096 約束
望さん作
翌朝、雪が目覚めると、ベッドに進の姿はなかった。
かわりに、ベーコンと卵を焼く匂いが漂ってきた。
(ズボンはさすがにぶかぶかすぎるので)パジャマの上衣だけをはおって、キッチンを覗いてみた。
「あぁ、雪、おはよう。」スェットの上下姿の進は、スクランブルエッグを作っていた。
コーヒーメーカーはコーヒーをたて、紅茶は砂時計がさらさらと出来上がる時間を計っていた。
「トースト、雪に一枚、俺用に2枚焼いたけど、足りるかな?」
「ええ、充分よ。古代君、ありがとう。」
進は、ベーコンとスクランブルエッグを皿に取り分けた。
雪は、テーブルのセッティングをしていた。
「とりあえず、こんだけしかないけど・・・」進は、皿をテーブルに運びながらそう言った。
「いただきます。」
「いただきます。」
さすがに、一人暮らし歴が長い進は、食事のしたくも手早い。
「一人で食べるのって、味気ないけど、二人で食べるとやっぱりちがうもんだよなぁ」
進は、実によく食べる。
「ふふ・・・古代君って、とっても美味しそうに食べるのよね。一人のときもそうなの?」
「う~ん、どうかなぁ、鏡見ながら食べたことないからなぁ・・・」
「それはそうよね。」
「いや、わからんぞ、常に鏡を見てないと落ち着かないヤツもいるかもしれないぞ」
などと進がいうものだから、誰々がそれっぽいかも、いや、案外あいつが、と話題が盛り上がってしまった。
雪が後片付けを終え、リビングに行くと、進はソファに腰掛けて、テレビを見ていた。
「なにか面白い番組がある?」
「いや、昨日の記念式典のニュースだよ。真夜中に花火打ち上げたり、結構な騒ぎだったみたいだな。」
「そう、確かに騒がしかったわね。でも、花火は気付かなかったわね。」
「あぁ、俺もだ。誰かさんに夢中だったからな。」
夕べのことを思い出し、雪は顔から火が出る思いだった。
「もう、古代君ったら・・・・。」
「雪が悪いんだぞ、夢中にさせるんだから・・・」
進は、雪の肩を抱き寄せ、頬にキスをした。
「古代君だって・・・」
雪は進の肩に寄りかかった。
だが、どうやら実際のところは、ふたりともとても緊張していたらしい。
古代は、雪を傷つけまいとして随分と気を使っていたし、雪は雪で始めての体験でもあるし、とても恥ずかしかったようだ。
「今朝は、食事の用意してから、お目覚めのキスをしに行こうと思ってたのに、起きてきちゃうんだもんなぁ・・・」
「そうだったの?それじゃ、私は眠り姫ね。」
雪はお腹を抱えて笑い始めた。
「いや、赤ずきんちゃんになってたかもな。」
「?」進のいう意味が理解できず、雪は小首をかしげた。
すると、進は突然、腕を大きく広げて「この口はね、お前を食べちまうために大きくできてるのさ!」と、狼の真似を始めた。
「きゃ~、たすけて~!」突然赤ずきんちゃんになりきった雪は、逃げるふりをしたが、進にすっぽりと抱きかかえられてしまった。
「でも、なんで赤ずきんちゃんなの?」
「う~ん、思いつき。」
二人とも、急に可笑しくなって、そのまましばらく笑いが止まらなかった。
進は、雪を抱きしめたまま「もう離さないよ。食べちゃおうかな。」
「でも、狼はおなかを切られて、石を詰め込まれて、井戸で溺れ死んじゃうのよ?」
「それも困るな。・・・じゃぁ、雪、しばらくそのままで聴いてくれるかい?」
急に真顔になった進は、こう切り出した。
「君に初めてあった頃の俺は、ガミラスを倒すことしか考えてなかった。多分、獲物を狙う狼みたいに、ギラギラとして、尖ってたと思うんだ。そんな俺の気持ちを変えてくれたのは、雪、君だよ。君は、愛し合うことの大切さを、俺に教えてくれた。そしていつの間にか、他の誰にも替えがたい、大切な存在になっていたんだ。
君も知ってのとおり、俺の仕事はいつも命の危険と隣り合わせの仕事だ。それでも、宇宙が俺の仕事場なんだよ。今は平時だから、それほどの危険はないとは思う。けれど、いつ何時何が起こるか、それはわからない。その時は、きっと無鉄砲と言われようが何だろうが飛び出して行ってしまうだろうと思う。それでも、俺は何としてでも君のところに帰ってくるから、だから・・・。」一瞬、進は言いよどんだ。
「だから?」雪は顔をあげ、じっと進の目を見つめた。「だから・・・。」雪の澄んだ瞳に見つめられ、進は尚更緊張した。しばしの沈黙のあと、意を決したように「雪、結婚してほしい。」そういい終えると、進は雪を強く抱きしめた。
