法人の概要
 

ごあいさつ

当館は、明治期の七宝家 帝室技芸員 並河靖之(弘化2年・1845‐昭和2年・1927)が自邸にて「並河七宝」の工場と店をかまえて七宝業を営んだ旧邸を公開し、その偉業を将来に伝えるために平成15年(2003)に開館しました。

靖之は川越藩京都留守居役の高岡家の三男として、京都の柳馬場御池に生れ、安政2年(1855)11歳(数)で天台宗門跡青蓮院の坊官の並河家の養子となり、天台座主・青蓮院宮入道尊融親王(後の久邇宮朝彦親王)に仕えました。

明治維新以後の混沌とした世情を生きぬくために、靖之は明治6年(1873)より朝彦親王に仕える傍ら七宝を手掛け、明治11年(1878)に専業とします。新生する京都の息吹の中で、紆余曲折を経ながら、自身の七宝業を究めて、日本の七宝を世界に冠たるものとしました。

往時、この東山三条、白川畔の界隈は、靖之と並河七宝が求心力となり、七宝業に従事する多くの工場が軒を連ねて、京都七宝の産地となりました。さらに近世には界隈に京焼のひとつである粟田焼や刀鍛冶などの生業があり、ものづくりに携わる人々の暮らしがある土地柄でした。

靖之の並河七宝を筆頭に、京都で生産された京都七宝の数々は、遠く海外までその名声をとどろかせましたが、かつての栄光はいつしか影をひそめ、お伽噺のようになってしまいました。久しく靖之も並河七宝の存在も知られる機会がないままに時が過ぎてきましたが、近年、並河七宝をはじめ明治の工芸やものづくりの文化に多くの人々のまなざしが向けられはじめています。

記念館にて、明治の代に煌星のごとく輝きを放った靖之と並河七宝に思いを馳せ、古都に花開いた京都七宝の時代を心ゆくまでご堪能いただけましたら幸いです。

並河靖之七宝記念館

   〒605-0038 京都市東山区三条通北裏白川筋東入堀池町388 TEL/FAX 075-752-3277
   休館日:毎週月曜日・木曜日(祝日の場合は翌日に振替)
 
(C)2007 Namikawa Cloisonne Museum of Kyoto