りながら、ススムはユキの今の状況を進に告げた。
やがて、ススムが木に括りつけた白いシャツが見え、進がその下を覗き込むとユキが茂みの間で小さな体を震わせているのが見えた。

「ユキちゃん、今行くから! じっとしてるんだよ。」

進は声を掛け、そろそろと斜面を降りてゆくと、しっかりとユキを抱えて戻ってきた。
雪は二人の子供達を両手に抱え込むと、しっかりと抱きしめて泣いていた。

「もう、二人ともどんなに心配したか分かってるの!?」

泥だらけの足をタオルでぬぐうと、買ってきたばかりの真新しい靴を二人に履かせた。

「二人とも裸足じゃないの。足、痛かったでしょう?」

雪は泣いては怒り、怒っては泣きしながら子供達を抱きしめ、進は

「ふたりともよく頑張ったな。偉いぞ」

と頭を撫でた。


(4)

もう暗くなった道を4人はコテージへ戻り、温かい風呂で今日の汚れを洗い流した。
ススムの小さな体には、木の枝で擦ったのか無数の傷が出来ていて、お湯が当るたびに顔をしかめて身をよじった。

「二人ともそんなに大きな傷はないみたいだけど・・・ススム君の肩の傷は跡が残っちゃうかもしれないわねえ」

雪がため息まじりに言う。

「へん、大丈夫だよ! 僕、痛くも何ともないよ」

ススムが鼻頭をこすりながら言うのへ、進も

「そうだよな〜。大好きな女の子を助けるための傷なんて、男にとっちゃ名誉の負傷ってやつだよな」

と笑った。
ススムは『大好きな女の子』なんて言われたものだから真っ赤になって俯いたが、ユキの方は瞳を潤ませながらススムを見ていた。

「ごめんね、ススム君。私が勝手なことしたから・・・ごめんね、痛かったでしょ。ごめんね、ごめんね・・・」

うえ〜ん、と泣くユキを柔らかに抱きしめながら、進は静かに語りかけた。

「大丈夫なんだよ、ユキちゃん。男の子はね、こんなの痛くも何ともないんだ。大切なものを守るための怪我なんか、本当に痛くも何とも無いんだよ。本当に痛いのはね、大切な人を守れなかったり、悲しそうに泣かせてしまうことなんだ。だからさ、ユキちゃんも泣かないで笑ってあげてよ。」

ねっ、と進が言うと、ススムも

「ユキちゃんが怪我しなくてよかったよ。僕は男の子だからこんなの平気だけど、ユキちゃんに傷が残ったりしたら僕も悲しいよ。だってさ、僕、ユキちゃんみたいに綺麗な子、見たこと無いもん・・・」

と、最後の方は消え入りそうな声で言った。
雪はこのやりとりを微笑みながら見守り、進の背中にそっと顔を埋めた。


(5)

翌日は4人でお弁当を持って出かけた。
暖かな日差しの中で、ススムとユキはまるで幼馴染のように転げまわって遊んでいた。
昆虫達のことや草花のことに詳しいススムをユキは尊敬のまなざしで質問攻めにし、そんな二人の姿を進と雪も目を細めて見守っていた。
元は自分自身・・・という安心感からか、4人は不思議な連帯感に包まれて楽しく過ごした。


その夜は、興奮気味の子供達が先を争うようにおしゃべりをした。
ススムとユキにとってこの世界は未知のものだらけで、どこを見ても好奇心をそそられる。
食事時になってもいっこうに減らない口数に、進も苦笑いしながら答えていた。
しかし、ススムの質問は進にとって答えづらいものが多い。
特に、両親のことや今の仕事のことなどに触れられると、進はどう答えていいものか迷ったあげく

「そんなこと、今知らなくてもいずれ判るんだよ。今から自分の将来を知ってしまったら、面白くないだろう?」

と言って誤魔化した。
雪も、この利発で可愛らしい少年がこの先歩むだろう道を思うと、目頭が熱くなる。
せめて一言、ご両親のことだけでも教えてあげられたら・・・と思うのだが、進は

