093 秘密
せいらさん作

森雪という女性は、いろいろな意味でとても目立つ存在だった。
ヤマト乗組員という事実もさることながら、それを知らない者でも一目見れば分かる事は・・・なんと言ってもその美貌だろう。
そこいらの女優やモデルでは尻尾を巻くようなルックスは、10代から20代に移ってさらに磨きがかかってきた。
もちろんその陰に最愛の恋人があってのことだが、あまり恋人の存在まで知れ渡らないのは秘密主義の軍隊に所属しているが故、といったところだろうか。
二人は、決して隠してはいないのだけれど・・・


(1)

雪がターミナルで古代の帰りを待っていた。
いつもなら大抵、軍の制服か、珍しく私服であってもカジュアルな服装で出迎える。
それでもかなり人目を集めてしまう雪だったが、今日はかなりドレスアップしたスーツだったので、行き交う人々の注目度はかなりのものだった。
誰もがすれ違う一瞬、雪の顔を見ようと振り返った。

やがて古代の乗った艦の帰還が告げられ、雪はゆっくりと人波の先に目を凝らした。
いつも通り、一番最後から古代は現われると、真っ直ぐに雪のところへやってきた。
騒がしいターミナルがほんの一瞬静まり返り、美貌の女性と精悍な若者のツーショットに人々が息を呑むのがわかった。
二人以外の全てが、モノクロに見える一瞬でもあった。

しかしすぐに世界は動き出し、美しいカップルはいつの間にか人ごみに消えていた。


(2)

「どうしたんだ、雪。そんな格好で迎えに来るなんて、驚いたよ。」

古代は、雪に誘われるまま空港内のカフェテリアに入って、開口一番に尋ねた。

「あら、恋人を出迎えるのに、ドレスアップしたら可笑しいかしら?」

雪はクスクス笑いながら答えたが、納得いかない顔の古代に降参して真実を告げた。

「ごめんなさい。本当はこれから出張なの。昨夜急に頼まれて・・・5日間程なんだけど」

「5日間!これから出発なのかい?一体どこへ−−?」

「行き先は北米基地。あとは軍事機密ですって。本当にごめんなさい。あなたが帰ってくるんだから断ろうと思ったんだけど、どうしても私に来て欲しいって先方からの指名だからって。」

「先方って、誰だよ」

古代の声が、明らかに不機嫌になった。
古代にしても雪にしても、宮仕えなのだから仕事に関してワガママは言えない。
何も自分の休みは恋人も休暇にしろ、とまで言う気はないが、わざわざ雪を指名してまで呼びつけるなんて、いったい何処のどいつだ!

古代の機嫌が悪くなることは雪も予想していたものの、雪にしても不本意な出張に返す言葉もなかった。

「さあ・・・とりあえず行ってから指示を受けるようにって言われたの。今、藤堂長官は休暇中だから、近藤代理に無理言って今日の午後出発にしてもらったのよ。一目でもあなたに逢いたかったから・・・お願い、怒らずに見送って」

その日、二人はこのカフェテリアでつかの間の逢瀬を楽しんだだけで、古代は機上の人となった雪を見送って一人帰宅した。


(3)

北米基地に着いた雪は、今回の指令元であるデヴィット・マクレガー中佐を尋ねた。
通された部屋で待っていたのは意外にも若い青年将校で、雪の脳裏に、一瞬アルファンの面影がよぎった。

「やあ、森雪さんですね。お待ちしておりました。今回は、急に無理を言ってすみませんでしたね。でも、どうしてもあなたにお願いしたくて・・・。」

陽気に笑いながら語りかける彼は、アルフォンとは全く異質の明るい空気を纏(まと)っており、雪はそれにほっとするやら気圧されるやらのまま、気付いたら握手を交わしていた。

「いやあ、あなたに承諾していただけて本当によかった! 断られたらどうしようかと、これでも随分気を揉んだのですよ。では、明朝さっそく出発しますので、そのつもりでいてください。それから、今夜は私にディナーを招待させて下さいますね。」

手を握ったまま一気に捲し立てる彼に、雪は訝(いぶか)しげに聞き返した。

「あの、マクレガー中佐・・・?」

「デヴィット、いえ、『デヴィ』で結構ですよ。少なくとも明日からの5日間は、僕たちはパートナーなんですから。」

「はあ・・・えっ?パートナーって・・・」

「いやだなあ、何も聞いてなかったんですか? 明日のノルウェーを皮切りに、オランダ・ドイツ・インドと、軍事施設の視察ですよ。その同行とウェルカムパーティーの同伴をお願いしたいと。」

