おやじのぼやき・主張 by 那須のふじ         ■ホームに戻る

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−その21− 

 「プロジェクト]」 

NHKテレビでプロジェクト]が再び始ました。初回を見ましたがプロジェクトを計画し管理する側と

現場で奮闘する両者が登場して総括的に捉えていたのがとても良く感動しました。でもこれも前記の「歴

史」に似て“挑戦者でありかつ成功者”の物語となっています。“挑戦者でありかつ失敗者”は恐らく登

場しないでしょう。

しかし実際は表に出てこない、あまり取り上げられない失敗例はたくさんあると思います。ここで原子

力船むつ、高速増殖炉もんじゅ、近年では三菱重工の国産ジェット旅客機MRJ等が思い起こされます。

これらはさすがに巨大プロジェクトだけあってテレビにもその経緯追及の形で取り上げられました。

でも企業内ではそこまで大きくないプロジェクト、開発テーマはたくさんあります。開発に失敗し、あ

るいは商品化に到らなかった場合はそのまま葬り去られる、見返されることも無いことが殆どです。一部

の関係者、あるいは担当者の心の中に無念な気持ちとして持ち続けて誰にも話す場面も無いのです。

那須のふじさんも技術者として開発にも随分と携わりました。目論見どおり事が運んで市場に出回った

ものもありますが、一方で日の目を見ずじまいのテーマも多々ありました。その陰の部分を思い起こす

と未だにこうすれば、ああしておけば、と考えてしまいます。

ところで那須のふじさんが以前いた会社のホームページに同世代の技術者3人が成功者ふうに紹介さ

れていました。本人たちはそうは思っていなかったでしょうが、如何にも勝ち誇っているように見えまし

た。彼らは会社の主要機種に永らく携わり、新たな開発品が革新的であった、との紹介です。その成果を

同時期に別の革新的テーマで奮闘したものの“失敗”した側の者から見れば、「梯子を建てるより梯子

を伸ばすのは簡単だ」と思ってしまうのです。                (24425日記)

−その20−   

「歴史は嫌いだ」

NHKテレビの大河ドラマでは良く武将が登場します。しかし那須のふじさんはこうした歴史ものが嫌

いです。大概は合戦を繰り返して勝ち残った者たちの歴史なのです。敗者の物語は受けが悪いからなので

しょう。子供の頃はヒーロー物を良く見ていました。この場合戦う相手は“悪者”です。ヒーローに鉄砲

で撃たれてあっさり死んでしまう様を見て「悪いんだから当然だよな」との思いでした。今でもあまり違

和感はありません。しかし合戦は違ったようです。戦うのはお互い“悪者”ではなく“武士”ですね。武

士の生活は時代によって違うかも知れませんが、平時は農業で有事には動員されて戦った人も多かったと

聞きます。それが戦となると戦えば一方はあっさり死んでしまいます。数万人単位の合戦もあったようで

すが、いかほどの人が死んだのでしょう。明治以降のいわゆる“戦争”でも多数の死者を出しての歴史と

なっていますが、ややこしいのでここでは江戸時代以前の日本国内でのことに限りましょう。とにかく武

将たちの起こした合戦に伴う犠牲の上に成り立っての経緯が“歴史”と思っています。

那須のふじさんは農家の生まれです。前世ではお館さまの一言で戦に駆りだされ武勲を挙げたかあっさ

り討ち死にするか、だったかも知れません。でも現存しているから死んではなかったのかも・・・。しか

し残された親族たちの思いは如何ほどだったでしょう。それぞれの人に歴史があるのです。ドラマのよ

うにあっさりと死んで幕引きとなるのでは寂しすぎます。               (2448日記)

