090 愛してる
かずみさん作


(1)

激烈を極めた、あの白色彗星帝国との戦いから10日。
かろうじて地球に帰還することのできたヤマトは、今は海上ドックで静かに戦いの傷を癒していた。

そして、癒しきれない傷を抱えた古代進は、今日も連邦中央病院へと向かっていた。

戦勝ムード一色のメガロポリスの人々は一様に明るい顔をしていた。先のガミラスとの戦いとちがい、砲撃は受けたものの地表へのダメージは少なかったから、復興も格段に進んでいた。

そんな中での進の表情は、周囲の人が思わず振り向くくらいに沈んでいた。

テレサの出現により、進と雪は再び地球の大地を踏みしめることができたのだが、そのことはかえって進を追いつめてしまったのかもしれない。

連日、査問会や遺族への挨拶、報道機関への対応をひとりでこなし(事実、進くらいしかまともに動けるメインクルーはいなかった。)傍目には淡々と日々を過ごしているように見えたが、そばで見守る雪には「普通でない」ことが手に取るようにわかった。

雪と行動を共にすることを避け始め、視線すらまともに合わせなくなった。

そうこうするうちに進の方から飛び出した「結婚無期延期」宣言―――。

超巨大戦艦を前にしながら誓ったあのときの進は、今はどこにもいなかった。


(2)

テレサの輸血により一命を取りとめた島は、中央病院の一般病棟に移っていた。が、もちろんまだ面会謝絶の段階であり、面会を許されるのは家族と進・雪だけという状態だった。
激務をこなしつつ毎日見舞いに訪れる親友の変化に、さすがに島も気づいていた。

「お前、この頃なんで雪と一緒じゃないんだ?」

自分のベッドの脇に小さく蹲っている進に、島はここのところの疑問をぶつけてみる。
思ってもみなかったことを聞かれたといったふうの進に、島は舌打ちをした。

「どうした? 地球を救ったヤマトのヒーローの顔にしちゃシケてるな。」

きつい毒を浴びせられたように進の顔が歪む。

「やめてくれ。」

「雪は、どうしたんだ?」

島がたたみかける。

「会う時間が取れないだけさ。」

「それはちがうな古代。俺をごまかせると思うなよ。」

島は追及の手をゆるめない。
最近、見舞いにくる雪の様子もおかしいことを、島は感じ取っていた。

古代とふたりで生還して、これから一緒に未来を作っていけるはずなのに。俺がそんなことにも気づかないとでも思っているのか、おふたりさんよ、と島は心のうちで叫ぶ。

島の見透かすような視線に耐えかねて、進は観念したように口を開いた。

「結婚を……無期延期に……。」

それだけを言うのがやっとだった。口にした途端、胸が張り裂けそうになった。
そんな目で見ないでくれ。俺もいっぱいいっぱいなんだ……。

こいつは――。と島は進をさらに睨んだ。また安っぽい同情でもして、自分の大事なものを放り出そうとしているのか。と歯噛みする思いだった。

「俺とテレサがこんなふうになったからか。」

「それは……! いや、ただ……。」

進が続けようとしたとき、ノックの音がした。ドアが開いて現れたのは…雪だった。

「あ……。」

場の雰囲気を察知して、雪があとずさりする。

「ごめんなさい。…私、また来るから……。」

身を翻そうとした雪を島が呼び止める。

「雪、待ってくれ。――おい、古代?どこへ行く気だ?」

入れ替わりに病室を出ようとする進に、島の口調は荒くなった。しかし、その声も聞こえなかったように進はするりと部屋を出て行ってしまった。


(3)

気まずい雰囲気の中、最初に口を開いたのは雪であった。

「島君、今日は少し具合が良さそうね。」

パイプ椅子を引き寄せながら雪が微笑む。少しやつれたような印象を受けた島は、胸が痛んだ。

「人のことより自分達のことを心配しろよ、雪。古代の奴、あれ、なんなんだ?」

島の目を見ずに、しかしそれでも雪は微笑を絶やさない。

「忙しいのよ……。戦後の処理のことで。私もときどきは一緒に行くけどほとんどは彼ががんばっているの。そんなことより島君は体を治してね。他のみんなも心配しているのよ。」