「・・・仕事って・・・」

「だから、それです。」

「そんな!どうして私が?」

「あなたは僕のことをご存知無いかもしれませんが、僕はずっと以前からあなたのことを知っていました。その上で、あなたなら、と思ったからです。」


その答えに雪は唖然としてしまったが、結局はこのやけに明るい将校殿に、何が何だか分からないまま引き摺り回されることになった。
金褐色の髪に真っ青な瞳を持ったこの青年は、自分の魅力を最大に発揮する方法を心得ていると見えて、対する人間に絶対に「NO」とは言わせないものがあった。

その夜のディナーから始まって、各訪問先でも雪は彼のペースで連れ歩かされ、日毎のパーティーでは、まるで彼のフィアンセか奥方のような扱いを受けた。

雪は何度か抗議を試みたが、その都度彼の屈託のない笑顔と態度にはぐらかされて、仕舞いにはそんなことでオロオロしている自分がバカバカしくなってしまった。
とりあえずは、彼のペースに巻き込まれないよう、自分らしく振舞うしかなさそうだ。

(何なの、これが仕事?! もう、知らないっ!)

雪の瞼に、ターミナルで別れてしまった古代の寂しげな笑顔が浮かんだ。


(4)

雪を見送った後、一人になった古代は、手持ち無沙汰のまま休暇を過ごしていた。
1日目こそ、部屋を片付けてみたり草花を弄(いじ)ってみたりしたが、2日目になると読書にも飽きてしまった。
からかわれるのを覚悟で、地上勤務の相原にでも声をかけて食事に行こうか、と思った時、当の相原から電話が入った。


「ああ、古代さん。居てくれてよかったです。近藤参謀・・・あっ、と近藤長官代理が至急来て欲しい、ってことなんですが、今すぐ来れます?」

「ああ、何かあったのか?」

「いえ、緊急事態ではないですよ。」

「ふーん。なら、今夜一緒にメシでもどうだ?勤務が終わるの、待ってるよ。」

「雪さん、いませんもんねぇ〜。いいですよ、僕も定時で上がりますし。じゃあ、7時にいつもの店で。」

「了解」



そして、7時少し前。
いつもヤマトクルー達が落ち合う居酒屋に古代が入ると、相原はすでに一番奥のテーブルを確保していた。

「古代さん、こっちこっち。で、近藤代理の話って何でした?差し障りないなら、教えてくださいよ。」

適当に食べるものを注文すると、相原が小声で尋ねてきた。

「うん、それがさ・・・。お前、明日から大統領が日本に来るって、知ってたか?」

古代が、さらに小声で聞いた。

「ええ、そりゃあ。日本経済界の視察と、軍事施設の見学でしたっけ。大きな声では言えませんけど、来年の大統領選のための根回しが本当の目的だって、もっぱらの噂ですよ。で、古代さんの呼び出しとどういう関係が・・・あっ、もしかして」

「ああ。明日から3日間、護衛についてくれってさ。」

「でもおかしいですねえ。大統領の護衛なら、屈強のSPが何人もついているのに。」

「その・・・大統領じゃなくて・・・娘さん・・・らしい。」

「はぁ?」

「だ・か・ら!大統領の娘さんのボディーガードをやれってことだよ!」

「何なんですか、それ・・・」

「そういう事だ」


その夜、古代と相原は遅くまでいろいろな話をして旧交を暖めた。
古代にとってそれは、明日から始まる嵐の日々の前の静けさに過ぎなかったが、今はまだ知る由もない・・・


(5)

翌日の昼前、古代は指定された場所へ私服で赴いた。
通された部屋でしばらく待っていると、大統領と共に金髪の美少女が現われた。

「いやあ、古代君。この度は君のようなエリート軍人に、こんなじゃじゃ馬娘のお守り役を頼んでしまって、申し訳なかったね。」

「いえ・・・とんでもございません」

「まあ、じゃじゃ馬なんて、パパったらひどいわ。初めまして、古代進さん。私はマーガレットです。『メグ』って呼んでくださいな。今日からの3日間、どうかよろしくお願いしますね。」

