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『処女懐胎』の貞子像

  −−ことばの見る夢−−


島貫   真  

石川の作品の女たちは「拒否」と「気」の二相を持つ。ユラとミサのように、それぞれの人物に二つが分配されることもあれば、貞子のように併せ持たされることもあるが、一方では男たちをつきはなして平手打ちを見舞い、他方では「気」と合一して官能的とさえ見える抒情を漂わせる。まず、男達をつきはなすのは、なによりも女たちのことばだ。

「きちがひ」『佳人』のユラ

「逃げるの」

『普賢』の綱

「卑怯者」『白描』の敬子

「うそつき」『しのぶ恋』のミイ公

「Come again!」『善財』の伊奈子

「あなたは世の中のたれにもまさってわたくしを愛していらっしやるの。」『処女懐胎』の貞子

男たちの頬を打つかのように小気味よく(実際たびたび男は平手打ちをくらうのだが)たたきつけられる女たちの言葉は、いずれも「こちらの虚をついた的確な切り返し」(しのぶ恋)であり、男たちの欲望の輪郭を見事に射抜いてつきはなす。ここで男たちの欲望とは、女の生身の肉体にむきあうことを回避して語りつがれる言葉の、ニセの主体たらんとする欲望にはかならない。

「犯しがたいタブウ」『処女懐胎』の利平

「青春の夢」『処女懐胎』の徳雄

「性欲」「権利」『処女懐胎』建築家志望の青年

「しのぶ恋」『しのぶ恋』のわたし

「他人のための道徳」『白描』の武吉

「裸体写真」『書霞』の伊吉

およそおおいかぶせられるものは何であってもよい。とにかく男たちは、生身の肉体を見まいとして、語りを氾濫させていくのである。自明なことだが、彼等が語りつぐことによってつくろうとする空間の視点の中心としての主体は、中心たるべきことを求めつつも、女たちの平手打ちによって、恣意的に流通し、循環していくことばを語らされるものでしかあり得ていないことを露呈していく。さて、男たちがみずから言説の主体たらんとしてたりえず実はことばが見せようとするニセの空間への奉仕者としてしか機能していないとすれば、女たちは、その空間から自由たり得ているのか。そうではあるまい。では、女たちはいかにして男をつきはなし、その欲望の恣意性をつきうるのか、といえば、女たちが「拒否」と同時に「気」によりそう姿を見せる、その瞬間によって、であろう(主体としての拒否だとすればそれは、たかだか男たちの言説の裏返しでしかないのだから)。例えば、湯舟から上った「わたし」に抱きとめられた、妻ユラの姉、ミサの、

「そのときミサはちよつと瞼をそよがせたやうに見えたが、それはわたしのふれえたかぎりでは諦めとか愁ひとかいふ身内の感情をあらはしたものではなく、ただ澄みわたつた秋の大気の中にゐて微風が眼に泌みたかのごとくであった。」『佳人』

とか、徳雄に抱きしめられた直後の

「貞子はそこに、杉の幹にもたれて、どこを見るともなくぢつと立ちつくして、落ちた枯葉のちぢむほど地を這つてしのび寄せる寒さの気息にひとしく呼吸を合せてゐるやうであった。」『処女懐胎』

といった形であらわれる瞬間である。このとき、拒むことと「気」に身をゆだねることは、必ずしも別のことではない。というのは、「拒否」は、進んでふし穴になろうとする男の瞳をひらかせるためのものでありながらも、男たちが瞳をひらき得ないまま位置を見失うばかりである以上、女たちは、男と同様ニセの主体となるのでない限り、言説による覚醒の夢をふりはらい、夢の罪を男に負わせて、一気に「気」へと身をゆだねるよりほかに、身のおきどころがないからだ。

