駅めぐり

HOME>駅めぐり

配線図

 

・路線のプロフィール

 能勢電鉄の路線は、妙見線(12.2km)、日生線(2.6km)、鋼索線(666m)から成っており、川西能勢口〜妙見口間を約25分、川西能勢口〜日生中央間を約20分で結ぶ(昼間時)。最高速度は妙見線が70km/h、日生線が80km/h。全線にATSが設置されている。車庫は平野駅に設置されており、留置線8本のほかに、整備工場が併設されている。このほかに、妙見口に4連長の留置線が1本、山下に6連長の留置線が1本、日生中央に8連長の留置線が2本備わっている。日生中央の留置線には夜間、特急用の阪急車両が置かれている。

 川西能勢口〜山下間は平野部で、全線が複線であるが、山下以北は山間部になっており、光風台・笹部間には制限35km/hの急カーブや、最急37パーミルの急勾配がある。日生線は昭和53年に開業した比較的新しい路線で、多くを高架が占めており、高速運転が可能となっている。いずれにせよ、郊外を走る能勢電鉄の路線は、都市部を走る阪急線に比べるとカーブやトンネルが多いのが特徴といえる。

左:猪名川橋梁、手前が妙見口方 / 右:ときわ台側より吉川隧道を望む
鶯の森-鼓滝間(手前:妙見口方 奥:川西能勢口方) ときわ台-妙見口間(手前:川西能勢口方 奥:妙見口方)

 

・能勢電沿線 全駅紹介

 能勢電鉄の駅は全部で15駅。沿線は源氏と関わりが深く、そんな歴史と豊かな自然を象徴するかのような美しい響きの駅名が多い。一方、地方路線でありながら、「駅務機器遠隔操作システム」が導入されており、駅業務は完全に無人・機械化されている(各駅の自動券売機・改集札機・のりこし精算機・インターホンは、山下駅のセンターから遠隔操作が可能)。ホームについては、一般的な「1番線」「2番線」…という呼称ではなく、「1号線」「2号線」…と呼ばれる。

