大正ロマンの 銀山温泉

延沢銀山は慶長年間(1596〜1614)の開発で、寛永・正保期にかけて栄え、その後も寛文ごろまではかなりの産銀があった。一時は佐渡や石見・生野の産銀に匹敵した。
銀山の地は、元和8年(1622)野辺沢氏領から山形藩鳥居氏領となり、寛永13年(1636)保科正之が山形藩に入り、尾花沢領は幕府直轄領となった。
銀山としては歴史の浅い銀山であったが、そのため江戸時代初期の坑道や疎水が比較的に良い状態で残されている。
銀山温泉は、延沢銀山開発以前から開湯されており、今も銀山川を挟んで大正建築様式の木造3層楼が軒をつらねている。
銀山温泉の上には今は廃村となった「上の畑」があり、天保年間に「上の畑焼」が焼かれた。雪国に生まれた磁器で、東北4代古窯の一つである。今は復興されて、温泉入口に「上の畑焼陶芸センター」がある。

2001年オープンした和楽足湯 ワラシユ 温泉街の奥にある白銀の滝
白銀の滝上の橋 長蛇渓 斉藤茂吉の歌碑 涼しい風に足をとめる夏しらず
銀坑洞のあるおもかげ園 銀山発見伝説の儀賀市郎左衛門の像 焼堀跡が今も残る銀坑洞