法人の概要
 

ご あ い さ つ

当館は七宝家 帝室技芸員 並河靖之(弘化2年・1845‐昭和2年・1927) の偉業を将来に伝えるため、靖之が「並河七宝」の工場と店をかまえて七宝業を営んだ旧邸に平成15年(2003)に開館しました。

靖之は川越藩京都留守居役の高岡家の三男で、京都の柳馬場御池に生れ、安政2年(1855)数え11歳で天台宗門跡青蓮院の坊官の並河家の養子となり、天台座主・青蓮院宮入道尊融親王(後の久邇宮朝彦親王)に仕えますが、やがて明治6年(1873)より兼業で七宝を手掛け、明治11年(1878)に専業となり、世界に名を馳せます。

幕末、揺るぎ始めた日本国内の情勢を突くように、諸外国からの貿易や軍事交渉がさかんとなり、19世紀後半の国際情勢にもまれ、堅ろうな武家社会を構築した江戸幕府でしたが、慶応3年(1867)10月の「大政奉還」、12月の大政復古の大号令を経て新政府が樹立します。
翌年9月に元号は明治に改元され、明治4年(1872)には廃藩置県など、明治政府による新たな統治がはじまります。

いわゆる明治維新は、皇族や公家、諸大名や志士など、著名な人々の活躍ぶりは様々な解釈や史実の探求のもと、多くの人々の関心をあつめていますが、靖之をはじめ、当時を生きたそれぞれの人生にも降りかかってきた時代の変革でした。

混沌とした世情を生き抜くため実業を志した靖之は、幕末に萌芽する尾張七宝の成功を知り、紆余曲折を経ながらも京都にて自身の七宝業を究めて、日本の七宝を世界に冠たるものとしました。

新生する京都の息吹の中で、往時、この東山三条、白川畔の界隈には、靖之の並河七宝が求心力となり、七宝業に従事する工場が軒を連ね、京都七宝の産地となりました。

「明治150年」の秋、「開館15周年」を迎えた当館にて、靖之と職工たちが真心を尽くした七宝にお出逢いただき、千年の都・京都の人々が成し遂げていった新たな時代の創造の美をご堪能ください。


並河靖之七宝記念館

   〒605-0038 京都市東山区三条通北裏白川筋東入堀池町388 TEL/FAX 075-752-3277
   休館日:毎週月曜日・木曜日(祝日の場合は翌日に振替)
 
(C)2007 Namikawa Cloisonne Museum of Kyoto