前に戻る

    1998年12月に

島貫 真    


「自分自身を掘り下げて行く以外に表現は存在しないのだ。」
 福島で開かれた現代芸術に関するシンポジウムで、窪島誠一郎(信濃デッサン館と無言館という美術館の館長)はそう語った。
 就職したてでひたすら生意気だった私は、「私達はその<自分>を探すゲームのルールが分からないで苦しんでいるのに、なんと脳天気なことを絵描き達は言うのだろう。その『私』自体が虚妄ではないのか。」といらだち、
 「そんな自分なんてどこにあるというんですか。自分という物語それ自体、所詮誰かの模倣にすぎないのではないですか?」
 と思わず手を挙げて噛みついていた。
 窪島氏は、あわれむように私を見て、
「自分を掘り下げるというのは、貴方が立っているその地面の下を孤独に掘っていくことですよ」
 そんなことを言ったように記憶している。
 1980年代の前半、日本経済は安定成長という名の第二の戦後を楽しみ、私達は<家族>以後の<個>を生き始めようとしていた時代、あたかも時が止まったかのように<日本>だけで閉じながらバブルを準備していった時代のことだ。
 「私」とはいったい誰のことか?
 その問いは、80年代を通して自分の中にくすぶりつづける。だが、やがて天皇の死、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争と次々に戦後の枠組みは崩壊していき、「自分が生きてきた時代の枠組み、世界全体をもう一度問い直さずにはいられない」、そう感じるようになっていった。
 そして1998年12月。今なら、窪島氏の言うことが分かる。「それ以外に表現はない」ということは「描けるものなら描いてみろ」ということでもあり、「自分とその自分が立っている場所との関係を凝視しないような表現は存在しえない」ということでもあっただろう。
 ヒトは望むなら、どのようにでも生きられる。だが、どんなに望んでみたところでヒトは自分以外のものになることはできない。にもかかわらず、共同体や地縁血縁といった他との結びつきがどんどん希薄化し、他方、社会というパブリックなフィクションは未成熟のままで家族・学校・会社といった擬制的制度的な場だけが世界の限界になってしまっているとしたら......。
「言語の限界が世界の限界だ」といったのはヴィトゲンシュタインだったか。もしそうだとするなら、私達は語られることなくただ沈黙のうちに示されるほかない世界の「外部」と出会うためにこそ、自分の足下を孤独に掘りつづけて行くしかないのではないか。本当の「他者」と出会うために。そしてとりもなおさず、本当の自分にもう一度出会うために。