100 誕生
cheese☆彡さん作
火星基地で訓練学校の臨時講習。
それが終わったら、新しい旗艦造船のブレインスタッフの一員として三ヶ月ほど地上勤務が決まっていた。
―もちろん、立ち会うからな―
―えっ?・・・ううん・・・いいわよ・・・―
―なんで?立ち会うよ。こうやって手を握って傍にいるから・・・―
―それは心強いけど・・・でも・・・―
―でも・・・何?―
―あんまり辛そうなところみられたくないなぁって・・・―
二週間前の雪との会話。
出産予定日まで一ヶ月を切ったばかりだった。
クリスマス休暇中、久々に我が家でくつろいでいたある日、エコーで撮った写真を見せながら
―実は…―
と頬を染め恥ずかしそうに報告してくれた愛しい妻を思わず抱きしめた。
まだ目立たないおなかに手を当てて父親になる、新しい家族が増えるという喜びをかみ締めながら、その頃から出産には立ち会おうと心に決めていた。
結婚後も相変わらず宇宙を行ったり来たり。
特に妊娠中は(まぁ結婚前からだけど・・・)一人ぼっちでさぞや心細い思いもしていただろう。
てっきり喜んで抱きついてくれると思ったのに・・・
期待はずれの返事に大人気なく拗ねてしまい雪を困らせた。
―予定通り、明日帰還するから。どう?調子は?―
妊娠が判った後、宇宙勤務の時はまめに送るようになったメール。
彼女が産休に入る前は遅くに返事が来ることもしばしばだったが、最近は割りとすぐに返ってくる。
―今日は検診日でした。順調です。予定通りなら着くのは15:00頃ね?・・・―
―多分ね。でも明日は迎えに来たらダメだからね。―
―えーどうして?いつも迎えに行ってるのに・・・―
―ダメって言ったらダ〜メ。家で待ってて。わかった?―
― (-_-;)…わかりました。気をつけて帰ってきてね。パパ!―
―了解、ママ!!―
予定日まで二週間ほど…男の子だったら、女の子だったらとあれこれ思い巡らせ幸せに浸る時間が楽しかった。
(後で知った事だが、時々にやける俺の姿に訓練生たちはどんな訓練を課せられるのだろうと恐恐としていたらしい。何なんだよまったく・・・)
連絡艇は予定通りに定刻に着陸した。
辺りは風もほどほどにあったが、まだまだ夏特有の熱気でむうっとする。
いつもなら雪の迎えのエアカーで帰るのだが・・・
―今日はエアタクシーだな・・・―
と乗り場に向おうとした時、
「古代さん!!」
聞き覚えの声に振り向くと相原夫妻が近づいてきた。
「よう相原、宇宙に出てたのか?こんにちは晶子さんお久しぶりです。」
「ちょっと所用でガニメデ基地まで。そういえば雪さんそろそろじゃないですか?」
「うん、あと二週間かな・・・」
「先週、古代さんのお宅におじゃまさせて頂きました。雪さん順調だってそれは嬉しそうに。ぎりぎりまで勤務していただいてちょっと気になっていたんです。すみません、大切な時期なのに。」
申し訳なさそうに話す晶子に
「休めって言っても、すんなり『はい、解りました。』って言う性格じゃないし、自分が普段いないからかえって気持ち的には張りがあってよかったみたいですよ。」
と、胸ポケットに入れていた携帯が鳴り出した。
(えっ?お義母さん?)
ちょっと失礼と電話にでると甲高い声が耳元で響いた。
「ああ、進さん。やっと繋がったわ。雪が夕べ破水して。」
「えっ?でも予定ではあと二週間・・・」
「予定日はあくまでも予定よ!!初産はだいたい遅れることが多いですけどね。おまけに逆子だったからちょっと時間が掛かってて…」
「逆子?」
だぁっと留まる事無く話す義母の言葉からその言葉に思わず問い直した。
「まぁやっぱり進さんも知らなかったのね。なんでも三週間ほど前に突然体位が変わったって・・・。とにかく早く病院のほうへ来てくださいな。いいですね!!」
ブチッと切られた携帯を唖然と見詰めて一瞬放心したようになった。
「古代さん、雪さんお産始まったんですか?」
晶子の声にふっと我に戻り
「ああ、破水したらしいんです。病院いかなきゃ…」
とふらぁっとタクシー乗り場をみるとずらぁ〜っと客の列が・・・
(なんでこんな時に・・・!!)
