平成8年度 東日本地区国語問題研究協議会


研究発表要項





(研究発表題目)


   「現代文」教材に見る国際理解 







           都道府県名 福島県

          所属機関名 福島県立湯本高等学校

          発表者名  島貫  真



T、課題設定

 1、現状分析
 国際理解の必要性を説く声は、様々な形で大きくなってきた。本校でも、全日制英語科の生徒を対象として3年前からオーストラリアのサリンガワ高校の高校生宅へのホームステイを実施している。来年からはこちらでもサリンガワの生徒を受け入れることになっている。また、インターネットのホームページを生徒自身の手で立ち上げ、日本語と英語の両方で情報のやりとりを行うことが昨年度から始まった。生徒たちの身近なところで国際理解の必要性・現実性は高まってきている。
 しかし、生徒たちの現実に国際化の視点を与え、国際理解の必要性を実感し、自分自身で世界と自己とのインターフェースを構築していく機会や場は、日常の中で必ずしも豊かに用意されているわけではない。その面で、現代文教材が彼らのモノの見方・考え方について与える示唆の意味は小さくない。以上のようなことから「現代文」教材における国際理解という視点で教材を分析してみることとする。


 2、分類区分
 今年度は高校3年生の「現代文」の授業を主として担当していることから、「現代文」の教科書に取り上げられた作品について、国際理解教育のための教材という視点から分類・分析し、その現状と方向性について考えていくこととした。
 対象としたのは文部省発行の「高等学校用教科書目録(平成9年度使用)」に採録されている、現代文の検定済み教科書26冊599教材である(注)。
 分類にあたっては、国際理解の観点から多少とも関連が考えられる文章全てを対象とした。仮の項目として立てたのは次の通りである。
  @素材…………素材として外国の場所や人物、出来事が触れられているもの・
  A旅情…………旅先での見聞や触れあいが描写されているもの。
  B日本論………多少なりとも他国との関係を意識して日本を論じているもの。但し比較が主ではなくあくまで日本について論じるのが主題であるもの。
  C近代論………日本について論じる中でも、明治以降の西欧文明との関係での近代化を中心主題とするもの。
  D比較文化……他言語・習慣・風土など実例を比較しその差異に注目する。あるいはその中で日本についても論じているもの。
  E地球環境……グローバルな観点から、主として自然科学的に地球を見つめようとするもの。
  F言語論………言語について論じ、その構造の本質としての差異性などを見る。
  G異文化理解…フィールドワークの具体例は出てくるが、その内容それ自体を知識として伝達するのことばかりが主たる目的ではなく、異文化理解・他者理解の方法を提示する。
  Hその他………上の分類にはただちに当てはまらないもの
 分類にあたっては、国際理解という視点を第一に考え、文章それ自体の価値や主題と必ずしも一致していない場合がある。文章を分析・批評することは第一義にしていない。


U、分析

 1、分類の結果
 全体の中で、国際理解に多少なりとも関連すると判断したものが149。教材の重複を除くと124であった(以下は重複を除いた数字である)。うち、外国の作者の文章や小説、詩の紹介が37あり、それを除くと87教材が分類の対象となった。
 @素材が12。舞台をヨーロッパ、東南アジアあるいは中国とした小説。外国の絵の評論など。
 A旅情ものが4。旅行記などが主。

 B日本論が11。自然観、美意識、空間意識、風土、風流、庭、など伝統的美意識に言及した
 C近代論が11。高校現代文の教材におけるかつてのスタンダード。森鴎外から岸田秀まで。

 D比較文化が14。外国人の視点から見た日本論もここに含めた。

 E地球環境が4。自然科学的な評論は思いの外少なかった。

 F言語論が5。日本語と他言語との比較。言語そのものの持つ虚構性、構造性、差異性など。
 G異文化理解が10。さまざまな形で異文化と出会い、理解しあるいは理解不可能な事実の重さを感じる。併せてフィールドワークの具体例のあるものもここに分類した。

 Hその他が16。これについては後述。
  
 2、分類結果の分析
 上のように分類された教材をさらに区分すると、次のような層が考えられる(Hその他を除く)。

 A 知識を中心とした具体的事実(@素材、A旅情)

 B 他者を鏡とした自己像としての日本人・日本文化を論じる視点(B日本論、C近代論)

 C 積極的に異なる民族や文化と出会い、自他を相対化しつつ比較対照する視点(D比較文化)

 D 地球規模の普遍的な問題(環境など)を考える視点(E地球環境)

 E 異文化を異なる体系として捉え、比較するのではなく異文化と出会うことの重要性、困難   さを重視する視点(F言語論、G異文化理解)

