ショーウィンドウに映った姿は、まるで仲の良い兄妹に見えた。










別に、理由なんてない










一体、ベルナールは自分のどこが好きなのだろう、とアンジェリークは疑問に思う。


ベルナールとアンジェリークとは、誇張して言えば、親と子ほども年齢が違う。

年齢差なんて、気にならないと彼女は思っていたのだが。

硝子に映った二人の姿は、恋人同士というよりは、仲の良い兄妹に見える気がするのだった。


確かに彼は、いつもはつらつとしていて若々しいが。

彼女は自分を、特に大人っぽいとは思っていなかった。

身長はすくすくと育ったにもかかわらず、出て欲しいところがあまり出ていない、

というのも、彼女から自信を奪う一つの理由でもあった。



ウォードンの街行く人を見渡せば、美しい人も可愛い人もグラマラスな人もいる。

それでなくても彼はこの首都で、もう10年もの年月を過ごしているのだ。

恋愛だって一つや二つや三つくらいあっただろう。



「(……そう、二つや三つや……四つ……)」



そう考えると、アンジェリークはさらに自分に自信が持てなくなっていった。

それでなくてもベルナールは、とても魅力的な大人の男性だ。

彼はいつも彼女のことを、チャーミングだとか可愛いとか褒めてくれるけれど。

彼女はどうしても、自分が彼に釣り合っているとは思えなかった。



「…………ねぇ、アンジェはどう思う?………………アンジェ?」



呼びかけたのに、婚約者からの返事はない。

不審に思ったベルナールが、彼の脇を歩くアンジェリークに目を落とすと、

彼女は酷く落ち込んだような表情を浮かべていた。

驚いたのは彼の方だ。



「どうしたんだい?……具合でも悪くなった?」


「ち、違うんです……その……」



そういってアンジェリークはさらに深く俯いてしまう。

二人はとうとう、本格的にその場に立ち止まってしまった。

道行く人たちが、好奇の視線を投げかけてくるが、二人はそれどころではない。



「アンジェ……話してくれないと、わからないんだけれど……」


「…………」



アンジェリークは無言のまま、ベルナールをショーウィンドウに向き合わせた。

彼の目に映るのは、とっても可愛い彼の婚約者と、少し疲れたような自身の姿。

自分ではまだまだ若い、と思いたいものの、さすがに16歳の彼女と一緒に映れば、

彼女との年の差を否が応にも思い知らされる。

……まさか、彼女はこんなオジサンと歩くのが嫌になってしまったのだろうか。

十分にありえる事ではあったから、ベルナールは不安に思う。

気休めにもならないが、乱れていた髪の毛を手でさっと押さえつけてみた。



「……どう、思いますか?私達……」



やっぱりそうなのか、とベルナールはさらに気が重くなる。

アンジェリークはきっと、気を使ってくれたのだろうと彼は思った。

まあ、遠まわしに言われるのと、ストレートにいわれるのと、

どちらがより堪えられるかと問われれば、どちらも辛いと答えるしかないのだが。



「……アンジェ……すまない。もう少し外見にも気を使うようにするよ……」


「え?」


「ああ、そうだ。これから服を買いに行こうかっ?

 君が、僕に似合うと思う服を見立ててくれれば、少しはマシになるかもしれない」


「え?ええっ??」



妙なテンションで張り切りだしたベルナールに、今度はアンジェリークの方が驚かされた。

まず第一に、彼が何故そんなことを言い出したのか彼女は理解できないでいた。



「べ、ベルナールさん?それは良いんですけど、いきなりどうしたんですか?」


「どうって…………その…………君が……

 ……こんなオジサンと歩くのを、嫌がっているのかと思って……」



自分で言っておいて、その言葉はベルナールを酷く落ち込ませた。

そんな彼の様子に、アンジェリークはさらに驚いてしまった。

彼女にしてみれば、何をどうしたらそうなるのか、頭の中で全く繋がらなかったのだ。



「ベルナールさんは、とっっても素敵です!!」



公衆の面前だということも忘れて、アンジェリークはついつい声を大にして言っていた。

だが、気付いたときには後の祭りで、通りすがりの何人かは、二人を見て笑っていた。



「……あ、アンジェ?……嬉しいけれど……その……」


「あああ、あの……私が、言いたかったのは……というか聞きたかったのは、

 ベルナールさんは、私のどこを好きになったんだろう、ってことで……」



予想外のアンジェリークの言葉に、ベルナールは一瞬思考が止まってしまった。



「その……私って別に大人っぽくもないし、可愛いかっていったらそうでもないし。

 美人では絶対ありえないし。全然スタイルも良くないし、面白い話とかもできないし……」



ああ、なんだそういうことか、と。

アンジェリークはずっと、彼女自身のことを話していたのか、と。

ベルナールはようやく理解し、そしていつもの笑顔を取り戻した。

お互い、全く同じことで頭を悩ませていただなんて。

安堵を通り越して、彼の中には可笑しささえこみ上げてくる。



「ねえ、アンジェ?君は僕より若い男に、心をときめかせるんだろうか?」



こういう聞き方は、ベルナールとしても本意ではなかったのだが。

この場は、ずるい大人のままでいいか、と自分に言い聞かせて。



「え?……いいえ……」


「じゃあ、もっとカッコイイ男にならどうだろう?」


「……え!?ベルナールさんはカッコイイです!!」


「あはは、ありがとう、アンジェ。それじゃあ最後の質問だよ。

 君は、僕より若くて、カッコ良くて、お金持ちな男になら、恋してしまう?」


「……ベルナール、さん?」



アンジェリークは不思議そうな表情を浮かべている。

何故そんな質問をするんだという疑問が、顔中に書かれているようだ。



「アンジェ。誰かを好きになるのは理屈じゃない。ある日ふと、気付くんだ。

 ……ああ、僕はこの人なしでは生きてはいけない……ってね」


「!」


「大好きだよ、可愛いアンジェ。君がいいんだ。君じゃなきゃいらない」


「……べ、ベルナール、さん……」


「君を愛してる。アンジェ……」



優しげだけれど、その眼差しからは、情熱的な色を確かに感じた。



「……ご、ごめんなさい、ベルナールさん……困らせたかったわけじゃないのに……」


「良いんだよ、アンジェ……でも、まあ……

 もし僕の愛情表現が足りてないってことなら考え直さないとね」


「……え?」


「ははっ、だってそういうことだろう?

 君が不安になったりしないように、しっかり愛情を注いであげないとね」


「え?……ええっ!」



悪戯っぽい微笑みを浮かべて、ベルナールはさらりと言ってのけた。










可愛い可愛い僕のアンジェ。










簡単に話せる理由なんてないんだよ。










だって、理由を話そうなんて思ったら。










どこまで遡って話してあげたらいいか、僕にもわからないからね。










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ふと、気づいたのは。
一体いつの日だったか。










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2008.12.28