「古代さんうちのエアカーで送りますよ。晶子!キー貸して!!」
はいっと渡された鍵を受け取ると駐車場に相原が駆けていく。
「古代さん、雪さんは大丈夫ですよ。急ぎましょう。」
まだ少し放心状態から抜けれない俺は晶子さんに促されて駐車場に走った。
連邦中央病院の産婦人科の病棟に駆け込むと森の両親が椅子に座っていたのが見えた。
「ああ、進さん。」
「お義父さん、お義母さんすみません、雪は?」
「まだ分娩室よ。時間が掛かりすぎてちょっと心配なのよ、ねぇパパ・・・」
「ああ・・・そうだな・・・」
愛娘の初産が心配でずっと付き添っていてくれていたのだろう。
義父は言葉少なだったが、
「夕べ、11時過ぎだったかしら、雪から電話でどうも破水したみたいだって。あなたの帰りが翌日っていってたから、取り敢えず私たちが病院まで・・・。そしたら先生のお話じゃ逆子だって言うじゃありませんか。このまま戻らなかったら帝王切開も考えましょうって言われてたらしいわ。もう雪ったら何も言ってくれないから・・・一昨日会った時だって・・・」
心配で心配で堪らないのだろう、言葉の切れない義母にすみません、すみませんと謝りながら、この前、立ち会いの話をした時の雪の表情を思い出していた。
(多分、あの時はもう判っていたんだな…。いつもそうだ。肝心なことは言わないやつだなまったく。)
心配と怒りが入り混じり、かといって何もすることも無いのでイライラしてきた。
義母は遅れてきた相原夫妻と話していた。
義父がすうっと近づいてきた。
「まあ座ろう、進君…」
促されて待合室の椅子に並んで腰掛けた。
「こういうときの父親は心配しながら待つことしか出来んからなぁ。まぁ何事も先に行動してしまう君には辛いだろうがなぁ…」
痛いところを付かれてはぁと苦笑いするしかなかった。
その時、ドアの向こう側からか細い泣き声が聞こえたような気がした。
思わす立ち上がり集中して聞き入ると、その声はだんだん大きくしっかり聞こえ出す。
(産まれた?…)
「ああ、よかった。無事産まれたみたいね。進さんおめでとう。」
「おめでとう。進君」
「おめでとう、古代さん。とうとうお父さんですね。」
「おめでとうございます。古代さん。」
ほっとした両親と相原夫妻からのお祝いの言葉を少し照れながら受けていると、
「ああ、古代さん。おめでとうございます。元気な男のお子さんですよ。お母さんも元気です。今、後処理していますからもう少しお待ちくださいね、あっそれからベビーちゃんは30分ほどそちらの保育器に入ってもらいますので、どうぞ。」
看護師さんの手招きで隣のガラス張りの部屋を覗くと、丁度赤ちゃんが助産師さんの手で小さな保育器にそっと寝かされていた。
元気よく手足をバタバタさせている。
「かわいい!」とか「ちいちゃい」とはしゃいでいる周りの声をぽやぁんと聞きながら、なぜかそのとき兄守の面影が浮かんだ。
イスカンダルから脱出してきた時、まだ小さなサーシャを大事そうに腕に抱えていた今は亡き兄を…。
(兄さん、俺、父親になったよ。兄さんもサーシャが生まれたときどう思った?可愛いよなぁ赤ん坊って…)
やがて、医師がやってきて赤ちゃんに聴診器を当てた後、何らかの指示を看護師に与えると、保育器から取り出され奥の部屋に連れて行かれた。
「進さん、赤ちゃん出てくるわよ。」
わくわくしながら囁く義母の言葉にどきんとして待っていると、程なく白い産着を着たわが子が看護師に抱かれてやってきた。
「おめでとうございます。古代さん。はぁい待ちどうしかったですねぇベビーちゃん。お父様ですよぉ。」
ニコニコしながら、はいっと渡されたわが子をぎこちなく受け取った。
あまりにも軟らかくて、強く抱いたら壊れそうだからおたおたした。
「しっかり抱いてあげてください。大丈夫ですよ。」
笑いを堪えながら叱咤する看護師の台詞に
(そんな事言ったってちょっと待ってくれ!!)
