雨に濡れそぼつ時に






今日は朝から酷いどしゃ降りである。
どす黒く、重苦しい雲は動く事を知らないかのようにその場に居座り、地面には無数の流れが出来ていた。

こういう日は本当に何もする事が無い。
…いや、正確にはする気が起きない。

ふう、と小さく息を吐いて、瑠璃は読みかけの本をいささか乱暴に閉じた。
それが八つ当たりであることに気付き、瑠璃は苦笑しながら今度は静かにテーブルに本を置くと、その足で窓辺に向かう。
硝子のはめられていないその窓からは、細かい雨が少なからず部屋へと入ってくる。
うっすらと肌が湿ってきた。

「はぁ・・・」

瑠璃は今日何度目かわからない溜息をつき、素手でその腕を拭う。
…手がべたついて、不快感が増しただけだったが。
じっとその手のひらを見つめて、

「………はぁ…」

溜息をもう一つ。


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「ひ〜…すっごい雨さぁねぇ…」

まるで他人事のように呟きながら、ティアラは一人雨の中を歩いていた。
服は水分を吸ってぐっしょりと重く、ぬかるむ地面は歩きにくい事この上ない。
顔に張り付く髪を払った後、もう目の前ともいえる場所に聳え立つ建物を見上げる。

「…っと、着いた…」
目指す場所はもう、目の前だ。


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「………」

先ほどよりは小降りになったものの、まだ飛沫は部屋へと入ってくる。
窓の外へ目をやる。

ずっと下のほうで黄色い何かが動いていた。


「………」


窓に背を向けて数秒。


「…!!??」


明らかに不自然な何かに瑠璃がようやく気付く。
濡れるのも構わず窓から大きく身を乗り出し、ただでさえ視界の悪い中目を凝らす。
土砂降りの中、どう考えても不自然すぎるその中を、まるでそこにあるのが当たり前のようにティアラが歩いていた。
しかも、傘もささずに。

「っ…!!」

…考えるより先に体が動いていた。
落ちれば---珠魅とはいえ---ただではすまない高さはゆうにあったが、剣を壁につきたてることで落下速度を落とし、瑠璃は無事地面に着地した。
さすがに少し足がしびれたが…

「ティアラっ!!」

「あ?…あぁ、瑠璃君…」

ふわり、というよりはぼんやりとした表情で瑠璃に笑いかける。
まるで何故そんな表情をしているんだ?と言わんばかりのティアラのその雰囲気に、瑠璃はほんの少しの苛立ちを覚えながら。

「ったく、こんなトコで何やってんだ!?とにかく中に…」

踵を返しながら、『入れよ』と続けるはずだった言葉はそこで途切れる。
振り返ると先ほどと同じ表情で、ティアラは瑠璃の服の裾をしっかりと掴んでいた。


ぎゅっと。


小さな子供が駄々をこねる時のように。

「何やって…」

「瑠璃君…」

「…なんだよ?」

言いたい事があるなら早く言えばいい、瑠璃の苛立ちは募る。



「………泣いてるみたいに見えるよ?」


今度はふわりと笑って、ティアラはそう言った。


雨が強くなったような気がした。
激しい雨音が耳を打つ。


「雨の…所為だろ…?」


「雨、凄いや…」

「………あぁ。」

髪から滴る雫が頬を伝い、顎から落ちて地面へと還る。
だんだん、濡れる事がどうでも良くなってきた。

「………瑠璃君が泣いてんのかな、って思ったんだ…あんまり土砂降りだったから。」

「まさか…だから来たのか!?」

「ん、そう。」

先ほどと同じ笑顔。

「…馬鹿だろ?オマエ…」

思わず苦笑いが出た。

「…だってさ、ホントに瑠璃君が泣いてたら…よしよしってなぐさめたげようかと思って。」

…嬉しくもあったけれど。

すっかり冷え切ってしまったティアラの体を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。

「冷た…傘ぐらい差せよ…」

「あ…忘れてた。」

ほら、と言って瑠璃はティアラの頬に手を寄せる。


「唇も…」


そのままティアラの唇に自分のそれを落とす。


「…こんなに、冷たい…」


今度は少し乱暴に、己の胸に押し付けるように。
瑠璃はティアラを抱きしめた。


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―――翌朝

「アンタ等、二人して何やってたのよ!?」

エメロードが呆れかえった声をあげる。

前日、しっかりと冷たい雨に打たれまくった二人は、仲良く風邪を引いて寝込むこととなったのだった。



[END]





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