 海外旅行やさまざまなメディアによってもたらされる情報の量を考慮すれば、Aの部分はもはや重要性を失っている。また、Bの部分もいささか時代の要請とズレを生じてきていると言わねばなるまい。たしかに、近代化の問題は今でも現代日本の基底に存在する課題であり、また西洋と対比された純粋日本文化の存在の認識もまた重要であることは疑いない。しかし、もっぱら西欧文明のみを鏡とすること自体が問題にされて久しいという点、日常の中に全く存在しない<日本の美>が活字でだけ論じられるという錯誤的な点も看過できない。このA・Bで半分近くを占める現状は、国際理解という限定された観点から見た場合、決定的に古いと考えるべきである。
 Cの視点は、単に日本(人)論のために抽象的な鏡として他国の文化を用いるのではなく、それぞれの固有性を認めてその特徴を記述し、あるいは多様な文化の中にある共通性について論じている。Bの内向的視点と比較すると、新しい、”平等”な見方であると言える。
 Dの視点は、国際的にも大きな課題とされているもので、国際理解という点からも重要なものである。特徴的なのは、単純に環境保護を論じた文章ではなく、日本的な自然観、西洋的な自然観それぞれの限界を論じた上で、他者でも絶対でもありえない環境としての自然の問題を指摘した文章が多いという点である。更に充実した取り上げ方を期待したい。
 ただしここで注意しておかなければならないのは、C・Dの視点は、取り上げ方によっては平板な理解に結びつきかねないという点である。たとえばCについて見ると、それぞれの文化の固有性・多様性を認めて日本の文化をその中の一つとして相対的に捉えることは必要だが、場合によっては多様性・固有性の名のもとに彼我の差異を固定し、結果としてそれぞれの国や文化を分離したまま一元的に理解してしまうという貧しさを招きかねない。Dについても同様である。単に地球環境を大切に、という単純な普遍性に主題を還元してしまうと、抽象的な理解に終わってしまう危険がある。C・Dを混合させて、「世界には様々な国家・民族・文化があり、それぞれ大切だ。その上で地球は一つなのだから協力できることは力を合わせていこう」という程度のことしか結論づけえないとしたらあまりに貧弱だろう(そういう意味では、Bの視点は確かに内向きでバランスを欠いているけれど、彼我の差異にこだわって徹底的な検証をしようとしている面があり、そのエナジーは無視できない)。
 そこでEの視点が重要になってくる。極限的な体験の固有性・徹底性を見つめる眼、および文化人類学および言語論が持つ差異と構造についての視点である。各々の文化・体験をあくまで独自の体系として捉え、異文化理解・異質な体験の理解とはその一つの体系から別の体系へのジャンプに他ならず、人はその差異認識の構造の固有性の中に生きている以上、それを一元的な配置に還元して相互理解を手にすることは容易にはできない、という考え方である。差異を多様性として平面的にパッケージするのではなく、還元できない固有性それ自体を、生きる豊かさとして受け止めること、といってもいいだろうか。
 さてしかし、以上@〜Gという仮に立てた区分を、改めてA〜Eという視点に再構成してみた時、この分類に入りにくい一群があることに気づかされた。日本人論や異文化理解に含めれば含められそうだけれど、どこか異質なものを感じるものがいくつかある。その中の典型的なものは、船曳健夫氏「文化と理解」(資料2)であった。同じ文化人類学者川田順造氏の文章「記録すること、表現すること」(資料1)と比較すると、かなり近いことを言っていながら、決定的に異なる部分もある。その同じ違いは、五木寛之「私が哀号とつぶやく時」(資料4)と柳宗悦「光化門」(資料3)の間にも見られた。
 その違いを端的に言うと、二重性を前提として叙述が進められているかどうか、ということである。川田、柳が自己の発話の否定であれ肯定であれ、一つの場所一つの視点に立って論じているのに対し、船曳、五木の文章はその立場がもはや単一のものではあり得ないこと、他者と出会った時に単純な断念も単純な肯定もあり得ず、差異の重層化を生きる以外にないという<間>の場所に立っているのだ。たとえば川田は研究者として異文化理解における表現の困難さを誠実に説明する。あるいは柳は日本の知識人の良心を賭けて、成化門の守られるべきことを主張する。その沈黙、その主張に嘘はない。しかし、いずれも事象が単一の眼、単一の秩序で描写され、論じられている。それは書き手が旅行者であっても、近代化の問題点を論じる知識人であっても、地球環境問題を憂える科学史家であっても文化人類学者であっても同じなのだが、A〜Eまで、いずれの文章も最終的に叙述の視点は単眼的であり、一つの説話に還元されてしまうスタイルという点で共通している(徹底的にその叙述をつきつめることによってそのリミットを体験する文章も存在するがそれは後述)。
 それに対して、船曳は共通性と差異性を同時に生きることを提案する。理解することの困難の代わりに、「重なり合いにおける違いの中を生きる 」というのだ。また五木は個人と民族の二重性の中で、「哀号」ということばの二通りの発話(朝鮮人学生が「私」の父に殴られた時のそれと、自分が敗戦後、朝鮮人の婦人に自転車をぶつけた時に朝鮮の子供のふりをして難を逃れようとして聞こえるように呟いたそれ)を対比させながら、その言葉の二重性を引き受けて生きることを示している。つまり、A〜Eの分類から外れた16の文章は、基本的に二重性を前提として叙述が進められているのだ。
 「花にもの思う春」ドナルド・キーンと「なぜ日本語で書くのか」リービ英雄の比較をしてもよい。ドナルド・キーンの文章ではニューヨークにいながら、日本の春の美しさに思いを馳せる。そしてむしろ日本の美が西洋のそれに比していかに素晴らしいか、を説く。それに対してリービ・英雄の文章の場合は、日本とアメリカは彼の中に二重性として存在する。文章の質や内容ではなく、叙述のあり方としてこの前者と後者の違いは明らかであろう。
 ドナルド・キーンが日本文学の良き読み手であることを疑う人はいないだろうが、現代における国際理解という視点から考えた時、彼我を二重性として生きる体験を語るリービ・英雄の叙述こそが<現代的>なのではないか。
 A〜Eまでのように単一の視点で国際理解を考えて行くと、どこかで還元された抽象論に帰着していかざるを得ない。多様性という一元化か、普遍性という絶対化がA〜Dまでの文章には待っているだろうし、Eは差異の前に沈黙してたたずむ誠実さの中に、差異の豊かさを見失っていくことになるだろう。自己の体系の内部で正当性を自己主張するに終わるか、もしくは表現の困難を理由に沈黙し、あるいはあいまいにうなずくほかなくなってしまう。
 それに対して、同一性と差異性を同時に二重性として生きる視点=姿勢は、向こう側でもこちら側でもない間(あいだ=inter)に立ち続けることを可能にする。現代における国際理解という視点から考えた時、この視点は大変興味深い。全てを理解するのでもなく理解不可能なことを指摘するのでもなく、同じことと違うことを多重に同時に生きること。今回の作業で示唆的なことが発見しえたとするなら、それはこの二重性を生きる視点であるといえよう。