「どうにもならないことを教える必要はないから」

と言って淋しそうに笑うばかりだ。
確かに・・・そうなんだけれど・・・。


目を輝かせながら話しつづけるススムの手から、カラン、とスプーンが落ちた。
皆がススムの手元を見て、あっと声をあげた。

ススムの手が少しづつ薄くなって、陽炎のようになっていく。
驚いたように皆を見回すススムの腕を、ユキは思わず掴んで叫んだ。

「ススム君、もう行っちゃうの? もうお別れ?」

ユキの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちて、ススムの顔も曇っていった。

「ススム君、また会えるよね。きっと、帰っても会えるよね」

「うん、ユキちゃん。きっと会おうね。僕、ユキちゃんのこと探すから。絶対見付けるから。待っててね。」

そう言う間にもススムの姿はどんどんと薄れてゆき、ユキの姿も消え始めた。
ユキはぽろぽろと泣きながら、うん、うんと頷いている。

「きっとまた会えるから。それまで泣かないでね。ユキちゃ・・・・・」

「うん、泣かないよ。待ってるね。きっとまた会おうね、ススム・・・・・」


最後の方は掻き消されるように声すら消えてしまい、小さなススムとユキはやってきた時と同様に突然去って行った。


(6)

進と雪は、あまりに突然な別れに声もなかった。
まだ湯気の立ち上る料理を前にして、全てが夢だったような気さえする。
しかし、確かに4人分あるお皿が、今までのことが決して夢なんかじゃなかったことを物語っていた。

さっきまでの喧騒とはうって変わった静けさに、二人は黙々と食事を終えた。


風呂上りの進が、首からタオルをかけたままの姿で夜空を見上げていた。
テレビではアナウンサーが《・・・見ごたえのあった流星群も、今夜でお別れ・・・》と告げている。

後ろからそっと近づいてきた雪が、進の肩を見て驚きの声をあげた。

「まあ、進さん。これってもしかして・・・」

体中にある戦闘の跡に混じって、進の左肩に注意して見ないと判らないくらいうっすらとした傷跡が残っていた。
この位置は、間違いなくあの時ユキを助けようとして出来た傷だ。
雪は、その白く残る傷跡にそっと頬をすり寄せた。

「私たち、また会えたのね・・・」



静かに寄り添う雪の腰を引き寄せると、進は流星を見詰めたまま言った。

「雪。俺さ、この前流れ星に願ったんだ。」

「ええ」

「あの小さな俺が本物なら、やがて来る彼の運命のなかで『未来への希望』が欲しいって。あっちの世界へ戻ったら忘れてしまうのかもしれないけど、それでも心のどこかで何か希望になれるような光があれば、って思ったんだ。
そして、俺の願いは叶った。
小さなユキの存在は、小さな俺にとって未来への光となって残っていたはずだ。例え、覚えていなくても、ね。だから俺たちは出会った」

「そう・・・とっても不思議だけど、私たちはきっと出会うべくして出会ったのね。偶然でも何でもない、あなたは私を探してくれて、私はあなたを待っていて、そして再会したんだわ・・・」

二人は寄り添ったまま夜空を眺めた。
ふと、何処からか子供達の笑い声が響いたような気がして、二人は暗い室内を振り返った。


「なあ、雪。もう一度あの子達に会いたくないか?」

「そうねぇ・・・でも、また流れ星にお願いするつもり? もう無理でしょう」

雪が笑いながら答えると、進はすっと雪を抱き上げた。

「俺は会いたい。もう一度、今度は未来を一緒に歩める子供達に会いたいんだ」

進の目が真剣で、雪も黙って頷いた。

「私も・・・会いたいわ。未来を繋ぐ子供達に・・・」」

その夜の二人の願いが聞き届けられたかどうか・・・

それはまた未来のお話。
          

― おわり ―


この二人が赤い糸で結ばれているのなら、それを結んだのは他ならぬ「古代進」自身・・・
本当の彼の願いは、お互いが「運命の人」となることだったのかもしれません。
やがて出会う未来に花咲くように、小さな種を撒いたのでしょう。

過去から未来の世界へやってきた子供達と、現在から未来へと時を繋いでくれる子供達。
どちらもこの二人にとってはかけがえのない分身です。
by せいらさん(2005.2.14)

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(背景:Holy-Another Orion)