駅の横顔
川西能勢口

絹延橋

滝 山

鴬の森

鼓 滝

多 田

平 野

一の鳥居

畦 野

山 下

笹 部

光風台

ときわ台

妙見口

妙見山の交通

日生中央

川西能勢口-絹延橋間 起点の川西能勢口(かわにしのせぐち)は能勢・阪急電鉄共用になっており、能勢電鉄4・5号線ホームに発着する。ここから妙見口方面へと妙見線をたどっていくこととする。川西市役所の庁舎を左手に見ながら高架部を600mほど下り、左カーブを抜けるとまもなく絹延橋(きぬのべばし)に到着。開業当初はこの駅に車庫が設けられていた。すぐそばには阪神高速道路の大きな橋(通称「ビッグハープ」)が見える。しばらく走ると大きくカーブした滝山(たきやま)のホームに差しかかる。滝山を出ると、国道173号線と併走しながらゆるやかなカーブを抜け、わずか600mで鴬の森(うぐいすのもり)に到着する。山手には鶯の森住宅が広がっている。
多田-平野間 発車後すぐ一つ目のトンネルに差しかかる。この鶯の森隧道は、路線中で唯一上下線が分離しているトンネルで、山側の下り線は川側の上り線に比べて全長が2倍になっている。このトンネルを抜けた地点はかつて急曲線として有名だったが、昭和44年に鉄橋を架け替え、新たなトンネルを造り、曲線を緩和させた。その猪名川橋梁(60m)の下を流れる猪名川は兵庫県(川西市)と大阪府(池田市)の府県境になっており、池田市に入ると先述の新造トンネル、鼓滝隧道に入る。このトンネルの中間地点でで再び川西市に戻り、出口すぐのところに鼓滝(つづみがたき)がある。市街地の中をさらに北上すると、約700mで多田(ただ)に到着。開業当初はこの付近は併用軌道だった。緩やかなカーブを通過し、右手に留置線が見えてくると、本社や車庫が隣接する平野(ひらの)である。この駅には待避設備があり、朝は特急や急行列車が普通を追い抜く。
畦野-山下間 平野を発車するとしばらく直線で、左には三ツ矢サイダー発祥の地を見ることができる。塩川橋梁(60m)で国道173号線と再び交差し、塩川隧道を抜け、一の鳥居高架橋の先には一の鳥居(いちのとりい)。開業当時は当駅が終点であった。今では右手に四層の城郭風建築(大阪青山歴史文学博物館)が目に入る。この先はかつて大きく山を迂回していたが、今では畦野隧道により直線化されており、およそ700mで橋上駅舎を持つ畦野(うねの)に着く。左手には郵便局の大きな建物が見え、東側には広大な住宅地(大和団地)が広がっている。この先を少し行くと、かつては地上の曲線だったところに320m程の高架線が建設されており、次の山下(やました)は高架駅になっている。3面4線のうち、3号線が妙見口ゆきホームに割り当てられている。日生線へはここで乗り換え。
ときわ台-妙見口間 妙見口へ向けて山下を発車。山下上隧道の出口付近で上下線が合流し、ここから単線になる。わずか400mで左側には片面ホームの笹部(ささべ)。あたりには田畑が広がっている。ここからが能勢電路線の醍醐味とも言えよう山間区間で、左に右にと急曲線があったかと思うとトンネルに入る。昔はさらに急なカーブだったが、昭和50年代に路線改良が施された。そのときに建設されたのがこの笹部第一隧道である。左側には、旧ルートの一回り小さなトンネルが今も残っている。昔は笹部から妙見口まで途中駅がなかったため、この付近に隧道東口信号所があった。まもなく路線改良時に新設された笹部第二隧道が見えてくる。このトンネルの手前で複線になり、トンネルを出た所が光風台第一橋梁。この付近より大阪府豊能町に入る。光風台高架橋上に光風台(こうふうだい)のホームが見え、山の斜面には新興住宅が広がっている。多くの列車がここで行き違いを済ませて出発。駅に隣接するかのように光風台第一隧道があり、また単線にもどる。長閑な風景の中、光風台第二隧道を越え、吉川第一橋梁で初谷川を渡ると、右手に田畑、そして、ときわ台住宅地の家々が建ち並び、まもなく片面ホームのときわ台(ときわだい)である。駅を出ると、再び車窓の風景は閑静な林に。道路と交差したのち、曲線・勾配緩和工事に際して設けられた吉川隧道をくぐる。そして、付近に広がる田園風景の中、終点の妙見口(みょうけんぐち)に到着する。
山下-日生中央間 山下から分かれる日生線はどうだろうか。山下駅1号線を出発し、山下第二高架橋、初谷川橋梁、笹部高架橋を渡ると、その先に延長655mに及ぶ新笹部・城山第一の各隧道がある。一瞬外に出たかと思うとすぐに城山第二隧道(45m)に差しかかる。トンネルを抜けると、日生線はそのほとんどが高架構造になっており、高速運転が可能。一庫架道橋・一庫第一高架橋の先の能勢川橋梁で能勢川と交差する。付近には片側ニ車線の県道68号線が通っている。一庫第二高架橋、山原架道橋、山原高架橋の順に走行、速度が落ちたかと思うと日生隧道が視界に入る。その先で川西市を抜け兵庫県猪名川町に入り、近畿の駅百選にも選ばれた日生中央(にっせいちゅうおう)に到着。ニュータウンの玄関口として機能しており、駅前広場にはからくり時計が建っている。

 

・列車種別と停車駅

路線図

・トンネルと全長

妙見線・日生線の隧道

 

・川西国鉄前方面廃線跡

 現在、JR宝塚線の川西池田駅から能勢電川西能勢口駅まではペディストリアンデッキが整備されており、徒歩で容易に行き来できる。しかし、かつて両駅間は能勢電によって結ばれていた。1917(大正6年)に開通した「池田駅前」「能勢口」間、わずか0.6kmの路線がそれである。戦前は池田駅前から妙見方面まで直通運転が行われていた。やがて「川西国鉄前」「川西能勢口」と駅名を変え、晩年は数往復の区間列車が細々と運行されるに過ぎなかった。
 1981(昭和56年)年12月、川西能勢口駅再開発事業に伴い、同区間は営業を廃止。今では、当時を偲ぶモニュメントがたたずみ、マンホールには往年活躍していた単行列車の写真が焼き付けられている。すっかり近代的になった川西能勢口駅から西へと足を進め、廃線跡を訪ねると、レールが延びていた名残をはっきりと確かめることができる。
 

・「駅」豆知識 −駅名の変遷−

 能勢電鉄の駅の中には、何度か駅名を改称したところがある。なかでも、現川西能勢口・妙見口の各駅は、三度にわたる改名を行っている。開業時はそれぞれ「能勢口」「妙見」だったものを1965(昭和40)年4月1日に「川西」「能勢妙見口」に変更。ところがわずか3ヶ月後の7月1日に再度駅名を改称、「川西能勢口」「妙見口」となり現在に至っている。

駅名改称歴一覧

■池田駅前→川西国鉄前

■能勢口→川西→川西能勢口

■鼓ヶ滝→鼓滝

■妙見→能勢妙見口→妙見口

■郷土館前→展望公園前
  →妙見の水広場前→ふれあい広場

川西国鉄前方面 廃線跡川西国鉄前方面 路線図

  


HOME