−その19− 

   「やはりIT機器には慣れない」   

73歳になってしまいましたが、いまだIT機器を使いこなしているつもりです。パソコン4台、タブ

   レット端末2台、当然スマートフォンも使っています。パソコンは家を出て行った子供たちが残していっ

たもの、新旧いろいろなので用途により使い分けています。古いものはVISTA機、ネット使用は無理

ですが単独でのWord文書作成等は殆ど問題ありません。故障に備えつつ最後まで使い切るつもりです。

 妻も同様にIT機器を使っていますが、最近画面での設定について顔を見合わせてしまいました。スマ

ホでSNS(LINEを)使っていますが次の画面はその設定画面です。 

このアイコンは通知音設定のものですが、さて今スマホはいったいどういう状態なのでしょう。この部分

を押すとどうなるのでしょうか。答えは”非通知”状態のようです。押すと“通知オン”となるらしいで

す。ソフト制作担当者も迷ったかもしれませんが、近年のIT機器は“直感”で操作できるとことをめざ

しているようで使用者は“慣れ”を求められます。取り扱い文書には記載があるのだと思いますが、おそ

らく分厚い、いや多大なページのものでどこに記載されているかを探すだけで疲れてしまうでしょう。次

はこうしたアイコンについての先駆者を標榜するメーカーの画面です。

iPADのキーボード画面です。和文入力の際小生はひらがな入力派ですがタブレットは画面が小さいの

で止む無くローマ字入力を使います。さて、上図の場合は和文入力、英文入力どちらなのでしょうか。大

半の皆さんはご存じなのかも知れませんがこれは英文入力の状態です。「あいう」アイコンを押すと和文

入力に切り替わります。これに気が付くまで随分と迷ってしまいました。IT機器は間違いを繰り返して、

カットアンドトライで覚えるようですが、高齢者には大変です。この点、アンドロイドスマホの切り替え

はもう少し分かりやすいと思います。

 ソロバンから電卓、ワープロからパソコン、そしてスマートフォンと技術革新がされる度に色々な機器

を使ってきましたが、そろそろ頭の限界なのでしょうかね。こうした歴史を知らずしてIT機器を使って

いるZ世代の方々が羨ましいやら、どうとやら。

 この件について妻ともう一つ話をしました。「明日は行かないよね」に対して日本では「はい、行きませ

ん」だが英語では「No I am not」と最初の言葉が逆になる(これ正しい?)らしい。この言葉、

考え方の違いが英語圏の文化が源流になっているIT関連が老人になじめない原因かもね。

<追記>

しばらくぶりにこの項を作成しましたが、#18で登場の猫は2021年7月に突然死んでしまいまし

た。でも以降はもう一匹の猫が長生きしていて、同様に仕事部屋に入ってきて邪魔をします。相変わら

ず「全くモウ」です。

  (24218日記) 

−その18−                                               

   「全く猫ってヤツは」  

    今の仕事は現地に行って取材が中心ではありますが、その後に報告書としてまとめる必要があります。

   だから家の自室で終日パソコンに向かっての物書きとなります。家には2匹の猫がいて、ともにメスな

   のですが、どうにも困った行動をします。夜行性の動物ということでだいたい日中は寝ているのですが

 その場所が良くない。小生にとっては仕事の邪魔をしているとしか思えません。パソコンの上、プリン

タの上にどっかりと座って、どかそうとすると「ニャアアーオ!」と反抗、強引にやってもやがて元通

り。邪魔なだけでは無く、いわゆる猫毛の置き土産。時々膝の上に乗ってくるので、動くに動けない状

況になることも。頭をなでてやるもんなら、ゴロゴロ言ってツメも立ててきます。やがて飽きるのでし

ょう勝手に降りて行って、しばらくするとまた膝の上に駆け上ります。全くモウ、仕事がはかどりませ

ん。全くモウ、猫ってヤツは。

 パソコンの上、プリンタの上が何でいいのでしょう。共に手で触ってみると、冷たさが感じられませ

ん。それと「高み」のなるためなのでしょう。持って生まれた感性での行動なんでしょうね。

14-2-28全く猫ってヤツは(1) 14-2-28全く猫ってヤツは(2)            (14228日記) 

−その17−

   「アイゾーニッポン」  

    新しい年度になって、ラジオも衣替えしています。仕事柄、車での移動中はラジオを良く聞いている

のですが、今年から「アイゾーニッポン」というコーナーが始まりました。ラジオの残念な、しかし面

白い面はどんな字なのか判らないこと。内容は“世界を知り、新たな目で日本を見つめる企画”なのだ

そうです。「愛憎ニッポン」と書くのかな、と思いました。日本を見る時、確かに愛したり憎んだりする

面も多々ありますよね。面白い表現ながら、でも「公の放送でそれはちょっと」と思ってました。する

と先日「Eyes on ニッポン」と言うのだと、私と同じように考えた人の「愛憎ニッポンなのか」

という投書を訂正していました。オイオイオイ、いくら外来語が氾濫しているからと言って、せいぜい

単語どまりにしてよ!!

 優秀な人たちが集まった放送局です、当然そう受け取られることは承知の上なのはず、こんなやりと

りが有ったのでしょう。

ディレクター「今度の新コーナー、テーマは決まったがタイトルはどうしようか?何か提案はないか、

       オイ那須のふじ君、どうだ」

那須のふじ 「ええ、何ですかあ」

ディレクター「コラ、会議中に寝てんじゃあネエ、何でもいいから言って見ろ!」

那須のふじ 「はあい、何んにも思いつかねえです。次ん時まで考えておきやす」

ディレクター「何だとウ、よくもそんなことでよくウチの局に入れたな、しょうがネエやつだ。それに、

       その訛り、まだ治せんのか、それこそ次回までに何とかシロ。オイ、埼玉のふじ、お前

はどうだ」

埼玉のふじ 「はい、Eyes on ニッポン、ってのはどうでしょうか。“日本を見る”という意

味合いになります」

   埼玉のふじさんは、どうやら英語がかなり出来そうです。

   ディレクター「Eyes onなんて言い方、有ったかな。まあ新鮮な言い回しでいいかな。いや待て

          よ、愛憎ニッポン、と受け取られやしないか?」

   那須のふじ 「愛憎って、どう言う字を書くんですかあ?」

   ディレクター「何だ、そんなことも知らないのか、オマエは寝ていろ! 埼玉のふじ、どう思う?」

   埼玉のふじ 「その可能性は大きいでしょう。特に高齢者から指摘があるかも知れません。でも今どき

の若い人はカタカナ表現に抵抗が無いので、すんなり受け入れられるのではないでしょ

うか。」

   ディレクター「そうだな、やはりラジオも若い連中の受けが良くないとなあ、ようしそれで行こう!」

    とまあ、こん経緯で決まったのでしょう。年寄りは、どうにも、いよいよ、ついて行けません。

   そう、午後の番組も変わって、なにやら歯の浮いたような話し方をする若そうな娘さんと、いわゆるニ

   ューハーフ、とかおねえ、などと呼ばれる人が出てきて、少々虫唾が走るような状況になってしまいま

した。全く残念です。

 