 石川における「気」の考察は、加藤弘一氏の論(「コスモスの知恵」群像八二年六月号)に詳しいが、ここで女たちは、「秋の大気」「寒さの気息」といったように、澄みきって張りつめた自然的なけはいに身を寄り添わせていることは疑いない。この女たちが身をゆだねる「気」は、男たちにとっては見えないものである。というより、男達が主体−視線の欲望によってつくりあげようとする空間秩序にはおさまり得ないものである、といった方がよいか。それがとりあえず「気」と呼ばれるにすぎない。但し、ここで先まわりして述べておけば、石川の小説言語が描こうとしているのはあくまでことば、なのであって、男たちの言説の恣意性を表現しているのでもなければ、その主体の循環を超え出た実体としての「気」の体現者である女性像を(優越を?)描出しているのでもない。「気」のなまなましさはなるほど、ほとんど実体的な立ちあらわれ方であるが、にもかかわらず、それは、実体とはほど遠いところで生れてくる。「気」は言説を超えた−−あるいは以前の−−実体などでは少しもないのであって、おいやられ、抑制されたものが、ことばという抑圧者の手に触れるか触れないかのところを身をもってなぞる線であるがゆえに生気をはらむのだ。その線によって一たんなぞられてしまった「気」の圏域はふたたび、男たちのことばが、みずからを超えようとして見る夢になってしまうだろう。すくなくとも、石川の小説言語においては、男像も女像も、主体として中心たることはできず、また女性の生身の肉体がさらされることもなく、実体として輪郭をあきらかにした「気」が賞揚されるのでもなく、ただことばが可視と不可視の領域をまたいでいききする動きの限界(いわばことばの肉体の輪郭)が、小説言語によってなぞられているばかりでなのである。以下、そのことを、「処女懐胎」に立ち入って論じる。

 「処女懐胎」の貞子は「ことばをいとう少女」である。それは、

「(前略)未来にむかって投げるすべてのことばは、海のおもてに投げる網のやうに、たとへペテロの投網であったにしろ、やっぱり未来をくくるものではないか。人間はそこで魚のやうに網の目から逃れることができない。祝福でも呪祖でも、それの縛る力をもつて、規定がさきのはうで運命を待伏せしてゐて、おなじくおそろしい。貞子にとつては「結婚」といふことばがこの未来への呪縛に似てゐた。」

 といったところからうかがえるが、同時に彼女は、

「結婚には一般にさうあるべき生活形式があたへられている。(中略)そのお定まりの形式に生活を割りつけるといふ約束は、いつたいたれがきめたことだらう。神か、悪魔か、人間か。神にしては権威がなさすぎるし、悪魔にしては智恵がなさすぎる。そして、人間のかるはずみにしては力がありすぎる。神でもなく悪魔でもなく人間でもないやうな、穢れし霊かなにかが蜘蛛などの網をかけて獲物を待つやうに、かういふ仕掛を編み出したにちがひない。(中略)それはおそろしいといふよりもいやらしかつた。」

 

 とあって、ことばの拒否にも二相あることがわかる。前者では未来にむかって投げられることばの呪縛をおそれているのに対し、後者では、「お定まりの形式」の秩序を維持しようとする「穢れし霊」やその「仕掛」を「いやらしい」という(別のところでは「許し難い暴虐」ともいう)。貞子は、<ことばをいとう少女>として、その二相を同時に持つけれども、この二つは似ているようで大きな差がある。というのは、前者でおそれられているのがことばそのもの、ことばの持つ分節化作用そのもの、とでもいうべきことなのに対し、後者で「いやらしい」と呼ばれるものは、既に分節化された概念的(「あるべき」)形式及びそれを維持しようとする諸力にすぎないからだ。「さうあるべき生活形式」に生活をわりつけるか拒否するかは、相対的な困難さを持った選択にすぎず、わりつけを迫ろうとする「穢れし霊」のからくりは、貞子という主体の拒否にみあっただけの強さをしか持たないだろう。貞子にとって間題なのは、前者のことばの呪縛なのである。

 投網のようにあびせかけられる男たちのことば、「ラヴシーン」「告知」などを、貞子はふりはらうことができない。いや、男たちにしても、ことばをふりはらうことができるわけではなく、彼等は、みずからことばを発する主体となり、進んでことばの縛る力に犯されようとしているがゆえに、貞子のようなおそれに無自覚だ、というだけのことだ(「六」における徳雄の、みずからの愛の告白のことばに感じる頼りなさは、その自覚に近いが)。一たんことばの網をかぶせられてしまうと、いくらことばをふりはらおうとしても、別のことばにつきあたるばかりで、網の目そのものは換置可能でありながら、ことばの換置、交換をおこなえばおこなうほど、ことばを発する主体たらしめられ、ことばに犯されていくのである。たとえば、貞子が徳雄に抱きすくめられてそれをはねのけたシーンのことを、これもまた貞子に「正式」の求婚をしにきた伝吉が「ラヴシーン」と呼んだ時、

