来年も






その年が終わる日、瑠璃と真珠、そしてエメロードの三人はマイホームの呼び鈴を鳴らしていた。
1年の締めくくりに馬鹿騒ぎをしようというエメロードの提案で。
お祭り好きのティアラが二つ返事で承諾し、そしてその日がきたというわけだった。

呼び鈴を鳴らすと、いつもと同じ軽やかな足音が聞こえドアが開く。
そしてあの笑顔が覗くのだ。


「いらっしゃい!準備できてるよ!」




テーブルは既にセッティングされており、並べられた料理たちが、早く食べてくれと言っているようにも見える。
美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、正直なお腹が豪快な音を立てる。
慌てて押えても、後の祭りで。
ティアラは大笑いしながら、三人に椅子を勧める。

「瑠璃君てばだっさー!心配しなくたってすぐ食べれるってば。」

真っ赤になりながら、瑠璃は反論の言葉を飲み込んだ。
ティアラが最後に席についたところで、宴会の始まりである。


「ちょっとバド、それアタシが狙ってたのにー!!」

「早いもん勝ちだもーんねーだ!!」

「ああ、喧嘩始めないで…」

火花が散っている双子をなだめながら、ティアラが向かいのエメロードたちを見やると、

「きゃっははははは!!」

「るりくん、このじゅうすおいしい…」

「真珠、オマ…それ果実酒!!!」

あっちもあっちで苦労しているようだ。

結局、その後好奇心でブランデーを飲んだバドが目を回し。
そのバドを子ども扱いしていたコロナが果実酒コップ半分でダウン。
ティアラが二人を寝室に寝かせ、リビングに戻ってくると、エメロードがテーブルに突っ伏して眠っていた。
かろうじて目をあけているものの、真珠姫も限界らしく、こっくりこっくりしている。
瑠璃がそれを微笑ましげに見ているのを、ティアラは少し妬ましく思ってしまう。

「…ついでにコイツら運ぶのも手伝ってくれないか?」

ティアラに気づくと、苦笑しながら瑠璃が見上げてくる。

「OK。」

くすくすと可笑しそうに笑いながら、ティアラはエメロードの体をひょいと持ち上げた。
そしてそのまま2階に上がっていく。
それを半ば茫然と見つめながら、瑠璃は一言呟いた。

「………オレ酔ってないよな……」

いくらティアラが強いとはいえ、あまり信じられた光景ではなかった。



真珠姫を寝かせ、再びリビングに立つと、ティアラは大きく溜息をついた。
床には誰が蹴り倒したのか、酒瓶が転がり、僅かに残っていた中身が零れてしまっている。
テーブルの上は…もはや形容し難く、直視できない惨状と化している。

「誰がコレ片付けんだよ…って僕しかいないけどね…」

この光景を明日の朝一番に見せつけられるよりは、今片付けてしまった方がマシである。
ティアラは気合を入れ直すと、まずはテーブルの上から取り掛かる。

「…手伝う。」






皿を洗う手をふと止め、ティアラは窓の外に目をやった。
冷えてきたと思ったら雪である。

「降ってきたな…」

部屋を片付けてきたのか、いつの間にか瑠璃が後ろに立っていた。

「ご苦労さん。」

「いや、このくらい当然だ。…手、冷たくないか?」

ちょいちょい、と泡のついた手でティアラが流しを指差すと、ほのかに湯気が立っていた。
顔を緩めると、瑠璃は壁に寄りかかる。

「あっちで待ってればいいのに。」

振り返らずにティアラが言うと、

「一人でいると寒いんだよ。」

いつもの瑠璃からは考えられない発言が飛び出してきた。
思わず、笑いがこみ上げてくる。

「…悪いかよ?」

「ううん、ぜーんぜん…うっし、終わった!!」

誤魔化すように大袈裟に手を振るってから、エプロンで手を拭く。
皿洗いで手がふやけてしまったせいか、エプロンがいつもよりも冷たく感じられた。

「ね?コレ。」

流しの下から一本のワインを取り出し、高く掲げて誇らしげに笑う。

「隠しておいたんだ〜♪一緒に飲まない?瑠璃君もなんだかんだであんまり飲んでないでしょ?」







二つのワイングラスをテーブルに置き、瑠璃を先に座らせる。
紅い液体をグラスの半分まで注いで。

「今年もお疲れさん。」

「ああ、お疲れ。」

カチリと鳴るグラスの音が、お互いに少し照れくさい。
ふと目をあげた瑠璃の目が、時計を捉える。
その間にティアラは2杯目をグラスに注ぎ、飲み干した。

「この一年、あっという間だったなー…」

「………」

アルコールが入ったせいか、焦点の怪しい瞳がふらふらと彷徨う。

「楽しかった……」

「…………」

「来年もまた……」

「オメデトウ。」

「え?」

瑠璃の言葉の意味がわからない。

「おめでとう、ティアラ。」

微笑いながら、瑠璃は時計を指差す。
時計の針は丁度12時を指していた。

「ぅわ…ぁ…ピッタリ?ね、ピッタリで言ってくれたの!?」

「多分な。」

「すごい、すごいー!」

はしゃぐティアラを、瑠璃は頬杖をつきながら満足そうに眺める。

「なぁ?」

何?と目が聞いてくる。
本当は、もっと声が聞きたかったのに。
ティアラの手にはワインのビン。
二つのグラスはさっきから空のまま。

「来年も……」

「え?」

もう少しだけティアラに近付いて。


「来年も一番先に、ティアラ、オマエの声が聞きたい。」


それは、どこか不器用な瑠璃の、精一杯の……




[Happy end?]