−その16−                          

   「ipod」  

今私の手の中に“ipod touch”なるものが有ります。今はやりのスマートフォン先駆とな

った“iphone”そっくりで画面もそんなものなのだが基本は音楽プレイヤーです。これでインタ

ーネットも見えるので色々と使い道が有りそうです。ところで田舎のオジサンがこんなものを自分で買

うことは有りえません。では何故?実はこれ私の息子から貰ったものなのです。聞けば「古くなったの

でもう少し新しいものを手に入れた」と言いやがるのです。それで小生が頂いた次第。この機械、最新

のものに対して2世代ほど前のものと言いますから丁度いいのかもしれません。年寄りは最新のものに

は付いていけませんからこれで勉強しましょう。

息子は「還暦過ぎのオヤジが電車の中でこれを使っていたら面白いねえ」などと言っていましたが、

電車の中では本を読むんです! それでさっそく音楽を入れて使っていますが何を入れたかって? 当

然“美空ひばり”ですよ“森進一”ですよ。“平原綾香”も入れましたがね。これでスマートフォンへ

の踏み台としますか。そういえば上の写真を撮ったデジカメも娘からのお下がりで撮ったもの、今どき

こんなもんですかねえ。

 説明: 説明: C:\Users\fujikake\AppData\Local\Microsoft\Windows\Temporary Internet Files\Content.Word\12-5-31篤史から貰ったipod touch.jpg                     (12531日記) 

−その15−                                              

   「東日本大震災!」  

3月11日の地震では那須地域も揺れに揺れて“震度6強”となりました。その時私は自分の部屋に

いて仕事の事務処理をしていました。最初はそれほどの揺れじゃあなかったので先ずはとストーブを

説明: 説明: 説明: 11-3-11・2階の洗面台落ちる   消して様子を見ていました。すると次第に揺れが強くなってこの部屋の棚

に積んであった書類やら箱やらがバラバラと落ちてきてすぐに足の踏み場

も無いくらいに。幸い棚が倒れる事は無く、使っていたパソコンを切って

しばらく様子を見たのち余震の続く中を外にでたのです。皆さん仕事に出

かけている時間帯なので隣の奥さんなど数人が様子をみていました。近隣

の何軒かの家が屋根瓦、石塀が損壊した程度でケガ人、火事等は無いよう

です。家の中に戻ってみると台所の食器類があらかた床に落ちて随分と割

れています。そして2階にある洗面台は鏡が外れて落下していました。こ

れがもっとも大きな被害で屋根、塀等の損壊などは無かったのが幸いです。家族やら親族の被害が心配

されましたが、しばらくして連絡も取れ事なきを得ました。また後で判った事ですが那須地域では那須

烏山市の土砂崩れで不幸なことに2名の方が亡くなられました。その他にはケガ人等も居なかったよう

です。被害の中心はやはり屋根と壁の損壊で、県北全域にわたっているようです。

 しかし今回の地震、「那須地域は大きな地震に襲われる事も無いところ」と勝手な小生の考えを見事に

覆してくれました。でも未だにあの揺れは信じられません。また一時は福島原発から100kmほどし

しか離れていないのでその影響も懸念されましたが、今のところ大丈夫なようです。と、こんなふうに

書くとここ以上の被害に遭われた方がたくさんいますので申し訳ないくらい。それにしてもあの観測史

上最大というマグニチュード9.0とは何ですか。また高さ15mとも言われる津波は何ですか。誰か

が“天罰”と言ったらしいですが日本人がそんなに悪い事をしているとは思えません。それでも揺れた

のは事実ですし過去の経験はあくまで過去なのですから更に今回を上回る震災が無い保証もありません。

でも“備えよ”と言われても何を基準にすれば良いのか判らなくなります。たぶん次の震災があるとす

れば南海沖を震源として、となるような気がしますがだからと言って日本から逃げ出す訳にはいきませ

ん。つまりは自然に対しては謙虚になり、出来うる限りの備えをするしかないでしょう。津波はまた起

きる可能性がありますがどう逃げるかの準備は出来るでしょう。それにしてもまあ小生が生きている内

にこんな揺れを再び経験することは無いと思いますがねえ。

                           (11331日記) 