って、本当は声を上げたかったが落とさないように、壊さないようにと抱え込むのが精一杯だった。
(暖かい…。)
ふんわりと軟らかい小さな命を愛おしく見つめた。
(親父になったんだ・・・)
胸の奥に温かいものが溢れてくるような感じが込み上げてくる。
「進さん、進さん。ちょっと私にも抱かせてくださいな。」
義母が待ち切れなさそうに囁いた。
「ああ、すみません。はい…」
両親と相原夫妻にあっという間に囲まれてやいのやいのの大騒ぎ。
ほうっと一息つくと医師が近づいてきた。
「先生、有難うございました。」
「おめでとうございます。破水して入られたので緊急手術も考えたんですが、逆子の体位が戻ってましてね。普通分娩に切り替えました。少し時間が掛かってお母さんは大変でしたが頑張られましたよ。今夜はこのままLDRに居て貰いますので。どうぞ、もう会われていいですよ。」
先生の言葉にそれまではしゃいでいた皆の声がぴたっと止まった。
義母から赤ちゃんをそっと受け取り、
「お母さんに会いに行こうな…」
と囁いて部屋に入った。
スウッとドアが静かに開き、赤ちゃんを大事そうに抱えて部屋に入ってきた俺を見て、振り向いた雪は一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに微笑んで申し訳なさそうに
「おかえりなさい。ごめんなさい…。びっくりさせて・・・」
体を起こしながら答える雪は、少し青白い顔をしていたが逆にそれが透き通るような美しさを醸し出し思わずどきんとした。
静かに首を横に振り、赤ちゃんをそっと手渡した。
「ああ…有難う…無事に生まれてきてくれて…。」
おでこを顔に当てて赤ちゃんを抱いて呟く雪の姿に微笑んだ。
「進さん、相原さん達今日はお帰りになったわ。また改めて伺いますって。皆さんには知らせときますからですってよ。」
微笑みながら森の両親が入ってきた。
「雪〜おめでとう。元気で立派な男の子。よく頑張ったわね、ママ嬉しいわ。有難う雪。」
「おめでとう雪。」
両親も待ちに待った初孫の誕生に大喜びである。
そんな二人の姿に雪も大きな瞳を少し潤ませながら、
「ありがとう、パパ、ママ…。うふふ、とうとうおじいちゃん、おばあちゃんね。」
「そうねぇ…。ねぇ雪、やっぱり『おばあちゃん』じゃないとだめかしら?」
「えっ?ママ、どう呼ばれたいの?」
一斉の注目に恥ずかしそうにポツリと
「まぁ・・・たとえば『美里ちゃん』とか…。」
一瞬しぃーんとなったとたん部屋は大爆笑になった。
「ママ、残念だけど諦めて。」
雪は大爆笑にびっくりしてぐずりだした赤ちゃんをあやしながら笑いを抑えるのに必死だ。
顔を赤くしてむっとした義母は
「もういいわ。ところで赤ちゃんの名前は?進さんどうなの?」
鋭い視線を向けられ(とばっちりは勘弁してくれ〜)笑い顔が引きつった。
名前は今回の帰還後、雪と一緒に決めようと思ってた。
もちろん自分なりに幾つか候補は考えてはいたんだが…。
しかし、その時点で俺の中ではこの子を見たとたんに思い浮かんだ名前があった。
「考えて在るんですが…ただ…。」
戸惑った視線を雪に向けると
「お披露目して、進さん。」
彼女はにこやかに微笑んだ。
さっき少しぐずった赤ちゃんも雪の腕の中ですやすや寝息をたてていた。