「貞子はラヴシーンといはれたことがどうも気にかかつて、それが決してラヴシーンではなかつたことを一言できつばりいひきりたいとおもつたが、その適切な一言がうまく見つからないで、かへつて暴行とか何とかおそろしいことばがひよつと出て来さうになつて、そんなことばがわが口から出かかつたといふことだけでもはづかしく、なにもいへずに息がつまつた。」

 となってしまう。「ラヴシーン」ということばをふりはらおうとして、逆に「暴行」ということばが思わず口をつきそうになるこの様子は、はとんどことばに犯されているというに近い。実際、<ことばをいとう少女>は、この作品で男と向きあう時などないに等しいのであって、彼女は、男たちの発することばにさらされているのだ。この後更に、一たんは口に出すことをとどめた「暴行」ということばを、伝吉の、「正式」「結婚」ということばをふりはらおうとして口にしてしまうのである。貞子はしかし、あくまでことばに犯されることを拒もうとする。伝吉がみずからの求婚を、「暴行」から「告知」といい直すと、

「告知とは何だろう。(中略)(それは)いはばずつと上の、高いところからふりそそぎ、天地をとどろかせて、人間の運命をきめつけて来る光りもののやうであつた。さういふだいそれたことばを、人間が口に出す権利をもつてゐるのだらうか。貞子はぎよつとして、立つたままの足がすくんで、そのおそろしいことばの辺りから遠のくふうに飾棚のはうにさがつた。」

と振舞うことになる。「人間が口に出す権利を持ってゐるのだらうか。」という疑問は、前節で述べた男たち(二セの主体)に対する拒否の姿勢と重ねうる。そして貞子は同時に、その男たちが発することばをおそれ、いとい、「遠のくふうに」逃げようとする。逃げようとして到りつくのは、IHS(イエスの略号)の文字である。

「そのとき、飾棚の中に秘めてある蒔絵の小箱の、蓋の上に青具でIHSと印された文字が、ながれ藻のなびくやうに、青具の色の水に光つて、眼のさきにぱつとひらめいた。今はその光る文字にとりすがつて、みちびかれるままに身をながして行くふぜいで、あたまをあおむけに、筋白くそうた姿勢の、ゆたかにふくらんだ胸もとがためいきのやうに揺れるのが、いつそなまめかしく見えた。」

 貞子のIHS受胎の瞬間である。官能的な姿態であるが、この時貞子に受胎を強いるのは、あきらかに「告知」ということばである。ここで貞子は、みずから絶対的な存在と同一化して、男たちのことばの圏域を脱して高みにのぼったわけでもなければ、単に秩序以前の(あるいは以後の)「気」と同一化したのでもあるまい。主体も対象も、実はことばの網の中に縛られることによって成立するかりそめのものにすぎず、しかし、人間の発することばである限り、網を投げる主体と、投げつけられる対象を持たざるを得ない。貞子はその呪縛をおそれ、身をひきはなそうとするけれども、とりあえずのわりつけに甘んずることは拒めたにせよ、ことばの縛る力から自由になることは不可能である。彼女は、男たちのことばに追いこまれ、そこから遠ざかるためにははかにすべがない、という徹底して受動的なところでIHSをはらむのだ。

 さて、だがそれにしても一体、貞子がはらむIHSとはどういうことなのか。それを考えるためには、ここで少し、『焼跡のイエス』の少年について見なければならないだろう。

『焼跡のイエス』は、昭和二十一年十月号の「新潮」に掲載されている。『処女懐胎』が発表される一年前ということになるこの作品は、いろいろな意味で『処女懐胎』とあわせて考え得るものである。ここでは、少年がイエスに見立てられることと、貞子がIHSをはらまされることとのかかわりを追いながら、前節の問題を考えていきたい。少年は、焼け跡の闇市に、

「道ばたに捨てられたボロの土まみれた腐つたのが、ふつとなにかの精に魅入られて、すつくり立ち上つたけしきで、風にあふられながら、おのづとあるく人間のかたちの、ただみる、溝泥の色どすぐろく、垂れさがつたボロと肌のけじめがなく、肌のうへにはさらに芥と垢とが鱗形の隈をとり、あたまから顔にかけてはえたいの知れぬデキモノにおおはれ、そのウミの流れたのが烈日に乾きかたまつて(以下略)」