−その14−                                              

   「AKIHABARA!」       

    娘が東京の学校に進学することとなり、引越しがてら暫くぶりに秋葉原を歩いてきました。

秋葉原に初めて行ったのはもう40年以上も昔だが、以来年に数回は行っているから何回歩き回ったこ

とやら。ご存知のようにこの町は今でも電気の町です。当時から家電製品の店は有りましたが那須のふ

じの目的はあやしげなバラック作りのような店で売っている電子部品を買うこと。田舎ではなかなか手

に入らないのです。中にはいわゆるジャンク品もたくさん有り、たまに有る“米軍放出品”は当時の電

子製品先進国の力をまざまざと見せ付けられたものです。真空管式の無線機器は性能の古めかしさは否

めないものの未だに素敵なデザインと思います。当時に戻って買ってみたいものです。当時は金も無く

て手が出ませんでした。

さてそれから時はうつろい、秋葉原も随分と変わってきました。土曜日に行きましたがかつて無いく

らいの人出の多さに驚きました。どうやら日本人で無い人もたくさん居ます。日本人と韓国人、中国人

は顔を見ただけでは判りにくいのですが、携帯電話で大声で話している人は中国の方の様です。そして

肌の黒い人、髪の白い人、親子連れ、男女二人連れ、団体、様々な人たちが狭い通りを行き交います。

その人たちを目当てに何やら呼び込みの人。この手は昔はあやしげなオジサンだったのですが今はマン

ガの世界から出て来たようなコスプレ姿の若い女性が、何かを配ったり若い男を相手に会話をしたり、

呼び込み役もなかなか楽しそうです。この傾向、10年くらい前からと思いますが駅の南にある“秋葉

原ラジオ会館”の中にラジコン、フィギャアなどいわゆるホビー専門店が出展するようになってからと

思います。アマチュア無線、オーディオ、パソコンと流行の変化がこの町の性格を形作ってきましたが

いずれも電子製品に変わりが無かったのがホビーの登場は大きな変化のインパクトになったようです。

 そんな雑踏をかきわけていつもの電気部品の安売り店に。裏通りに秋月電子、千石電商の2店並んで

いて大抵の部品は買い揃えることが出来ます。最近は台湾、中国の部品も有って安いのが結構。以前は

駅前のガード下がこうした商売の中心地で今も営業しているのですが少々高い。今回の訪問目的は、出

来上がったら発表しますがまたまた真空管式ラジオ製作のためで、従い耐電圧の大きいものが要るので

すが最近はめっきり品数が少なかったり在庫が無かったで、さびしくなりました。結局いくつかの部品

は低い電圧で動く部品を組み合わせて使うこととしました。

 しかしこの手の電気部品店は相変わらず人気があるようですごい人出でした。皆さんいったい何を作

るんでしょうねえ。とにかく嬉しかったのは思いの外若い人が多かったこと、中には女性の姿も有って

最近言われている理工系離れはここでは全く感じられませんでした。

                                 (1138日記) 

−その13−                                              

   「還暦を迎えたのだが」       

   今月で還暦を迎えました。殆どの人がそうだと思いますが本人は全くその自覚がありません。体はさす

   がに20歳代とは言えないまでもたいして体作りをしていなかった40歳代に比べれば例の緩走のおか

げて体は軽く体調は上々のつもりです。精神的にも頭の柔軟性は失っていないつもりです。思考力も充

分あるからこそ仕事が続けられているのでしょう。

そんな小生に市から60歳になった人を対象とした講演会の案内があり、何か得るものがあるだろう

   と参加しました。タイトルが“60からのよいことはじめ”とあって推して知るべしの内容。このホー

ムページで紹介している、例えばものづくりは中学生からの趣味、また山登りも初めて登った男体山は

昭和45年の学生時代で、今更の感があります。でもそんなことを考えながら聞いていたら「暴走老人

にはなるな」と言われてなるほど、「時間のおすそわけ」も中々良い、と得るところがありました。いず

れも今まで聞かされたことを言い方を変えただけですが言い古されたのでないのがいい。素直に受け止

めてましょう。でも考えさせられたのは「老人とは何歳から?」として調査結果の紹介でした。本人の

認識は取り巻きの人の認識と随分差があるようです。最初にも書いた通りの小生に限らずかなりの人は

周囲の人が思うより若いと考えているのだそうです。「まだまだわしゃあ若い、そんな年寄りじゃない」

ということです。でもたぶん本人より周りの人のほうが年老いた事に伴う言動の変化が分かり易く気が

付くのでしょう。でもそれを直接言われると当人はそう思っていないから気に食わないと角が立つ。そ

れで反発すると回りはますます「年寄りだから」と来て悪循環・・・。

おやおや、チト愚痴のようになってきました。まあ還暦を迎えて謙虚にいきましょう。

                                 (11223日記) 

−その12−   

   「自分の席は?」       

   前の会社を退職して1年半近くなりますがこの頃になって夢の中に会社勤め時代の色々なシーンが出て

くるようになりました。先日は席替えの場面が出て来たのです。事業が悩ましい会社ほど組織変更を頻

繁にやるようです。伸び盛りの会社でも人員が増えての組織変更もあるのでしょうが、年老いた会社で

は組織変更により若返りをさせるつもりでやるのでしょう。ともあれそれで席替えとなるのです。

その日も変更が有ったようで皆さん机をあちこちに配置しなおしています。ふじさんはたぶん出張か

   ら帰って来たのでしょう、自分の席がどうなったのか知りません。それで近くに置いてあるレイアウト

   図をみて自分の席を確認しようとするのですが、出来が悪く良く判りません。それで近くのヤツに聞く

のです。

「俺の机はどこだ?」

するとそいつ曰く

「ふじさんのはあれですよ」

しかしそこには書類が乱雑に積まれていて明らかに自分に机ではありません。それでたぶんこの席あた

りだろうと思い確認するのです。

「ここでいいんだろう?」

するとまた誰か言います。

「それじゃあないですよ。こっちの机ですよ」

でもそこはどうみても別の部署の机のようです。そしてさらに回りに聞いてみますが皆さん忙しくして

いるばかりで返事をしません。

「じゃあいったい俺の机はどれなんだ、席はどうなったんだあ・・・」

結局回答を貰えないまま目が覚めてしまいました。

 会社時代の席は結局失ったのですが、家に戻って自分の席はどうなったのでしょう。これは別の機会

にでもぼやいてみましょう。しかし幸い仕事の面では新たな席を見つけることが出来て元気にやってい

るのです。

                                 (11122日記) 