よく動くすみれ色の瞳に長い金髪をなびかせ、小さく顔をかしげる少女の笑顔がサーシャの面影に重なって、古代の胸がズキンと鳴った。

「はい、私こそ・・・。あの、大統領、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん?何だね?」

「お嬢様の護衛にどうして私など・・・もっと適任の方が大勢いらっしゃるでしょうに」

真顔で問う古代に、大統領は朗らかな笑い声を上げ、マーガレットは頬を染めた。

「この娘のたっての希望でね。私が日本に行くと聞いて、どうしても連れて行けというばかりか、君が地球にいると聞くや、どうしても君に護衛を頼んでくれと・・・。私も親ばかでね。この一人娘だけにはどうも甘くていかん。いろいろと我が儘を言うだろうが、ひとつ宜しく頼むよ。」

「はあ・・・」

軽いハグを愛娘と交わして大統領は去り、古代とメグが部屋に残された。

「うふふ、古代さん。ねえ、『進』って呼んでいいでしょ? 
さあ、どこへ連れて行って下さる? お父様には夜の10時までにはホテルに戻ればいい、って言われてるのよ。私ね、是非あなたにお会いしたくてお父様について来たの。3日間もあなたを独り占めできるなんて、夢みたいだわ。今日は近場で我慢しますけれど、明日は丸1日あるんですもの、どこか素敵なところへ連れて行って下さるわよね。」

自分の腕を取って纏わりつくこの少女に、古代は驚くばかりだった。
結局古代は、かなり積極的で行動的なメグのペースに嵌められたまま、嵐のような3日間を過ごす羽目となった。


護衛初日の夜、明日からこのお嬢様を連れて行けるような場所を尋ねたおかげで、古代は南部に大笑いをされたうえ、女性を正式にエスコートするための手解きを深夜までレクチャーされることになった。


「ああ、もううんざりだっ!」

頭を抱えて座り込む古代に、南部は笑いながら言った。

「雪さんに感謝しなきゃいけませんよ。ほんっとに雪さんは、古代さんにこういう事要求しないんだから。尤も、要求しても無駄だってこと、誰よりも知ってるでしょうけどね。」

「ばか言うなよ。普通の生活でこんなエスコートの仕方なんて必要ないだろう!お前みたいに、しょっちゅう社交界に出入りしてるならまだしも、俺には必要ない技術なんだ!」

「いやだなあ、古代さん。自分の立場をそろそろ理解してくださいよ。これからは、古代さんだって社交界への出入りが要求されますよ。現に、雪さんの優雅な振る舞いは、すでに社交界でも注目の的なんですから。まったく、知らぬは亭主ばかりなり・・・ってね。」

「ああ、もう!うるさいっ!!いいか、南部。マーガレット嬢のことは雪には絶対に秘密だからな! いいな。一言でも喋ったらどうなるか、判ってるだろうなっ!」

「うわあ、物騒な発言だなあ〜。はいはい。『進』『進』って言ってべったりくっつく美少女と、雪さんの留守中ずっと一緒だったうえ、ホテルの部屋まで送って行ったなんて・・・言えませんよねえ、そりゃあ。秘密、秘密っと」

「・・・お前・・・いつから覗き見してたんだ・・・」

「いやですねえ、『覗き見』だなんて。デートコースを紹介するなら、先ずは相手の女性をリサーチしないと、と思っただけですよ。いやあ、とってもいい雰囲気でしたよ。別れ際にキスなんてされませんでした? やっぱり? ああ赤くなっちゃって・・・本当に分かりやすい人ですねぇ。言えませんよねえ、雪さんには絶対。秘密、秘密・・・」

「南部、貴様・・・いつか絶対にブッ殺してやる・・・」





その頃、ひとり星空を眺めながら、雪もまた古代を想っていた。

「仕事とはいえ、一日中男の人と一緒だなんて・・・ましてパーティーでの相手役までしてるなんて・・・古代君には絶対に言えないわね。
うふふ、でももう一つ、古代君に内緒にしていることがあるんだけど・・・もうしばらくは私だけのヒ・ミ・ツ。もう少ししてはっきりしたら、真っ先に話すわね。愛しているわ、進さん。おやすみなさい・・・・」



それぞれの『秘密』を抱いたまま、夜が更けていった・・・・・

(「79.やきもち」につづく)


古代君と雪ちゃん、お互いに相手には『秘密』にしておきたいお仕事です。
特に古代君は、いろいろと言えないことが起こりそうな予感ですね(^。^;)。
そして雪ちゃんは・・・何を『ヒ・ミ・ツ』にしているか、お察しの良い皆様には見当がついた事でしょう!
by せいらさん(2004.10.24)

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