「古代君・・・。」雪は、進を軽く押し戻した。
「私だって、宇宙戦士のはしくれよ。もしもの時は一緒について行く。私を、一人にしないで。」そう言って、進をじっと見つめた。
「雪・・・それはだめだ。君をこれ以上危険な目に合わせたくない。」
「あなたのそばにいるのが、私の幸せなの。」
「俺だって、できることなら離れていたくないさ。でも、・・・地球で僕を待ってて欲しい。君と・・・将来生まれてくるかもしれない僕たちの家族と一緒に。」
「家族・・・。そうね、私たち、家庭をつくるんだわ。」
「雪・・・・結婚、してくれるかい?」
「・・・はい。」頬をピンク色に染めた雪は、うつむき加減でそう答えた。
「なんだか、順序が逆だよなぁ。本当ならプロポーズの方が、先なんだろうけど・・・。
ずっと前から、何て言おうかって、考えてたんだ。何故か今日は、すんなり言えたよ。」
進は、ほっとした表情になった。
「ありがとう、雪。」
「で、赤ずきんちゃん、食べちまって、いいかな?」
「いい狼さんなら、ね。」
「狼に、いい、悪いってあるのかなぁ?」
そう言いながらも進は、雪を軽々と抱き上げると、寝室へと運んだ。
ベッドへ横たえられ、進の顔をじっと見つめながら「古代くん、私、あなたに出会えてよかった・・・」雪はそう言った。
「俺も、君と出会えてよかった。これからも、ずっと一緒にいてくれるんだよなぁ・・・。」
進も、雪の顔をじっと見つめ、しばらく二人はそのまま見つめ合ったままの状態だった。
すると突然、雪の大きな瞳から、大粒の涙があふれてきた。
「どうして・・・泣かないで・・・」進は、零れ落ちる涙を唇でぬぐいながら、少し戸惑っていた。
「ごめんなさい・・・私、すごくうれしいの。こんなに幸せな日を迎えられるなんて、夢みたいで・・・。」
「これから、もっと幸せになろうね・・・雪。」
雪に口づけをしながら、進は自分の潤んだ瞳を見られまいとして目を閉じた。
(ガミラスの遊星爆弾で、とうさんとかあさんをなくしてから、俺はずっとひとりぼっちだった・・・兄さんも、イスカンダルでスターシアさんと幸せに暮らしている。そして、俺にも愛する人が・・・・家族ができるんだ)
進は、雪の唇、頬、額と当たりかまわずキスをした。愛する人のすべてを、身体に刻み込もうとするように。雪の耳朶を軽く咬み、耳元で進はささやいた。「約束だよ。俺の帰るところは、雪のところだって。」
「古代君・・・」雪は、進の首筋にしがみついた。そのまま二人は、強く抱きしめあいながら、口づけをした。時のたつのも忘れるほど・・・。
やがて、進の唇が雪の首筋から真っ白な二つの胸へとすべり落ちてきた。薄紅色をしたその先端を口に含むと、舌で舐めた。
「あぁ・・・。」雪は、堪えきれなくなったのか、声をあげた。
「気持ちいい?」進が聞くと、雪は進の背中に腕を回し、「ん・・・私を・・・食べて。」と答えた。「全部?」「ぅん・・・」
進の心に、例えようのない愛しさがこみ上げてきた。
「雪・・・」イスカンダルからの帰途、一度は失ってしまったかと思った君。もう絶対、何があっても離さない。愛してる・・・愛してる・・・愛してる・・・。
雪は、進の愛撫の一つ一つに、深い愛情が込められているのをひしひしと感じ取っていた。
約束よ、古代くん、もう離れない。愛してる、愛してる、愛してる・・・。
「こ・だ・い・くん・・・」雪の瞳が進を求め、進は雪の中に入っていった。
進の動きに雪の身体は小刻みに震え、進の愛は、雪の中にあふれた。
愛の余韻に、二人ともしばらく言葉もなく、ただしっかりと抱き合っていた。
「・・・そういえば、お父さんと、お母さんにご挨拶しなくちゃ。」
指と指を絡め、軽く雪の頬に口づけし、進は言った。
「そうね・・・明日、行きましょう・・・。」
「そうだね・・・。」
(父さん、母さん、守兄さん、僕はこの人と結婚するよ・・・僕の一番大切な人と・・・喜んでくれるよね?)
進は、心の中で両親と兄に報告した。
「ねぇ、約束よ。ずっと一緒よ・・・。」
「あぁ、もちろんさ。」
28.いつまでも・・・の続きになります。
二人が幸せなのがイチバン!と1を見た後子供心に強く刻まれた想いは、今でも消えることなく、それどころかどんどんと強くなってる気がします。
「さらば」で号泣しただけに、余計にそうなのかもしれませんね。
by 望さん(2006.1.22)
(背景:pearl box)