−その11−                                             

   「10kmランの記録を作った」       

   これはぼやきではなく完全に自慢です。もっとも殆んどの皆さんは「自慢にもならねえ」と言うと思い

   ますが、自身の中では全くの自慢なんです。何せ中学性の頃、わずか3kmくらいの走りで最後は付い

   て行けず歩き、当然のようにビリグループだった私。その後の学校で陸上部なんぞに入部したのは今で

   も理由が判りません。当然トラックではなくフィールド競技専門でした。そんなやつが、還暦まであと

3ケ月と言う歳になって10kmレースに出て制限時間内で走れたのだ。すごいじゃあないか。

 出場大会 大田原マラソン 10kmの部 記録58分14秒

ほら、笑ったでしょう。この記録、一位の外人さんの倍以上になっていますが本人は大満足なのです。

−その7−でも書いたようにそもそもメタボ対策で走り始めたのです。結果として減量できたのでその

成果を別の形で見てみたい、でいつも走っている競技場で開催されるレースに申し込んだ次第。ところ

が届いた受付通知にとんでもないことが書いてありました。足切りが有って最初の3kmを18分以内、

10kmを1時間以内で走らないと記録が残らないと。受け取ってからは“緩走”どころでは無くなり

慌てて高速化の練習を始めたのです。しかしこの歳ではすぐに息が切れ、やがて筋肉が悲鳴をあげそう

でした。結局時間以内に走りきれる自信が無いまま大会に臨むことに。10kmの部は400名ほどの

参加者で、県外の人も多く皆さん気合が入っています。号砲が鳴り前の人に続いて走り始めました。レ

ースの展開としてゆっくり走って後から皆さんを追い越して、などと呑気な考えでいましたが実際はす

ぐに次々と追い越される展開。ともかく沿道の声援を受けてのランは気分のいいものです。おかげで最

初の関門である3kmは17分で通過、足きりを免れました。その辺りからペースは自分でも判るくら

いに低下していきましたが、日頃の成果なのか大きく落ち込むことも無く折り返し。しかしここからは

時折右足にピリピリと痛みが、左足にはピクピクと痙攣のきざし。そのためスピートアップもままなら

すで残り2kmの表示。まだ15分の残り時間だったので完走を確信しましたが、やはりスピードは上

がりません。前を行く人を見て「随分ゆっくり走ってるなあ」と思いましたが何のことはない、自分は

もっとゆっくりじゃあないか。それでもやがて競技場に入り、あとは惰性でゴール。

今回の目標はとにかく記録を残すことでしたが、見事にそれを達成。やはり自分で自分を褒めてやりま

しょう、いい歳こいてよくやったと。

                                 (101125日記) 

−その10−

  「パソコンは便利品か」       

   パソコンを更新した。パソコンは那須のふじにとって全くの必需品。そしてやはり最新のものは実に

“便利”だ。動きは速いしメモリ容量もたっぷりあるから安心して色々なデータを入れられそう。実は

以前のものが遂に起動出来なくなり、あわてて更新したのだ。パソコンはDOS機から始まりこれで8

台目となる。現役は家内と子供二人が使用、そしてこの筆者のものと。

やっぱりメーカーは立派です。ハードメーカ、ソフトメーカとも日々技術を向上、性能と価格を両立

させてパフォーマンスを素晴らしく向上させている。でもね、ここで大きな不満があるのです。OSの

アップデート、ウィルス対策ソフトだ。

パソコンを使われる人は承知のように、毎日のように“アップデートファイルを受信しました”とくる。

そして指示に従ってインストールしていくと、当然パソコンのどこかに格納される。通常はCドライブ

なのだが、先日壊れたパソコン、古いためかそのCドライブの容量はもともと小さかった。だから指示

通りにすると次第に残容量が小さくなった。もとよりCドライブは仮想RAMとしても使われているか

ら当然動作は遅くなるし、また起動困難となる前から複数のWEBに同時アクセスすると固まる事が多

くなった。それがついに“動きが取れなくなった”ために起動が出来なくなったのだと考えている。要

するにこれは“アップデートファイルそのものが、いわゆるウィルスと同様にパソコンを殺した”

のだと考えている。もっともメモリ容量が大きければ問題は無かった、のだろう。要するに「パソコン

は時代に合わせて更新しなさい、そうしないとやがては使えなくなりますよ」とソウトメーカ、パソコ

ンメーカが協調して仕向けているようだ。でもこれで本当に“便利品”と言えるのでしょうか?。

                                 (101024日記) 

