八千代市手をつなぐ親の会のあゆみ

昭和 41年 12月 11人の障害児の親によって『八千代市育成会』が結成された。
42年 12月 上記の会を解散、発展させて『八千代市手をつなぐ親の会』が結成された。
46年 11月 この頃、障害児に対しては、「特殊学級」があるだけだった。
このため「請願書」を提出して11月に市議会議長や関係議員に障害児の実態と問題点を説明し、通園施設の設置を強く要望する場を設けた。
要望は市議会で採択され、通園施設の設置が決定。
48年 4月 マザーズホーム開設。(肢体不自由児通園施設)
49年 5月 米本児童学園開設。
50年 12月 障害児に関する適切な施策を求める9項目の請願書提出、市外養護学校へ通園児に送迎車両の配備と補助金の助成措置の要望書提出。
51年 3月 市内授産施設の設置についての請願書提出。
11月 市長対話開催。(仲村市長)
52年 10月 養護学校の市内誘致と市外養護学校通園児に対する送迎車両の配備または補助金の助成措置の要望書提出。
53年 8月 養護学校の具体的概要と対象児の選出方法と時期についての意見書提出。
9月 養護学校に関する説明会開催。(県教育委員会関係者、保護者出席で、要望や意見を述べた)
54年 4月 県立八千代養護学校開校。
56年 9月 市長対話開催(仲村市長)医療教育、緊急一時保護制度、福祉作業所の設置等を要望。
57年 4月 在宅心身障害児者緊急一時保護制度が設けられた。
58年 9月 八千代市福祉作業所開設(愛称 つばさ)6名の利用者が訓練に取り組む。
59年 12月 市内心身障害児通所施設などの問題についての要望書提出。
60年 4月 市長対話(仲村市長)市内心身障害児の福祉問題についておもちゃ図書館開設。
62年 4月 八千代市第二福祉作業所開設。
市長対話開催(仲村市長)学校卒業後の進路について。
平成  2年 10月 市長対話開催(仲村市長)第三福祉作業所の早期実現と今後の福祉対策について。
5年 2月 市長対話開催(仲村市長)福祉対策、医療対策について。
4月 八千代市第三福祉作業所開設。(高津)
8年 3月 大澤市長との対話集会開催。(今後の福祉対策と親の会の今後の課題について)
8月 法人化についての要望書提出。
11年 11月 施設建設用地の借用と早期選定について要望書提出。
13年 6月 「法人設立認可申請書」を千葉県知事宛に提出。
7月 法人設立認可。
14年 4月 友愛みどり園開園。
手をつなぐ親の会ジュニア部開設。
16年 10月 ジュニア部、八千代市児童支援課と意見交換会をする
17年 10月 ジュニア部よりNPO法人設立の気運が高まり、検討委員会が発足される
18年 3月 NPO法人あごらwith八千代市手をつなぐ親の会設立
20年 2月 NPO法人格取得。NPO法人八千代市手をつなぐ親の会となる
24年  4月 生活介護事業所きざし開所


昭和44年当時、特殊学級は設置されていましたが、主に軽度の知的障害児を対象としていました。
中・重度の肢体不自由児・知的障害児は、就学猶予免除により在宅児となっていました。
全国的に障害児の早期療育に対する関心が高まり、市内の障害児を持つ親からも訓練施設の設置要望が高まりました。
昭和47年に現大和田図書館の一室を借り、ゴザを敷いて
「簡易マザーホーム」「親子教室」を開いたというのが、障害を持った子供たちに対する最初の通園施設でした。
その後、昭和49年に
米本児童学園が逐次出来上がってきました。
平成7年に両施設を統合し
児童発達支援センターと名称を改め、新たにスタートしました。
このような歴史がある訳ですが、決してトントン拍子にきたのではなく、親の会の先輩方の並々ならぬ努力があったからこその実績なのです。
私達若い親はこのような先輩方の情熱と行動力を見習い、それ以上にアクションを起こしていかなければならないでしょう。
一人の力では出来ない事が、同じ目標を持った親達がスクラムを組めば可能になるはずです。
子供達の未来のために、何が大切なのかをしっかり見据えて行動して行きましょう。