プレゼントよりも微笑を







「めりくります?」

真っ赤な帽子に白いボンボンをつけて。
同じく真っ赤な上下。
大きな大きな袋を背負って。

木の枝に座って、こちらを見下ろしてくるのは、いつもの少女。

「それを言うなら、『メリークリスマス』じゃないんですか?」

苦笑しながら、アレクサンドルは足をとめ、ティアラを見上げる。

「あ、それそれ。」

えへへ、と笑いながら、軽い音をたて地面に降り立つ。
静寂の森の中で、その場所にだけ生きた音が広がる。

「…貴女の趣味は人を驚かすことなんですか?」

少し、嫌味を含ませて。

「人生はいつも驚きの連続。こんなの驚きのうちに入らないっしょ。」

そう言いながら、ゴソゴソと袋の中をあさりはじめる。
相変わらず口の達者な少女である。

「…?」

何をやっているのかと、覗き込もうとしたアレクの目の前に、綺麗にラッピングされた包みが突き出される。
あまりに突然だったために、鼻の先をそれにぶつけてしまう。
軽く手で鼻を押えながら、差し出されたものを手にとる。
顔をあげると、笑いかけるティアラと目が合った。

「メリークリスマス?」

よっこいせ、と袋を背負いなおし、いまだ何か納得していないアレクの目の前でひらひらと手を振る。

「バイバイ。」

どたどたと重そうな足音を立てながら、ティアラはアレクが歩いてきた道を走っていった。
その後ろ姿を見つめながら。

「…面白い人だ…」

思わず笑みが零れる。

「メリークリスマス?」


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「……そのうち、本当にシャドールになるぞ…」

痛み始めた頭を押えながらラルクが無駄な警告を促す。

「はっはっは、ナメてもらっちゃ困るね。」

やはり、ごそごそと袋をあさりながら、ティアラは言う。
そんなことを言われても納得はいかない。

ココは奈落。
生きている者が来る場所ではない。

そんなラルクの心労を知ってか知らずか…
…いや、絶対気づいていないだろうが。

「ハイ、クルス…じゃなくって、クリスマスプレゼント!」

「…プレゼント…ねぇ…」

「…嬉しく…ない?」

そんな目で見られたら、誰だって参るというもの。

「もう少し、自分のコトを心配してくれると、俺も嬉しいんだがな…」

つい、本音が出てしまった。
どうせ気づかないだろうから、言ったところで支障もないが。
…しかし。

「アリガトウ…」

ちょっと顔を赤らめて。

「でも、プレゼントは受け取ってね?」

ラルクの手の中にプレゼントを押しつけ、ティアラは手を振りながらその場を去った。



「…待て。」



「ちょっと待て。」



誰にともなく言う。


「今の顔はなんなんだ?オイ!!」


まあ、絶対にラルクが期待したものではないのだろうが。



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「よっ!頑張ってる?」

振り向き、呼びかけた人物を認めた途端、男は脱力してしまう。
しばらく頭を垂れていたが、カチンという硬質な音をたてて剣をしまうと、

「…髭は止めたほうがいいと思うぞ…」

ようやくその一言を口にする。
その言葉に、ティアラは別段気を悪くした様子もなく。

「コレが正装なんだって。ドゥエルに貰った。エスカデの分はないけどねー。」

誇らしげにティアラはエスカデに髭を見せびらかす。

「欲しい?欲しいの?」

「…いるか、そんなもん。」

ガリガリと頭を掻きながら、傍にあった石に腰を落ち着ける。
辺りは随分と涼しい…というよりは既に寒いのだが、彼はいつもの恰好である。
それでも、今まで剣を振っていた所為なのか、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「じゃあ、コレ。」

半ば押し付けられるような形で包みを受け取る。
重くも軽くもないその重量感が手に馴染みすぎて、逆に違和感が残った。
ティアラはいそいそとスカイドラゴンに乗り込み、鞭を振るうフリをしながら。

「ハイよー、トネカイ!」

こういうのをティアラの中ではノリがいいと言うらしく。
くぇぇ、と一声高く鳴いてスカイドラゴンは空へと舞い上がった。

「…それを言うならトナカイだろうが…」

手元の包みをしげしげと見つめる。

「…………」

ふう、と軽く息を吐いた顔は案外に嬉しそうだった。



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「…ん…?」

トサッ、と背後で軽い音がした。
不審に思い、ペンを止め、振り向く。
入り口に先ほどまでは無かった物を、ルーベンスの目が捉える。

「…何だ?コレは…」

きちんとラッピングされた四角い包みに、白い封筒が添えられていた。
なんとなく、予想がつき、ルーベンスの口元がふっと緩む。


『 仕事ばっかしてると、サンタのプレゼントも仕事になっちゃうぞ。

          たまには息抜きも必要。

                                 ティアラ 』

案の定、である。
確かに仕事ばかり、というのも損なようだ。
おかげで彼女と一言も言葉を交わすことができなかった。

「キミがサンタなら、仕事だろうとなんだろうと受け取るんだけどね。」

誰にともなく呟き、包みを拾い上げた。



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そして。
ティアラが最後に来たのは。

「瑠っ璃くん!」

窓の外から、声が聞こえる。

読んでいた本から目を離し、瑠璃が視線を移動させると。

「メリークリスマス!」

ティアラの姿を見て、思わず吹き出してしまう。

「…っ、オマエ…なんってカッコして…」

ティアラは気づいていないが、あご髭が頬の辺りまでズレている。
しかもその顔のまま近寄ってくるのだから、たまったものではない。

「何?ねぇ、何!?」

「た、頼むか…くくく…」

とうとう腹を抱えて座り込んでしまった。

「瑠璃君ー…?」

そろそろティアラの口調も不満の色を帯びてくる。
さすがにこのままでは申し訳ないと思ったか。
瑠璃はちょいちょい、と指で近付くよう合図する。
何がなんだかわからないというような顔をしながら、それでもティアラが近付いてくる。

「あー…笑った笑った。」

まだ笑いの余韻を残しながら、耳にかけていたゴムを外してやる。
しかし。

「…ぶっ!!」

「何でーーー!?」

口髭だけ残っているのが、不幸にもまた瑠璃の笑いツボを刺激してしまった。

「くっくく……」

「プ、プレゼントやらないぞっ!?」

笑い続ける瑠璃に業を煮やし、とうとう最後の手段に打って出る。
…が。

「くすくす…それは困るかな?」

完全に遊ばれている。
しかもまだ肩が震えている。

「ほら!!」

手渡されたのは…

「……」

そこでようやく瑠璃の笑いが止まった。
止まるどころか、それを通り越して大真面目な顔で渡されたモノを見つめ続ける。

「コレ…」

「?」

「オマエが編んだのか?」

「うん。」

「ホントにか?」

「勿論。」


何度も確認する。
そして一言。


「下手だな。」

「……………」


ヒドイ、と叫びかけたが、瑠璃の表情に思わずそれを飲み込む。
瑠璃が、じっとそれに魅入っていたから。


「…ヤバイ…」

「…?」

「ホントに…嬉しいわ…」

思わず見惚れてしまうほどの笑顔を浮かべて、瑠璃が呟く。
…そんな顔をされてしまっては、ティアラの方が落ち着かない。


「…あ、穴だらけだよ…?」

「まあな。」

「短いよ…」

「巻けるから関係ないね。」

「下手だ…ね?」

「ああ。」


しばらく、黙って。
今にも泣きそうな笑顔を作る。

「来年は、もっと上手に作る…から。」

ぽんぽんとティアラの頭を叩きながら、瑠璃は笑う。

「ああ、楽しみにしてる。」





[end]