似た者同士だ、と島は思う。自分のことはいつも後回しなのだ。
雪から視線をはずし、さりげなく核心をついてみる。

「君達は……、このあとどうするんだ?」

雪の反応は面白いくらいに顕著だった。大きな瞳が瞬きもせずに島を見つめた。

「なにか……聞いたの? 彼から……。」

「いや、特に。」

島はとぼけた。横目でチラリと雪の表情を窺いつつ、彼女の返事を待つ。
が、いつまでたっても言葉は返ってこなかった。そのかわりに彼女の頬には涙がひとすじ、ふたすじと流れていた。

「雪……?」

「最後のとき、彼はやっと私のところへかえってきたと思ったのに。」

いったん言葉にすればもう止められないとわかっていながら、雪は話さずにはいられなかった。
だが――、思っていることがうまく言葉にならない。
しゃくりあげながらそれでも止まらない雪を、島は痛ましい思いで見つめていた。


(4)

島の病室を後にした進は足早に駐車場へ向かっていた。エアカーをスタートさせながら、今ごろ雪は島にことの次第を話しているだろうか、と考えていた。

雪への愛情を失ったわけではない。むしろ愛しさは募る一方だった。
だがテレサのことを告げたときの島の慟哭を、進は見てしまった。彼なりの責任感から、島に全てを話すという辛い役目を負ってしまったのだが、見てはならぬものを見た、という罪悪感がぬぐえない。

あの姿を見てしまったら、自分達だけが幸せになることはできない。
雪も納得してくれたはずだ。今はこんなときだ。結婚だの未来だの、到底語り合えるはずもない。

それなのに。
なんなんだろう。
胸にぽっかり穴が開いているような気がしてならない。

自分が雪を失ったら―――。ふと湧いてきた想像に、進は背筋がゾクリとする。

『オレハ、ナニカマチガッテイルノダロウカ。』

どこかから聞こえてきた声を押し込めるように、進はブルンと首を振ってハンドルを握り直した。


(5)

島は雪の出て行ったドアをじっと見つめていた。
テレサが現れる寸前のことを、今日初めて雪から聞いた。古代の野郎、端折りやがったなと拳を握り締める。

ふたりで第一艦橋に残ったこと。敵戦艦に体当たりしようとしたこと。
ぎりぎりのところでテレサが自分を連れて現れたこと。

「不謹慎かもしれないけれど、あのとき私は幸せだった。やっと古代君が自分と共に歩いてくれると思った。でも今はどう? 生きて地球に還ってきたのに、彼は私のそばにいないの。彼がすごく遠くにいるように感じるの。」

やっとそれだけを雪は語った。島もそれだけを聞き出すのがやっとだった。

テレサのことを聞いたとき、自分は死ぬつもりだった。未完成なまま終わってしまったふたりならば、自分が後を追いかけてそれを完成させよう。

だが進の最後のひとことは、島のその行動を思いとどまらせるに十分なものだった。

『お前の体には彼女の血が流れている。』

自分が死ねば彼女を再び殺すことになる。彼女の生きた痕跡を自分が全て消し去ることになる。
抱きしめる彼女の肉体がない淋しさはやはり辛い。だからといって、自分の中で生きたいと言った彼女の願いまで葬り去ることは、島にはできなかった。

《テレサは残してくれたんだ。形はないけど、確かに何かを俺に残してくれた。だから俺は生きていこうと思う。》

苦しみぬいたうえでの、これが島の出した結論だった。

それなのに、古代はなんだ!? なぜ前へ進もうとしないんだ!?
くだらない言い訳なぞ、くそくらえだ!!