 という様子で出現する。いわば敗戦後の焼跡の無秩序、混沌を体現したようなみにくさであるが、少年の出現に闇市のものたちは「恐怖」をおぼえる。なぜか。戦争と敗戦によって全ての虚飾をはがされ、恥知らずに、食うために生きる点では、少年も闇市の者も変りはない。しかし、闇市の者たちは、敗戦後の混沌とした「新規発明の人間世界」を、前世紀からの引継ぎ」の交換、流通の網の目の中で、薄められた形でしか生きえないのに対し、少年は、そういう交換や流通の網目からまったく外れた<ことばのない少年>であり、「行為がことば」ともあるように、生き物である人間の生を、文化的虚飾とは一切無縁の異形性がむきだしになったレアな生き物として、混沌を純粋に生きている、という差があるからだろう。無論、純粋とかレアといった抽象も、女たちのよりそうものの輪郭を「気」と呼ぶことと同様であって、実際少年の姿はほとんど不可視のものとしてしかとらえられていない。「風にあおられながらおのずとあるく人間のかたち」「なにものにでもなりかねない風態」「一瞬の白昼のまぼろしとして(中略)消えたとしても、たれもこのうへにおどろく餘地はなかったらう。」といった表現からもそれはわかる。

 しかしまた同時に、少年の姿には、単なる戦後の混沌の体現者としてのみにくい浮浪児というにとどまらない秩序感もある。

「ひとり権威をもって行くべき道をこころえたやうな」

「よほどみづから侍むところがないと、かう自然には足がはこぶまい」

 それは、少年がここでは、単に戦後の無秩序の体現者として闇市のかりそめの秩序に対置されているのではなく、無秩序と秩序の二分以前を生きているからだろう。この少年に視点人物「わたし」はイエスを見るけれども、それは、貞子がIHSをはらむことと大きくかかわっている。少年は、レアな現実を過不足なくレアに生きているのであって、ことばや商品の流通、交換の仕掛け、及びそれを維持しようとする諸力とは無縁の存在である。「行為がことば」とあるように、行為とことばのズレを持たない者といってもよい。それをイエスと見るのは、「わたし」の見立て、知的なパッケージにすぎない。「わたし」はそこに「神学的意味」「救ひのメッセージ」と、宗教的なわりつけを見てしまったのだ。

 ところが、<ことばをいとう少女>は、『焼跡のイエス』では右のように主体−対象(わたしと少年)にわかれていたことばによるパッケージ化の手続きそのものを、みずからが生きるのである。そしてそのことをおいて、『処女懐胎』の瞬間の意味は成立しない。丁度ことばが主体と対象をつくりだし、その網の目の中に人間をからめとっていくのと同じように、IHSという文字−観念をみずからの体内にパッケージし、パッケージとパッケージされたものを同時に生きることになるのだ。少年にイエスを見る「わたし」と、IHSにすがる貞子とは、かりそめの主体を超えた絶対的なものを求めようとしている点では選ぶところがない。しかし、決定的に異なるのは、「わたし」の場合、少年とつかみあいをする一瞬にそれを見るにとどまるのに対し、貞子はパッケージそのものになって生きうる女であり、しかも、未だ生身の女として世間に流通していない処女である、という点である。

 観念と生理の臨界面を身を持ってなぞる貞子像は、人物像であるよりも前に、主体と対象のあいだを画してそのニつを同時に立ちあがらせ、からめとってなぞっていくことば像に近い。『佳人』においては自己言及の一瞬において、陰画的にかいま見られるにすぎなかったことばの身体が、貞子の『処女懐胎』によってなぞられているのだ。考えてみれば、『焼跡のイエス』も、『処女懐胎』も、戦後の生活や社会を新しく立て直す時期に、社会的言語的秩序・環境n外ではなくあくまでその中にあって、その秩序・環境とどうきり結ぶか、という問題をはらんでいる。それは初期の作品(『佳人』など)からうかがえる、言説と発話主体の問題を、戦後的な文脈の中で成立させた、と見てとれないこともない。

『処女懐胎』「六」で、徳雄が自己の愛の告白の言説について持つ切なさは、言語秩序内に生起する主体の切なさでもあろう。

「そのまやかしもののわが心だけが、しかも愛をはらんだ心一つが、今みずから頼む手がかりだとは、ずいぶんはかなく、かなしかつた。まわりは赤の他人だらけの、世の中の瀬にただよつて、それでも生きているといえるためには、『ぼくは貞子を愛しています。』と、ためいきに似たことばをたつた一言吐くことしかなかつた。」