−その9−

「生活必需品と生活便利品」

   BSの民放を見ているとテレビショッピングばかり、ラジオの地方局もこの手の放送が多い。そこで

宣伝されているものは、生活便利品ばかり。またいわゆる“発明品”として紹介されるものもそのたぐ

いが多い。例えば・・・

家の中に今変なスリッパがある。裏がモップ様になっていて、どうやら「歩くたびにモップで拭くの

      と同じ効果が得られる」ものらしい。するとこれを使っていれば掃除をしなくていいのかな。すればそ

れは“便利”なのかも知れない。でもね、廊下の隅はどうなるの?あえて隅をあるくのかな、それとも

歩きながら足を動かして掃除をするのかな。

と、効果に疑問を感じるのだが、まして無くてももともと別の掃除手段はあるしスリッパもある。だ

からそのスリッパ、これが生活便利品なのだ。掃除手段の掃除機は今は生活必需品と言えるか。でも我

が家にはホウキという原始的な掃除用具があり、実際このほうが手っ取り早くて便利。

産業革命以来、人間はひたすら生活必需品を作り続けてきた。家の中のあらゆるモノ、衣服、車、と

殆どが生活に必要なモノばかり、のように見える。しかしそれから時は過ぎて人間のたくましい努力に

より身のまわりにはモノが溢れかえっている現状。今はかなりのものが実は生活必需品でなく単に生活

便利品なのではないだろうか。本当に人間の生活に必要なのだろうか、単に便利差を少し増しただけな

のではないだろうか。モノづくりの現場から離れてしまい今はどうにもしようがないが、現役の各位は

ぜひその事を考えてみて欲しい。まだまだ“必需品”はあるのじゃあないかと。

 こう考えて更にこの必需品と便利品は人間にも当てはまるのかも知れない、と思い至った。人だから

“品”ではないはずだか誰か人間の品格と言ったね。ともあれ特に社会では皆さん、ぜひ“必需”な人

間で有るべきだろう。それを目指して日々精進すべきだろう。“便利品”になっていないか一度高みから

見直したらどうだろうか。

 しかし家の中では随分違うみたい。どうも私自身“生活便利品”になってしまっているような。

                                 (10914日記) 

−その8−

「東京、若い人は大変だね」

 現役の頃はなんやかんやで全国を駆け回っていました。本社が東京だったので当然行く機会も多々。

“ものづくり”には特殊な部品がどうしても必要ですが出張の機会に容易に手に入れることが出来ました。

   しかし那須にこもってからは行くにも自費で、鈍行でかなりの時間をかけて行くしかない。新幹線なんぞ

   は緊急時の代物でしょう。それでこの度久しぶりに行ってきました。行き先は当然のように秋葉原。フリ

   ー切符なるものが有って、娘から「便利だから使いなよ」と薦められて購入。秋葉原では相変わらずのメ

ードさんと次第に増えた外人さんの間をかき分けていつもの店を回り部品を買ってきました。連休の最中

とあって人手の多いこと。それで接点復活剤、ボリューム、真空管、などを購入。何を作るかは後のお楽

しみ。でもこれらからはどう見ても最新の機器ではないことが見当が付きますね。

フリー切符は都区内が乗降り自由なので「さて、次はどうしようか」と考え東京駅で降り、JAXAの

   展示屋をみてきました。例の事業仕分けで“廃止”対象とされているものです。何度も見ていますが、連

休中ということと“はやぶさ効果”なのか結構賑わっていました。いずれここではやぶさカプセルの現物

が展示される予定と言われてますが、見てみたいものです。次に向かったのが渋谷。「那須のふじのオジサ

ンが渋谷へ?何考えてんだあ」と言う声が聞こえてきそうですが、行き先は知る人ぞ知る東急ハンズ。も

のづくり人を自称する人にとっては聖地みたいなものでしょう。かなりのマニアックなものまであります。

今回買ったものはベアリング、確かに「外じゃあなかなか手に入らないよね」という代物。

 この東急ハンズ、渋谷駅から例の交差点を渡ってその先にあるのだが、もともとその方向には大学がた

くさんあるのだそうで、従いギンギンの若者の町、なのです。那須のふじが行くといつも異星人ではない

かと自覚してしまいます。顔だけでなく身に付けているものを見ただけで「ださいシジイ!」と遠くから

でも判るでしょう。しかし今更そんなことは全く気にならないし、それだけの年をかさねてきました。一

方若い皆さんはさすがにファッションに気を使っている様が良く判ります。なるほど今の流行は、という

人や都会人らしい楚々とした人、「なるほどこれが都会なのだ」と実感します。でもね、一方で皆さん大変

だよねえ。やはりその場の雰囲気、いまじゃあ“空気”と言うのか、に合わせて身なりを整えないと浮い

てしまうのだろうね。日本人は浮くのを嫌う人が多いようだから、たぶん相当に気を使っているのだろう

ね。女性は昔からそうだったが最近は男連中もそうみたい。それは全く否定をしないし結構なことでしょ

う。だけどこのオジサンの形振り構わない、だから若い人は「ジジイはしょうがねえなあ」とさえ思われ

ていない気楽さ。比べて今の若い人は大変だよねえ。             

                                 (10719日記) 

