086 いたずら
なおこさん作


家に帰ると、オレンジ色のかぼちゃが大きな口を開けて笑っていた。



…Trick or Treat

…いたずらか?お菓子か?

…どっちを選ぶ?



「で、ハロウィンって何のお祭りなんだ?」

食後のお茶を飲みながら、傍らで寛ぐユキに古代がそう聞いたのは、昨晩の事だった。

最近、なんだか街中がオレンジ色にディスプレイされていて、花屋の店先には小さなかぼちゃや赤い唐辛子を使ったアレンジが並んでいる。

色とりどりのお菓子もたくさん売られていて、子供でなくてもなんだかウキウキしてくるような感じなのだが、さて、ハロウィンとは何なのか?

そのへん、古代はよく知らなかったのだ。

「万聖節っていったかしら?それの前夜祭だったと思うけど?」読んでいた雑誌から顔を上げて彼女が言う。

「万聖節?」彼はますます分からんといった顔になった。

「亡くなった先祖の霊をお家に迎え入れて、悪霊を追い払って、秋の収穫を祝うのよ。」

そう言うユキもちょっと自信がなさそうで、最後に小さく「たぶんね」と付け加えた。

「お盆みたいなものかな?」

「う〜ん、そうね。ちょっと強引な感じもするけど、ニュアンスとしてはそんな感じで間違ってないと思うわ。」

子供たちが仮装して、かぼちゃの提灯持って、『お菓子くれなきゃいたずらするぞ〜っ』て、近所の家を脅すだけのイベントじゃないんんだな〜。

などと古代が言うので、ユキは思わず笑ってしまった。

「あなたなら、お菓子をもらって、なおかついたずらまでしそうよね。」

その言葉に夫が意味深な笑いを浮かべたことに、彼女は気付かなかった。




翌日、プロジェクトの追い込みで残業を終えた古代が家に帰ると、リビングのテーブルの上にオレンジ色のかぼちゃが鎮座していた。

それは雑誌で見るのと同じように、きれいに中身を取り除き、目と鼻と口が刳り貫かれていた。

「これ、どうしたの?」

「作ってみました。」

ユキはちょっぴり得意顔である。

帰り道、いつも寄る食材屋に行ったら、今日が最後だからといって大安売りされていた『おばけかぼちゃ』。

「あなた遅くなるって言ってたし、食事も要らないって言ってたし、ちょっと暇つぶしにやってみようかな〜って思ったのよ。」

大変だっただろう?

と聞く彼に、それがそうでもなかったと、ユキは言う。

中身をかき出すのはちょっと面倒だっただけど、道具も型紙も付いていたので、意外と簡単に出来たらしい。

「それからこれも作ってみました。」

出てきたのは、いい感じに焼きあがったパンプキンパイだった。

「ハロウインと言えば、"お菓子"と"かぼちゃ"はお約束ですものね。食べるでしょう?」

「いただきます。」


ふたりは並んでソファにすわり、ちょっぴりシナモンのきいたパンプキンパイを食べた。


目の前には、かぼちゃのジャック。


「このパイってもしかして、こいつの中身?」

「違うわよ。おばけかぼちゃは食べられないもの。中身は捨てました。」


そうか、よかった。なんだかそれは嫌だと思ったんだと笑って、古代は立ちあがった。

彼はリビングの飾り棚から小さなキャンドルをひとつ取り出すと、部屋の明かりを少し落としてから戻ってきた。

そしてかぼちゃのらんたんに、そっと灯を点した。


部屋の中にオレンジの灯りがぼうっと浮かび上がる。


大口をあけて笑うかぼちゃも、こうしてみると中々雰囲気があっていい感じだ。

ふたりは、どちらからともなく寄り添って、その灯りを見つめていた。


「さて…」

古代は横に座っているユキの方に向かって座り直すと、真面目顔を装いながら言った。

「今日はハロウィンだ。」

「そうよ?」

「お菓子も食べた。しかもかぼちゃの。」

「そうよ?」

「あとは何が残ってる?」

「……え?」

嫌〜な予感が、ユキの頭を過ぎる。

「何っ…て…?」


古代の顔は目前に迫っていた。

しかも口元に不敵な笑みを浮かべている。

「いたずらだ。」

言うなり彼はユキの顔にキスの雨を落とす。

額に、頬に、唇に、鼻の頭に、その度ごとにわざと『ちゅっ』と音を立てて、楽しそうにキスを繰り返す。

「ちょっ、ちょと待って…」

「ん?」

「Trick or Treatよ?お菓子かいたずらか、どっちかを選ぶのがハロウィンよ。」

「でもさ、ユキが言ったんだ。『あなたはお菓子も貰うけど、いたずらもしそうだ』って。」

「……!?」

してやったりという顔で笑う古代にユキはもう呆れるしかない。

「ハロウィンの夜は甘いいたずらが許されるんだろ?」

そう言って彼はユキの唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。

今度は彼女自身を味わうように、舌を絡めて深く濃厚なキスを繰り返す。

いつしかユキは古代の首に腕を回し、その口付けに応えていた。


長い長いキスの後、古代は改めて彼女の耳元で囁く。


「Trick or Treat ?」


「…Trick…」


「よくできました。」



ハロウィンの夜。


ふたりの部屋からは、いつまでもユキの甘い吐息が漏れ続けていた。



そしてその後、リビングに一人残されたジャック・オ・ランタンは確かに聞いた。



「Trick or Treat?」と聞く彼女の声。

「Trick」と応える彼の声。



週末に重なったハロウィンの夜は、まだまだ終わりそうになかった。




…Trick or Treat

…お菓子をくれなきゃ、いたずらするよ。

…Trick or Treat

…いたずらか、お菓子か、さぁどっちを選ぶ?



…どっちも。


ハロウィンの楽しいひととき…… 雪ちゃんの「あなたなら、お菓子をもらって、なおかついたずらまでしそうよね」がミソでしたね! 古代君ったら、orじゃなくってandなのねぇ〜〜
でも雪ちゃんもそれがお望みのようで……(笑)。
あい(2003.11.3)

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(背景:Heaven's Garden)