089 けんか
いずみさん作

今日も教官室にベルが鳴る。
プルルルル・プルルルル・プルルルル
「はい。」
「寮長です。食堂で例の1年3人組と2年生10人程が大喧嘩中です。」
「了解。」
その部屋の主は立ち上がるとニヤリと笑った。


午後5時15分。
食堂の前は野次馬で黒山の人だかり。喧嘩はレクリエーションと割り切っているのか誰も止めやしない。反対に火に油を注ぐようなことをしている輩もいる。

と、その人垣がモーゼが杖で海を指したように2つに割れた。
「喧嘩は素手で!!」
パイプイスを振り上げた2年生を吹き飛ばし、1人の人物が喧嘩の真っ只中に飛び込んできた。
「げっ、古代教官・・・」
当事者同士の手が止まり、その場の熱気がザザーッと音を立てて引いていった。
喧嘩はあっけなく終わった。


そう、ここは由緒ある(?!)宇宙戦士訓練学校。
そして、この人はそこの名物(?!)古代教官。
元宇宙戦艦ヤマト乗組員で、数々の戦火をくぐり抜けてきた第1級の戦士である。
そろそろ30代も後半であろうが、その容姿は日夜の鍛錬の賜か全く衰えを感じさせない。

愛しの配偶者1名有り。女と男の双子の親でもある。小学生の女の子の方は将来美少女間違いなしのルックスで生徒に絶大な人気があるが、あの古代教官の娘ということで誰も手出しなんかできやしない。
もちろん渾名は『鬼の古代』。

この教官にかかっては生徒など生まれたての赤んぼ同然である。
その教官が絶対零度の視線で物申す。
「歩けるものは教官室へ。あとは医務室でおとなしく寝ていること。」
立ち去る教官の後ろから担架を抱えた生徒がゾロゾロとやって来た。
けが人がとっとと収容されていく。皆無言である。
さすが古代教官。後始末も早い。


午後5時35分、教官室。
「それで、喧嘩の原因は?」
「売られた喧嘩を買っただけです。」
金髪の1年生が悪びれもなく答える。軽度の怪我はしていたが、教官室に自力でたどり着けたのはこの1年生3人組だけだった。
「右に同じ。」
「以下同文。」
黒髪のと、茶髪のがしれっと答える。

古代教官の鋭い視線が3人を見回す。背後には怒りモードの黒雲がムクムクとわいている。
そして口を開こうとしたそのとき。

トントン
ノックの音である。
「はい、どうぞ。」
冷静に返事はしているが説教の出鼻をくじかれその視線は一段と鋭さを増している。3人組はこれ以上教官を怒らせたらまずいっとばかりに一斉に下を向いた。


そ・し・て。

















「ゆき〜。司令部の仕事が定時に終わったから夕食の買い出し一緒に行こうと思って。」

呑気に教官室に入ってきた愛しの配偶者の姿に、古代雪教官の顔が瞬時にぱあっと輝いた。

「あれ、お邪魔だった?」
「いいえ、いいのよ。私も定時で終わったから。帰りましょ。」
いそいそと帰り支度を始める雪に説教待ちの1年生3人組はぼーぜん。
「あなたたち。下がっていいわよ。お部屋でおとなしく待っててね。」

にっこり笑うその表情は愛情イッパイ、ラブラブモード全開である。その上、背後には薔薇色の後光まで射しているという徹底ぶりである。
その180度の変貌ぶりに、ただただ口をあんぐり開けて唖然・茫然自失の3人組であった。


ルンルン気分で腕を組んで出て行った教官夫妻をあっけにとられ〜て見送ったのは、先程10人ほどの先輩男性を医務室送りにした今年の総代(入試トップの生徒)と総代次点の美少女3人組であった。

「凄いものを見ちゃった気がする・・・夢に見そう・・・」
と、金髪の美少女、今年の総代。
「あれが噂のラブラブモード・・・恐るべし古代教官・・・」
と、黒髪の美少女、今年の総代次点その1。
「だから女って信じられな〜い!」
と、茶髪のぶりぶり美少女、今年の総代次点その2。
今年の新入生のトップに立つ美少女3人が揃って溜息をついた。
「はあ〜。喧嘩より疲れたあ〜。」


そんな事とはつゆ知らず、古代教官夫妻は帰りの車の中でらっぶらぶ。
「さっきの3人、何かやったのかい?」
「大した事ないの。ただのけんかよ。」
「喧嘩かぁ。雪は喧嘩の仲裁得意だからなぁ。」
と、遠い目をする進。

そうなのである。18歳のときから野郎どもの喧嘩を『おやめなさい』の一言で止めてきた雪である。生徒の喧嘩なぞ一睨みでジ・エンドなのだ。
「そういえば、今日臨時収入があったの。だから進さんの好きなワイン、何でも買っていいわよぉ。」
「おっ。それはご馳走になります。奥様。」
「どういたしまして、旦那様。」

にっこり笑う雪だがそれが何の臨時収入なのか、決して語られることはない。何故ならそれは教官達だけが知る秘密の賭けの賞金なのだから。
去年その賭けを外した雪はなにくそっと1年かけてリサーチしまくり、晴れて今日その賞金を手にしたのである。さすが調査・分析を教えるプロ・古代雪教官。

それで何の賭けかって?
それは・・・新入生の総代が初喧嘩する日を当てる賭けなのであった。
この由緒正しい(?!)賭けは古代進の時代にも、古代守の時代にも、そしてあの沖田十三の時代にも秘密裏に存在していたそうである。

恐るべし、宇宙戦士訓練学校。
そしてそこで古代雪教官は明日も元気に戦い続けるのであった。

おしまい


ある時は鬼、またある時は愛の女神の雪奥様「活躍編」(笑)です。
一風毛色の変わった話しなので、読んで楽しんで頂ければ本望です。
byいずみさん2004.9.21)

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