−その7−

「確実に痩せる方法・緩走」

    那須のふじ、は男です。生まれながらに体型はガッチリしていて、加えて食べるとは大好き、甘いもの

   には目がありません。また割りと体は丈夫に出来ているようで、大きな病気にかかったことも今まであり

   ません。だから子供のころから一貫して体重は増え続けていました。ところが還暦も近づくとやはり自分

   の健康を以前に増して気を使うべきだろうと考えるようになりました。おまけに、余計なお世話というか、

健康診断の結果でいわゆる“メタボ予備軍”とされ、病院で“特定保険指導”を受けることとなったので

す。看護士さんから目標体重を決められ、そのため何をするかを申告、さらに毎日の体重、腹囲測定を指

示されたのです。これに後押しされた形で一段と“減量”を進めるよう自分を追い込みました。

 実は現役時代から体を動かすことを心がけるようにしていました。工場での事務職は殆どイスに座って

いる毎日、体を動かすことはあまり有りません。「何とかしなくては」と考えていたところに単身赴任生活

が待っていました。特に寮に入ってからは食事の準備も不要となり、時間的に随分余裕が出てきました。

そこで始めたのが歩くこと。とは言っても帰りはだいたい暗くなるし、疲れているのでとても歩く気にな

りません。だから朝少し早く起きて遠回りして出勤することを始めました。年のせいか早起きが苦になら

ないし、だいたい気分が宜しい。また近くに大きな川があったのでその土手を歩くと、四季の移り変わり

が感じられてこれまた大変宜しい。次第に距離を伸ばして1時間ほど歩く毎日となりました。しかし、肝

心の体重はあまり減りません。そこで已む無く走ることとしたのです。とは言っても小生子供の頃から長

距離を走るのは大嫌い。中学生の時一斉マラソンと称して3kmほど走ったのですが、たぶんビリだった

と思います。それに早朝走るのはやはり体にいいとは思えません。それでいわゆるジョギングで走るので

す。その速度の定義があるのか無いのか知らないがとにかく随分遅い走り方。それで自分なりに“緩走”

という言葉を考えましたが、ふとWEBで検索したら既に有るではないですか。さて、やがて突然の退職

となって単身赴任生活が終了するのですが、那須に戻って新たにコースを考えました。幸い近くに運動公

園があります。ここには競技場の周りに600mあまりの周回コースがあります。クッションのある舗装

がされていて走るのには実に具合が良い。それで今のパターンはまずは家を出で20分くらい歩きます。

それも次第にスピードを上げます。そして周回コース前から走り出して4週、そこから少し遠回りして家

に帰るコースです。都合5kmほどを走っていると思います。周回コースは散歩する人が多いのですが、

たまに走る人もいます。しかし小生の“緩走”はその誰よりも遅い走りです。早く歩く人がいると追い越

すのに時間がかかるくらい。それでも3−4周目になると汗が滴り落ちてきます。そして月曜日から金曜

日まで毎日続けています。それで体重を量り続けてみました。すると、ピーク時に比べて10kgの減量

に成功したのです。ということで一時より随分痩せました。しかし悲しいことにそのことと加齢の相乗影

響なのか、顔の皺が増えて、しばらく会わない人には「痩せたねえ」と体の調子を労わる言葉を頂く次第。

でもおかげで実際随分身軽になった気がします。

 いわゆる“ダイエット”なる言葉があるが、多少体を動かする程度では全く効果はありません。まして

食べてダイエットなどはトンデモナイ。痩せたいならやはり汗をダラダラかいて体を絞るしか有りません。

そしてそれを2−3年続けることです。確実に痩せることが出来ます。

                                 (10620日記) 

−その6−

「気に入らない横文字」            

   日本語は本当に柔軟だと思う。子供の頃から科学にばかり興味を持っていて、だから歴史はうといのでは

あるが、日本語は中国語が源泉となってそれを変化させて作ったと教えられた。生い立ちがそうであるた

めか、特に明治以降西欧の語彙が入り込んで、それが既に日本語として定着しているものも多い。特にモ

ノの名前などは新しい場合は横文字のほうが多いのではないか。でももはやそれを何の違和感も無く使わ

れているし、小生も異論はない。会社に勤務していた頃は、社内がそうであったためか横文字を使えるこ

とがステイタスの一部となっていたように思う。それはモノに限らず考え方にもあてはまり、最近の役所

行事は聞いたことの無い横文字が出てきた。寒くなると“ルミナルエ”なる催しが登場するし、またどこ

かの市では“ラ・フォル・ジュルネ“なる音楽会が開催された。何か無理をして横文字を使っているよう

な気がする。しかし小生がもっともいやな横文字表現は“キッズ”“ダディ”だ。キッズガーデン、ビッグ

ダディ、といわれたら虫唾が走る。保育園、幼稚園でいいじゃあないか、おやじでいいじゃあないか。色

々と思いを持って命名するのだろうが、やはり節度を持って使ってほしいねえ。いくら柔軟な日本語、と

言ってもやはり日本人は日本語を使おうよ。先人が脈々と作り上げてきた言葉を大切にしようよ。

                                             (10620日記) 

−その5−

  「後輩の退職」                               

   先日小生の後輩が退職した、との連絡を受けた。小生も会社事情での“早期退職”となったのだが、彼

   も追って同様の身の上となったらしい。事業の不調、と言えば簡単だが生身の人間としては複雑な思いを

   持ったことだろう。自分がそうだった。

   あがいても会社人間であるかぎり“定年”はやってくる。聞けばその年齢も様々なようで、50歳台とな

っているところもあるそうな。するともはや“当然”という気もするのだが、でも大体の企業では60歳。

さらについこの前までは“定年延長”と称して65歳まで働ける仕組みがあった。今でもそれは生きてい

るのだろうが、都合が悪くなると生かされないようだ。しかし一方では組織の長は全て自分より若い連中

だったし、それで事業が回るようになってきたようだ。すると自ずと“居場所が無い”ことを感じるよう

になる。そしてまだまだやれる、と思っても目は霞む、キーボードのミスタッチが増えて、時々キーワー

ドが思い出せなくなる、となると“定年”というのは避けて通れない。しかし、もっと同じ職場で、同じ

仲間と、同じ仕事をして、働きたかった、と様々な思いが交錯して複雑な思いだ。しかし時が過ぎて小生

は別の職場で、別な相手に、別な仕事を始めた。殆ど新人社員と同じ気分であるし、実際そうだ。とにか

く働くことで、体を動かすことで絡み合った頭の中を揉みなおしできそうだ。どんな形でもいい、前進を

することが肝要なのだとつくづく思う。残念ながら人生の歯車は反転できるようになっていない、ワンウ

ェイなのだ。

                                             (1044日記) 

