5:Entdeckung ―発覚― 「……っ、エドヴァルド様……!?」 「何が、あったんだ?」 エドヴァルドの姿を認めた瞬間、フリーデリカの心臓は驚きのあまり、危うく止まってしまうところだった。 オーガスタに依頼した言伝も、先ほどの面会謝絶も、意味を成さなかったというわけだ。 いや、意味を成さなかったどころの話ではない。 彼は、こんなところにまで忍び込んできてしまったのだから。 見つかれば、彼とて無事では済まないはずなのに。 彼女は怒りも、呆れることすらも通り越して、最早諦めにも似た心境だった。 実を言えば、フリーデリカはエドヴァルドが苦手だった。 名門貴族らしからぬ、ぶっきらぼうな物言い。 予測不可能で品のない行動。 女性関係にだらしなさそうなところ。 彼が何故シュトラール候補生に選ばれたのか、彼女は常々疑問に思っていた。 だが、それでも彼が、補佐すべきシュトラールに変わりはなく。 その現実が、かえって彼女を苛立たせていた。 エドヴァルドが『真実』を知れば、騒ぎ立てることは容易に想像できる。 先生に報告するのも面倒だと思っているのに、これ以上騒ぎ立てられるのは御免だった。 尤もらしいことを言って、帰ってもらうのが最善の策だと、フリーデリカは思った。 「空き巣です」 エドヴァルドはといえば、壊れた窓枠に手をかけたり、落ちている硝子を拾ったりしている。 絨毯は飛び散ったたくさんの硝子で、キラキラと煌いていた。 彼が窓の下で見つけた破片は、その中のほんの一枚だったというわけだ。 「空き巣……」 部屋を見渡せば、物色された跡が至るところにあった。 この状況では、そう判断してもおかしくない。 「年の瀬ですから、生活に困った者でも侵入したのではないですか?」 実際、エドヴァルドもフリーデリカがそう説明するまでは、単なる空き巣かと思った。 だが、彼女のその一言、その様子には、単純に納得してはいけない何かを感じたのだ。 「……嘘だ」 「……どうして、そのように仰るのですか?」 「だって、嘘だ。お前はそんな風に考えてない」 「…………」 「…………」 エドヴァルドの真っ直ぐすぎる瞳は、フリーデリカの心を奥深くまで見透かしてくるかのようで。 彼女は、彼のこういうところも苦手だった。 彼には嘘がつけない。 いや、正確に言えば、嘘をついてもすぐに見破られてしまうのだ。 どうして、なのだろう。 「……実際に、今夜のパーティーに着けて行く予定だった宝石が盗まれているんです。 どう考えても、空き巣と考えるのが妥当ではありませんか」 「…………」 そう言われても、エドヴァルドは納得できなかった。 何故フリーデリカの嘘を見抜けるのかは、わからない。 何故、彼女が嘘をつくのかもわからない。 いや、それよりも何よりも。 こんな場面で冷静でいられることが、彼には一番理解できなかった。 まるで他人事であるかのような態度。 宝石を盗まれ、ドレスを引き裂かれ、部屋を荒らされて。 普通なら怒り狂って当然…… ……いや、女であれば、得体の知れない犯人のこのような行為に、少なからぬ恐怖を感じるはずだ。 だが、何故か、目の前の彼女はそういったものを一切垣間見せない。 「(……待てよ?……部屋を荒らして、ドレスを引き裂く……?)」 そこで、エドヴァルドはあることに気がついた。 ……たかが宝石を数個盗むくらいで、これほどに部屋を荒らす必要があるのか? これほどに窓を壊すのであれば、その時に生じる音も小さくはない。 ドレスの引き裂き方も尋常ではない。 短時間で目的を達成させなければならない状況下で、 犯人が支払っている代償は大きすぎるのではないだろうか。 改めてよく部屋を見渡すと、引き裂かれていたのはパーティー用のドレスだけではない。 やや華美さは劣るものの、代用できそうな服までずたずたにされていた。 これでは、今夜のパーティーに出席することは不可能だ。 もし、犯人の目的が、パーティーに彼女を出席させないことだとしたら? 「寮の……生徒……?」 「……っ」 一瞬だったが、フリーデリカの瞳が困惑で揺れたのを、エドヴァルドは見逃さなかった。 だが、それで十分だった。 「学園の生徒が、こんな真似を……!?」 「…………そんなこと、誰にもわかるはずないでしょう?」 「いや、寮生以外には無理だ」 「……どうして、そうお思いになるのですか?」 一度、気付いてしまえば、すぐに気付かなかったことに疑問を感じるほど簡単なこと。 寮生以外に、犯行は不可能なのだ。 犯人が外部のものであれば、雪の上に足跡が残る。 だが、自分がつけた足跡以外、雪の上にその痕跡はなかった。 なら犯人はいったいどこから脱出したのか? ……答えは、部屋の扉を開けて廊下に出た、だ。 そんな大胆な行動が可能なのは、寮生以外にはいない。 「……そうなんだろ?」 「そんな、こと……」 「お前は気付いてた。だから俺に嘘をついたんだ」 「だからどうして、エドヴァルド様が断言できるんですかっ!?」 「でも、気付いてたんだろ?」 先ほどと同じような会話が繰り返され、フリーデリカは途方に暮れかける。 どうして、エドヴァルドにはこれほど簡単に嘘がばれるのか。 どうして、彼はこんな風にずかずかと入り込んでくるのか。 どうして、彼だけが、こんなにも自分の心を乱すのだろうか、と。 体裁が保てなくなるかもしれないのに、感情を抑えることができない。 「宝石の一つや二つ、盗まれたくらいで、天地がひっくり返ったように騒ぐ必要はありません!」 「けど!こんな真似するなんて、普通じゃねーだろ!? これでも、お前を心配してんだ……なんつーか、放っとけねーんだよっ」 「……っ」 その言葉を、どうして今。 エドヴァルドが言うのだろう、とフリーデリカは思う。 その言葉をかけて欲しいのは、ずっとずっと前から、ただ一人だけだというのに。 彼はいつもそうだ。 兄から欲しいと彼女が思っている言葉を、まるで見透かしたかのように言い当てる。 兄から欲しいと切望しているのに、兄から貰う以外に意味なんてないと思っていたのに。 それなのに、こんなにも、この胸に響くから。 暗闇に小さな灯りが燈ったように、安心してしまう自分がいるから。 ああ、だから苛々してしまうのか。 ……自分に。 「……もう、お引取り下さいっ!私のことなんて、貴方様に関係ないでしょうっ!?」 「だから、こんなとこに、お前を放ってなんかおけるかっ!」 「……っ、大きなお世話です!迷惑なんですっ!!」 「っ……!」 言ってから、しまった、とフリーデリカは思った。 けれども、一度彼女から放たれた言葉は、止めることはおろか、再び戻すこともできない。 案の定、エドヴァルドは怯んだような表情を浮かべた。 その表情を見た瞬間、ちくりと、見えない針が、彼女の胸を突き刺した。 だが、彼がそんな表情を見せたのはほんの数秒の出来事で。 すぐに驚愕の表情へと取って代わった。 「……なんっ、で……!?」 |