V、まとめ

 改めてもう一度87の教材を点検してみると、BおよびCの中にも、自己と他者の関係を徹底的に生きる叙述という意味で重要な文章があることに改めて気づかされる。戦争という極限状況において個人の生と他者の生(あるいは軍隊という社会・戦争という現実などなど)との間の関係性を徹底的に見つめた大岡昇平の作品における瞳の徹底性、近代日本の「外発性」「移動性」そのものを思索の対象としていく中村光夫の強靱な視線、そして夏目漱石のしなやかな発話。高橋和巳の確かな漱石論。それらは、自らの声が単一であると信じて疑わない者、日本人という抽象を躊躇なくできてしまう者、そしてそういう単一の抽象が時とともに使い古されていってしまうことに鈍感な者、そういった者たちの叙述に対する厳しい批評として存在しつづけている。
 その批評の姿勢があって初めて、激動するブルガリアで清貧の思想を講演してしまう「共生の思想」の筆者の滑稽な姿もまた、豊かな多重性として享受することができるのだろう。
 共通性と差異を同時に二重性として生きること。矛盾したことのように見えるその視点はしかし、他者理解、ひいては国際理解の重要な目標でもあるはずだ。どんな素材、どんなテーマを扱っていても、共通性と差異を同時に二重性として生きる視点の有無は、今後さらに重要性を増していくといっていいのではないか。
 差異と共通性を分離してそれぞれ一元化する類いの叙述の抽象性を離れて、同時に生きる矛盾を豊かさとして受け止める視点を称揚し、まとめとしたい。
 

注 登録されているのは27冊であるが、日本書籍の「新版 高校現代文」<日書 現文522>の み未入手。



資料1「記録すること、表現すること」川田順造

 文化が異なる場合の、記録と表現の難しさについて述べてきたのだが、「文化が異なる」ということを突き詰めてゆけば、標準化された日本語で理解し合う同じ日本人でも、地方により、職業により、生活圏により、ひいては個人によって、皆少しずつ持っている文化は異なると言うべきであろう。つまり、見ている世界、生きている世界、用いている言葉の世界は、厳密に言えば一人一人皆違うと言えるのである。表現することの難しさ、恐ろしさの根は、むしろ同じ日本語を使う者同士の間にこそ、深く潜んでいるというべきなのかもしれない。(中略)この極めてデリケートな、一般化された定理で述べることがほとんど不可能に見える問題について、それが拡大鏡にかけられたような状態であらわになる、著しく異なる文化の叙述の場合に再び戻って言えば、対象が作り出している世界、つまり「彼ら」の言葉と概念と感性の世界に、可能な限り入り込み、感情移入する努力をすること、それでいて表現する主体としての「私」の主観を保ち続けること、その「私」を相対化できる、さめた目をいつも持っていること……の三つを、私は自分に目標として課している。