 その愛の告白を、三たび徳雄に語らせて、貞子−IHSは「わが羔羊をやしなへ」と、「此世ならぬことば」を示す。それは、女たちの平手打ち、拒否のことばならぬことば(受身であるよりほかない女たちがおいつめられたぎりぎりのところでの叫び)が、究極までつきつめられたものだ。

 このとき、徳雄の瞳に、貞子は、

「青葉に染まつたまつしろなよそおいが聖霊にみちたすがたと見えた。また、その青葉のいろの、いよいよ濃く、心に染まるまでに青いのが、人間の苦患のいろとも見えた。」

 と写る。更に、徳雄を置きすてて駆け出す姿は、「若い娘のいろっぽいふぜい」であると同時に「永遠の旅人」が「遠いはるかな道のはうに走りつづけて行くといふけはひ」としてうけとめられるほかないのである。

 徳雄の瞳には、貞子の像を確定することができない。そして『聖霊」と「人間の苦患」、「いろっぼいふぜい」と「永遠の旅人」の間を貞子は駆け抜けていく。ここで、貞子が見える像から「けはい」「ふぜい」としてうけとめられるように変化すると、

「とたんに徳雄は猛烈ないきほひで、ほとんど血相かへて、あとから走りかけた。それはついさっきの林の中の顔つきとはがらりと違って、かつてたつた一度貞子から強引にくちびるをうばつたときのすさまじさに似て、あたかも今この機を逸しては永遠に逃げて行つてしまふだらうくちびるを、せめて最後にもう一度引きとめ追ひかけて行くかのやうであつた。」

 と、徳雄も、肉体的な欲望にはじかれるかのように逃げて行く貞子のくちびるを求めて走り出す。しかし、瞳から肉体へと徳雄が身をひるがえしてみても、観念と生理の間の臨界面を駆け出す貞子に触れるすべがないのは当然だろう。ここではもう、《繰り広げられる見立てや見世物に目を奪われる限り、見えないもののけはいがあたかも実体であるかのようにあらわれてしまう》ということばの肉体の臨界線(見えるものと見えないものの間)をみつめることのうちに、小説言語とむきあう行為を見出すよりほかないのではないか。

 もとより小説はどのようにでも読まれ得る。そして読み手はそこにどんな夢でも見ることができよう。しかしそれにしても、石川淳の小説言語が共有しようとしているのが、人間の夢ではなく、ことばの夢の生き死にだ、ということは見ておいてよい。

人間の夢が、自己像や世界像の成立にかけられているとするならば、ことばの夢とは、ことばという現実、言説によって主体(自己像)と対象(他者像)が立ちあらわれる様子を、ことば自身がいかになぞりうるか、という、いはばことばのズレとその回復というナルシシズムに支えられた行為が反復する世界のことだ。

 無論、そこには人間の夢がちりばめられている。しかし、ことばによってことばがなぞられていく石川の小説では、人間の夢は、ことばの夢の結果でしかない。それを石川の倒立した世界像−自己像の結果だ、といってみたところで、ことばの夢をもう一度人間の夢の側に呼びもどすことにしかならない。「ことばが行為」の少年や、<ことばをいとう少女>の姿が感動的であり得ているとするならば、見えるか見えないか、という主体の問題でもなく、素早い作者の手つきゆえでもなく、まして、秩序以前への回帰的願望のためでもなく、少年や少女の姿が、可視と不可視の臨界面を身をもってなぞる、読めないことばたりえているからだろう。僕たちは、人間の夢と同じように、やがてことばの見る夢のことさえわすれてしまうかもしれない。しかしとりあえず今は、なかば言語秩序に身をゆだねつつ、なかばそこから身をずらし、だましつつだまされることばの現場にペンを持って存在する石川淳の、小説言語によって立ちあらわれることばの夢の生死に瞳をこらしてみてよいのではないか。

 ことばに手を触れていなければ、僕達は生きられない。そして、ことばの身体に触れ得るのが、やっぱりことばよりほかにないとすれば、どのみちことばの夢と無縁ではいられないのだから。

                         1984年8月発行 雑誌「野火」2号所収

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