シモンの会社の”なりたち”


 シモン普及会の会報に寄稿していた医師・河井浩美は、当時院長を務めていた冷研・大分県狭間国際温泉病院でシモンイモを栽培し、リウマチやアトピー患者がシモンで改善されるのを体験し、興味を持つ。もともと河井は現代医学に異を唱え、農哲学者・福岡正信氏と天才リウマチ医・山内寿馬を師匠とし、自然と人間の「自然型回復」を提唱していたが、以後、自身のテーマにシモンを加える。

  

 同じ会報の編集をしていた竹沢は、100人以上のシモン愛好者の取材を通じて、シモンイモが多くの難病患者の生命を救ったことを確信する。紆余曲折の末、河井と竹沢は未だ謎の多いシモンイモの研究、解明と正確な情報発信、普及を目的に1999年(資)シモンの会社を共同で設立した。


内容(情報収集・分析・発信)


 情報誌「ぴゅあ しもん」(A5判24〜28P)の発行。河井浩美著作集「元気になれば 病気は直る」刊行他、シモンの成分分析、体験談の募集と分析、シモン栽培の研究など。