(6)

あくる日も、進は島を見舞った。相変わらず口数は少なく島の質問にも最低限の言葉でしか答えない。

「ところでな、古代。雪との結婚のことなんだけどな。」

あいかわらず島は、ざっくりと斬り込む。

「それは……。今は考えていられないと言ったはずだ。」

「別に今すぐ式を挙げろなんて言わないさ。ただ結婚はするんだろう?」

「……。その話は、今はまだしたくない。」

一方的に話を打ち切って、そそくさと病室を出ようとする進に島が一喝した。

「お前はただ逃げているだけなんだよ!! お前らの結婚延期を俺のせいにされていい加減迷惑なんだよ。」

「なに?」

「お前は何を迷っているんだ? こんな時代だからというのはお前の言い訳だろう。」

進の握り締めた拳がぶるぶると震えている。顔は紅潮して、今にも島に殴りかからんばかりの勢いである。

「テレサと俺は、確かに現世では結ばれなかったさ。彼女がいないのは今も辛い。彼女の死を乗り越えられるときが本当に来るのか、俺にはわからない。」

進とは反対に、話せば話すほど島は冷静になっていくようだった。何故今の自分が進を思いやらなければならないのか、これじゃあ立場が反対じゃないか、とそんなことを考えたりもする。

「けど俺は、今自分は死ねないと思っている。思わせているだけかもしれない。でもそれでもいい。生きていくことがテレサに対する俺の愛の形だと思う。だがお前はどうなんだ?古代。」


(7)

愛の形……?

進は島の言ったことを胸の中で反芻していた。先日自分に見せたあの苦しみを、島はこの数日でどうやって自分の中で消化したのか。

進は驚いていた。あんなに……あんなに強いやつだっただろうか……。

果たして、それにくらべて俺はどうだろう。手を伸ばせばすぐそこに自分の大事なひとがいるのに、その存在のなんと遠いことか。

『オマエハ、ナニヲ、マヨッテイルンダ?』

島の声がよみがえる。

反逆者として地球を飛び立ったとき、雪をあきらめる覚悟をした。
あてのない危険な旅へ連れて行って万が一のことがあるより、せめて彼女だけでも地球で安全にと。

しかし雪はついてきた。ただ自分と一緒にいたいと言ってついてきた。
あの雪を抱きしめたとき、やっぱり自分は彼女なしでは生きていけないと思ったのではなかったか。
「彼女だけでも安全に」と思ったのは建て前であって、本当はなにがあっても離したくはなかったのではなかったか。

『ナニカヲ、マチガエテイルンダロウカ?』

またしても内なる声がする。

(俺は……。俺の本当の気持ちは……。)

伝えなくては。
雪に、伝えなくては――。


(8)

雪は、宇宙戦士訓練学校に隣接する飛行訓練場に来ていた。
時折、訓練機が大空に飛び立っていく。

ゆうべ、進から電話があった。あの宣言のあとはずっとメールでのやりとりだったから、電話はずいぶんと久しぶりのことだった。

『明日、訓練学校に来てほしいんだ。』

「訓練学校?」

『明日で例の講義が終わるから。久しぶりにちょっと時間が取れそうなんだ。』

進に宇宙戦士訓練学校から講師の要請の話が来たのは、ヤマト帰還後まもなくのことだった。理論と実地の両面から飛行科の特別講義を頼めないか、ということであった。

その話を聞いたとき、雪は反対した。なにもこんなときに、あなたじゃなくても、と。

しかし、進は横に首を振ってこう答えた。

『俺にできることはしたいんだ、何でも。それに地球艦隊もコスモタイガー隊も全滅して、今の軍には適任者がほとんどいないんだ。』

雪はそれ以上反対することはできなかった。こんなことまでも彼はひとりで背負い込もうというのか、とやりきれない気持ちだった。


(9)

ふと気がつくと、滑走路に進のコスモゼロが進入してきていた。
よかった。あれはまだ、あなたとともに飛ぶことができるのね。
雪が微笑んだのが合図のように、進のゼロは轟音とともに離陸していく。

『空にいるときが一番素直な自分になれる。』

以前、進が言っていたことを雪は思い出した。それを聞いたとき、雪はゼロに嫉妬したものだ。
でも雪も実は、ゼロを駆る進が一番好きだった。

歓声をあげる訓練生の上空を、かなりの低空飛行で進の模範演技は続く。

(やっぱり……一番あなたらしい……。ゼロに乗っている古代君。)

やがてひととおりの演技を終えたのか、ゼロは着陸態勢にはいった。
旋風を巻き起こして着陸するかと思われたその機体が、再び急上昇し始める。
一体どこまで上昇するのか、と訓練生達が騒ぎ始めたとき、それは起こった。