−その4−

  「目立ってきた中国」   

   中国には出張で何度も訪れた。昨年今頃にも上海に行ったが今年開催の万博準備のためであろう、随所

で工事中。だから天気が良いにも関わらず空は曇ったように黄ばんでいて、視界も靄がかかって良く

なかった。国づくりの槌音のためなのだろうが、息をするのが少しためらわれた。その中国、今年にも

GDPは日本追い越して米国に次ぐ見込みと言われる。何せ日本の10倍の人が居るのだろから当たり

前だろう。そしてその伸張ぶりが日本に居ても身近に感じられるようになってきた。

・・・・・趣味の一つであるマチュア無線で最近中国語の交信を頻繁に聞くようになってきたのだ・・・・・・

無線局が一番良く使っている短波帯は、私がアマチュア無線を初めた時期で日本がいざなぎ景気に沸いて

いたころ、聞こえるのは日本語ばかり。「こんなふうに独占していていいものだろうか」と思ってはみた

ものの、近隣諸国はまだ経済が停滞していてアマチュア無線どころではなかったようだ。だから“独占”

していても誰からも文句を言われなかった。その状態は日本が経済成長をしてきたここ40年は続いてき

たのだが、そこに変化が出てきた。アマチュア無線は設備を整えるためにそれなりのお金がかかる。しかし

その割りに目に見える利益が無いから、先進諸国の趣味だったと言えよう。だが中国の皆さんも随分所得

が向上して容易に機器を入手出来るようになったようだ。だからアマチュア無線家が増えているらしい。

関東地方から見ると中国とは言っても場所によっては沖縄より近い距離になるのだから、容易に電波が届く

のは当然なのだ。

アマチュア無線での海外との交信は英語によるのだが、近い国なのにそれは堅苦しい。そして一般的には

彼らも英語は苦手のようだ。さあて、せっかく交信相手が増えてきているのだ、中国語の勉強をしようか。

(1027日記)                     

−その3−

  「未見の我に出会いたい」  

私はよくラジオを聴いている。今朝は風邪気味なので布団の中でボンヤリ聞いていたのだが午前の

NHKラジオに生島ヒロシさんが出演。ここで「未見の我に出会いたい」と言っていた。他局のラジオ

パーソナリティーで活躍している彼は50を過ぎてから資格取得に目覚めたそうで、ふとしたキッカケ

で始めたそうだが、それで知らない自分を自覚したという。その体験が更なる資格取得の原動力となって

いるとか。そして還暦を迎えて「今後も夢と希望を持って」とも言っていた。私も会社を退職する際の

挨拶で同じことを言ったのを思い出す。生きているかぎり何らかの目的、目標を持っていたいと思う。

それを求めてあれこれ考えるのは楽しいしものだ。

  「世のため人のため、そして3番目に自分のため」とも言っていた。長く勤めた製造会社でのもの

づくりも「世のため」ではあるが「人のため」のポテンシャルは低かった。還暦を間近にして今後は

何らかの形で「人のため」に実践してみたい。そのうえで「自分のため」をするべきであろう。

(1014日記)

−その2−

  民放テレビはイライラする・・・私にも笑える番組を作れ!

  民放テレビは見ない・・・後出しコマーシャル、その後の巻き戻し、ボカシの多用で結論先延ばし、

本当にイライラする。見る側の気持ちを理解しているのか。私はそのとたんにチャンネルを変えるか

トイレに行く。もっとも放送局もそれを見越して巻き戻しをしている? 確信犯か?

  民放のゴールデンタイムはお笑い+クイズばかり。そしてお笑いを見ていてもさっぱり面白くない。

大概スタジオの観客は、若い女性ばかり。「箸が落ちても笑う」ような人ばかり集めて笑わせている。

もうこの年になると色々と見聞きしているのでつまらない事では笑う気にならないのだよ。

テレビ局も高齢者を中心とした観客にして大いに笑わせる番組を作ったらどうだ。奥の深いお笑い番組が

出来るだろうし、万人受けするだろう。視聴率ももっと上がると思うよ。

  この点、テレビ東京はなかなかいい。でもやっぱりNHKになっちゃうのかなあ。

−その1−

右側を歩け・・・人は右、車は左、だ!

   なのに何で駅では左側通行なのだ?道路は右側、駅の階段は左側、人間そんなに器用じゃあないぞ。

  幅の狭い道路を歩く時、走る時、特に冬の早朝は暗くて、左側を歩く人がいると危険。

  特に犬を連れて散歩する人は左側を歩く人が多いようだ。利き腕の右手にリードを持つと犬は

車に対しての配慮で右端を歩かせる。これでいいじゃあないか。何でわざわざ左側なの?

  テレビで最近多い旅番組、「東京から来たものですが・・」の自己紹介もカチンとくるが、

たいがい左側を歩いている。ありゃあなんじゃあ!