資料2「文化と理解」船曳健夫
 異文化の間の理解というのは、そのように常に文化と文化が相互に関係し合っている状態の中で、共通性を生み出していく動きでもあり、違いを生みだそうという動きでもあって、その二つは同時に進行しているといえます。その中では決してモノと情報が移動するだけではなくて、常に違う文化が流れ込んでいるある人間と、他の人間との重なり合いが起きています。文化の理解とは、いわばそのような重なり合いにおける違いの中を生きることです。現在の日本の状況において、異文化を理解するというのは、異なる文化をもつ人との重なり合いの部分を広げていくということになります。ただそれは、人と人とが重なり合って触れ合っていくわけですから、なまやさしいことではありません。比喩的にいえば、お互いに傷つけ合って、血が出るようなことが起きるような大変な問題でもあるでしょう。しかし、日本の中でも北から南までさまざまな文化の差異があって、そのさまざまな違いがお雑煮のお国自慢にもなってあらわれているわけです。この現在の状況をあまり肩肘を張らずに、すでに日本の文化の内部で私たちはさまざまな多くの差異を持っているということを思い返しながら、他の私たちとは全く異なると思われるような文化も、これこれこうだと理解するのではなくて、それを生きるという形で少しずつ重なり合ってやっていくとこができるのではないかと思います。

資料3「光化門」柳宗悦
 光化門よ、長命なるべきおまえの運命が短命に終わろうとしている。おまえは苦しくさぞ寂しいであろう。私はおまえばまだ健全である間、もう一度海を渡っておまえに会いに行こう。おまえも私を待っていてくれ。しかしその前に私は時間を見いだしてこの一遍を書いておきたい。おまえを産んだおまえの親しい民族は今言葉を慎むことを命ぜられているのだ。それゆえにそれらの人々に代わって、おまえを愛し惜しんでいる者がこの世にあるということを、生前のおまえに知らせたいのだ。そうしたいばかりに私はこれらの言葉を記して公衆の前に送り出すのだ。これによっておまえの存在がもう一度意識深く人々に反省せられるならどんなに私は喜ぶだろう。

資料4「私が哀号とつぶやく時」五木寛之
 私は一度、朝鮮人の学生が教師だった私の父親に、殴られるのを見たことがある。彼は殴られた瞬間、思わず、哀号!と反射的に小さく叫び、そのことでまた前よりもいっそう激しく殴られたのだった。
「朝鮮語を使うな、アイゴウとは何だ。」
と、私の父は目を細めるようにして意外に静かな口調で言い、その冷静さがかえって見ている私に強い印象を与えた。(中略)
 あのときの根比べのような朝鮮人学生と私の父との一幕は、その後長く私の記憶の暗部に黒く染み付いて残った。その時、あくまで哀号、とつぶやき返した朝鮮人の学生が屈服したのか、それとも個人的にはきわめて誠実な教師だった私の父が根負けしたか私は覚えてはいない。いずれにせよそのときの、殴る側と殴られる側との、泣き笑いのような奇妙に屈折した表情が小学生だった私の中にトゲのように残ったのだった。
 植民地における日本人について、これまでさまざまな言われ方がなされてきた。それは時には自己批判であり、時にはそのことへの弁明であったりもした。
 だが、私自身、幼いころからある借りを背をって生きていた、という実感はある。日本人の教師が殴ったのは朝鮮の師弟だけではない。まったく同じように私たちも鉄拳制裁というやつを受けたし、気合いを入れられることは日常のことだった。
 にもかかわらず、日本人が日本人を殴ることと、日本人が異民族、ことに支配している土地の民族を殴ることの間には、はっきりと異なった部分がある。それは、私たちが配属将校に殴られるのは、個人として殴られるだけだが、朝鮮人が日本人に殴られるということは、一つの民族として傷つけられる部分があるということになるのだろう。私の父親は、かなり熱心な教育者であり、卒業生や在学中の生徒の父兄の間でもむしろ一種の好感をもって迎えられていたと思う。だが、そういった個人的事情と、対民族の状況とは、また別な視点で眺めなければならないことなのだ。
 
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