ゼロが青空に描いたもの。

それは、大きなハートのひこうき雲。

訓練生達は皆、天を仰ぎそして呆気にとられ―――
それから一斉に、滑走路の脇にいる雪を見て―――

次の瞬間、大きな歓声と拍手喝采が湧き起こった。

雪はといえば。
ただ呆然と大空を疾走するコスモゼロを見つめていることしかできなかった。


(10)

その夜―――

ふたりは進のマンションにいた。
照明を落とした室内で、体を寄せ合ってずっと話をした。今までのつらかったときの分まで取り戻そうとしているように。

「雪とちゃんと話をしないといけないと思ったんだ。」

「……うん。」

「空を飛べば…自分の正直な気持ちが見えるかなと思ったんだ。」

「……うん。」

「雪とずっと一緒にいたいと思った。」

「……。」

「雪がそばにいないと、自分が自分でないようだ。」

「古代君。」

「……愛してる……。」


ふたりの間に、あたたかい空気が流れる。

「……やっと……言ってくれた……。」

「え?」

「結婚するとか、しないとか……、そういうことじゃなくて。」

雪は進を見上げた。

「あなたの本当の気持ちが知りたかった。ただ、それだけだったの。もしかしたら、無意識のうちにあなたを責めていたのかも。」

進は雪の肩を強く抱き寄せる。

「島を見ていると、自分だけが幸せになるのが許せなかった。死んで行った仲間のことを思うと、自分が生きているのが許せなかった。」

でも、と進は続ける。

「俺は伝え方を間違っていた。ただ正直な気持ちを君に告げるだけでよかったのに。」

「古代君。」

「島の後押しがなかったら、いつまでも同じところをグルグルして。しまいには君を失うことになっていた。」

「島君?」

「うん。あいつはあいつなりに、これからもテレサのことを想い続けていくんだろうな。」

「……そうね、きっと。だからテレサさんのこと、私達も忘れちゃいけないのね。」

「そうだな。」


「あのハートマーク……。」

「え?あ、あれ? いや、つい……。」

「ふふ。びっくりした。」

「そう…だよな…。」

雪がうれしそうに微笑み、その微笑を見て進は照れくさそうに苦笑した。

「なんだか、ゼロに乗っていたら突然やりたくなって。こう、すーっと。」

「古代君、あれに乗っているときが一番『素』なんだわ、きっと。でもうれしかった。あれを見て『やっぱり私は古代君と共にいよう』って思ったの。」

「訓練学校の校長先生がね。……『かえるところが見えたのならかえりなさい。無理を言って申し訳なかった』とおっしゃっていたよ。」

「うふふ。その『かえるところ』って、私?」

「他にどこがあるんだよ。」

ふたりで笑いあう。


「ねえ。もう1回、言って。」

「え?」

「さっきの……やっと言ってくれた『あれ』。」

「あ、あれは…! そう何回も言うものじゃない。」

「でも、何回言ってくれてもいいのよ。誰にも迷惑かけるものじゃないわ。」

「う……。」

なおもしぶる進の頬に、雪がそっと口づけする。

「かえってきてくれて、ありがとう。古代君。」

「……つらい思いをさせてごめん。」

「…ううん…。」

「ずっと、一緒にいよう。…な。」

「うん…うん……。」

すがりつく雪を、進はきつく抱きしめて―――。


外の喧騒は部屋までは入ってこない。静かな部屋で、ただお互いを慈しむ営みが続く。

『やっと抱きしめることができた』という思いと、『やっとこの胸の中にかえってきた』という思い。

お互いの幸せな思いは優しく溶け合って、やがてひとつになる。


そして、ふたりは結ばれた。

(終わり)


負け戦のあとの古代君の心理状態を追ってみようかな、と。
メインクルーはほとんど負傷していて孤軍奮闘の中で、どうしてあの「無期延期宣言」になったかな?と考えたのがきっかけです。
「新たなる―」ではふたりともさっぱりと「延期ー」と言っていましたが、そこまで行くにはやはり葛藤もあったのではないかと。
by かずみさん(2004.2.27)

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