小さなほっぺたを指でなぞりながら
「まもる…。この子の名前は古代 守。」
この子に出会った瞬間、これしかないと思った。
「いい?」
と雪の顔を見た。
ほんのり頬を赤らめて嬉しそうに
「守、守。ようこそ守。有難う、私たちのところに来てくれて…」
愛おしそうに守を抱きしめる雪をその上からそっと抱きしめた。
両親も顔を見合わせてにっこりしていた。
「守か。いい名だ。進君、雪。私たちはこれで失礼するよ。進君明日は家に来なさい。久々に飲もう。」
「はい。有難うございます。伺わせていただきます。」
「じゃぁね、雪、要るものがあったらメールして頂戴。守ちゃんまたね。進さん待っているわね。」
二人を部屋の外まで見送った。
さっきからマナーモードにしている携帯が景気良く震えだしていた。
見ると旧ヤマトのメンバーや同僚からのお祝いメールがひっきりなしだ。
(皆早いなぁ。まあ偶然とはいえあそこで相原に遇ってしまったからしかたないかぁ)
「進さん?どうかした?」
ベビーベットに守を寝かせた雪が声を掛けてきた。
「メールがすごいぞぉ。雪のほうは?」
もちろん電源入れた途端にメールの嵐だったのは言うに及ばず。
「返事は後でいいとして、こりゃ大変だな…」
お互い見詰め合って笑ってしまった。
「さっきね…」
「ん?」
ベットですやすやと寝ている守を見つめながら雪が話し出した。
「さっき貴方が守を抱いて部屋に入ってきたとき、サーシャちゃん抱いた守さんが現れたかとびっくりしちゃった…。」
「俺も守をはじめて見たとき何故か兄貴思い出してさ…。こいつの名前、その時決まっちゃったな。ごめん、単純に決めちゃって…。」
鼻の頭を掻きながら話す俺に雪はふふふ・・・と笑いながら
「パパらしいわねぇ、守ちゃん。」
―素敵な名前つけて貰ったのよ、守。パパの想いが一杯詰まっている…―
とその後何年かして守には話して聞かせることになるらしいのだが…
「雪…。ごめんね傍にいてあげられなくて。」
抱え込むように抱きしめた。
「進さん、私ね…やっぱり心細かった。傍にいて欲しかった。」
顔を埋めて抱きついてきた雪がとても可愛らしかった。
逆子の件を黙っていた事に腹を立てていた自分はいつの間にか何処かに行っていた。
髪に指を絡ませながら、無事お産を終えて自分の所に帰ってきてくれたという感謝とほっとした安堵感が溢れていた。
「今度はちゃんと立ち会うから…ね。」
「ほんと?」
「うん、いやって言ってもね。」
「じゃ、約束ね。」
と目を閉じた雪にキスしようとしたら横の守がぐずりだした。
「はい、はいどうしたの?守ちゃん。」
さっと守の傍に行ってしまう雪は当たり前だがもうすっかり母である。
守を一生懸命あやしている雪を見詰めながら、ちょっと複雑な淋しい気持ちが湧き上がった。
翌日、義母から
「進さん、しばらく雪は守ちゃんに付きっ切りになるだろうけどやきもちやかないでね。」
とちゃっかり釘をさされた。
(終)
最近はかわいそうな事故や事件が続いて悲しいです。
「男たちのYAMATO」も見ました。長男と(戦争って)悲惨だと話したんですけどね・・・
命って大切なのになぁと感じるこの頃です。皆が命を大切にしてくれますようにと想いをこめて・・・
by cheese☆彡さん(2006.9.1)